第90話:勝負の行方
ここから『自由のアリア』第二部
第十一章です。
イドリア帝国とガルドア王国の国境検問所へ向かう道すがら。
しんしんと雪が降る雪原に五人分の足跡を刻み付けながら、俺たちは国境越えに備え、最後の確認を済ませていた。
吐く息が白く凍る。頬を刺す冷気が、否応なしにイドリアの過酷さを思い知らせてくる。
こんな辺境の雪原を歩くのも、今日で最後だ。
「ガルドア王国っ! 私たち、ついにイドリア帝国を飛び出して世界を股に掛けるのですわねっ!」
エステルがくるくると回り、ステップを踏みながら先を行く。そのまま能天気に声を上げた。
雪を蹴り上げ、両手を広げ、まるで舞踏会の主役気取りだ。
「きっと新たな出会いが待っていますわっ! ああっ、一体どんなところなのでしょう、楽しみですわ〜っ!」
「ふふっ、そうだね。ガルドアの温暖な気候と豊富な食物が育て上げた、豊かなガルドア美人たちと是非ともお近づきになりたいものだよ」
ジーンもキザに髪を払いながら同意する。
その隣で、ガロードも心なしかワクワクしているように見える。
もっとも、こいつが「豊富な食物」というワードにしか反応していないのはわかりきっているが。
「俺としちゃ、このクソ寒いド田舎を出られるならどこでも大歓迎だがな」
「あはは……が、ガルドアも良いところですよ? ご飯も美味しいですし……」
ガルドア出身のニーコがフォローを入れる。
だが、故郷が壊滅して、ほとんど難民扱いでイドリアへ流れてきたお前が言うと説得力がない。
「しかし、イレイル殿下にはしてやられたね……。これじゃあ、体のいい追放処分だよ」
ジーンが、やれやれと肩をすくめる。
「あぁ、あの腹黒皇子! 厄介事を全部俺たちに押し付けた挙句、〈ババ抜き〉に勅命を出しやがったっ!!」
また怒りがぶり返してくる。
不敬罪が適用されないのであれば、今すぐ引き返してあの忌々しい眼鏡を叩き割ってやるところだが、それは叶わない。
悔しいが、権力という盤面では完全に制圧された。
「おやおや、我らが〈ジョーカー〉のリーダー〈ババ抜き〉のアリアも流石に『帝国の頭脳』には敵わないか。くくく……うぐっ!?」
ゴスッ。ジーンの脇腹に肘打ちを叩き込む。
「うるせぇ! ぶん殴るぞ!」
「う……いや、もう殴ってるじゃないか……」
脇腹を押さえて蹲るジーンを一瞥し、俺は鼻を鳴らす。
「ふん……まあ、実際のところは、『試合に負けて勝負には勝った』ってとこだな」
「ほぉー……?」
痛みを堪えながら、ジーンが片目を開ける。
「ど、どういうことですかぁ……?」
「イドリアを出る以上、もう隠す理由もねぇ。お前らにも説明する。……今まで黙ってて悪かったな」
俺は雪を蹴り上げながら進むエステルを目で追いつつ、腕を組む。
「俺とエステルの本当の目的地は、ガルドア王国よりもさらに南。〈エトノーシア法国〉だ」
「エトノーシア……」
「……法国?」
ニーコとジーンが首を傾げる。
「世界を股に掛けて旅をするのが目的だと思っていたけれど、なぜそんな遠くへ?」
「このアホ……エステルが、正規の手続きを踏んでいない『不法入国者』だからだ」
「ふ、ふぇえええ!? 不法入国ぅっ!?」
ニーコの悲鳴が雪原に響く。
俺はエステルが空から落ちてきた一件をパーティメンバーに共有する。
あのバカみたいな魔物のリレーの話を、だ。
怪鳥に攫われ、ワイバーンに乗り換え、最後はグリフォンに運ばれ俺の頭上に墜落してきた、あの出鱈目な経緯を。
「なんと、まぁ……。ただの町娘ではないことは薄々感じていたけれど……。ははっ、エステル、君が空から降ってきた美しくも儚い、希望の流れ星だったなんてっ!」
ジーンも一瞬目を見開くが、すぐにいつもの調子に戻る。
「……」
ガロードだけは特に気にする様子もなく、骨付きの鶏肉を齧っている。
お前はお前で、もう少し驚くとかあるだろ。
「や、やっぱりまずいんですのっ!?」
ようやく事態を察したらしいエステルが、慌てて振り返る。
「まずいに決まってんだろ! しかも、こいつはエリュクシオン家とかいう法国の大貴族の娘らしい」
俺の紹介に合わせ、エステルが居住まいを正して優雅に安物のスカートを摘む。
雪原の真ん中で、場違いなほど堂々とした所作だった。
「改めまして、皆様方。わたくしはエステル・リーゼロッテ・エリュクシオンですわっ! エステルとお呼びくださいませっ!」
優雅に頭を垂れるエステルの横で、ニーコが顔を真っ青にしてバッとこちらへ振り返った。
「そ、それってまずいんじゃ……っ?」
「ああ、ゲキマズだ。だからこのド級のアホを秘密裏に、そして正規の手順で送り返すために作ったのが、この〈ジョーカー〉だ」
「……っ!?」
ガロードはずっと我関せずとばかりに鶏肉を齧り続けていたのに、ここにきて咀嚼が止まった。
……何に衝撃を受けてやがるんだ、お前は。
「まぁ! そうでしたの!? わたくしたちの輝かしいお茶会を目指すためのパーティではなかったんですのねっ……」
(……お前らの目的はあくまでも道中のおまけだ、バカども!)
「……そして今回、〈金等級〉となった〈ジョーカー〉は、法的な一個人として国外へのチケットを手に入れた」
「なるほど……。それで、皇子にしてやったり、と?」
ジーンがくつくつと笑う。
それ『も』ある。
国外へ向かいたかった〈ジョーカー〉にとって、金等級への引き上げは渡りに船だ。
だが、本命はそこじゃない。
「で、でも不法入国者だとバレたら、結局まずいんじゃ……」
ニーコの心配はもっともだ。
検問や向こうでの活動中に身元がバレれば、国際問題になりかねない。
「その通りだな。バレねえに越したことはねぇ。だが、あの腹黒皇子が何て言ったか覚えてるか?」
「え、えと……〈ババ抜き〉のアリアに……」
「ちげぇ! その前だよ!!」
俺は、あの時の言葉をそのままなぞる。
「『金等級パーティ〈ジョーカー〉。そして、そのリーダー〈ババ抜き〉のアリア。その権限と実力をもって、ガルドア王国へ「使者」として入国し、魔族グァマを追跡・討伐せよ』」
「……あの腹黒皇子は、金等級パーティ〈ジョーカー〉に『勅命依頼』で国外へ行けって指示したんだ」
「ほう、なるほど……」
ジーンがハッとして顔を上げる。
「……あっ!」
ニーコも遅れて理解した様子だ。
「……? どういうことですの!? わたくしにもわかるようにいってくださいましっ!」
エステルが頭から煙を出しているので、ジーンが補足する。
「勅命依頼中、ボク達に何か『不測』の問題が起きたとしても、皇族が直々に勅命を出した相手を不法入国者だったと『知らなかった』なんて答えると、困るのは帝国の方ってことだよ。くくく……」
そうだ。
帝国が、皇族が。その身元と実力を保証し、正式な「使者」として送り出したパーティ。
その中に「不法入国者」が紛れ込んでいたとしたら?
それはエステルの罪ではなく、調査不足のまま勅命を出した帝国の失態になる。
坑道を出て軍と鉢合わせた、あの時。
あいつは「それは、『知らなかった』」と言って、俺をあっさり軍に引き渡した。
だが今回ばかりは違う。『知らなかった』じゃ通らねえ。
(帝国はメンツにかけて、エステルの身分を『正当なもの』として扱わざるを得ないってわけだ!)
つまり、エステルの正体がバレて政治的な面倒事になったとしても、全部イレイル皇子の名の下に丸投げすればいい。
あの腹黒皇子は、最後の最後で勝ち方にこだわった。
「厄介払い」と「恩売り」を同時にこなそうとして、勅命という便利な傘を俺たちに与えてしまった。
あいつはもう勝負が決まって、カード引く必要がないってのに、自分で引いちまったんだ。
俺が最後まで後生大事に抱え、隠し通した『エステル』っていう『最大のババ』をな。
「残念だったな、イレイル」
俺は、今頃〈魔導列車〉に乗って首都エテル・イドリアへ向かっているであろうヤツの方を見て、嘲笑う。
「俺の持ってる手札は、最初から全部『ババ』なんだよッ!!」
あの涼しいしたり顔が、事実を知って歪むのが拝めないのだけが、唯一の心残りだ。
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