#94
「まず初めに断っておきたいのは、神託というのは必ずしも正確に伝わるとは限らないものであるということです」
少しだけ困ったような笑顔を浮かべながら話す神父様に、エルヴィンは気遣わし気な視線を向けている。
「神託を聞くことが出来るのは、神職の修行を経て信仰心を認められた者や、女神に特別愛された者ですが、その信仰心の度合いや性質によって聞き取れる箇所や量が異なるのです」
昔はもっと多くの人間が神託を聞けたそうですが、今は教会の上層部でさえ神託を聞けたことのない人間が多数を占めますから、一単語聞き取れるだけでもかなり信仰心の厚い教徒と言えますね。
そう言って肩をすくめた神父様に、呆れた顔でエルヴィンが尋ねる。
「それは神託の信憑性としてどうなんだ? 単語の羅列で神託と言われても、文になっていないんじゃ解釈違いかもしれないだろ」
「確かに、断片しか分からない情報を神託として祀り上げることが常態化しているというならば問題だな」
エルヴィンの言葉に賛同して、疑うような目を向けたお姉さまを安心させるように神父様は微笑む。
「ご安心ください閣下。確かにエリーの言うことは間違ってはおりませんが、神託は通常複数人に対して同時に降りるものです。今回の神託の場合は中央に一、北に四、南に三、東に三、西に五の計十六名が聞いておりますから、五名程度がほとんどの最近から言えば、かなり重要度の高い神託であることは明らかでございました」
……私の過去の知識が正しければ、中央教会の所属人数は、他のどの地方教会と比べても二倍以上。
幹部や職位持ちの司祭たちも北部よりは多かったはず。
だというのに信仰心の大事な神託を聞けたのは、一人しかいない、というのは宗教としてだいぶまずいような気がする。
そんなことを考えてながら、ふと、神託を聞き逃しているだけの人もいるのではないかと思う。
中央教会の人間にも良い思い出はないけれど、流石に一人しか神託を聞けないことは無いのではないか。
「あの、質問をしても良いですか?」
「勿論です、何なりとおっしゃってください。リリアーネ様」
「神託というのは、どのように聞こえるものなのですか? いきなり聞こえるのならば、信仰心に関係なく聞き逃してしまうのではないかと」
どれだけ信仰心があっても、作業中で集中していれば最初のいくつかは聞き逃すだろうし、初めてであれば空耳や妄想だと流してしまうかもしれない。
良い質問ですね、と言わんばかりに頷いたあと神父様が答える。
「御心配には及びません。神託は必ず祈りの間に授けられます。神託を聞く、とは言いますが、実際に神託を授けられた時には脳内に直接、文章が浮かびます。そして、一度下された神託は、不思議なことに何度でも明確に思い出せるのです」
過去には神託を捏造しようとした不届き者もいたようですが、神の意思を騙った直後に落雷で命を危うくしたとかで、それ以降神託を騙る者もおりません。
さらっと告げられた内容は中々に重い罰だったけれど、確かにそれだけのリスクを背負って何人も聞こえる可能性のある神託の捏造を試みる者はいないだろう。
「……なるほど、それなら複数人で照らし合わせれば正確な内容も分かりますね」
「はい。とはいえ、余程重要な内容でもない限り、神託を与えられる名誉に預かれるのは大概二人か三人なので、抜けが多い神託の場合も多いのですが」
通常二、三人と聞くと、今回の神託は余程気合を入れて呼びかけたのだということは分かる。
私が納得していると、お姉さまが静かに、それでも続きを急かすように口を開く。
「それで、神託の全容は?」
お姉さまの問いに、険しい顔に戻ると、重々しく神父様は口を開く。
「『世界の行く末を変える者の名はリリアーネ。守護者アノンに従い、その意志を援け、奉仕せよ』。これだけですと、話の内容も見えてこないかと思いますが、これ以前に受けた神託のいくつかに『世界の行く末』を指し示すであろうものがございます。その情報が指し示すところをまとめてしまうのならば」
そこで一度言葉を切った神父様が、それとなくアノンに視線を送ったことに気付いたのは当人と私だけだろう。
アノンは何も言わずに、つっと視線を逸らした。
「……」
ぎゅっと、アノンが拳を強く握っているのが見えて、励ますようにそっと隣から手を重ねる。
きっとそれは彼がよく知っている絶望だと、私と神父様は気付いている。
「この世界に滅びをもたらす悪魔の王、すなわち魔王が召喚され、人も物も全て、何もかもが無に帰してしまう、と」
お姉さま「エリーって誰?」
エルヴィン「……」(黙って目を逸らす)
お読みいただきありがとうございます。
次回更新予定 9/11




