#88
orz
(sideアノン)
「おい、どういう意味だ? リリアーネ様が、マーガレット様の代わりって?」
身を乗り出して必死な様子がどこか過去の自分とも重なるような気がして、決まりが悪い。
エルヴィン・シュトゥルムが縋るような視線をこちらに向けた。
目線を逸らし、窓の外を見る。
澄み渡った青空が、どうしようもない後悔を、静かに肯定している気がした。
「どれだけ簡潔に話しても長い話だけど、我慢して聞いてよ? 今から……大体十年とちょっとくらい後かな?」
北部から嫁いだ妾腹の元公爵令嬢、王子妃リリアーネ・ブルーメ・ルーンは、夫である第二王子と王家の企みにより、男爵令嬢の暗殺未遂で処刑された。
戦役の最中にそれを知らされたマーガレット・ブルーメ公爵は当然、冤罪だと抗議を入れるも、既に処刑が実行された後。
遺体をその場から持ち去り、公爵邸に戻った公爵は手を出してはいけない禁術に手を出した。
大量の魔力と、公爵自身を引き換えに願った妹の蘇生は不完全に終わり、世界に破滅をもたらす魔王を復活させるだけで終わり。
本来なら、そんな悪いことをしちゃった子は、やり直しなんてさせずに魔族に侵食された世界ごと消されてしまうのがお決まりなんだけど。
可愛い子には甘すぎる我らが女神さまの当代のお気に入りが公爵様でね。
本来なら消されるはずの彼女を救う為に教会に信託を下し、無辜の民を犠牲にして無理矢理条件を整えた。
ただ、公爵様の記憶にはあまりにも魔族の思想が混じっていたから、彼女自身にやり直しをする権利は与えられない。
禁術の影響で無理矢理引き留められていたリリの魂を代わりに巻き戻すことに決めたのさ、本人には確認も取らず、強制的にね。
「……とはいえ、そんな状況を既に亡くなったリリが知るわけもない。だから当時教会に所属していた中で最もブルーメ家の姉妹の事情を把握していた僕をリリのおまけで送り込んだ。記憶を保持しているのが二人という点は『慈悲』と同じだね」
「姫様や、マーガレット様は、どこまでご存じだ?」
「もっと柔らかくして一通りは伝えたよ。僕の判断だけど、現実をそのまま受け止めるには、リリもマーガレット・ブルーメも精神的に弱いから」
リリの姉だから手加減してあげているだけで、赤の他人であれば徹底的に己が罪を認識させてやったけれど。
数ある信徒の中で僕を選んだ女神と、ひたむきに姉を慕うリリに免じて、最大の過ちを指摘するだけに留めてやったんだ。
「俺は、俺は、何をしてたんだ! 他の、家臣、も……」
言いながら何かを察して勢いを失ったこの男になら、八つ当たりの一つや二つは許されるのではないか。
そんな思いがふっと浮かぶ。
僕は、一番コイツのしたことが、一番嫌いで、一番羨ましい。
この男が、最後まで生きていれば、きっとリリだけは一度も苦しまずに済んだろうから。
僕らと離れて引き取った姉ともろくに会えず、孤立していたリリに外の世界を見せ、ブルーメから離れるきっかけを与えた。
その癖、途中であっさりと殺されて、リリが再び窮地に陥ることを知らないまま、お姫様を救い出せたと思って死ねた幸運なやつ。
「死んだよ。僕が把握している限り、今いる公爵家の側近はリリが死ぬ前にほとんど亡くなっている。理由はまあ色々あるけど、半分以上は内輪もめきっかけか中央絡みの暗殺、残りは流行病と戦争で」
リリにとって良い思い出があるとも思えないような連中であっても、彼らの半分でも生きていれば、表向き王家だってリリをもっと大事に扱っただろうし、彼らもブルーメの威信の為に、王家からの待遇には目を光らせていただろう。
「……俺は?」
「もう心配ないんじゃない? 原因は捕まったわけだし。ああ、でもお優しい公爵様と貴方は許してしまったんだったかな? 助命だけならともかく、まだ家臣においておくつもりがあるのは正気を疑うけど」
リリは侍女の心情を気にしてか、その決定にも怒るどころか喜んでいたけれど。
領主としての公爵は勿論、目の前のこの男がそれを諫めずにいることも、上に立つ者の自覚も、命を狙われる立場としての自覚も、守らなければいけない人間がいるということのリスクも、まるで考えていない、甘ちゃんの思考。
非難するように睨んだというのに、目の前の男はどこか安堵さえ含んだような溜息を吐いた。
本当に、苛つかせてくれる。
「……やっぱり、ユリウスか」
「逆にそれ以外に殺される心算は無かったんじゃない?」
「それも分かってるのか。俺は、あいつになら殺されたって仕方ないと思っていたからな」
お読みいただきありがとうございます。
次回更新予定 8/28(たぶん間に合わないデス……)




