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公爵姉妹は幸せです  作者: 京栞


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87/110

#87

一日遅れ本当に申し訳なく……

(sideエルヴィン)

「……やっぱり公爵様の側近ともなると、お忙しいんですね」


 予定時間より少しだけ遅れて部屋に入ると、嫌味たらしくも淡々と俺に話しかける幼い声。


「ははは、この前まではそうでもなかったんだけどなぁ。君たちのおかげで信用できる奴と出来ないやつがはっきりしたのは不幸中の幸いってところかな」

「へえ」


 まるで対等だとばかりに堂々とした態度に内心で警戒を強める。

 自分よりずっと小さい体だというのに、虚勢でもなく、牽制でもなく、心底興味が無いといった風の気のない返事。


 対抗するわけではないが、無意識に張り付けた笑顔が強張るのが自分でもわかった。

 相手の緊張感を和らげるためのソファが、この場に至っては自分の緊張を誤魔化すための道具になっている。

 嫌な話だ。


「さて、他の子たちとは面談も終わって、お前が最後の面談な訳だが……」


 わざと、奥まで深く座ってからぐいと体を前に乗り出す。

 俺の求めた答えが、きっと、ここにあるから。


「アノン、お前、一体何者なんだ?」


 北部の主ともいえるブルーメ公爵家の令嬢、リリアーネ・ブルーメと同じ孤児院出身。

 灰色の瞳と五月の新緑を思わせる髪。

 年は、リリアーネ様より二つ下。


 分かっている情報は、たったのこれだけ。

 北部は寒冷な気候の影響で、豊作の年であっても生まれたばかりの赤子を育てる余裕のない家も多い。

 公的な予算の支援が入ることが分かっている孤児院に預けるのはまだ良心がある方だろう。


 実際、ビリーは親もない状態で路地裏に暮らしていたところを孤児院の院長に拾われたらしい。

 警戒心の高そうな貧民暮らしが、あのあからさまに高圧的な院長に着いて行くともあまり思えないので、まだ何かしらを隠してはいそうだが嘘は言っていないようだった。


 アノンは、二年前の冬ごろに叔母を名乗る人間が預けに来たという話だ。

 髪色も瞳も、一般的とまではいわないが北部にはままある特徴だ。


「何者って……素性は調べてるんでしょう? どうせただの孤児としか結果は出てないと思いますけど」

「だからこそ、だよ。姫様の連れて来た子は全体的に成熟しているけれど、お前とビリー、姫様は下手な大人よりも頭が回るときがある」


 ビリーはまだ分かる。

 六歳といえば、平民の子どもは家業の手伝いや奉公に出される年でもある。

 あの中の最年長であることにも加え、孤児院の外で大人の目をかいくぐぐりながら生き延びるには、いつまでも子供ではいられない。


 が、アノンはそれより三つも下。

 思考力ばかりか普通の子どもなら発話すら覚束ない場合もあるというのに、大人の会話を理解する速度は恐らく子ども連中で一番早い。


「ふうん。偶然じゃないですか?」

「そんな返答をした時点で、もう隠す気はないんだろう? 大体、そんな目つきで大人を睨む子供がそうそういてたまるか」


 大人が浮かべるのと同じような爽やかな笑いを作ろうとしたのを遮るように追いつめると、ぎろりと睨まれる。

 かぶっていた猫は、ついに逃げ出したようだ。

 少年は、それからふっと感情を消したような顔をして溜息を吐く。


「……はあ。リリにはもう聞いたの?」

「いいや。姫様にとって言いづらいことを無理に言わせるより、別のやつに聞いてから確かめた方が傷付けずに済むからな」


 優先順位はあくまで姫様の安全と幸福が上。

 幼かろうが、立場が弱かろうが、得体が知れなかろうが、俺がすべきことは姫様以外から、姫様の傷つき得ることに繋がりかねない情報を出来るだけ得ること。


「僕の方が小さい子どもだって分かってます? ……まあ賢明ですね。リリよりも僕の方が把握してることも多いし、リリに思い出させるには酷なことが多すぎる」

「……じゃあやっぱり、姫様とお前は『女神の慈悲』を……時間のやり直しをしているのか?」


 お前がどう思おうと俺は気にしない。

 そう告げたも同然の言葉に、少しだけ安心したように笑う姿に、なかば確信する。


 既に過ぎてしまった過去を無かったことにし、全てをやり直す機会を与えてくれる、女神の慈悲。

 普通の人間には決して与えられないそのチャンスを得るにどれだけの悲劇を、彼らは選択したのか。


「『慈悲』とは似て非なるものだよ。というかどこからそんな言葉を? それは教会の奴らもほとんど把握していなかったような古い文献にしか書かれていないはずの事象だよ?」

「昔の話だ。それは今はどうでもいい。『慈悲』でないなら、一体なんだ?」

「……『女神の慈悲』には選択権が人間側にある。あくまで「慈悲」なんだから、受けるも受けないも僕たち人間が決められる。けど」


 言葉を切って、ぎゅっと拳を握り締めた様子で、俺ではない、ここにはいない誰かに、憎悪が向いたのが分かる。

 どこか自分自身にも向けられているようなその気迫の強さに、取り繕うことも忘れ、思わず吞まれる。


 心に平静を取り戻す、その前に続けられた内容が思考を奪う。


「リリが受けたのは『慈悲』なんかじゃない。本来なら記憶を持ってやり直すのはリリじゃなく、マーガレット・ブルーメだったんだから」

「……何?」

お読みいただきありがとうございます。


次回更新予定 8/26(今度こそ!)

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