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公爵姉妹は幸せです  作者: 京栞


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78/84

#78

滑り込みセーフ。

「俺は散々悩んだ挙句、家の役割を優先するっていう理由をつけて若様から距離を取ることを選んだ。……若様の死が分かっていたなら、それを防ぐために俺を動かしてくださればよかったのに」


 あの時のひたすら選択を迫るかのような心臓の鼓動は、今も色褪せることが無い。


 漠然とした予言を根拠に、若様から離れろと言われた時は動揺もした。

 納得もすぐには出来なかった。

 四六時中共に過ごしたわけではなかったとはいえ、側近連中とも将来の主人とも既に打ち解けて久しかったし、少しだけ年上の自分を、素直に慕ってくれる公爵子息の側に仕えることを幸福だと受け入れられるほどには、「側近の自分」ができていたから。


 それでも、最終的に姫様たちの望みを聞き入れたのは、姫様たちの方が自分よりも苦しさをたくさん抱えていることに気が付いてしまったからだ。

 多くを語らない二人が、口に出してでも変えてほしいと望んだことが、何の意味もないはずがなかった。


 幸いなことに、自分の身分は古くからの貴族ではあっても、最側近に選ばれるべき高位貴族ではなかったので、俺一人が傍にいようといなかろうと、領政に然したる支障はなかった。

 若様には大分ごねられたが、何とか理由は話さずに押し通すことが出来た。

 いくら何でも、こんな不確定な情報で不安にさせることだけは避けたかった。


 若様が、亡くなった時は、姫様を恨んだりもした。

 単に俺が何かをやらかして公爵家に迷惑をかけるとかじゃないかという楽観的な予想も、公爵家に一時的な不況が訪れて、俺が外から解決策を探せるのではないかというような予想も、見立てが甘すぎた。

 俺より若い、大事な大事な友人たちは、俺の知らぬ間に死んでしまった。


 俺が悲痛な面持ちでこぶしを握り締めたことに、執事長は微かに眉尻を下げ、どこか慰めるような声で話しかけてくる。


「……リーリエお嬢様は、『女神の慈悲』についての詳細は、最後まで明かしてくださらなかった。あの方が教えてくださったのはただ単に、旦那様、先々代公爵閣下の命をお救いしなければならないということのみです。未来予知……いや、貴方の聞いた話からすれば未来予測、ですか? 知っていれば、私たちも対策が出来たはずですがそこまで信用されていなかったということでしょう。貴方も亡くなっていれば、私たちだけではマーガレット様は公爵ではいられなかったでしょう」

「マーガレット様にとってどちらが正解だったかは分からないじゃありませんか。俺がいた事でマーガレット様は逃げられなかったんだから」


 リリアーネ様の存在を知らなかった俺にとって、ブルーメを守るためにできることは、マーガレット様に全てを継がせることだった。

 赴任先の仕事は無理やりにでも切り上げ、大量の棺に入った友を見送り、まだ一人では乗馬も出来ないような少女に、俺は全てをかけようとした。


 若様の妻……先代夫人の実家は王都でも有数の名家で、そちらに引き取られていれば、マーガレット様は、今のような公爵然とした君主ではなく、穏やかに令嬢らしい平穏な暮らしを送れたかもしれない。

 あるいは、北部の名家から婚約者を宛がい、外戚となる一族に実質的な運営を担わせることだって可能だったろう。

 粛々と己が運命を受け入れたマーガレット様の様子を良いことに、俺が追わせてしまった苦労の量は計り知れない。


「ですが、マーガレット様が公爵でなければ、リリアーネ様はあのまま孤児院におられたでしょう。運が良くても奴隷として売られ、最悪の場合、公爵家の血を引くことが分かれば北部を乗っ取る為の道具として利用され続けていたでしょう」


 若様が使用人に手を出したことも、リリアーネ様の存在も、俺が知らされなかったのは、単に俺の元まで情報を知らせるには漏れ出るリスクが大きかったことは理解している。

 若様の倫理観は置いておいて、リリアーネ様の存在を知れた時は、今度こそ、自分が命を賭してでも守れると思った。

 しかし、それは俺の思い上がりに過ぎなかったのだ。


「最初に、リリアーネ様を遠くから見たときは、若様と瓜二つのお嬢様を、今度こそ死なせてはならないと思いました。そのために、出来るだけ多くの守りを付けるべきだとも。けど、親しくなればなるほど、リーリエ様と重なる部分が強くなった。二人とも自由が無い場所に留まることはできないところが同じなんです。もし、あの時と同じように、自ら寿命を縮めるような真似をされたら、俺はどうすれば……」


 たとえ無謀なことであっても、それをするべきと信じたことは絶対にやり通そうとするその姿を見ると、どんな危険があろうともそれを支えてやりたくなった。

 

 執事長は俺のことを心配そうに見つめてから、溜息を吐いた。


「私は、リーリエ様とはほとんど関わりがありませんでしたから、貴方の言うことが客観的に正しいのかは分かりません。しかし、リリアーネ様が同世代の子どもたちよりも大人びていることは、既に今回の一件で証明できたとも言えます。『女神の慈悲』については私の方でも調べておきましょう」

お読みいただきありがとうございます。


次回更新予定 8/5

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