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公爵姉妹は幸せです  作者: 京栞


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77/89

#77

は、八月になってしまった……

「それ、は、一体どういう意味ですか? 俺が若様に何か相応しくないようなことをしてしまいましたか?」


 リーリエ様の言葉の意味は、そういう事ではないのだと分かりながらも察しが悪いふりをする。

 彼女の様子に、俺を責めるような色は全く見えなかったけれど、それを認めてしまえば、もっと気分の悪くなる何かに、触れねばならない予感がした。


「いいえ、違いますよ。貴方はお兄様からも高く評価されていますし、主従関係も良好だと聞いています」


 ふっと笑みを浮かべて首を横に振った姫様は、今にも溶けて消えてしまうのではないかというほど儚く、美しい。


「なら、どうして」

「貴方には教えてあげたことがありましたね。どうして私たちの寿命が残りわずかなのか。どうして私は公爵家を出ずにこの家にいられたのか」

「……姫様とアサツキさんは、元々、先代様と公爵様が戦地にて窮地に陥ったところを助けられたことで、知り合う機会を得たのだと。寿命は、奥様にかけられた呪いを解くための秘術の、反動、だと」


 当時はまだ関係が目に見えて悪かった隣国との戦争で、敵地のど真ん中で孤立してしまったブルーメ家の親子を、味方の陣地まで密かに送り届けたアサツキさんと、彼らの怪我を治療した姫様に礼をする為素性を調べたところ、姫様がブルーメの血を引いた姫であることが判明したのだ。

 さらに、二人は今代に代替わりした後に、若様を身ごもった奥様を狙ってかけられた呪いを解いたのだが、運悪く全てを解呪しきることが出来ずに、残滓を二人が引き受けることになってしまったのだと、二人からも大人たちからも聞いていた。


「出来過ぎだとは思いませんでしたか? 妾にすらなれなかった踊り子の子どもが、血の繋がった家族の危機に都合よく助けに現われるなんて、まるで誰かが仕組んだかのようでしょう?」


 確かに、言われてみれば、物語的すぎるタイミングといえる。

 しかし、それをわざわざ助けたご本人がいう意味が分からない。


「『女神の慈悲』です。慈悲、なんて優しい言葉で誤魔化されたくはないですが」


 『女神の慈悲』?

 あまり聞き馴染みがない言葉だが、何かの隠喩か?

 俺は、言葉の意味を聞き返そうとして、姫様の表情に息が詰まったように動きを止める。

 逆光になって暗い姫様の表情は、悔しさの中に、隠し切れない憎悪を宿していた。


「私とアサツキの人生はこれで二度目です。前回の私は、ブルーメ家の当主と後継ぎが戦死したことで起きた暴動に巻き込まれ、平民としてその生を終えました」


 姫様が、一度、死んだ?

 荒唐無稽な話だと思ったが、姫様の表情に、嘘偽りはない。

 それに、二人の普段のどこか俗世を俯瞰的に見ようとする部分も、人生が二周目だと考えれば、どこか納得できた。


 スッと視線を動かす姫様の顔の先には、壁に背中を預けて立つアサツキさんの姿。

 彼も姫様とよく似たその顔を、全く同じ感情に染めている。


「リーを失くした私は生きる意味を失い、自ら命を絶った直後、私とリーは貴方たちの信ずる女神の一部と邂逅しました」

「女神の、一部?」


 この大陸で信仰される女神は運命を司るとも、時間を司るとも言われているが、分裂するとは聞いたことが無い。

 一部とはいったい何を指しているのか。

 アサツキさんが続ける。


「貴方たちの信仰は長い時間の中で、女神を一人にしてしまいましたが、元々貴方たちの女神は三人姉妹。私たちが出会ったのはそのうちの長女を名乗る女神です」


 まさか自分の信仰する神以外にお目にかかる機会が訪れるとは思いもしませんでしたね、そんな風に言いながら目を細めたアサツキさんは俺たちの方へ少し近付く。

 彼から言葉を引き継ぎ、姫様が口を開く。


「彼女は私たちに契約を提示してきました。貴方たちの死を取り消す代わりに、変えてほしい運命があると」

「私たちはそれを受け入れ、いくつかの力を貸し与えられ、訪れるはずだった結末に繋がる悲劇をいくつも阻止しました。少し先の可能性を覗くことが出来るというのも、私たちが受け取った力の一つ。それを使って変えた一番初めの未来が、先代と現公爵の戦死です」

「公爵家に迎え入れてもらってからは平民として動くよりも遥かに多くの人を救うことが出来るようになりました。けれど、数えきれないほどいくつもの可能性を潰しても、それでも、結末は変わらなかったのです。私たちにできたことは、時間を先送りにするだけ」


 交互に、淡々と続く言葉は、その口ぶり以上に重く、俺にのしかかってきた。

 アサツキさんと姫様は横に並び、目を合わせ頷くと、俺にまっすぐと向き合い、アサツキさんが先に口を開く。


「エルヴィン、私たちがいなくなったその先の未来で、再びブルーメは危機に陥るでしょう。そしてそれは、大きな厄災をも呼び寄せかねません」

「その時に、貴方があの子の側にいないことが事態を好転させる可能性が高いのです。側近の地位にはついているべきですが、あの子の側に付き従うことは、あの子の為にも、貴方の為にも、この領の為にも決して最良の結果はもたらしません」


 姫様が、その白く華奢な手で俺のすっかり大きくなってしまった手を握る。

 その小ささからは想像もできないほどの強い力に俺は思わず飲まれそうになった。


「エルヴィン、遺言だと思って、私たちの頼みを聞いてくれますか?」

お読みいただきありがとうございます。


次回更新予定 8/3

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