#75
いっつも遅れてる)orz
夏休み中になんとか投稿時間を直したいです……
思い出すのはいつだって、吸い込まれるような蒼と、全ての感情を忘れさせる漆黒。
東洋の血を感じさせる顔立ちと、小鳥のように軽やかな声。
……俺にとっての最初の「姫様」、先々代公爵の異母妹リーリエ・ブルーメとの日々は、決して逃れられない鎖だ。
「エルヴィン、貴方、側近候補のお話を断ったそうですね? お兄様がとても残念がって、私のところまで説得してはくれないかとお願いにいらしたのだけれど」
十二の春。
シュトゥルムの屋敷の裏口から、森を抜けると辿り着くブルーメの別荘の庭先、勢いよく駆け込んできた俺に苦笑しながら、姫様が口を開いた。
その話が出たのはつい三日ほど前の話だというのに、もうこのお方の所まで届いてしまったのかと思うと同時に、この美しい花は自らの異母兄であるご当主を慕っていらっしゃるから、きっと困らせてしまっているのだろうと心苦しさが生まれる。
ついと、視線を逸らした俺の姿は、いつもの三倍は情けない子供らしかっただろう。
言い訳がましいことを自覚しながらも、視線を庭に向けたまま口を開く。
「別に若様のことが嫌いというわけではないですよ。若様は俺より年下だけど、聡明な方ですし、ブルーメを背負うに相応しい品性を既に身に着けておられます。良いご当主になられると思いますよ」
「それでは何故?」
そう、実際ブルーメの若様、いずれ俺がシュトゥルムを継ぎ、ブルーメの影としてお仕えするはずのその方には欠点の一つも見つからない。
強いて言うとするならば、多少の空気の読めなさというのはあるが、高位貴族の跡取りなんて多かれ少なかれそんなものだろうし、ご自分の立場を既に理解し、我儘の一つも言わない方なので、特に問題となる事はないだろう。
本心から嫌がっていないことを理解した姫様は、当然ながら俺に理由を尋ねる。
心底不思議そうな顔で、何一つ悪感情を見せず聞いてくる彼女に、答えないわけにも行かず、しぶしぶ答える。
「……今代の側近は皆、若様と生活を共にする為、公爵邸に住まうことになると」
「ええ。若いうちの苦労は皆、共に経験した方が良いとお兄様がそうおっしゃっていましたよ。私もそれには賛成ですが、それが何か?」
姫様も若様やご当主と一緒でどこか鈍いところがおありだから伝わらないだろうとは思っていたが、どうしても続きを自分から言うことは恥ずかしい。
次の言葉を継げずにいると、屋敷の中から、黒い長髪を一まとめにした東洋風の顔立ちの男がお菓子の入ったワゴンを運んでくる。
瞳が黒い以外は、姫様とほとんど変わらないその容姿は中性的で、姫様の影武者として入れ替わることも出来そうなぐらい男としては小柄で華奢だ。
「リーは本当に鈍いですね。エルが可哀そうではありませんか」
「アサツキさん!」
アサツキという名のこの男性は、姫様の母、前公爵の妾であった東洋出身の踊り子の最初の子どもだ。
一夜の慰みの後に姫様を授かった踊り子は、人知れず出産を終えすぐ亡くなり、当時十歳の子どもでしかなかったアサツキは、姫様を公爵家が見つけるまで、彼女を養い続けた。
姫様が公爵家にもたらした恩恵のほとんどは、彼が協力して得たものでもあるので、ご当主も苦く思いながらも追い出せず、姫様の侍従としてこの屋敷に勤めているのだ。
侍従でありながらも、主の家族でもあるこの人は、姫様と俺だけの場ではこうして姫様を妹として扱う。
姫様はアサツキさんの言葉に唇を尖らせ拗ねたようなふりをしながら問う。
「アサツキ、一体どういう意味ですか?」
「エルは、公爵邸に出仕したら忙しくなるでしょう? 若様からように離れることも難しいでしょう。私たちの住むこの別荘は、シュトゥルム家からは半刻もかかりませんが、公爵邸からは半日かかります」
そこまで言われて分からない姫様ではない。
驚いた顔をして自分の顔をまた見つめる姫様に、恥ずかしさを押し殺して向き合う。
「……姫様も、アサツキさんも俺にとっては大事なお方だから。今は、まだ一緒にいたくて」
詳しい事情は知らないが、姫様もアサツキさんももう永い命ではないことを、俺はどこからか聞いていた。
二人がそれを知っているのかは知らないが、俺は少しでも長く、この美しい兄妹といられたら、それが一番幸せだった。
「エルヴィン……」
「家臣としては失格だってことも分かってるんですけど」
我ながら子供っぽい理由だとは思うので、また耐えられなくなり視線を逸らす。
姫様が、はあ、と溜息を吐いた。
「困りましたね」
「……」
「貴方のことを諭して出仕させるべきだと分かりながらも、今、私は貴方の想いを嬉しく感じています。お兄様には私からお話してみましょう」
その言葉に思わずぐっと身を姫様の方に詰めて目を輝かせていた俺の姿が滑稽だったのか、後ろでアサツキさんが肩を一瞬震わせたことも気に留めず、俺は大声を出した。
「いいんですか⁉」
「お兄様は私には強く出られませんから、きっと大丈夫です。その代わり、エルヴィンは大きくなったら私の可愛い甥にきっと尽くしてくださいね?」
優しく頷きながら、握りこぶしから小指だけを立ててこちらに差し出す姫様の小指に同じ形の小指を絡める。
兄妹が教えてくれた、東洋式の呪いだ。
「もちろんです! 今、姫様たちとご一緒できるなら、それで!」
少しでも長い時を過ごせることに浮かれていた俺は、彼女の笑顔の中に隠れた暗い未来を、まだ、本当には理解していなかった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新予定 7/29(頑張りたい)




