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公爵姉妹は幸せです  作者: 京栞


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74/84

#74

エルヴィン視点です。

執事長、ずっと忘れられてたんだよなあ。

(sideエルヴィン)

 ユリウスが意識を失ってしまった分の埋め合わせをこなしてから、執事長の部屋へと向かう。

 一応は容疑をかけられ投獄されているはずの身で堂々と歩きまわるわけにはいかないが、元々マーガレット様に許可を得て自分の部下を動かしていたので問題ない。

 諜報や工作に用いる人員のほとんどが普段は自分と関わりを持たない人間なので事情を知らない人間は自分の介入には一切気付けないだろう。


 執事長は、自分の報告を聞くと頭を抱えるような仕草をしながらため息を吐いた。

 顔色には確かな疲労が滲んでいる。

 当然のことだ。

 自分が育てた文官が自分の孫を操って主家に仇成す行為を行おうとしたのだから、倒れずにいるだけマシだろう。


「……なるほど。事情は大体分かりました。私一人が蚊帳の外だったというわけですね」


 ぎろりと睨まれ、ついと視線を逸らす。

 かつて先々代の側近の中で最も敏腕と恐れられた彼の指導は先代の側近の中では比較的器用なはずの自分でさえ相当きついもので、今でもその本気の追求であれば俺は逃れる術を持たない。

 卑怯だとは思いつつも、絶対的に逆らえない相手の名前で逃げさせてもらう。


「マーガレット様からのご命令でもあったので」

「それは分かっていますよ。こういう事態で無暗に事情を知る者を増やしてもいけませんし、私はユリウスの後見人でもありましたから、最初から知らせてもらえないことについては構いません。私の担当は城内の管理ですし」


 呆れたような、諦めたような表情になりかけた彼に一瞬警戒を解くも、その瞳の奥の鋭さは一切鈍らない。


「しかし」


 そこで、一瞬の緊迫感を持たせるために、言葉を切るあたり、執事長はどうやら本気で怒っているようだと察して思わず顔が引きつる。


「少なくとも、リリアーネお嬢様が関わろうと動いた時点であなたやミディ、マーガレット様は私にすべてを伝えるべきでした。それが叶わないのならば、徹底的にリリアーネお嬢様を関わらせない手段を講じねばならなかった。分かっていますね?」

「……はい。それに関しては返す言葉もありません」


 間違ってもここで、姫様は普通の子どもと違って優秀だ、とか、姫様についている子どもたちの能力を考えれば、下手に行動を制限して監視するよりも安全だ、とか言い訳をしてはいけない。

 俺は黙ってお叱りを甘んじて受ける。


「リリアーネお嬢様と孤児たちがいくら優れた能力を持っていようと、肉体はただの子どもに過ぎないのです。ましてや、リリアーネお嬢様は現状公爵家を継げる唯一のお方です。マーガレット様がリリアーネお嬢様に強く出られないことは分かりきっているのですから、次に近い大人であるあなたは必ずお諫めしなければならなかったのです」


 執事長の言っていることは何一つ間違っていない、ドが付く正論というやつだ。

 いくら言い訳を述べたとしても、俺が子どもに協力させるような情けない、無責任な大人であることは事実。


 執事長は、ぐっと感情を耐えるような表情をしてから、俺に向かって慰めるようにしながらも説教を続ける。


「……あなたが、リリアーネお嬢様の願いを全て叶えたいと思う理由も分かります。お嬢様は先代と全く同じ色をもっておられますからね。ですが、それならば猶更、二度と大切な主を失うようなリスクを負ってはならない! それはあなたが一番よく理解したはずでしょう!」


 先代と似ているからと影を重ねすぎるな。

 その言葉に思わず、俺は否定の言葉を返してしまう。


 確かに俺は姫様と、別の人間を重ねてしまっている。

 けれど。


「違うんです」

「は?」


 今更言い訳でもする気かというように執事長の目が吊り上がったのを見ながら、俺は慌てて補足する。


「いえ、確かにリリアーネお嬢様は先代、アーロン様にも似ておられますが。リリアーネお嬢様が似ておられるのは」


 そこで思わず息が詰まり、言葉が止まる。


 思わず閉じた瞼の裏に、その人の、消え入りそうな微笑が蘇る。

 リリアーネ様とは似つかぬ顔立ちのその瞳だけは、確かにリリアーネ様と同じ色をしていた。


 訝し気な執事長にこの名前を出してしまうことを少しだけ申し訳なく思いながらも、自分にとっての、最初の「姫様」の名を口にする。

 それを耳にすれば、彼もまた、あの苦しみを思い出してしまうことを理解していながら。


「リリアーネ様が似ておられるのは、リーリエ姫……先々代公爵閣下の御令妹・リーリエ様です」


 頭の中で反芻したのであろう執事長の表情が、俺の言葉を理解した瞬間一気に青ざめていく。

 執事長にとってもこの上なく大切な存在だった彼女の名前は、もう二十年以上口に出すものなどいなかったのだから。

 今は既に亡いその人は、ブルーメ家にとって大きな悲しみを生み出した始まりの人。


「……エルヴィン、それは、本気で言っているのですか? リーリエ様に、リリアーネ様がというのは、容姿の話では、無いのですね? リーリエ様のあの事情を実際に見たあなたが、そう、判断したのですね?」


 執事長が俺の目の前で思っていることは全てわかる。

 痛いほどに。

 それでも、俺は事実を告げる。


 過去を知る者にとっては、この上なく残酷な事実を。


「はい、リリアーネ様はほぼ間違いなく、リーリエ様と同じ死に戻り……『女神の慈悲』の被害者でしょう」

お読みいただきありがとうございます。


次回更新予定 7/27

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