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公爵姉妹は幸せです  作者: 京栞


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70/84

#70

(sideユリウス)

「は? シュトゥルムが姿を消した? あれほど油断するなと言っただろう!?」


 咄嗟の怒りに任せて、思いきり机を両手でたたく。

 バンッ、と大きな音を立てて飛び跳ねた机の勢いにも、報告に来た見張り騎士二人は、顔色を変えずに淡々と謝罪の言葉を述べる。


「申し訳ありません」

「はぁ、それで? どんな状況であいつは姿を消した?」


 思わず、怒りを削がれ、声のトーンを幾分か落とした私は状況を尋ねる。

 先ほど声を張り上げた影響か、はたまた例の副作用か、鈍い頭痛が思考の邪魔をしている。


「我々にも分からないのです。地下牢の入り口には常に二人控えておりましたし、シュトゥルム卿に食事をお出しするときも入口の見張りとは別の者が、二人で向かうようにしていました。昼食を出すために牢に向かったところ、既にもぬけの殻でして」


 淡々と続く報告の内容を理解し、自分の指示が守られていないことに気付くと、また耐えられなくなり声を荒げてしまう。

 私の反応に、壮年の騎士は呆れたような顔で言う。


「昼食だと? あいつには一日一食で十分だと言っただろうが!」

「あくまであの方にかけられているのは疑いですし、有罪だとしても、食事を制限するのは単なる拷問に過ぎないでしょう」


 あの男に地下から出られないだけの休暇を与えるつもりはない。

 私の家族を二度も死へと導いたあの男は地獄を見るべきだ。


 騎士の言ったそれがもっともな指摘であることは、十分理解していたというのに、私の苛立ちは収まるどころか増すばかり。

 私の様子を観察していた若い方の騎士が眉をひそめて、疑うような目で私を見てくる。


「……カルスト卿、まさかとは思いますが、本当にシュトゥルム卿が裏切ったのでしょうか?」

「はっ、今更、何を」


 あの警戒心の強い閣下ですら頷いた証拠を作ったのだ。


 そもそもお前たち騎士は自らあいつの監視役を買って出たのではないか。

 私のその思考を完璧に読んだ壮年の騎士が首を横に振って否定すると、青年騎士もそれに追従した。


「シュトゥルム卿が本当に公爵家や閣下を狙っているのであれば、もっとうまいやり方がいくらでも可能です」

「私も同意します。あの方は騎士団にも定期的に鍛錬にいらして忠誠心の足りない者に指導を入れられるような方ですし」


 ああ、まさか騎士団まで手中に収めているとは、本当に卑怯なやつだ。

 シュトゥルムへの怒りはそのまま彼の見方をする騎士たちにも適用された。


「ふざけるな、お前たちだってシュトゥルムの罪を理解したからこそ私に見張りを志願したのだろう⁉ まさか、お前たちが逃したのではないだろうな⁉」

「俺たちが牢の警備を志願したのは、シュトゥルム卿の安全の為です。閣下がお戻りになるまでに容疑者が亡くなった方が都合の良いものがあの方を狙うだろうからと、閣下にも命じられています。わざわざ逃がすつもりならあなたの下にも参りません。ユリウス卿とて、過度な接触は控えるように言われているはずです」

「私たちがあなたに報告に来たのは、仮にもあなたがこの公爵邸の管理を任されている一人だからですが、最近のあなたはやはりどこかおかしいです。以前は少なくとも、シュトゥルム卿に対してこんなあからさまに敵意を向けるようなことはしなかったでしょう?」


 職務怠慢ではないかと詰め寄ろうとするも、あっさりと疑いごと軽くいなされる。

 表にしている私がやろうとしていることですら、閣下からの命令に違反しているということは火を見るよりも明らかだった。


 そうであったとしても、責任者という立場であれば、全てをねじ伏せることが出来る。

 そうして優位な立場にあるうちに、シュトゥルムの罪状を確定させる証拠を作り、拷問の許可を正式に得て、じっくりと両親たちの仇を取る。


 だからこそ、今はどんな手段を使ってでも、彼を黒にし、手元に置いておかねばならなかったというのに。


 自ら見張りを志願してきた人間であれば、シュトゥルムに恨みを持っている同志に違いないと信用するべきではなかった。

 腐っても、公爵家に仕えて長い側近は、未だに自分より人望も上らしいと悟り、さらに激しい憎悪に思考が染まっていく。


 あと、あと少しで、私の目標は達成されるというのに。


 わなわなと震える私をどう解釈したのだろうか、一転して心配しているような表情になった騎士二人は、私に近寄ると、慰めるように、労わるように、私に声をかけてくる。


「閣下もご不在ですし、これ以上勝手な真似をなさって責任を取れるのでしょうか。たとえシュトゥルム卿が罪を犯していたとしても、代わりの方がこうなっているようではついていけません」

「カルスト卿も一度落ち着かれて、閣下のお戻りを待ってから再度動くのでも良いではありませんか。最近は仕事詰めでしたし、冷静になれるまで仕事量を減らしても、誰も異議は唱えません」

お読みいただきありがとうございます。


次回更新予定 7/17

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