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公爵姉妹は幸せです  作者: 京栞


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66/86

#66

「ダスゲイル子爵の言い振りからすると、何らかの情報、或いは道具……事情を知らない彼から見ても公爵家の家臣を自陣営に引きずり込むのに納得できるだけの……」


 私にかけられた暗示の内容からして、ダスゲイル子爵こそが私に呪いをかけた張本人なのではないか、というのはリリアーネお嬢様の推理だったが、私もそれで間違いないと考えていた。

 けれど、先ほどの反応からすれば、恐らく彼は犯人ではない。

 彼が私に暗示をかけたなら、きっともっと横柄な態度になるはず。

 であれば、彼がユリウス兄様に渡したものと、呪いは何か関係が?


 ぶつぶつと呟きながら考え込んでいると、ビリーが思い出したように私に尋ねてきた。


「そうだ、アノンから渡された護符は?」

「特に反応はありませんでしたが……」


 万が一、呪いを再びかけられたとき、次の体の負担は相当なものだからと、お嬢様に言われアノン少年が渡してきた護符は一目で高位の神職者が作ったであろうと察せられるような出来栄えだった。


 念のため、スカートのポケットから護符を取り出してみるが、何の反応もなかった。

 アノン曰く、その場で呪いを使わなくても術者のまとう呪いの残滓にも反応すると言っていたので、子爵はほぼ確実に白だろう。


 私の呪いを解いてしまったことと言い、つくづく得体のしれない子どもである。

 まあ、それを言ってしまえば私の主たるお二人も、目の前の少年も、年齢と言動の乖離は甚だしいから、むしろ私が不出来の可能性まである。


「なあ、カルスト卿がお前に呪いをかけたんじゃないのか?」


 思案顔でビリーが呟く。

 その仮説に私は思わず、過剰に反応して声を荒げてしまい、慌てて声を落として叫ぶ。

 人が頻繁に来る場所ではないとはいえ、二人目が室内にいることがばれるようなことがあってはならない。


「まさか!? ……兄様が私にそんなことをするわけがないでしょう! 一体どんな理由でそんなことをするというのです! 私は兄様と家族も同然なんてすよ!?」

「だからこそ、だろ」


 ビリーは私に向かって現実から目を背けるなと言わんばかりの溜息を吐く。


「ダスゲイル卿との接触はまず間違いなく執事長の耳に入る。そうでなくとも、適当な言い訳では不審に思ったミディさんが調べ始めたら妹のような存在も危険にさらすことになる。かと言って真実を教えたら公爵家の忠臣として黙っていることは出来ないし、する人間でもなさそうだ。ならいっそ暗示を掛けて操ってしまえば何かあっても彼女は蚊帳の外、後遺症が無い程度に抑えて事が終わってから解いてやれば良い。そう考えたんじゃないのか?」

「それ、は……」


 あり得る。咄嗟に考えたのは反論ではなく、確かな納得だった。

 ダスゲイル子爵が犯人ではないなら、私が目撃したもう一人、ユリウス兄様に疑いが向くのは当然のこと。

 私にかけられた呪いが命を大幅に縮めたり、人格を壊すほどのものではないことも、その推論の後押しにしかならなかった。


 私は悪あがきのように反論する。


「でも、兄様にそんな力は……」

「だから、それがダスゲイルが言ってた「あれ」なんだろ。そんな簡単に使えるものなのかは置いておいて、貧民街でも噂だけならよく聞く。それこそ俺みたいなガキでもね。それより早く書類を確認しよう。向こうだってそんなに長く引き留めるような真似はできないし、一刻も早くこの書類を手元に収めたいはずだ。……こんな封もしない状態で持ってくるとか馬鹿だよな」


 ビリーは、私の反論を軽くあしらいながら、私が手に持っていた封筒を背伸びをして取り上げると、書類を中から出して確認しだす。

 腐っても貴族の書いた文章。

 平民程度の文章力では容易に把握できるものでもないはずなのに、ビリーはぱらぱらと紙をめくると軽く頷いて首を横に振る。


「……ふうん。なるほどな、屋敷に置かれた書類、公爵邸に不在だった日程、目撃情報……。よくできてるけど、あからさまな捏造の部分もあるな。こんな適当な誤魔化し方じゃ大抵の人間には捏造だってバレるけど、まさかこのまま使うわけもないしな……」

「字を、読めるのですね? この手の報告書は綴りも古式の言い回しが多いはずですが」


 子供らしさがありながらも頭の回転の速いお嬢様とも、明らかに教会勢力しか知り得ない技術を使いこなすアノンとも違う異質さ。


 簡単に書類の内容を把握しきった様子の彼に、呆気にとられた私がそう言うと、ビリーはあからさまに視線を逸らしてしまう。


「え? あ、ああ、うん、まあ、ちょっと、孤児院に来る前に習ってて……」

「孤児院に入る前って……」


 そもそも彼はお嬢様の一つ年上。

 私の年齢の半分以下だ。


「確か四歳とか?」

「四歳でそんなことが出来るとは思えないのですが」

「俺以外は生まれてすぐあの孤児院に来てるんだけど、俺だけは貧民街で暮らしてたのを院長に捕まってさ。……っと、その話はあとで」


 ビリーはハッとしたように話を切り上げて扉の方へ耳を澄ます。

 警戒心の強まった様子で私に中身を戻した封筒を持たせ、自分は姿を消し私に囁いた。


「この部屋の主人が戻ってきたみたいだ」

お読みいただきありがとうございます。


次回更新予定 7/8

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