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公爵姉妹は幸せです  作者: 京栞


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65/84

#65

ギリギリアウト……

(sideミディ)

 ユリウス兄様が間違いを犯すなんて、無いと思っていた。

 いや、今も思っている。

 仮に、間違っているなら、お嬢様の言うように呪いや洗脳がかけられているに違いない。


 頭の中で自分にそう言い聞かせながらも、私はその認識が甘いということも半ば理解していた。

 あの警戒心の強い兄様が、ぽっと出の、それも評判のあまり良くない子爵とそう容易に手を結ぶわけがない。

 お嬢様にも弁明したそれ自体に嘘はない。


 けれど、同時に大事な存在を奪われたという憎しみが、私の比ではないくらい強いものだということも、私の倍は妄信的にシュトゥルム卿を敵と見なしていることも、彼にシュトゥルム卿は仇だと教えられ続けてきた私が一番よく知っている。

 兄様がその見た目に似合わず、案外短絡的で手段を択ばない方だということも。


 お嬢様は私に気を遣ってか、ユリウス兄様も私と同じように被害者かもしれないと言ってくださったけれど、一緒に話を聞いていた二人の少年は、そうではない可能性の方が高いことをきっと理解していたのだろう。

 せめて挽回の機会をと申しだした私を否定せず、しかし片方が見張りとなる、という提案が私を案じてではないだろうことは明白だった。

 どんな方法を使っているのかは全く分からないけれど、年長の少年、ビリーはずっと姿を消しながら私の後ろをついてきているようで、人気のいないところでは少しだけその気配を感じさせる。


 私は兄様の執務室まで来ると、小さく深呼吸をしてから、ノックをして部屋に入る。


「失礼いたします」

「おお、待ちくたびれておりました、ぞ? ……誰だ貴様は? メイドはこの部屋には入れないように言ってあるはずだろう」


 ソファの上にふんぞり返っていた、縮れた土色の髪にぎらついた翠の瞳、陰気な装いのその男は、部屋に入って来たのがメイド服の小娘だと知るやあからさまに見下すような態度に変わる。

 この男をこうして真正面から見るというのは初めてではあるが、夜会や兄様に会いに来ているときよりも、もっとずっと、人相が悪い。


 公爵邸で使えるメイドのほとんどは平民の出身であることは北部貴族であれば大抵知っていることではあるが、平民相手にこうも態度を変える人間であることが閣下に重用されない一つの理由であることも察せてしまう。

 中央貴族にすり寄るのはまだ分からなくもないが、それをかさに着て、大して功績もないくせに北部でも偉そうな顔をして振舞うその姿は、軽蔑されるべきだ。

 正直、自分がこんな存在を怪しまずに味方だと認識していたことを異常だと思えなかった私は、やはりおかしくなっていたに違いない。


 一先ずここは出来るだけ警戒心を抱かれないよう下手に出なければ。

 私は出来るだけ純粋に見えるよう笑みを浮かべて、謝罪の言葉を述べる。


「お待たせしまして申し訳ありません、ダスゲイル子爵様。ユリウス様は現在リリアーネお嬢様に呼び出されております。子爵様を待たせてしまうのは申し訳ないと私が代わりに参りました」

「代わりだと? 一介のメイドにか?」

「……申し遅れました。私はミディ・グラント。現在はリリアーネお嬢様の侍女を務めております。祖父はこの城で執事長の地位にあります。この衣装は少々こちらの事情がございまして……」


 ユリウス兄様ではなくメイド服の女に応対されることに難色を示すような表情だった子爵だったが、祖父の存在をほのめかした瞬間手のひらを返すように反応が変わる。

 こうもあからさまに態度を変えられると怒りも沸かないというのはどうやら本当らしい。

 ただなんとなく、子爵家当主ともあろう者が……という呆れ位しか思えないのだ。


「なんと! ……言われてみれば、執事長に似ていらっしゃるな? だが執事長の孫がどうして、ああ、いや、ユリウス卿を育てたのは執事長か。……なるほど、執事長の一族まで抱き込んでいるならば安心だな。あれも上手く使いこなしているようで素晴らしい」


 私の言葉に祖父までも兄様に協力しているとでも誤解したのか上機嫌になった彼は、ぽろりと妙なことも口走った。

 私は変な反応をするわけにもいかないので、その言葉を理解できていないふりをしてただにこにこと向き合っている。


 ダスゲイル子爵は、懐から封筒を取り出すと、私に向かって差し出した。


「では、これをユリウス卿に渡してくれ。シュトゥルムという目の上のたん瘤が消えた暁には、約束を果たしてくれると信じていると伝えてくれたまえ。くれぐれも上手くやるように、ともな」

「かしこまりました。必ずお伝えしておきます」

「それでは共に公爵閣下の下でお仕えできる日を楽しみにしているぞ」


 かなりの上機嫌で部屋を出て行った子爵を見送って、私は気が抜けたのか、床に座り込んでぼそりとつぶやきを漏らしてしまう。


「やっぱり、黒、なのでしょうか」

「まあ、子爵が言っていることがどこまで本当かは置いておいても、そうだな」


 いつの間にか姿を現していたビリー少年と、私の声が重なった。


「「あれ、ってなんなんだ」でしょうね?」

お読みいただきありがとうございます。


次回更新予定 7/6

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