#60
また間に合わなかった……
(sideリリアーネ)
お姉さまを見送って七日が経った。
私はビリーやアノン、地下牢のエルヴィンと相談しながらダスゲイル子爵家や怪しい勢力の調査を進める傍ら、お姉さまの出立前に倒れてしまったミディの見舞いにも頻繁に彼女の部屋を訪れていた。
ミディの祖父で保護者でもある爺や……執事長ゼルスには、ミディの倒れた本当の理由は話していない。
私が裏切り者の調査をしていることも。
ミディはただ、私の代わりに双子やメルの相手をしようとして転んで頭を打ったということになっている。
恐らく、爺やもそれが私たちの作った物語であることに気付いているけれど、その筋書きを無理やり暴こうとする様子は見られなかった。
ただ、やっぱり孫娘が心配なのだろう。
私たちが見舞いに行くと言った時は出来る限り同席していたし、そうでなくともちょっとした休憩時間を使って様子を見に行っていたりしたらしい。
ミディが目を覚ましたのはお姉さまの出立から三日。
倒れてから四日目の昼、たまたま見舞いに来ているタイミングだった。
「ん……お嬢、様?」
「ミディ! 良かった。目が覚めたのね」
「あ、あの、ゲホ、ゴホッ」
何か言いかけてむせたミディの背中をさする。
その間に一緒に来ていたアノンが閉め切っていた部屋の窓を開け、ビリーが水差しからコップに水を注いでミディに差し出す。
「はい、水です」
「あ、ありがとう……」
窓を開けたアノンはぐいっとミディに詰め寄り、真剣な目でミディの様子を観察する。
「体調は? 頭痛や吐き気はある?」
「い、いいえ。むしろ何か、憑き物が落ちたように頭がすっきりとしているわ」
ミディのこの言葉に嘘はなさそうでなんだかさっぱりとした顔をしている。
続けてアノンがもう一つの質問をする。
「記憶は? 気を失う前に自分が何をしたのか、思い出せる?」
「確か、お嬢様に話を聞きたいと言われて、あれ、……思い、出せない? お、お嬢様、私は一体何を?」
遠さに何かを守るように頭を抱えたミディは困惑した表情で私に尋ねてくる。
どうやら、彼女が暴走の末に起こしかけたことは綺麗に忘れているようだ。
私は正直に答えるべきか、迷って言葉に詰まってしまった。
「ええと」
「あなたは呪いをかけられて危うくリリが傷付けられるところだったんだ」
「ちょっと、ビリー!」
「隠しておくのは無理があるだろ。いくら傷つけたくないからってそんな甘い対応してたら、ミディさんだってまた狙われるぞ!」
「僕も、ビリーの言う通りだと思う。リリの傍に置くならもっと危機感が無きゃ」
あっさりと告げたビリーとそれに同意したアノンの発言に、ミディの顔が真っ青になる。
「呪われてってどういうことですか? お嬢様が傷付けられるところだったというのは?」
「リリ、話すぞ。いいな?」
「うん」
私たちから、ミディが倒れる辺りに何をしていたのかを話すと、ミディは頭を抱えた。
「私……なんてことを……」
「だ、大丈夫よ! 私は怪我もしていないし、ミディのかけられた呪いはアノンが解呪してくれたから!」
「僕は許せないけど」
余りに落ち込んだフォローを入れたにもかかわらず、間髪入れずにミディを責めるような発言をするアノンを思わず止めようとする。
しかし、アノンは止めることなく簡潔に、ただし正確に私たちの文愛点を指摘してきた。
「アノン!」
「呪いをかけられるなんて普通の人間は経験できるものでも予測できるものでもない。ただの人の子に元から持っている感情を利用した呪いに抵抗することまで求めるのは酷だしね。だから呪いをかけられてしまったことと、その暴走自体には何も。ただ、仮にもリリの侍女なんでしょう?」
言い返す言葉が見つからないかのようにぐっと下を向いたミディの顔を下から覗き込むようにしてまで言い聞かせる。
幼児と言える体躯の少年の姿はなぜか説教をする聖職者と同じくらいの圧があるのだ。
ビリーも口を挟まず後ろで頷いていることから、アノンの意見にはおおむね同意しているのだろう。
「主を危険に晒す様な侍女って必要かな? 主人の前で、感情の一つもコントロールできない使用人は公爵令嬢には相応しくないんじゃない?」
「アノンってば!」
「本当なら呪いにかかっていたとしても、リリに手を出した時点であなたは死ななければならない。なのに優しいリリと部下想いの公爵様は貴女のことを殺すつもりはないらしい。執事長の孫で良かったね?」
お読みいただきありがとうございます。
次回更新予定 6/24




