#58
ずっと、間に合ってない(´;ω;`)
(sideマーガレット)
雲一つない青空はこれから向かう先が戦場になるであろうことを一切思わせてはくれない。
私は屋敷に残してきた妹を想い、嘆息する。
また、無理をしていなければよいのだが。
「閣下。先遣隊からは敵影無しと。このまま辺境まで走らせますか? 恐らく、手前の領主たちならば泊めてくださると思いますが」
先に走らせた騎士からの知らせを受け取ったクラウスが、私の下に来て報告する。
先日謹慎を命じられた彼が側近と護衛騎士の座を維持することには騎士団にも思うところがある者はいるようだが、今のところ大きな衝突には至っていない。
何より同年代の騎士では、彼が頭一つ抜けた才を放っているのだから。
それに謹慎明けからここまでの短い期間を使って、過去に見下した発言を投げてしまった者に対しても謝罪をして周っただとかで、むしろ以前より関係が良くなったとか。
クラウスの問いかけに対して私は首を横に振った。
「いや、今日はここで止まり野営とする。まだ態度に表していないだけで翻意がある家もありそうだからな。念を入れて行動しよう」
「畏まりました。ではそのように」
月ごとにも野営訓練を行っているだけあって、野営の準備はすぐに終わり、早めの夕食を取り各自休憩に入る。
私は、青色のリボンが結ばれた白いレース生地の小さな巾着を焚火の光にかざして見つめていた。
ふと、焚火に寄って来たクラウスが不思議そうに尋ねてくる。
「閣下、何をご覧になっていらっしゃるのですか?」
「ああ、これか? 守護の加護とやらがかかっているそうだ」
神殿が金稼ぎに使うそれの数十倍の値がするであろう加護が込められたお守りは出立の際に、リリアーネが渡してくれたものだ。
本当であれば、自分が加護の術を使えれば良かったのだけれど、と言いながら、自分が作った巾着袋にアノンが加護をかけて渡してはどうかと提案してくれたと嬉しそうにしていた。
加護なぞに頼る気は毛頭ないが、何もないよりましであるのは間違いない。
何より妹が私の為にくれたものだ。
加護なぞよりそちらの方が価値がある。
「加護、ですか。神殿からお買い求めになったので?」
「いや、別口だ。大体クラウス、神殿の連中が私に売りつけに来るものなど信用できるのか?」
「確かに王都や他の地域の神殿からであれば信用できませんが、北部神殿はまた違うでしょう。北部神殿の修行者たちは神殿長の影響か、みな善良ですし、あの件にだって共に抗議をしてくださっているではありませんか」
「だが、彼らとて中央の連中の決定には逆らえない。それに王都から派遣されてきた連中が最近は幅を利かせているそうだぞ。帰ったらそちらの方も何か対策をしないと」
まったく、誰も彼も仕事を増やしてくれる。
そうは言っても、私がやらねば、後からもっと面倒なことになるのは目に見えているが。
そんなことを考えながら、クラウスを見やると何か思い詰めたようにこちらを見つめている。
「……」
「どうした?」
「いえ、未だリリアーネお嬢様や閣下に許しを請うべき身である私が申し上げるべきことではないので」
「言ってみなさい。中身を聞かねば分からないこともあるもの」
明らかに取り繕うように首を横に振ったクラウスに、私は逆に話を促した。
アデラ夫人の件も、エルヴィンの件も、元はといえば、私がコミュニケーションを取っていればもっと早い段階で何とかできたようなことだった。
何かの素振りを見せている相手を放置するよりも、話を聞いてやったほうが互いにいい結果になるであろうことは明白。
ましてやクラウスは、リリアーネにも謝罪するだけの進歩を見せたのだから、こちらもそれに報いてやるくらいはしなければ。
私が話を聞こうという姿勢になると、クラウスは周りに人がいないことを確認し、躊躇うようにしながらも、向かいに腰を下ろし、口を開いた。
「閣下、エルヴィン様……シュトゥルム男爵が裏切ったというのは、何かの間違いではありませんか?」
「何故、そう思う?」
一先ず、否定も肯定もせずに理由を尋ねる。
この場でそれを持ち出すことへの意図を読みかねたのだ。
表向き、エルヴィンを有罪だと私は考えていることになっているので、それを間違いというのは謹慎明けに進言するには些か危険な行為であるとしか言えない。
「あの頑固者ユリウスがどう考えているのかは分かりませんが、あの方は誰よりも閣下や公爵家への悪意に敏感です。閣下がおられぬところであっても陰口の一つもお許しになりませんし、舐めたような態度の者を忠義の厚い騎士へと矯正したのも一度や二度ではありません」
私は初めて聞くエルヴィンの話に瞑目した。
彼は私の前では距離を取って、常に一歩引いた位置に控えているし、確かに公爵家への暴言は見過ごさないが、財務を担当している彼に騎士の矯正などしている暇があるとも思えないのだ。
しかし、同時に最近聞いた躾がどうという話を思い起こすと不思議と納得もしてしまう。
なるほど、既に経験があったからあそこまでの確信があったというわけだ。
と、クラウスが続きを言おうとして、またも躊躇する。
「それに、あの方は、その……」
「ブルーメの暗部、いわゆる影の役目を担う者だと、そういう話か?」
私が先回りしてみると、クラウスの表情がパッと明るくなり、勢いよく頷いた。
「ご存知でしたか? てっきりこれまでの態度からはご存じないものかと」
エルヴィンの実家、シュトゥルム男爵家が代々公爵家に仇成すものを排除したり、当主の手足となり情報取集を担う影の一族であると知ったのはつい先日のことだ。
エルヴィンの話では後継者が公爵家の全てを委ねるに相応しく成長して初めてその事実を伝えるそうだが、先代の死後すぐに家を継いだ私にはその事実は重いからと、私に知らせず目立たない程度にしか活動できなかったという。
反乱の件も怪しい動きは察知していたが、情報が間に合わなかったと謝罪をされた。
分かったことがあれば今後は逐一知らせを出してくれるという。
私が爵位を継承してしばらくは表の仕事もほとんどを手伝ってくれていたので、その中で他のことも事情を知るゼルス以外に知られずにやろうとするのは大変だったろう。
しかも、最近はほとんどリリアーネの披露目の準備に、一番彼を警戒しているユリウスと一緒にしたうえでかかりきりにさせてしまっていたので、その事実を知った時にはむしろ私が謝罪したくなるほどだった。
「知ったのはアデラ夫人の件の後だ。それこそ今回の騒動の直前だな。先に知らなければ疑っていただろうが……何故クラウスは知っている? 当主である私さえ、先日やっと存在を知らされたというのに」
お読みいただきありがとうございます。
次回更新予定 6/19(がんばります)




