#49
毎度毎度ギリギリですみません!
俺が裏切りを否定すると、ビリーは一瞬だけほっとしたように表情を緩めたが、すぐに真剣な顔に戻り問いを重ねた。
「ならなんでおっさんはここにいるんだ? 心当たりは?」
「……恐らく中央の連中にとって俺が邪魔なんだろう。マーガレット様は頑張ってるが、未だブルーメ家の役割で引き継げていないことも多い。そういった情報は執事長か俺しか知らないからな。おまけに俺を嫌ってるのは内にも大勢いるから」
本来ならば、マーガレット様はまだ後継者教育を受けているお年頃だ。
普段の公務を回すには十分なだけの知識も実力も身に着けているからこそ、知るだけで身を危険にさらすような情報は俺と執事長の独断でまだ伝えていない。
知れば必ず、中央の陰謀に巻き込まれる。
マーガレット様がお一人でもそれを制御しきれるだけの器に育つまでは伝えまいとそう決めたのだ。
もちろん、そんな事実を知っているのはそれを決めた俺たち自身だけだが、その秘密に含まれる後ろ暗い連中もそのことは薄々察しているだろう。
事実、ここ数年はマーガレット様への刺客よりも、俺を狙った刺客や陰謀の方が増えていた。
自分を狙う分には、枷になるような親類も財産も特にないし、躊躇なく相手を処分できるので放置していたが、こういった搦手に方針を変えてきたのは、もう一人のブルーメ家・リリアーネ様の登場も大きいのだろう。
裏切り者の存在によって傷ついた幼い公爵令嬢に寄り添い、彼女の忠実な臣下を装うことで、邪魔な人間を排除するついでに都合の良い駒を手中に収める……といったところだろうか。
自分自身が近づけなくても、唯一接近が許されたユリウスに取り入れば良い。
ユリウスはあれで一度信用してしまうと中々疑うことが出来ない人間だから、懐に入ってしまえば簡単だとでも思っているのだろう。
もしユリウスが駄目なら、同じく俺を憎らしく思っているミディでも良い。
こちらも執事長の目さえ潜り抜けられれば、彼女自身を動かすことは容易だろう。
俺も含めて側近たちがどうなろうと、そのために主家が良いように操られることなどあってはならない。
だからこの機会はいわば若い側近たちに対する試金石のようなものでもあるのだ。
かみ砕きながらそう説明してやると、ビリーは不満そうに言った。
「なんでそれを主張しないんだ? さっきも疑いを否定もせずに煽ってただろ? あいつ、すっかりおっさんのこと、裏切り者だと思い込んでるぞ」
「少なくとも俺を陥れるためには内部の誰かが協力してるからな。そいつをあぶりだすためにもユリウスは俺を裏切り者だと思っていた方が都合が良い。隠れ蓑にして俺を処分させようと唆す奴らを特定するまでは様子見だ」
無駄に俺が抵抗するよりも、この手のやつは全てが上手く行っていると、順調だと思わせていた方が騙しやすい。
幸運にも、俺は多少の拷問ならば耐性があるし、家族も公式に生きている者はもういない。
おまけにいざとなれば、逃走して生き延びるだけの技術も体力もある。
年を重ねている執事長よりもまだ現役の俺にこの役割が回ってきていて助かった。
流石の俺も親の年代にあたる人間に拷問に耐えろなんて言えないからな。
「それでいいのか? そのまま裏切り者だってことにされて汚名を着せられるかもしれないのに」
少し心配そうな表情を滲ませて聞いてくるビリーに向かって安心させるように笑ってみせる。
「安心しろ。マーガレット様には裏切ったとは思われてないし、こういう作戦だってことも伝えてある。本当に死にそうになったら逃げるし、姫様には心配するなって伝えといてくれ」
そう言うと、しぶしぶと言った風に頷きを返しながらビリーが立ち上がる。
俺が食べ物を取った後のバスケットも回収して軽く伸びをする。
「それでリリが納得するわけないと思うんだけど。……まあとりあえずおっさんは裏切ってないってことは伝えとく。流石にリリたちが待ちくたびれてそうだからそろそろ帰るわ。また何かあれば来るから」
「そういや、ここはもう扉が閉まってるけど出て行けるのか?」
去る準備をしているビリーにどうやってここから出るつもりなのか尋ねる。
入ってくるときはユリウスについてきたが、地下牢の入り口は閉じられているし、外側には見張りも立っている。
いくら気配や姿を消せても、扉が開くのを誤魔化すことはできないだろう。
まさか、俺や執事長、マーガレット様しか知らない通路の存在を知って?……
そこまで考えたが、彼が取り出したのは、それ以上にとんでもない手段だった。
ビリーは胸元から一枚の紙を取り出して、ひらひらと振りながら言った。
「大丈夫大丈夫。忍び込むには無理だけど、戻るには一瞬らしいから。じゃ」
「は? ……って、おい!」
ビリーは紙を破りながら何ごとかを呟くと、一瞬の後、光に包まれて姿を消してしまった。
目の前で起きたことに理解が追い付くと同時に、さらに恐ろしいことに気付く。
ビリー自身は平民の生まれにしては魔法を使えても、貴族ほどの練度や力は無い。
恐らく己の姿や気配を消す程度のことしかできないだろう。
一瞬でその者を別の場所に移動させるのは、高位の移動魔法か、教会による儀式を行わなければならない。
そのどちらも彼には無理だろう。
ならば、いったいどうして彼はこの場から姿を消したのか。
彼が消える前に破いた紙。
そして呪文。
あれは、教会の聖職者でも年に数枚も作れないはずの代物。
そして、移動を意味する古代語。
転移魔法の魔法紙と発動呪文。
教会と密接に関わらなければ手にし得ないそれを何故ただの孤児に過ぎない彼が使えたのか。
彼が嘘をついていない限り、姫様に危険はなさそうだが……。
今の俺にはただ、祈ることしかできないのである。
どうか、大切な主家の姉妹が悲しむようなことが無いように……。
お読みいただきありがとうございます。
次回からは視点がリリに戻ります。
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