#38
毎度毎度日付変わるギリギリで申し訳ないです……
「……」
「……」
「えーっと……」
ぐちゃぐちゃになってしまった応接間を使用人の人たちに任せ、お姉さまと私、そしてアノンはお姉さまの書斎に移動し、コの字に座っていた。
お姉さまは何かを言いたげな顔をしながら、アノンはその視線を無視するような形で紅茶を飲み、茶菓子を食べる。
お姉さまはともかく、アノンの振る舞いは堂々としていて、最早お姉さまの前で猫をかぶるつもりはないようだった。
膠着したままの状態を私がとりなすべきかと口を開きかけたところで、アノンがティーカップを置いた。
お姉さまに向き合って口を開くと淡々と述べる。
「公爵様は何から聞きたいんです? 教会の目的? リリと僕の秘密? 僕が答えられることなら嘘偽りなくお答えしますよ。突拍子もない話なので信じるかどうかはお任せしますけど、僕がこれだけ異常なところを見れば、ただの嘘ではないことくらいは理解できるんじゃありませんかね」
一息によどみなく言い切ったアノンに、お姉さまは何度か口を開きかけて閉じることを繰り返し、そうしてやっと一つ目の質問をした。
「……先ほど聖女に対して行ったのは何だ? リリには何かが見えたようだが、私には何も見えなかったし、お前を取り押さえたときも何も感じなかった」
アノンはそのまま答えることはせずに、私に話を振ってくる。
私もアノンが何をしていたのかはっきりと分かったわけではなかったので、見えたままを正直に伝えた。
「リリにはどう見えてたの?」
「ええと、私もはっきりと見えていたわけじゃないんだけど、こう、アノンから空気の塊みたいなものが出てきて、こう、あの人の喉元に……」
「なるほど、リリにはまだはっきり見えないのか……。あれは教会の人間が修得する神聖魔法の上位互換みたいな感じかな。神への信仰心が高かったり神からの加護や契約によって繋がりを得ると使えるものだよ。公爵様が何も感じなかったのは公爵様に反応して引っ込んだからだね。あれは貴女を傷つけられないから」
私の返答に軽く頷きながらアノンが答える。
神聖魔法は、一般に広まっている魔法とは性質が違い、教会で修練を積んだ聖職者しか習得できないと言われている特殊な魔法だ。
貴族の多くや平民の魔力持ちが使える魔法より用途は狭まるものの、病気や怪我の治癒、果ては未来予知まで、正しく人知を超えた効果がある。
この国で教会の力が大きいのは、神聖魔法あってこそのものだ。
その上位互換、しかも神聖魔法にはほぼ見ない攻撃魔法ともなれば、アノンが見た目にそぐわない実力者であることは火を見るよりも明らかだ。
けれど、私はそのあとのアノンの言葉に引っかかりを覚える。
「お姉さまを傷つけられないって?」
「公爵様は女神の加護があるからね。これは愚かな人間に罰を与えるためのものだ。神の寵愛や加護を受けた人間を罰することは代理人には許可されていない。だからリリもこれで怪我をすることは無いね」
女神の加護。
聖女レストゥラも加護とやらの話をしていたけれど、彼女は私に加護があると言っていた。
アノンはお姉さまにも加護があると言う。
お姉さまが口を開く。
少し俯き加減のお姉さまの表情は、読めない。
「……何故そんなものを使える?」
「そういう契約だから。僕が彼女の望みを叶える代わりに、僕の望みを叶えるための力を彼女が与える。その対価として僕には権限が与えられている」
「抽象的だな」
はぐらかすような回答をしたアノンに、お姉さまがそう返すと、アノンははあ、と溜息を吐いて話し出す。
私の知らない、私が死んだ後の話だって、すぐに分かってしまった。
「……十五年後のこの国で魔王が召喚される。太古に世界を破壊しつくした魔王は同じように国を滅ぼし、人を殺し、世界そのものまで壊そうとした。それを召喚したのはマーガレット・ブルーメ。神の寵愛を受けながら、その愛の証でもある魔力を禁術に注ぎ込むほどの絶望に取り込まれた貴女の罪を無かったことにするには、時間を巻き戻すほか方法が無かった。魔王が再び召喚されることが無いように女神が講じた策の一つが僕との契約というわけ」
……きっと、私の所為なんだろうな。
確かめずとも、私はそう確信してしまった。
あの頃の私は、自分のことばかりでいっぱいいっぱいだった。
そんな私でも知っているくらいには、私が死ぬまでもお姉さまはたくさんの苦しみを味わってきた。
私にできるのは、これ以上悩みの種を増やさないよう、お姉さまの傍を離れることだと勝手に判断して、挙句に死んでしまった私が、きっと止めを刺したんだ。
お姉さまの手が、ぎゅっと強く握りしめられたのが見えた。
お姉さまの疑問に、私の為に上手くぼかしながらアノンが答えていく。
「なぜ、私は魔王とやらを召喚したのだ?」
「まあ、端的に言えば騙されただけなんだけど。そもそもの貴女の目的だってろくなものではないことは知ってる。理由は聞かないで、僕まで気分が悪くなるんだから。……で、僕の記憶だけを残して世界は十五年ほど巻き戻った、はずだったんだけど」
私の方をアノンがちらりと見る。
言うかどうかは私に任せてくれるつもりだ。
ここで言わないという選択を取っても、アノンは上手く誤魔化して私を守ってくれる。
それでも、大好きなお姉さまにすべてを黙っているのは、きっと卑怯だ。
お姉さまが自分を責めてしまうようなこと以外を黙ってしまうのは、私がお姉さまの好意を良いように使うことに他ならない。
私はアノンに頷き返すと、お姉さまに向かって口を開く。
「お姉さま、私にも記憶があるんです。一度、十七歳まで生きた記憶が」
お姉さまがハッと顔を上げ私を見つめる。
「僕だけじゃ不安だったのかリリまで記憶を残されちゃってね。リリは僕と違って、貴女が魔王を召喚するという大惨事の記憶は無いわけだけど。幸運だよね」
つらつらと補足を述べるアノンを気にせず、じっと私を見つめるお姉さまを自然と私も見つめ返す。
何を言えば良いのかお互いに分かりかねたまま、ただ、見つめ合う。
「……お姉さま」
「リリ……」
気まずさを振り払うように、アノンがぱんっ、と手を叩き注目を引く。
「見つめ合っても意味ないから。話を続けるよ?」
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次回更新予定 5/1




