#37
日付は守りました、日付は。
(毎回更新遅れて読者様に置かれましては大変お待たせしております申し訳ありません……)
「神託に従わないなんて敬虔な信者が聞いて呆れるね。最低限、女神の声が聞こえるくらいには信仰心があると思っていたけど、運が良かっただけの俗物か」
感情のこもらない声で淡々と話すアノンの表情は私の側からは見えない。
けれど、その声に込められた無感情が、正面で向き合っている聖女の顔色を悪化させていることだけは事実だ。
「『リリアーネ・ブルーメは神に世界の命運を委ねられし者。滅びの運命を辿らぬよう、リリアーネ・ブルーメ及び守護者たるアノンの妨げとならず、求めに応じ奉仕せよ。決してみだりにその意思に介入するなかれ』……勝手に接触してはならないと暗に告げられているというのに、一体誰がこんな暴挙に出たんだか。まあ、貴女が動いたということは権力志向の王族派が一歩リードってとこかな? 教会派と中立派は出し抜かれて、地方派や流浪派はそもそも情報共有が追い付いてないとかそこら辺だね」
神託の内容を知っていると告げ、内容を諳んじてみせたアノンに、かろうじて表情を保っていたレストゥラが誰の目にも明らかなほどに動揺する。
隣のお姉さまが何を考えているのかまでは読めないけれど、少しだけ目を細めたのが見えた。
「知らないとでも思った? あるいは幼い子供にはその内容が理解できていないとでも? 残念だったね。あの神託の内容を考えたのは僕なんだから」
「神託を考えた? 一体貴方は、いえ貴方様は……まさか」
神託を考えたのが、アノン?
ぱっと私の顔を見たお姉さまに向かって私も首を横に振る。
私は、アノンの事情を何一つ、知らない。
確かに、私が巻き戻ることになったのはアノンがきっかけらしいということは聞いた。
私に友好的なことも、お姉さまの下にいることを拒むつもりが無いことも、既に了解していること。
私が直接彼に一度目の結末を告げられなかったように、彼にだって告げるには辛い過去があるのだろうと余計な詮索はしなかったし、目の前の出来事で精一杯なこともあって、詳しい話は何となく尋ねることが出来なかった。
女神の神託に干渉するなんて、そんなことは普通の人間にできるはずもない。
私の知っていたアノンという少年と、今のアノンは、本質が同じでも徹底的に『何か』が違う。
まるで人間よりも上の何かを恐れるような表情のレストゥラに向かってアノンは首を横に振り、自嘲するような声色で続ける。
「僕自身はただの人間だよ。たまたま間が悪かったのと、多少の条件を満たしてしまっただけ。それでも」
そこで一度言葉を止めたアノン。
その一瞬の空白は私にとっても、彼にとっても、長いようで短かった。
「女神の名のもとに、お前たちのような身勝手な自称信者を罰するくらいの権限と義務はある」
その刹那。
空気が、変わる。
研ぎ澄まされ、凝縮された『何か』が、アノンからゆらりと立ち上る。
これは、駄目なやつだ。
「お姉さま、アノンを止めてください!」
「⁉ 分かった!」
咄嗟にお姉さまに向かって隣室への乱入を要請する。
お姉さまは私の意図が掴めていない顔をしながらも即座に了承すると、壁を蹴破りアノンを取り押さえる。
お姉さまが現れた瞬間、凝縮されレストゥラの喉元に向かっていた『何か』が霧散したことが私には見えた。
レストゥラは突如壁を蹴破り、アノンのことを取り押さえたお姉さまに目を白黒とさせ、事態が何一つ理解できていないようだった。
今なら、出て行っても大丈夫そうだと私も行儀が悪いことは承知しつつ、蹴破られた壁の穴からアノンの所へと向かう。
「なっ、こ、公爵閣下?……一体」
「ぅ、はぁ。命拾いしたね。優しいリリと妹想いの公爵様に感謝しなよ」
お姉さまに床へと取り押さえられたままの状態で、少し残念だという顔を作ってアノンがレストゥラに声をかける。
「え?」
「……聖女殿、首を触ってみろ」
「首? っ⁉」
言葉の意味を理解できない様子のレストゥラに向かって、お姉さまが彼女の首を指し示す。
真っ白い肌に一筋の紅。
お姉さまが止めてくれなければ、この人の頭と胴体は、今頃繋がっていなかったかもしれないと考えるとぞっとする。
レストゥラは、自身の手についた血を見ると首を押さえて、出来る限りアノンから遠ざかろうと後ずさる。
会話が始まる前の余裕も消え、アノンへ向ける視線は恐怖と畏怖が占めているようだった。
先ほどまでの敵意も圧迫感も霧散してしまったアノンに、そっと声をかける。
お姉さまはアノンを押さえていた手をそっと外し、後ろに下がる。
床に寝そべったままのアノンの名前を呼んだは良いものの、そのあとにどう続ければいいのか分からないまま、止まってしまう。
私を見たアノンが申し訳なさそうな顔で笑う。
「アノン……」
「ごめんね、リリ。ちょっと暴走しちゃった。……怖い思いさせちゃったか」
彼がしようとしたことをあの場で見えたのは、きっと私だけ。
先ほどの口ぶりからすれば、お姉さまが動いたのが私の頼みであることも察していたようだった。
一歩引いたその言葉が、私にあの光景を見せるつもりは無かったことを語っていた。
「……やめてね。他人を傷つけるのも、自分を傷つけるのも」
私がすぐに反応できたのは、アノン自身に人を傷つけることへの抵抗心があるからだ。
そうでなければ、私にそれが見えた頃には鮮血が舞っていたに違いない。
止められてあっさりやめる辺りも、あの行動が彼だけの意思だとは、とても思えなかった。
それでも、彼が感情に呑まれたことは事実なので次はしないで欲しいと望んでみる。
アノンは了承こそしてくれなかったけれど、反省はしているように見えた。
「リリや皆が傷付くくらいなら、僕が傷付いた方がずっと良い。……でもありがとう。次はリリに怒られないようなときにやるよ。……レストゥラ」
見かけはたったの三歳の少年に呼ばれ、飛び跳ねるように過剰反応をする聖女は、きっともう、アノンには逆らえない。
「はいっ!」
「今日は見逃してあげる。代わりに一週間後に北部教会のガイウス・アスター神父を派遣すること。今後の接触は全て彼を通して、事前に公爵家の了承を得ること。この二つを中央に呑ませて。交渉の援護はしてあげる。分かったらさっさと帰って」
「畏まりました!」
アノンの命令に一切言葉を挟むことなく、レストゥラは全てを了承すると部屋から出て行く。
しばしの間、展開の速さに呆然としていた私とお姉さまだったけれど、本当に教会の一行が城を出て行ったと聞いてようやく現実へと戻ってくる。
頭が痛いと言った風にお姉さまが額に手を当てて言った。
「……一旦、茶でも飲むか」
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