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公爵姉妹は幸せです  作者: 京栞


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32/42

#32

多忙につき、一日遅れての投稿になりましたこと、ご容赦ください。

(sideマーガレット)


「大したもてなしも出来ず申し訳ない、聖女殿。ご来訪なさる先触れでもあればもう少し良い菓子も用意できたのだが」


 言葉ばかりの謝罪を述べながら、私は目の前に座る女性に向かって笑みを浮かべる。

 突然の来訪者の所為で、この後の予定は白紙。

 今日は仕事が順調に進んで、リリアーネとの時間もいつもより取れそうだったというのに。

 妹への柔らかい態度とも、部下への簡潔な言葉遣いとも少し違う、威圧的で不遜な態度。

 人としては如何な態度だと自覚はあるが、わざわざ呼んでもないのに訪ねてくるような厄介者にはこれくらいの扱いで十分である。


 時の女神を崇める正教会の幹部、第三聖女レストゥラ・シモン。

 聖女としての席次は第三席でありながら、聖女の中ではいちばん敬虔かつ実力のある人物として高名な彼女は、修行の旅を終えてから、基本的に王都の中央大神殿から離れることをしない。

 神殿の奥、真の信仰者にのみ立ち入りが許されるという禁域に籠り、ただ祈りを捧げ続けているはずの彼女が、身の回りの世話をする僅かな供をつけて、どうして単身北部にやって来たのか。


 聖女に差し出した茶菓子には、先日妹の為に採ってきた魔蜂の蜜を贅沢に使っている。

 急な来客の望まない来訪に対しても、粗末なもてなしをすればなめられてしまう。

 ましてや、過去の禍根が色濃く残る北部に来訪した教会の中央幹部のもてなしともなれば、並の品では済ませられない。

 北部の大領主として、今の北部を軽視させるわけには、いかない。


「いえ閣下、こちらの菓子も大変美味しゅうございます。北部の魔蜂の蜜は庶民にとって一度は食してみたい最高級品だと言われておりますから」


 突然の来訪に対しての嫌味を全く気にする風もなく、ティーカップを持ったレストゥラはふんわりと微笑んだ。

 如何にも聖女らしいといった笑みは、その実全く思考を読ませてくれない。


 それでもブルーメ公爵として一歩たりとも引く訳にはいかない。

 心の内の動揺を隠しつつ、大胆に切り込んでみる。


「それで? 教会の中でも有数の実力者である第三聖女殿がなぜわざわざ北部に? 我が家を始めとする北部貴族と北部神殿の関係が悪いことは知っていらっしゃるだろう? 仲裁を受け入れるほどの信心もないことは理解済みのはず。単刀直入に聞こう、何が目的だ?」

「……先だって閣下は腹違いの妹君をお迎えになったとか。更には同じ孤児院で育てられていた子どもたちまで使用人見習いとしてお引き取りになったと聞き及んでおります。奴隷商と職員が繋がっていらしたとか。閣下は慈悲深いお方ですね」


 笑みを崩さぬままにレストゥラが述べた内容に、表情に出さず忌々しく思う。


 ……耳が早いことだ。

 王都から北部までは並の移動手段ではひと月かかる。

 勿論、貴族も教会の幹部も、そんな悠長な手段は使わないが、人の噂は最速でもその速度でしか伝わらない。

 妹を迎え入れてから一か月経っていないのに孤児院の話まで伝わっているのは、神殿同士のやり取りだろうと察しはつくが、一応の箝口令を敷いている奴隷商の話まで出すということは暗に内部にまで影響力を持っているという脅しだ。

 そして、その話を出すということは、リリアーネたちが目的、といったところか。


 そこまで考えを巡らせながらも、迂闊に話して言質を取られぬように何も気付かぬ風を装う。


「それがどうした?」

「私どもはリリアーネ・ブルーメ公爵令嬢、もしくはその庇護下にあるアノンとの面会をお願いしたく参りました」


 その言葉に私は軽く瞑目する。

 面会を望むのが、何故その二人なのか考えがつかなかったのだ。


 リリアーネと接触しようとすることは容易く予想できた。

 まだこの家に馴染む前の少女であれば、神の教えを通して取り込むことが可能だと教会の連中が考えても不思議ではない。

 市井の評判も良く、熱心な信者である第三聖女を派遣することも分からなくはない。


 が、アノンといえば確か、まだ三歳に過ぎない少年ではなかったか?

 六人いる孤児の中で、リリアーネに接触するための繋ぎを作るのであれば、別に名前を指定する必要はないし、するとしても年長のビリーを指名するのが普通だろう。

 名を勘違いしている可能性もなくはないが、ここまで自信に満ちている様子を見ると何らかの確信があるのだろう。

 子どもたちの管理が杜撰だった所為で、彼らの出自についてはっきりしないことが多いことも裏目に出ているようだ。


 どちらにせよ、目的も分からない彼らに片方であれ差し出すわけにはいかない。

 妹は勿論、私が決めて引き取った子らを迂闊に危険にさらすことなどできるものか。

 私はそう決断するとレストゥラに向き合い、端的に告げた。


「……両方とも許可できない」


 私の返答に驚いた表情をするあたり、断られることを想定していなかったように見えて呆れる。

 王都育ちの聖女は、この北部での教会の立ち位置を余程理解していないようである。

 これが演技であれば策士だと称えたいが、この様子ではそれはなさそうである。

 レストゥラは困ったような表情になると私に向かって尋ねてくる。


「それは一体どうしてでしょうか?」

「第一に、妹はまだ五歳で、貴族としての教育も披露目も行っていない。礼儀が出来る前の者を客人に会わせるわけに行かない。アノンは更に幼い三歳だ。何か起きてしまった時に責任を取ることは難しい」


 何か起きる、というのは子どもたちがやらかすことではなく、聖女側がやらかすことを想定していることに彼女たちは気付くまい。

 教育をする前から私のリリアーネは五歳とは思えないほど賢く、礼儀も平民であれば十分だったし、他の子どもたちも孤児院という育ちゆえか無礼を働いてはいけない相手の見分けくらいは付いている。

 一つ懸念をあげるなら、リリアーネも子どもたちも、互いを侮辱する相手には容赦をしないことくらいだ。


「第二に、教会の意図が理解できない。わざわざ関係の悪い北部の大領主の屋敷に来て、庇護下にある者との面会を希望する非常識な行為をしてまで何を企んでいる?」


 たとえ北部に喧嘩を売るつもりであったとしても、もう少しうまくやれるだろうに、何故このタイミングでこの申し込みなのか。

 もしリリアーネの披露目が済んでしまったとであれば、容易に断ることも出来なかったのだから、ここまで急いだ理由も気になる。


「第三に、私は礼儀知らずが嫌いだ。連絡もなしに乗り込んできた者の望みを聞いてやる道理がどこにある? ……理解したならすぐにお引き取り願おう」


 突然の来訪に理由も言わない要求。

 公爵家や北部を軽視している王都の風潮は理解しているが、教会の幹部ともあろうものが実態を理解せずに載せられてしまうような愚か者だと知れたのは皮肉な収穫かもしれない。

 私がこういったことを厳格に気にする人間であることは有名だというのに、それを破られることに対して機嫌を損ねないとでも思ったのか?

 こちらの都合を考えないそのやり方は盲目な信者にしか効果がないと、教会の連中はいつになったら理解できるのだろうか。


 私の怒りをようやく察せられたレストゥラは、笑みが崩れ真っ青な顔になり立ち上がると慌てて弁解する。

 聖女らしさも崩れ、漸く本性が見えるといったところか。


「お待ちください! 意図を伏せたまま面会を願ったことについては謝罪いたします。正直にお話ししますので、せめて訳を聞いてくださいませんか? 話の後にそれでも駄目だとおっしゃるのであれば、一度出直しますので」

「……話だけは聞こう」


 秘密主義の教会のことだ、このまま事情を明かさず押し通そうとするか、大人しく引き下がるかの二択かと思ったが、レストゥラは事情を説明してまでなお二人と会うことを望んだ。

 勿論、二人と合わせるつもりはないが、事情を話してくれるというならば知っておいた方が良いだろう。

 私はレストゥラに再度座るよう手で促し、話を聞くことにする。


「ありがとうございます。事の発端は……」

お読みいただきありがとうございます。


次回の更新は、また水曜日をお休みさせていただき、17日とさせていただきます。

ご了承ください。


次回更新予定4/17

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