#28
エイプリルフールのネタを考える前に午前が終わっていました。
新学期ですね……
「ユリウス・カルスト? あっちはエルヴィン・シュトゥルムより性質が悪いよ。公爵の側近候補の半分は彼が陥れてクビにしてるし、エルヴィン・シュトゥルムを消したのも彼にそそのかされた公爵の護衛騎士だ。そいつも結局ことが明るみに出る前に戦死してるけど」
アノンがすらすらと述べた二つ目の情報は、エルヴィンに救われていた私にとって大きなショックだった。
それに私を嫌っていても、仕事はきっちりとこなしていたユリウスが、わざわざ他の人を陥れたりする必要性はまるでない。
きっと、エルヴィンみたいに事情があるはずだと信じたいけれど、私にかけてきた見下すような言葉もまた事実ではある。
私はアノンが何か知っているんじゃないかと思ったけれど、その返答は期待したものではなかった。
「ユリウスが、何でそんなこと……」
「知らないよ。リリが死んだ原因はともかく、僕は公爵家に興味なんて一ミリもないからね? 家族を守るために必要なことしか覚える気はなかったから、公爵家のことも僕の邪魔になりそうな奴しか調べてない。リリと関係なければ貴族なんて関わりたくもなかったし」
アノンが不機嫌そうな顔をする。
彼は私の知らないところで、一体何を経験したのだろうか、お姉さまを始めとする貴族やその部下への心象が著しく悪いように感じる。
「ただ公爵がリリを気にかけている今、迂闊に知り合えばそいつに利用されるのは明白だから、リリは出来るだけ関わりを持たないで。少なくとも確信を突いたり、興味を持たれるような真似は絶対にしないで。君の絶対的な味方でいられるのは家族しかいないんだから」
アノンは私の手を取ると小さな手でぎゅっと力を込め、私を見つめる。
いつも私を心配してくれる、大事な弟の眼だ。
「少なくともエルヴィン・シュトゥルムの方は君にいたずらに害は成さないだろうから、関わるならそっち。関わってほしくはないんだけど、逃げようもないし」
______
「姫様? どうかしましたか?」
私が返事をし損ねたのだろう、エルヴィンが説明の手を止める。
私は慌てて首を横に振って続きを促す。
考え事をしながらでもある程度話は追いかけられるから問題ない。
「いえ、何でもないですよ、エルヴィン。で、三代前の辺境伯の事例でしたよね」
「……姫様ずっと思ってたんだけど、俺に対しての敬語は止めにしません?」
「えっ?」
エルヴィンの言葉に少しだけ驚く。
今よりもっと長く続いた先でも、彼が私にそう望んだことは無かったから。
彼はいつだって優しい人だったけれど、最後まで私に何かを望むようなことはせず、ただ私が誰にも言えずに必要としていたものを与えてくれる魔法使いのような存在だった。
エルヴィンは目を丸くした私を見て少し気まずそうに頬を掻く。
「いや、しばらくはそういう話し方の方が楽な可能性もあるかなぁと思って黙ってたんですけどね。侍女の子には敬語使ってないようだったし、敬語のままだといつまで経っても仲良くなれそうにないので」
今にして思えば、彼に敬語を使わせていた自分が距離を取りたがっていたのかもしれない。
優しくされることもどうせ一瞬のことだと思っていた。
誰かの目がある場所でだけ、うわべだけの賛辞を述べて、丁寧に扱って。
人の目がなくなったら、さようなら。
エルヴィンもいつかそうなるのだろうと、心のどこかで思っていたのかもしれない。
私が素直に助けを求めていれば、彼が動いてくれる前に、声を上げていれば、彼は主家を、お姉さまを、裏切らなくとも良かったかもしれないのに。
「けど、お姉さまはともかく、私みたいな庶子にそんな言葉遣いされたら嫌じゃないですか? それに私に関わることを嫌がる人に嫌がらせとかされたりするかもしれないですよ?」
あの時は、決して口に出せなかった本音でエルヴィンに尋ねる。
もし、これで止めると言われたらあの頃の私は一人ぼっちになってしまった。
前より少しだけ愛してくれる人を知っている今だから、勇気を出して尋ねられる。
それでも少しだけ怖くて、彼が口を開くまで私は人知れず緊張していた。
「庶子、か……。気にする人もいるでしょうけど、俺にとっては先代公爵の娘である方に仕えること以上に大事なことは無いですからね。血にこだわるあいつらの気持ちも分からなくはないけど、幼い子どもを、血を理由に引き取って、血を理由に冷遇することが一番馬鹿げている。そんなやつらに付き合う道理がどこにありますか。リリアーネ様は正当なあの方の娘でしょうが」
エルヴィンが少しだけ真面目な顔になってぎゅっとこぶしを握る。
それから私の方を見るとほんのりと寂しそうに笑う。
「心配しなくても俺は元から他の側近には好かれていませんから。俺はあなたの父親にはなれませんが、先代の代わりにあなたの成長を見守りたいんです」
「エルヴィン……」
この言葉は、きっともっと前に聞けたんだろうな。
そう思うと少しだけ胸が苦しくなる。
しんみりした空気に気づいたエルヴィンは慌てたように誤魔化し始める。
「大人の事情なんか無視して、もっと我儘になるだけの権利が、貴女にはあるんですよ。ってごめんなさい、難しい話でしたかね。姫様は受け答えがしっかりしてらっしゃるからつい難しい言葉も使っちゃうなぁ」
「エルヴィン」
「はい、姫さ、ま⁉」
私は彼の名を呼ぶと、椅子から立ち上がって駆け寄り抱きしめる。
エルヴィンは一瞬だけ目を白黒させたけれどすぐに私を抱きしめ返してくれる。
「ありがとうエルヴィン。これからはもっと頼らせて」
「……お礼を言うのはこちらですよ姫様。喜んでお仕えします」
彼の頬を一つの水滴が伝っていることは、抱きしめられている私には分からない事だった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新予定 4/3 (あきらめたくないけど)時間未定




