#104
間に、あわなかった……
「リーリエ様は公爵家に入られた後も、幾度となく家の危機、北部の危機を救ってくださいました。暗殺計画の阻止、税制の改革、飢饉への備え……。挙げればキリがありません。先々代とも非常に仲はよろしく、休日には共に出かけられることもあったそうです。北部の子爵令嬢に過ぎなかったご夫人との縁を繋がれたのもリーリエ様です」
「おばあ様か。私が生まれる頃には既にお亡くなりになっていたが……」
ブルーメ家が指揮を執る、北部の領政はどれも一様の規則の下に、正確かつ公正な形に整えられているのだ。
孤児院や民間の為の治療院も、他の地域の倍、王都の三倍はあるだろう。
お姉さまが記憶を遡ろうとするように目を細めた。
エルヴィンは気にしないようにとでもいうように首を横に振る。
「あまり体が丈夫なお方ではありませんでしたし、先代をお産みになるときに一度体を壊されておりましたから」
「でも、おじい様とリーリエ様の仲はよろしかったんですね? では、おじい様がリーリエ様を恐れていた、というのはどういうことなのですか?」
ふと、最初のエルヴィンの話を思い出し、エルヴィンに向かって尋ねる。
今の説明であれば、異母兄妹であっても、私とお姉さまのように仲の良い兄妹なのではないか。
一体おじい様は自分の異母妹の何を恐れたのだろう。
エルヴィンはしばらく困ったように眉間に皺を寄せて、黙った後、迷いながら口を開いた。
「……リーリエ様は、ブルーメ家にこの先降りかかる不幸のほとんどを知っておられました。全てを見越して、備えをし、被害を最小限に抑え込む。リーリエ様の能力は並の文官では太刀打ちのしようもない優れようでした。そして、合理的な、お方でした」
合理的、を嫌なほど強調した言い方に私とお姉さまは首を傾げた。
「エルヴィン?……」
「先代……お二人の父君は胎内に宿った時から、膨大な魔力を備えていらっしゃいました。母君である先々代夫人は魔力を一切持たないお方。からだの負担は大きく、医者にはこのまま産んでしまえば夫人はお亡くなりになるだろうとまで言われたそうです」
神殿や貴族家には治癒の魔導士や優秀な医者、経験豊富な産婆の伝手はあるが、出産には大きなリスクを伴う。
かといって、堕胎だって母胎に負担をかけ、結局は子どもを二度と望めなくなる可能性すらある。
どちらを選んだとて、負担が大きいことには変わりない。
「夫人の懐妊とご不調を知ったリーリエ様は、まず、兄君に子を堕胎するよう求め、それを断られると、自らの寿命を削って夫人の体調を整える魔具を夫人に贈られました」
リーリエ様は、複雑な魔具の開発にも精を出していたが、もっとも大きな功績はその妊娠補助になる魔具だろう。
「リーリエ様は、ご自身の優先度が低く、代わりにブルーメ家の優先度が高いお方。次期当主に母親がいないことは困るが、叔母はいなくても構わないと、はっきりおっしゃっていました」
「それだけを聞くと、ますます恐れられる理由が分からないのですが」
元々の友人なのであれば、何をしても助けたいと思うことは、別に特段珍しくはないだろう。
ましてや、尊敬する兄の子でもあるのだ。
私も同じ立場だったら同じようにいうに違いない。
「リーリエ様はね、もしも子供が無事に生まれなかったらどうしようかと悩まれていた先々代にこうおっしゃったそうですよ」
もし、無事に産まれなくても、自分が何度でもやり直すから、問題は無い、と。
「それは……」
その言い方は、いくらでも、思い通りになるまで人生をやり直せるという、そういう意味も含んだ言葉であることを何となく察してしまう。
そして、その言葉が自然に出るということは、既に幾度となくその選択をしてきたという意味だ。
「リーリエ様は、ブルーメ家の危機を救うために、その都度過去へと戻り、少しずつ軌道修正をかけていたのです。女神に許された権利とはいえ、人の身には過ぎたる力。私や先代が物心つく頃には、既に長時間の外出は不可能なお体になっていらしたそうです。それでもなお、リーリエ様は兄を慕い続ける、ただの公爵令嬢のままで生き、死んでいきました。……俺は、リリアーネ様には、こんな選択を決してして欲しくないのです」
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次回更新予定 10/7




