#100
祝100話。
毎回読んでくださる皆様のおかげです。
「それでは、後は私が一度戻って上の者を説得しておきます。他の子たちの養子先の書類も併せてご用意いたしますね」
孤児院の子どもたちは、親についての情報はほとんどないはずだが、貴族の養子になる為には、念のため完全に親子の縁が無いことを確認しなければならないらしい。
平民・貴族・王族に関係なく、この国の出生管理は教会が担っている。
私たちのいた孤児院は、色んな不正をしていたそうだから、まずは間違いなくその戸籍が、孤児院のところに記載されているのかから調べなければいけないそうだ。
話がまとまると穏やかに笑った神父様は、さっと手元にメモを取り、仕舞い込む。
何気なくその仕草を目で追っていると、ふっと上がった目線が私と交わる。
「……リリアーネお嬢様」
「はい?」
ふいに声をかけられて、咄嗟に返事をする。
神父様は真剣な顔で数秒私の瞳を真っ直ぐと見つめると、再び優しい笑みを浮かべた。
「……良き、姉君を持たれましたね」
「? はい!」
意図するところは分からないけれど、神父様からは、微かな安堵を感じた。
アノンが少し睨むような視線を神父様に向けるのを、神父様が謝るように目線を返している。
神父様はお姉さまに向き合いつつ、エルヴィンを手で指し示した。
「では次に、エリーのお話を聞いていただけますか? 本来であれば、私を除いた公爵家の方々だけですべき話ではあるのですが、教会にも関連する補足がございますので同席させていただきたく」
皆からの視線を向けられて、何故か、エルヴィンは目を細めた。
苦しさを紛らわせようとするような、懐かしむような、そんな表情で。
「……俺が全てを説明できれば良かったのですが。何しろ当時はまだ道理も分からぬ子供でしたから、全てを理解していたわけではないのです。ガイウスにはそこを補足してもらおうと思っているのです」
「構わないけれど、エルヴィンが子どもの頃というと二十年は前の話よね。今、必要な話なの?」
お姉さまの言葉は、単に事実を言っているだけではなく、エルヴィンの様子を心配しているから、ということはその場の全員に察せられただろう。
エルヴィンは安心させようとしてか笑みを作り、首を横に振って否定した。
「ええ。今でなければ、二度とお話しする機会もないでしょうから」
ふう、と一つ息を吐いて、気持ちを切り替えるようにすると、エルヴィンは口を開く。
「……マーガレット様は先々代公爵閣下の記憶はございますか?」
「先々代公爵って、お父様の前の公爵様、ってことですか?」
途中で引き取られた私にとって、元からの家の人間であるお姉さまは勿論のこと、既に鬼籍にある父や祖父の話をしてくれる人など、それこそかつてのエルヴィンだけだった。
そのエルヴィンも、父の話はプライベートなことは多少話してくれても、祖父のことはその功績について触れる程度で、話を聞く機会もほとんどなかった。
あの頃は、ただ単に世代が一つ上の祖父のことはあまり知らないのだろうと思っていたのだけれど、今のエルヴィンの表情を見ると、複雑な何かを抱えていらしいことが分かる。
お姉さまが私の言葉を受けて頷いた。
「ええ、私たちのおじい様にあたる方よ。私が七つの誕生日を迎える少し前にお亡くなりになったの。領地経営に社交にとお忙しい方だったから、私もあまり一緒に過ごした記憶は無いけれど。そうね、……常に、何かを、恐れていらっしゃる……そんな印象を受けたわ」
温厚に見えるお父様と違って、例えるなら、冬の森のような厳しさと、寂しさを感じさせる、そんな方よ。
お姉さまが懐かしむように瞬いて、私はついぞ会うことのないその人を想像した。
エルヴィンは、お姉さまの言葉に納得するように頷く。
「恐れ……言い得て妙ですね。確かに先々代は、恐れていらしたのでしょう」
息が詰まるような静寂が訪れる。
エルヴィンの表情が、嘲りか自嘲か判断がつく前に切り込む。
「何を、ですか」
「……先々代公爵閣下の、年の離れた末の異母妹。リーリエ・ブルーメ様を」
先々代の異母妹。
私はそんな存在がいたのだなぁと、単に思っただけだったけれど、お姉さまは私以上に驚き、そして戸惑っていた。
「……そんな方が、いらしたのか? 私は、一度も耳にした覚えはない。それに、ひいおじい様の妻はおじいさまの母親一人きりのはずでは」
動揺するお姉さまは、きっと次に踏み込めない。
そう判断して、もう一度私が問う。
その答えに動揺するのは、今度は、私とアノンの番だった。
「……一体、何故、おじい様はその方を恐れていたのですか?」
「リーリエ様が、今のリリアーネ様と同じように、運命を変えるために戻ったお方だからです」
いつも読んでくださりありがとうございます。
引き続きよろしくお願いいたします。
次回更新予定 9/25




