(2)
「はい~、では~今回分の課題を持ち帰らせていただきますね~~」
空から照らす陽がわずかに傾き、そろそろ夕刻を告げる薄茜色の日差しが射し込む、1階のリビングとダイニングを兼ねた一室――
ヒトダマさんの、相変わらず気の抜けるような調子の声が、課題の完了を告げた。
「うはぁ~っ! おわった~疲れたぁ~」
ひと段落の解放感と同時に、ここ数日の疲労が葵と紅にどっと押し寄せてくる。
精根尽きたと言わんばかりに、紅はそのまま「あーもー無理」と呟きながらぐったりと机に突っ伏しうなだれた。
紅の向かいの席で作業していた葵もまた、椅子の背もたれに寄りかかりふう、と一息つく。
今回の課題を出されてから、寝食と買い出しの時間以外、2人で黙々と机に向かう事本日で3日目。
途中嫌気が差して逃げ出そうとする紅を、葵が何とか引き止めながら、提出期日でもある今日、ギリギリの時間にようやく『それ』が完成した。
ぐったりとする2人の横では、出来上がったばかりの『それ』を、課題物回収に来たヒトダマさんがいそいそと箱に詰めている。
今夜の両界会議で提出し、課題クリアを認証するためだ。
沈黙の中、かさかさという箱に詰める音だけが部屋に流れる。
「それにしてもさぁ――……」
顔を上げる気力もないのか、机に突っ伏したまま、紅がぽつりと沈黙を破る。
前触れのない呟きに、特に誰も反応の意思は見せなかったが、紅は構わず言葉を続ける。
「重大任務の課題で『2人で千羽鶴を折る』、って……コレ一体何の意味があるんだ?」
今回の課題内容最大の疑問を、葵とヒトダマさんに投げかけた。
「さあね……僕に訊かないでくれる?」
紅同様、いろいろ限界寸前の葵からは、うざったそうな返事が返ってくる。
「あ~わたくしも~、よく分かりませんね~~。でも~~……」
ヒトダマさんは言葉途切れ途切れに答えながら箱にフタをし終えると、2人の方を向き、あらためて続きの言葉を発した。
「今度の課題では~、ちょっと大きめなものを~用意してるみたいですよ~~」
「……『大きめのもの』?」
「はい~、どうやら~町の外での課題のようです~~」
ヒトダマさんの言う『大きめのもの』なる課題に、葵は「へぇ……」と関心を示した。
会話の内容にひっかかるものがあったのか、机の上でうなだれていた紅の体がぴくりと反応する。
「外での課題って初めてだよね? 具体的にはどんな事するの?」
「さあ~? わたくしも~詳細は聞かされていないのでなんとも~~。ただ~、今回は魔王補佐役様直々の――」
ヒトダマさんが言い終わるより先に、椅子がガタンッと音を立てて話を遮った。
突然の音に驚いた葵とヒトダマさんがそちらを向くと、紅が勢いよく立ち上がった音だった。
「紅く……ん……?」
「どど、ど~したんですか~~?」
立ち上がった紅の顔は、若干青ざめて見える。
突然の事に動揺して声を掛ける2人に、紅ははっと我に返ると、なんでもねーよ、と苦笑してごまかした。
「あー……これで今回の課題終わりだろ? オレ、疲れたから部屋戻ってちょっと寝るわ」
目を合わせないまま歯切れ悪くそう言うと、紅は2階へ上がる階段のある方へと足を向ける。
途中「あっ!」と何かを思い出して立ち止まり、くるりと振り返って「夕飯できたら呼んでくれな」と言い残すと、そのまま階段を上がっていった。
「……なんか……様子おかしくなかった?」
葵の問いかけに、見ていたヒトダマさんも「ですね~~」と相づちをうつ。
「一体何が引っかかったんだろ……外での課題?」
「う~ん……それよりは~、課題の発案者の方ですかね~~」
「発案者……って魔族側の?」
「ええ~……わたくしも~よくは知らないのですが~、紅さんは~補佐役様とは~あまり仲が~……」
その先の言葉を口にするのがはばかられるのか、ヒトダマさんは目配せしながらそれとなく濁す。
葵もそれを察したのか、頷きながら「なるほどね」とだけ言い、もう一度、紅が去った後の階段へと視線を向けた。
「あっそうだ、買い出しに行ってこないと……」
葵は今日中に必要な所用を思い出し、まだ疲れの残る体でゆっくりと立ち上がった。
外を見ると既に茜色の夕刻――これ以上暗くなっては店が閉まってしまう。
「あ~では~、わたくしも用事が済みましたので~、この辺でおいとましますね~~」
ヒトダマさんも課題の作品の入った箱を手に、スイッと体を浮かせた。
じゃあ入り口までと、葵とヒトダマさんは一緒に外へ出る。
そして、紅の事情に関して詮索するでもなく、家の前で別れてそのままお開きとなった。
「さて、急がないと店閉まっちゃうな」
そう自分に言い聞かせると、葵は1人足早に、商店の並ぶ通りへと向かう。
そして、歩く葵の数メートル背後の路地の合間から、怪しげな2つの影が葵の様子を窺っていた――




