幕間 ~ 詭弁か、虚偽か、真実か(side 紅)・後半
その場の思いつきで言っただけの案だし、無茶苦茶で強引なのは自覚していた。
ただ単に、ちょっとでもこいつに反抗してやらないと気がすまなかった――それだけだ。
これ以上反論の出ないオレをよそに、黒羽は「それに――」と言葉を続ける。
『これは貴様にとっても悪い話ではない』
「……? ソレ、どーゆー意味だよ?」
『魔界への帰還時期を早められる、という意味だ』
「は……!?」
『いや、それだけではないな。貴様の働き次第では、この任務自体を取り止めにする事もできるぞ』
「……マジ……か」
驚きのあまり思わず口から出た言葉に、黒羽は「ああ、マジだ」と、淡々とした口調で肯定した。
魔界に……帰れる――!?
しかも、このくだらない任務を続けなくてすむなんて、正直オレにとっては願ったり叶ったりじゃないか。
「一体……どーすんだ……?」
気持ちの高揚が、声の調子に出そうになるのをどうにか堪えながら、オレは黒羽にその『用件』とやらを訊ねた。
オレの質問に、黒羽は一瞬フッと鼻で笑ったような気がしたが、癪に障るのであえて聞き流す。
『近いうち、町に隣接する森への生態調査の課題が提示される』
「へぇー、町の外での課題なんて初めてじゃね?」
『神族の提示する課題など単調すぎてつまらんだろう。だから俺が提案した』
確かに、今まで課題といえば、室内での装飾品制作だのレポートだの、黙々と取り掛かるものばかりでうんざりしていたところだ。
アウトドア派のオレとしては、気分転換やストレス発散の意味も含めて数段気乗りのする課題かもしれない。
とはいえ、あの黒羽が理由もなくアイディア提供などするはずないのも然り。
不覚にも内心、その内容に期待しながら、オレは黒羽の次の言葉を待つ。
『そして、その課題に関してはいざという事態に備え、武器の使用を許可する予定だ。町の近くとはいえ、森の内部は依然未開拓で物騒だからな』
「なるほどー、それで?」
『……貴様、まだ気づかないのか?』
「? 何をだよ?」
不服そうに投げかける黒羽の問いに、オレは首をかしげて訊ねる。
質問を質問で返した事に対しての不満か、黒羽は通信機ごしからも聞こえる程の溜め息をついた。
『まったく、貴様つくづく馬鹿だな』
「なっ……てめぇっ! まぁたヒトの事馬鹿って――」
『黙れ』
オレの抗議の言葉を、黒羽は静かに遮った。
そしてしばし何かの気配を探ったかと思うと、その正体に気づいたのか、不快感満載に舌打ちする。
『意外に早かったな……』
「何の事だ?」
『時間が惜しい。馬鹿でも分かるように教えてやるから早々に理解しろ』
「はあっ!? こっちはまだ言い足りねー事が」
『それはまた今度聞いてやる。とにかく黙れ』
時間が押し迫っている原因であろう『何か』を気にしながら、黒羽はオレの訴えを、さっきよりも強い口調で遮る。
相変わらずの上からな物言いが気に食わないが、オレもしょうがなしで聞いてやる事にした。
黒羽は、淡々と、それでいて早い調子で説明を始める。
『いいか、先程伝えた課題の最中に、魔物討伐のために武器を抜かざるを得ない状況を作る。だからその機に乗じて――』
――――――……
黒羽から語られるその内容は、オレが予想だにしないようなものだった。
『――……という事で、用件は以上だ。質問は?』
「…………」
『沈黙は否とみなす。では、通信を終了する』
無言のオレに構うことなく、黒羽は一方的に通信を切った。
通信中浮いていた通信機中央の球体は発光をやめ、ゆっくりと降下する。
そのさまをぼんやりと眺めながら、意識が遠のきかけた。
足元がよろめき、体が倒れそうになっていた事に気づき、足を踏ん張ってなんとか体勢を持ちなおす。
「……な……ん……」
なんだよ……それ……。
遠のく意識を引き戻そうと、懸命に声を絞り出したが、上手く言葉にはならなかった。
聞き違いではないだろうかと、黒羽の言葉を何度も頭の中で反芻させたが、内容は変わらない。
頭の奥が痺れるような感覚と、血の気が引いていく寒気に、オレは両腕を抱え込む。
今のオレの姿を見たら、黒羽は腑抜けだとかなんだとか言って嘲笑うのだろう。
でも――それでも――――
「っ!!??」
突然、何かを倒したような物音に思考が急停止する。
とっさに音のした方へ顔を向けると、それは部屋の外――つまり廊下から――!?
「っ……誰だっ!!」
扉を睨みつけながら放った声は、自分でも驚く程の大きさだった。
「………………」
扉の向こうで息を潜めていた相手も観念したのか、少しだけ開いたままになっていた扉をゆっくりと開いて入ってきた。
そして、オレはその相手を見て驚愕する。
「……あ……おい……?」
姿を現したのは、見知った黒服の天使の少年――葵だった。
「お前……何で……」
「あ……えっと……昼食の用意するから呼びに来たんだけど……」
葵は、オレの態度に驚きながら、少し困り顔でそう答えた。
「……そ……そう……か」
「そういえばさっきの声、通信機から? 今って通話時間外だよね……?」
「…………」
葵の質問に、返す言葉が思いつかなかった。
通信の理由なんて、正直に話せるわけないじゃないか――。
内心焦るオレに、葵は訝しげな視線を向けながら、質問に対する返答を待っている。
「「………………」」
互いに気まずい空気が流れる中、オレはさっきまで黒羽と話していた内容を思い出してハッとした。
そういえば、葵はいつからそこにいた――?
黒羽と通信していて気づかなかったが、もしかしてもっと前から――
「っお前……まさか話聞いてたのか……?」
そんな考えを廻らせた結果、葵に対する疑念を含んだ言葉が口からついて出ていた。
「? さっきの……? いや、誰かと話してるのかなー、とは思ったけど、内容までは聞き取れなかったから……」
「…………そっか」
聞かれていなかった――
その事実に、オレは少しだけホッとする。
「あの……紅君、大丈夫? 顔色あまり良くないけど」
安堵するオレに、葵が心配そうな面持ちで訊ねる。
内心を葵に悟られないよう、オレは「平気、平気」と手を振りながら笑顔で誤魔化した。
「ああっ、そういや昼メシ、呼びに来てくれたんだっけ? それなら早く下いこーぜ!」
今のこの空気を換えたくて、オレは大げさに明るく振舞うと、葵の腕を掴んで引き寄せた。
「えっ、ちょっ……紅君!? まだ僕の質問に答えてないよね!?」
「まーまー、いーからいーから!」
そう言ってオレは葵をくるりと回れ右させると、両手で背中を押しながら、半ば強引に部屋を出た。
不平をこぼす葵をよそに、黒羽から言われた、あの時の言葉が脳裏に蘇る――
『いいか、先程伝えた課題の最中に、魔物討伐のために武器を抜かざるを得ない状況を作る。だからその機に乗じて――
貴様と共に、任に就いているパートナーの天使を――殺せ』




