幕間 ~ 詭弁か、虚偽か、真実か(side 紅)・前半
事の発端は、葵が買い物をすませて帰って来た時間より、少しだけ遡る――
「うおーっす! ただいまー昼飯ぃ!!」
陽がちょうど真上にさしかかったと同時に、オレが今住んでる一軒家の扉を勢いよく開いて声を掛けた。
突然こんな辺境に強制転送されて気分がくさくさする中、同居人の作る食事が唯一の楽しみだった。
………………
期待してたわけじゃないが、同居人の返答はない。
というか――
「うおーい、葵~?」
同居人――葵の名前を呼んでみたが、沈黙が流れるだけだった。
この時間にはたいてい台所でオレの昼食を準備しているはずだが、そこにいる気配はない。
「あれ? あいつ、どっか出掛けたのか……?」
そういえば、夕飯分の食材がもうないから買い足さなきゃいけないとかどーとか、言ってたような気がしなくもないような――
オレは辺りを見回しながら台所まで歩く。
コンロの上にある鍋の蓋を開けてみたが、中には何も入っていなかった。
「……マジか……」
これは、用意してから出掛けたワケじゃなく、作る前に出掛けた、ってパターンだ。
自慢じゃあないがオレは料理とかは一切できない。
そしてその料理を作れる唯一のヤツはまだ戻ってきていないとなると、つまり――
……昼飯待機決定。
結論に気づくと同時に、急激な空腹感が音と共に押し寄せてきた。
「……っあ~……ったくあいつ、なにやってんだよ~~」
オレは脱力しながらその場に座り込んだ。
しばらく静止していたが、このままココでじっとしていても埒があかない。
とはいえ、葵がいつ戻ってくるか分からない以上、また外に出て時間を潰すのは得策じゃない。
「しゃーねー……葵が帰って来るまで部屋で時間潰すか……」
オレは1人そう呟いてから、ゆっくり立ち上がって2階に続く階段へ足を向けた。
2階にある自室の扉を開けて入ると、そのままベッドへうつ伏せに倒れ込む。
同時に、腹もぐうぅと音を立ててオレの空腹に追い討ちをかけてくる。
「…………」
いざ部屋に戻ってはみたが、特にこれといってする事はない。
空腹感から逃れるために、このまましばらく寝てしまうのもアリかもしれない。
「……ま、帰ってきたらオレが気づくか、アイツが声掛けてくれるだろ」
1人そう呟きながら、オレはゆっくりと目を閉じるが、こんな昼の最中に眠れるわけもなく、思いつくまま思考を巡らせた。
とにもかくにも、オレにとってこの現状は不満だらけだ。
訳も分からずイキナリこんなところに飛ばされた上に、魔界と天界の関係を左右するだのの任務を請けるハメになるし。
その任務のパートナーは見ず知らずの天使だし。
課題やってる時間以外は用事がある、なんて言って出掛けてるワケだが、実は特にこれと言って何かしてるわけじゃあない。
なんというか単に、親しくないヤツと同じ場所にこもってると息が詰まりそうになるからだ。
唯一の救いは、そいつが家事全般できる、って事くらいだが、正直それだけ。
必要以上に馴れ合う気はないし、今のこの任務とやらをとっとと終わらせて魔界へ帰るのが、オレの唯一の目的だ。
そして、オレがこうなった元凶でもある『あいつ』に一発かましてやらないと気がおさまらない。
「…………あ、なんかまたハラ立ってきた……」
『あいつ』の言葉と同時に顔が浮かぶと、寝落ちするどころか怒りで気分が高ぶってきた。
そう、あの理屈くさくて嫌味なヤロウの――
(――……っ!?)
頭の中であれこれ恨み辛みを唱えていた矢先、机の上に置かれた通信機が、あるはずのない受信音を立てた。
突然鳴り響く無機物な音に、オレはおもわずベッドから飛び起きた。
まさか、そんな事あるはずないのに――
そう思いながら、オレは机の上にある通信機に近づいて確認する。
――音の発信源は、間違いなくここからだった。
確かこの通信機は、任務状況報告のために、時間制限つきでこちら側からしか通信が繋げない仕組みになっていたはずだ。
それに、その時間内の通信にしても、各界の上層部の者数人が立ち会うオープン回線で行われる。
互いに情報の誤報や余計な画策だかの漏洩を防止するためだ、とか?
(……ま、今まで一度も使ってなかったからよくわかんねーけど)
オレは半信半疑で、通信機本体の中央に浮かぶ球体に軽く触れた。
球体はリン、と一つ、鈴のような音を立て、青白く発光しながら沈黙する。
『………………』
「………………」
『………………』
繋がった通信機の向こうに誰かがいるような気配はするが、無言のままだ。
お前は誰だ!? とでも、オレが問うのを待っているのだろう。
だがオレはあえてその沈黙を沈黙で返した。
なんというか――嫌な予感しかしないからだ。
使用制限された状況下で、こんな型破りなコンタクト法を取ってこられるのは思いつく限りただ1人――
(まさか……な)
顔が浮かんだ相手が相手だけに、予想外れろ、と念じながら、オレは沈黙を続ける。
『………………』
「………………」
『………………』
「………………」
『…………貴様、ふざけているのか?』
「……やっぱお前かよ、黒羽」
ため息混じりに答えながら、嫌な予感は確信に変わった。
通信機の向こうから聞こえてきた、苛立ちのこもった声の主は、オレが予想した通りの奴。
黒羽――そう、オレをこんなところに送り込んだ元凶でもある魔王補佐役だ。
「……何の用だ?」
文句のあれこれを浴びせたい衝動に駆られそうになったが、懸命に言葉を飲み込む。
相手の真意が分からない以上、まずは確認。文句を言うのはその後だ。
オレの問いかけの後、少しの間があく。
『……ほう』
「な、なんだよ……」
『第一声からぎゃんぎゃん騒ぐかと思ったが、どうやらそこまで馬鹿ではないようだな』
「!? んな……っ」
明らかにこちらを軽視した物言いに、オレの怒りは一気に沸点に達した。
「テメェ……こっちが我慢してやったのにたいそうな物言いだなぁっ! 誰のせいでこんなワケわかんねー事に巻き込まれてると思ってんだよ!!」
『……俺なりに誉めてやったつもりだが、途端にこれでは先が思いやられるな。それに、こちらは貴様に我慢を強要した覚えはないが?』
「~~~~~~っ!!!」
黒羽は、こちらの抗議を一蹴するような淡々とした口調で応じた。
相手の激情を察した上で、あえて相手の失点をついて神経を逆なでしてくる――黒羽はそういう奴なのだ。
その性分を重々理解はしているが、それではいそうですか、と簡単に納得など到底できるはずもなく――
(――だからオレはこいつが嫌いなんだ……っ!)
衝動で目の前の通信機を叩き割ってやりたくなったが、ふつふつと湧き上がってくる怒りを強引に押さえ込んだ。
こいつの言動は癪に障るが、ここで当り散らしたら相手の思う壺のような気がするからだ。
ふう、とひと呼吸ついてから、オレはできる限り声のトーンを落として、通信機の向こうにいる黒羽との会話を続ける。
「……で? さっきも聞いたけど何の用だよ。お前がこんな反則手段までとってコンタクトしてくるって事は、周りに勘ぐられたくないような理由があるからだろ?」
『なんだ、随分と察しがいいな』
「まあ、不本意だが短い付き合いでもねーからな。それとも、定期報告してねー事に対してわざわざ説教でも垂れようってか?」
気の乗らなさと嫌味を含んだオレの返答に、黒羽はふむ、と相づちだけ返した。
『確かに、定期報告を怠っている事を説諭してやりたいのはやまやまだが、生憎こちらも時間がない。とりあえず用件を伝える』
時間がない――。
まあそれはそうだろう。何せ通信機を無断で時間外使用しているわけなのだから。
とはいえ、オレはこいつのペースに合わせてやる気は毛頭ない。
「まぁーだ誰も聞くとは言ってねーぞ?」
『貴様にその選択肢があると思っているのか』
聞く、の一択しかないと言ったように、黒羽はきっぱりとそう答える。
普通に考えれば、黒羽はオレに『用件』とやらを『頼む』立場。
だからオレが聞いてやらなきゃ実行もできないはずなのだ。
なのにこいつのこの自信は一体どこから来るのか――。
その根拠のない自信家に対して、オレは完全に抗議の態勢に入った。
「いや、あるだろ! フツーに! オレが聞かなきゃ意味ねーワケだし!?」
『この通信機は耳を塞げば聞こえない、などといった安易な構造ではないのは知っているだろう?』
「ぐ、うぬぅ……じゃ、じゃあ……ソッコー寝る、とか!! 爆睡しちまえばこっちのモンだしなーっ! ざまあみろ!!」
『……くだらん浅知恵を自慢げに披露するな。聞き苦しいにも程がある』
黒羽の失笑を含んだ一言で、オレの渾身の案は即刻却下された。




