(4)
2人で店の前まで戻ると、手はずどおり葵は、自分が代金を支払う事を申し出た。
店員は「まあ、ちゃんと支払ってくれるなら誰が出しても文句はないけどな」などと言いながらカードを受け取った。
「はいよ、確かに。 ……なあ、嬢ちゃん?」
「? はい?」
精算が終わり、葵にカードを差し出しながら、店員は小声で声を掛ける。
唐突の呼び掛けに不意を突かれたかたちになった葵は、自身への呼称など気に留める余裕もなく返事を返した。
「アンタ、知り合いとか言ってたけど、ホントはあの男に巻き込まれただけだろ?」
「えっ……いや、その…………まあ」
「おいおい……ソレって役人に突き出さなくて大丈夫か?」
「あー…その辺は通報されると本人も困るって言ってますし、僕もあまり大事にはしたくないので……それに――」
「……『それに』?」
「あの人、そんなに悪い人じゃないと思います……多分。知り合いっていうのも、遠からず間違ってはいないみたいですし」
「……ふーん。まっ、嬢ちゃんがそう言うなら、な」
別に強制されたわけじゃない、というのを葵の顔でなんとなく察したのか、店員はそれ以上追及することはなかった。
代わりに、「まあこれに懲りずにいつでも食べに来てくれよな」と言いながら、葵の肩をぽんぽんと叩いた。
そして、葵から少し離れた後方で、伸びをしながら待機していた男の方にも声を掛ける。
「アンタも、この嬢ちゃんに感謝しときなよ!」
「……ん~? ……ああ、うん、ソレは勿論、勿論」
少し間の空いた男の気のない返答を不審に思いながらも、店員は「またどうぞー」と言いながら2人を見送った。
向かう方向が同じなのか、単に店から離れるまでの口実か、そこは互いに暗黙の了解で葵と男は隣り合って歩いていた。
「いやぁー助かっちゃったよ~。ホント、ありがとね」
歩きながら、男はあらためて葵に感謝の言葉を述べる。
「まあ、困った時はお互い様ですし。 ……ちゃんと返してくださいね」
「了解りょーかい♪ 私、可愛いコとの約束は忘れない自信があるから☆」
「はあ……そう、なんですか」
ウインクしながら得意げに了解する男に、葵はため息混じりで答えた。
「うーん、それにしても、あの店員さんはちょーっと失礼だよね~?」
なにかしら店員の言動がひっかかっているのか、男はそう言いながら葵の顔をじっと眺めた。
まじまじと見つめてくる男の視線に、葵は一歩後ずさる。
「? な、なにが――」
「だってねぇ、こーんな可愛い男の子を『嬢ちゃん』なんて間違えて呼ぶからさぁ~?」
「えっ……」
「あれ? 男の子、合ってるよね?」
「あ……ええ……合ってますけど」
葵は驚きと動揺で、思わず返答の声がうわずる。
外見で性別を間違われる事は気にしないようにしていただけに、男の言葉に意表を突かれたからだ。
自分の中でほぼ諦めていたとはいえ、他人からの判断がここまで迷いのない是である事は、少なからず嬉しいものである。
自然と顔が緩みそうになるのを誤魔化すように、葵は少し俯いて話を切り替えた。
「……あー……ええっと、じゃあ、連絡方法とかどうします? 日時を決めてどこかで待ち合わせるか、もしくは僕が今使ってる家に来てもらっても――」
「あ、ゴメン! それはちょーっと無理……」
「?」
「あ……う、うーん、え、えっとね、私の仕事って、その辺かなり不定期だから、いつ来られるかとかわかんなくて、ちゃんとした約束はできないんだー……」
「……それで『絶対返す』とか、よくそんな無責任な事言えますね」
「う……」
やたらと視線を泳がせながら説明する男のさまに、葵は疑念を抱く。
不審そうな目を向ける葵に気づくと、男は「だ、だからね!」と慌てて言葉を続けた。
「キミはよく、あの辺を通るのかな?」
「……? え、ええ、まあ、ほぼ毎日買い物には出てますから」
「じゃ、じゃあ、もし私がこちらに来たら、必ずさっきの店にいる事にするよ。お互い、無理に合わせなくても、時間が合えば会えるから、さ」
「それはそれで、博打感が否めないんですけど……」
男の提案に対して不満を口にする葵に、男は顔に困惑の色を浮かべる。
あと一言追い討ちをかけてやろうかと思い、ちらりと男を見たが、一瞬たじろいでしまった。
男の顔は困惑を見せながらも、それ以上に、ここから先は立ち入らせない、そんなプレッシャーを秘めていた。
感情の読めない微かな笑みに、恐怖に近い感情が込み上げ、背筋がひやりとする。
ゆっくりと伸びてくる腕をかわそうとするが、なぜか体が動かない。
葵は思わず目を閉じたが、腕は、ぽんぽんと軽く頭をなでる。
「ゴメンね……これだけはホント、私の力じゃどーにもならないから」
「…………」
そう声を掛ける男に先ほどまでのプレッシャーはなく、ただ本当に困った素振りだった。




