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トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第1章 異世界に、最初の便器を

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第9話 売って終わりではありません

銀月亭の水洗便器は、営業初日の夜に詰まりました。


原因は利用者の不注意だけではなく、施工後の確認不足にもありました。


直人は、便器を設置するだけでは設備は完成しないと改めて考えます。

 翌朝。


 銀月亭の食堂には、木板が六枚並べられていた。


 その前で陶山直人は腕を組み、深刻な顔をしている。


 一枚目の板には、便器の絵。


 二枚目には、洗浄紐を引く人。


 三枚目には、布を持った手と大きな斜線。


 四枚目には、水が便器からあふれている絵。


 五枚目には、宿の者を呼んでいる人。


 そして六枚目には、よく分からない何かが描かれていた。


「これは何なの?」


 リリアが六枚目を指した。


「点検している人です」


「便器をのぞき込んでいる怪物に見えるわ」


「人です」


「角があるけれど」


「髪です」


「手が四本あるわ」


「工具を持たせようとして失敗しました」


 リリアは額を押さえた。


「あなた、絵は本当に駄目なのね」


「施工図なら描けます」


「宿泊客に配管図を見せるつもり?」


「見せません」


「なら、ロッカに描き直してもらいましょう」


 木工職人のロッカは、一枚目から五枚目までを見て、露骨に顔をしかめた。


「俺は看板職人ではないぞ」


「木へ印を彫るのは得意でしょう?」


 リリアが言う。


「簡単な絵でいいの。文字が読めない人にも分かるようにして」


「面倒な仕事ばかり増える」


「この便所が売れれば、同じ仕事が増えるかもしれません」


「それは、面倒な仕事が何度も来るということではないのか」


「報酬も何度も来ます」


 ロッカは黙った。


 数秒後、直人が描いた六枚目の板を持ち上げる。


「これは使えん。俺が最初から作る」


「お願いします」


「礼を言うのが早い。別料金だ」


「宿の朝食を一品増やします」


 リリアが即座に答える。


「肉を付けろ」


「干し肉なら」


「交渉成立だ」


 直人は二人のやり取りを見ながら、手帳へ書き込んだ。


 設備を使うための案内表示。


 それを作る人への報酬。


 こうした費用も、本来は見積もりに入れるべきものだ。


 元の世界なら、施工説明書や注意書きは製品へ同梱されている。


 メーカーが作り、印刷し、全国の販売店へ供給する。


 この世界では、その一枚から自分たちで作らなければならない。


「ナオト」


 リリアが直人の手帳をのぞき込んだ。


「朝から何を書いているの?」


「昨日の事故で不足していたものです」


「看板以外にもあるの?」


「あります」


 直人は新しい頁を開いた。


 一、利用方法の説明。


 二、使用前の日常点検。


 三、詰まりや水漏れが起きた時の対応。


 四、清掃方法。


 五、処理槽の点検と汲み取り。


 六、交換部品の保管。


 七、作業記録。


「七つも?」


「今のところです」


「まだ増えるのね」


「使っていれば、別の問題が見つかるかもしれません」


「便器を一台置くだけなのに」


「便器一台だから、今のうちに決められるんです」


 十台、百台へ増えてから決まりを作るのは難しい。


 一台目で起きた失敗を記録し、二台目へ反映する。


 それを繰り返せば、少しずつ品質を上げられる。


「昨日の詰まりは直りました」


 直人は言った。


「でも、同じ使い方をすれば、また詰まります」


「看板を見れば防げる?」


「それだけでは足りません」


「まだ何かあるの?」


「最初に利用する人へ、宿の者が口頭で説明してください」


「全員に?」


「少なくとも、この設備を初めて使う人には」


「忙しい時間もあるわ」


「では、説明を短くします」


 直人は指を三本立てた。


「座って使う。便器には排泄物と指定した紙以外を入れない。流れない時は、もう一度水を流さず宿の者を呼ぶ」


「三つなら覚えられそうね」


「それと、使用後は手を洗う」


「四つになったわ」


「これは外せません」


 銀月亭の共同便所には、小さな手洗い壺が置かれている。


 だが、水を入れて置いただけでは、利用者が必ず洗うとは限らない。


 手洗いの習慣そのものを説明する必要があった。


「便所から出た後に水で手を洗う人は、今でもいるわ」


 リリアが言う。


「どのくらいですか」


「気になる人は洗う。汚れていなければ、そのままの人もいると思う」


「見た目に汚れていなくても洗ってください」


「また、目に見えない汚れ?」


「そうです」


 リリアは納得しているとは言い難い表情だった。


 直人は手洗い壺を置いただけで満足していた自分を反省した。


 水をためた器へ全員が手を入れれば、その水自体が汚れる。


 できれば上から少しずつ流れる方式にしたい。


 壺の下部へ小さな栓を付け、必要な分だけ水を出す。


 下には受け桶を置く。


 それなら、同じ水で何人も手を洗う状態を避けられる。


「手洗い壺も改良します」


「今度は何をするの?」


「水をためた中へ手を入れず、上から流せるようにします」


「洗うだけなら、今のままでもいいでしょう」


「使った水が壺の中へ戻るのは避けたいんです」


「便所を作り始めたと思ったら、手を洗う器まで変え始めたわ」


「設備はつながっています」


「次は厨房も直すと言い出しそう」


 直人は黙った。


 銀月亭の厨房には、排水設備がない。


 洗い物に使った水は、桶へためて裏の溝へ捨てている。


 調理用水と汚水の動線も近い。


 改善したい場所はいくらでもあった。


「その顔は、すでに考えている顔ね」


「便所が落ち着いてからにします」


「絶対よ」


「努力します」


「約束しなさい」


「……便所が落ち着くまでは、厨房工事を始めません」


「よろしい」


 リリアは満足そうにうなずいた。


          ◇


 午前中。


 直人はマルタとともに、水洗便所の点検を行った。


「毎朝、利用を始める前に確認してください」


「承知いたしました」


 マルタは真剣な表情で、直人が話す内容をリリアに書き取ってもらった紙へ目を落としている。


 この世界の文字を読めない直人に代わり、リリアが点検項目を記していた。


「最初は、床です」


 直人は便器の周囲を軽く踏む。


「沈む場所、濡れている場所、板が割れている場所がないか」


「水がこぼれた跡も、でしょうか」


「はい。次に便器を両手で軽く揺らしてください」


 マルタが便器の左右へ手を添えた。


「壊れませんか?」


「強く揺らさなくて大丈夫です。動くかどうかだけ確認します」


 恐る恐る力をかける。


 便器は動かない。


「問題ありません」


「動いた場合は?」


「使用を止めて、俺かロッカさんを呼んでください。無理に締め直さないでください」


「わたくしが触ってはいけないのでしょうか」


「固定金具を締めすぎると、陶器が割れることがあります」


「固くすればよいものではないのですね」


「はい」


 次は便器内の水を見る。


 排水口を覆うだけの水が残っている。


「水がなくなっている場合、臭いが上がってくる可能性があります」


「水を足せばよいのでしょうか」


「少量なら、それで戻る場合があります。ただし、毎朝なくなるなら漏れているかもしれません」


「いつもと違う状態なら、記録する」


「その通りです」


 貯水槽の水位。


 革管の接続部。


 木製排水管の見える部分。


 操作紐と栓。


 手洗い水。


 換気口。


 扉の掛け金。


 便所内に余計な物が落ちていないか。


 一つずつ確認していく。


「毎朝これを全部行うのですか」


 マルタが尋ねる。


「慣れれば、それほど時間はかかりません」


「朝食の準備もございます」


「分かっています。だから、本当に必要な項目だけに絞りましょう」


 直人は点検表を見直した。


 自分が確認したいものをすべて並べれば、現場の負担が大きくなる。


 点検が面倒すぎれば、いずれ誰もやらなくなる。


 続けられない仕組みは、ないものと同じだ。


「毎朝は、床、便器のぐらつき、便器内の水、貯水槽、目に見える漏れ。この五つです」


「ほかは?」


「週に一度、詳しく確認します」


「それなら続けられると思います」


「記録は、異常がなければ丸印だけで構いません」


「丸印?」


「何もなかったという印です」


 この世界でも使える簡単な記号を決める。


 問題なし。


 注意。


 使用停止。


 文字が苦手な者でも分かるように、丸、三角、斜線を使うことにした。


「使用停止の時は、入口へ赤い板を掛けてください」


「赤い板なら、昨日ロッカ様が作ってくださいました」


「では、誰も勝手に使わないよう鍵もかけます」


「お客様が怒りませんか」


「壊れた設備を使わせるより安全です」


 マルタは点検表を胸の前で持った。


「このように便所を調べたことは、今まで一度もございませんでした」


「屋外便所の床も、本当は点検が必要です」


「穴があれば使えるものだと、ずっと思っておりました」


「俺の世界でも、壊れるまで気にしない人は多いですよ」


「ナオト様の国でも?」


「水が流れるのが当たり前になっているので、流れなくなって初めて仕組みを気にする人もいます」


「便利になると、忘れてしまうものなのですね」


「だから、管理する人が必要なんです」


 マルタは小さくうなずいた。


「では、わたくしが銀月亭の最初の管理人でございますね」


「お願いします」


 罰として押しつけられた便所掃除ではない。


 宿の大切な設備を守る管理者。


 その呼び方だけでも、仕事に対する印象は変わる。


「ただし、マルタさん一人に任せきりにはしません」


「リリアお嬢様にも?」


「リリアさんと交代で。それから、俺も毎日確認します」


「ナオト様が別の場所へ行かれた後は?」


 直人は答えに詰まった。


 銀月亭に永久にいるわけではない。


 元の世界へ戻る方法も探さなければならない。


 別の場所へ便器を設置することになれば、宿を離れる日も来る。


「その時までに、銀月亭だけで管理できるようにします」


「壊れた時の修理も?」


「簡単なものは。難しい修理は、俺か、これから育てる職人が対応します」


「これから育てる?」


「便器が増えれば、俺一人では修理できません」


 まだ一台しかない。


 それでも直人は、その先を考えていた。


 一台目で終わるなら、すべてを自分で抱えても何とかなる。


 十台になれば無理だ。


 百台なら、仕組みがなければ必ず破綻する。


「ガルドさんには陶器と便座。ロッカさんには床と建物。ボルグさんには処理槽。ミーナさんには給水。皆がそれぞれ修理できる範囲を決めます」


「ナオト様は何をなさるのですか」


「原因を切り分けます」


「きりわける?」


「どこが壊れているのかを調べて、必要な人を手配します」


「全部を直す職人ではないのですか」


「自分で直せるところは直します。でも、一人で何でもやるより、得意な人へ頼んだ方が安全です」


 直人の元の仕事もそうだった。


 営業担当。


 施工担当。


 水道業者。


 電気工事士。


 内装職人。


 メーカーの修理員。


 現場の内容によって、必要な人間は異なる。


 すべてを一人でできるように見せることが、優秀なのではない。


 自分にできないことを判断し、適切な人へつなぐことも仕事だった。


          ◇


 昼過ぎ。


 銀月亭の前には、十人ほどの町人が集まっていた。


 昨日の宿泊客ダリオが、水で流れる白い便所の話を商売仲間へ広めたらしい。


 行商人。


 近所の主婦。


 市場の店主。


 宿屋の従業員。


 子どもまで混ざっている。


「本当に糞が消えるのか?」


「水の中に溶けるそうよ」


「異国の魔法の壺だって聞いたぞ」


「座ると尻が吸い込まれるらしい」


 最後の噂を聞き、直人は顔をしかめた。


「誰がそんなことを言ったんですか」


「ダリオさんじゃないの?」


 リリアが答える。


「本人を呼びましょう」


「もう町を出たわ」


「逃げましたね」


「商売に出ただけよ」


 噂は、早く広がるほど内容が変わる。


 正しい説明を用意しなければ、誤解だけが残る。


「見学は順番にしてください」


 リリアが宿の入口に立った。


「便所の中へ入れるのは一人ずつ。勝手に触らないこと。使用したい者は、最初に説明を受けてください」


「金を取るのか?」


 市場の店主が尋ねる。


「今日は見学無料。利用する場合も、今日だけ無料です」


「明日からは?」


「宿泊客以外は銅貨一枚」


「便所へ銅貨を払うのか!」


 笑い声が上がる。


 リリアは怯まなかった。


「水を用意し、掃除し、壊れた時に直すためのお金です。払いたくない者は、今までの便所を使えばいいわ」


 町人たちは顔を見合わせた。


 直人はリリアの横顔を見た。


 便所に金を払う者などいないと言っていた人物とは思えない。


「最初の方、どうぞ」


 一人目は、近所でパン屋を営む中年女性だった。


 名をエッダという。


 説明を聞き、便所の中へ入る。


 しばらくして洗浄音が響いた。


 エッダは扉を開け、驚いた顔で出てきた。


「本当に流れた」


「使いにくいところはありましたか」


 直人が尋ねる。


「座るのが少し怖かった。でも、しゃがまなくていいのは楽ね」


「臭いは?」


「いつもの便所より、ずっと少ない」


「手を洗ってください」


「分かっているわよ」


 エッダは改良した手洗い壺の栓を開けた。


 細い水が上から流れる。


 手をこすり、水を受け桶へ落とす。


「これも便利ね」


 次は高齢の男性だった。


 手すりを使い、ゆっくり立ち座りを試す。


「膝が痛くても使える」


 その次は若い男。


「紐を引くのが面白い」


 何度も引こうとしたため、直人がすぐに止めた。


「一回だけです」


「もう一度流したらどうなる?」


「水が無駄になります」


「詰まる?」


「正常なら流れますが、必要ありません」


「けちな便所だな」


「水は無限ではありません」


 子どもたちは便器へ入れず、入口から見学だけにした。


 便器の穴へ石や玩具を入れかねない。


 親と一緒に使う場合のみ許可する。


「白くてきれい!」


「水がぐるぐるする!」


「魚を入れてもいい?」


「絶対に駄目です」


 直人は強く答えた。


 新しい注意事項が一つ増えた。


 生き物を入れない。


 五人、六人と利用が続く。


 ミーナが貯水槽へ水を補充し、マルタが便所内を確認する。


 リリアは利用者の名前と感想を記録する。


 直人は排水管と処理槽の状態を点検した。


 ボルグは処理槽側で、流れ込む水量と固形物の状態を見ている。


 ガルドは少し離れた場所で腕を組み、便器へ入っていく人々を眺めていた。


「どうですか」


 直人が声をかける。


「何がだ」


「尻の下へ置く器でも、価値がありそうでしょう」


「白い便器は、お前の国の品だ」


「この世界で二台目を作るのは、ガルドさんです」


「作ると決めた覚えはない」


「町の人が欲しいと言ったら?」


「言うわけがない」


 その時、便所から出てきたパン屋のエッダが、ガルドへ近づいた。


「ねえ、同じものを作れる?」


 ガルドの眉が動いた。


「何に使う」


「うちの母は膝が悪いの。店の裏の便所へしゃがむのがつらくて、最近は外へ出る回数を減らしている」


 エッダは銀月亭の便所を振り返った。


「これなら、手すりにつかまって座れるでしょう?」


「便器だけでは使えん」


 ガルドが答える。


「水や管や、汚物をためる場所も必要だ」


「全部で、いくらくらい?」


「知らん」


 ガルドは直人を見た。


 直人も、まだ答えられない。


 材料費。


 職人の人件費。


 施工日数。


 保守費用。


 今回の銀月亭では、宿泊や食事、将来の仕事を含む特殊な条件で協力を得た。


 一般家庭へ設置するなら、正規の価格を計算しなければならない。


「現場を見てから見積もります」


 直人が答えた。


「家ごとに違うの?」


「井戸の位置、床の強さ、排水先で工事内容が変わります」


「見るだけでも金を取る?」


「最初の調査は無料にします」


 リリアが横から口を挟んだ。


「待ってください」


「最初は、その方が注文につながるでしょう」


「移動に時間がかかる場所もあります」


「町の中だけ無料。町の外は交通費をもらう」


「こうつうひ?」


「荷車代や護衛代よ」


 リリアはすでに商売の仕組みを考え始めている。


 エッダはうなずいた。


「一度、店を見に来て。母にこの便所を見せてから決めるわ」


「分かりました」


 直人は手帳へ名前を書いた。


 パン屋エッダ。


 高齢の母。


 膝が悪い。


 店舗裏の便所。


 井戸と排水先を確認。


 これが、銀月亭以外から受ける最初の現場調査になるかもしれない。


「まだ一台目も完成したばかりですよ」


 ガルドが低い声で言う。


「売るつもりか」


「売る前に、現場を見ます」


「便器はどうする」


「現地で作らなければ増やせません」


 二人の視線が、ガルドへ集まる。


「俺を見るな」


「町一番の陶工でしょう?」


 リリアが笑顔で言った。


「尻の器など焼かん!」


「でも、作れないとは言わないのね」


「リリア!」


「工房の見学料も払うわ」


「宿に金がないと言っていただろう!」


「次の注文が決まれば、前金をもらえるかもしれない」


 ガルドは言葉に詰まった。


 直人は少しだけ笑った。


 昨日まで、異世界に水洗便器は一台しかなかった。


 それも、日本から偶然持ち込んだ一台だ。


 今、二台目を求める声が生まれようとしている。


 だが、直人には分かっていた。


 便器を作って渡すだけでは駄目だ。


 設置前の現場調査。


 利用者に合った高さや手すり。


 給水と排水。


 使用説明。


 清掃。


 点検。


 詰まりや水漏れへの対応。


 処理槽の管理。


 すべてがそろって、初めて販売できる。


「先に、銀月亭の便器を一週間運用します」


 直人は皆に聞こえるように言った。


「その間に問題がないか確認します。エッダさんの店は、明日現場調査をします。ただし、すぐに設置できるとは約束できません」


「慎重なのね」


 エッダが言う。


「昨日、完成初日に詰まりましたから」


 直人が正直に答えると、町人たちがざわめいた。


 リリアが慌てて直人の腕をつかむ。


「それを言う必要がある?」


「あります」


「売れなくなるでしょう」


「原因を隠して、後から知られる方が信用を失います」


 直人は町人たちを見た。


「利用者が布を流したことと、施工時の木くずが管内に残っていたことが重なりました。詰まりは修理し、排水管も清掃しました。今は正常に動いています」


「また詰まるのか?」


 誰かが尋ねる。


「布や木片を流せば、詰まる可能性があります。使い方を守っても詰まるようなら、構造を改良します」


「壊れたら、直してくれる?」


「はい」


「金は?」


「原因によります。施工や部品の不具合なら、こちらが責任を持ちます。故意に異物を流した場合は、修理費をいただきます」


「売った後も来るのか」


「それが仕事です」


 町人たちのざわめきが少しずつ収まる。


 エッダが腕を組んだ。


「それなら、うちも見てほしい」


「明日の午前中に伺います」


「母を連れて、もう一度使いに来てもいい?」


「もちろんです」


 リリアが先に答えた。


「宿泊客でなければ、次回から銅貨一枚よ」


「しっかりしているね」


「水も掃除も無料ではないもの」


 リリアは堂々と言った。


 直人は、銀月亭の新しい便所を見る。


 まだ一台。


 木と革と陶器を組み合わせた仮設に近い設備。


 問題も多い。


 それでも、人々は価値を感じ始めている。


 座れる。


 流せる。


 臭いが少ない。


 膝の悪い者でも使える。


 夜中に便壺を運ばなくていい。


 その価値を守るのは、設置後の仕事だった。


「売って終わりではありません」


 直人は小さく呟いた。


「何か言った?」


 リリアが聞く。


「この便器を、壊れても直せる商品にします」


「商品に?」


「はい」


 直人は手帳に、新しい見出しを書いた。


 銀月亭水洗便所・運用第一日。


 その下に、利用人数、水の補充回数、清掃回数、異常の有無を記録していく。


 一台目の記録が、二台目の設計書になる。


 二台目の失敗が、三台目の安全につながる。


 異世界で初めて、水洗便器を「売る」ための仕事が始まった。

直人は、利用説明、日常点検、清掃、故障対応、記録方法を整えました。


銀月亭の便所を体験したパン屋のエッダからは、膝の悪い母親のために同じ設備を検討したいという相談が入ります。


次回は、異世界で初めての正式な購入希望者が現れ、直人たちが便器一台の価格と契約について考えます。

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