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トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第2章 町に、便器を広げます

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第61話 平らな道で倒れなくても、段差では倒れます

交換壺の規格化は進み、複数の工房から合格品が届き始めました。


しかし、満量近い交換壺を載せた低床台車を便所背面の傾斜板へ乗せると、前輪が浮き上がります。


平らな工房では安定していても、実際に使う場所には段差、坂、曲がり角、人の往来があります。


直人たちは、壺だけではなく「交換してから処理場へ届くまで」を一つの設備として試験します。

 低床台車は、横倒しになっていなかった。


 交換壺も落ちていない。


 ただ。


 前輪二つが、地面から指二本ほど浮いていた。


「止めてください」


 陶山直人が言う。


 台車を押していた二人の作業員が、その場で手を止めた。


 場所は、衛生祭用仮設便所の試作場。


 木工組合が作った背面交換口。


 その後ろへ。


 地面から便所床まで、緩い傾斜板が渡されている。


 満量を想定した試験水と砂袋。


 黄線までの重量。


 低床台車。


 そして。


 傾斜板へ前輪が乗ったところで。


 後輪側へ重さが寄り。


 前輪が浮いた。


「倒れてはいない」


 木工親方が言った。


「そのまま押せば上がる」


「押さないでください」


「前を一人が下へ押さえればいい」


「それでは三人作業になります」


「祭りには人がいる」


「通常交換班は二人です」


 さらに。


 前側を押さえる人は。


 壺の正面へ立つことになる。


 もし固定帯が外れ。


 壺が前へ滑ったら。


 逃げにくい。


「一度、平地へ戻します」


「持ち上げる?」


「傾斜板を外して、板ごと戻します」


 無理に台車を動かさない。


 木工職人が左右から傾斜板を保持する。


 後方へ補助板。


 少しずつ。


 車輪を平地へ戻した。


          ◇


「原因は、壺が重すぎるからでしょうか」


 水務局書記官フィルが尋ねた。


「重さだけなら、平地では安定しています」


 直人は台車を横から見る。


 四輪。


 前輪。


 小さい。


 後輪。


 少し大きい。


 押し手は後方。


 交換壺は、台車中央よりやや後ろに置かれている。


「なぜ後ろ寄りなのですか」


「押す人の足へ当たらないようにした」


 木工親方が答える。


「便所から引き出す時も、後ろにある方が持ちやすい」


「平地では?」


「安定していた」


「段差へ前輪が乗ると?」


 台車前側が上がる。


 壺の重さが。


 後輪側へ移る。


「後輪を支点にして、前が浮きました」


「壺を前へ動かす?」


 フィルが言った。


「今度は下り坂で前へ倒れやすくなります」


「では中央」


「まず、重心位置を測ります」


 祭典担当官が顔をしかめる。


「壺を運ぶ台車に、そこまで必要か」


「三年前は壺の底が外れました」


「今度は台車までか」


「交換壺を安全にしても、運ぶ途中で倒したら同じです」


          ◇


 試験場の地面へ、白い線を引く。


 台車だけ。


 空。


 重心位置。


 中央より少し後ろ。


 空壺を載せる。


 ほぼ中央。


 黄線重量。


 後方へ移る。


「なぜ、中身を入れると後ろへ?」


 フィルが尋ねる。


「壺底が完全に平らではなく、台車の後ろ側止め木へ寄っています」


 ほんの指一本。


 だが。


 重い状態では影響が大きい。


 さらに。


 底支え帯の留め具も後方にある。


「壺側の規格は合っています」


「台車の受け面が合っていない?」


「はい」


 台車には。


 壺底を載せる四本の横木。


 その上に滑り止め。


 だが後ろ側の横木だけ、少し厚い。


「なぜ高さが違う」


 木工親方が作業員へ尋ねる。


「後ろの車軸金具を避けました」


「図面では?」


「同じ高さです」


「現物に合わせて厚くした?」


「はい」


 台車自体の構造を変えた結果。


 壺が後ろへ傾いていた。


          ◇


「台車番号は?」


 直人が尋ねる。


「まだ試作品なので付けていない」


「付けます」


「完成してからでは?」


「試作段階の変更履歴が必要です」


 試作台車。


 T-P01。


 現状。


 黄札。


 傾斜進入時、前輪浮き。


 原因候補。


 受け面後方高。


 壺位置後寄り。


 小径前輪。


「台車一台にも台帳か」


 祭典担当官が言った。


「壺には付けました」


「便所にも?」


「付けます」


「祭典局の倉庫が帳面で埋まるぞ」


「設備で埋まるより軽いです」


 フィルが吹き出しかけ。


 慌てて記録へ目を戻した。


          ◇


 台車だけ直して終わりにはしなかった。


「傾斜板側も確認します」


 傾斜板。


 長さ。


 勾配。


 板幅。


 縁止め。


 地面との段差。


「勾配は基準内だ」


 木工親方が言う。


「入口側と出口側の段差は?」


 下側。


 指半分。


 上側。


 ほぼ一枚分。


「上がった最後で、もう一度衝撃が出ます」


「板を長くすれば緩くなる」


「通路へ出ます」


「便所を後ろへ移す?」


「利用者側の通路が狭くなります」


「地面を掘って台車側を下げる?」


「雨が降れば水がたまります」


 設備一つの高さを変えると。


 別の場所へ影響する。


「便所床を少し下げる?」


「低型便所と介助室の床高さも変わります」


「では、どうする」


「傾斜板を二段に分けます」


「二段?」


「急な一枚ではなく、短い緩斜面と水平休止部」


「場所をもっと使う」


「交換所側の囲いを指六本後ろへ移せます」


 祭典配置図。


 背面管理通路。


 観客側からは見えない。


「屋台裏動線に出ませんか」


「ぎりぎりです」


「ぎりぎりは困る」


「実測します」


          ◇


 祭典会場へ移動した。


 試作場で通っても。


 本番会場の地面が同じとは限らない。


 中央広場南側。


 仮設便所予定地。


 石畳。


 見た目は平ら。


「傾いています」


 直人が水平器代わりの水管を置いた。


「雨を流すためだ」


 祭典担当官が答える。


「どちらへ?」


「南の排水溝へ」


 つまり。


 便所正面から背面へ。


 わずかに下っている。


「交換壺を背面へ出す方向は下り坂です」


 フィルが言う。


「試作場とは逆ですね」


「本番では、満壺を引き出した瞬間に台車が下ろうとします」


「車輪止めを付ける」


「最初から必要です」


 低床台車には、小さな足踏み式車輪止めがあった。


 だが。


 後輪だけ。


「傾斜方向によっては、前輪も止めないと回ります」


「四輪全部に?」


「少なくとも二方向から固定できる仕組み」


「操作が増える」


「交換手順に入れます」


          ◇


 実際の石畳を調べる。


 一見同じ高さでも。


 継ぎ目。


 欠け。


 修理跡。


 ところどころ、指一本近い段差。


「祭り前に全面舗装し直すのか」


 祭典担当官が尋ねた。


「しません」


「では台車が跳ねる」


「管理動線だけ整えます」


 交換所から便所背面まで。


 一本の専用通路。


 幅。


 台車一台と作業員二人。


 交差しない。


 一般客立入禁止。


「石畳の上へ板を敷く?」


「段差の大きい場所だけ」


「雨で滑る」


「表面へ横桟を付けすぎると車輪が跳ねます」


「砂を撒く?」


「汚物が漏れた時、清掃しにくくなります」


「では?」


「粗い布を固定した平板を試します」


 滑りにくく。


 段差を吸収し。


 交換後に外して洗える。


「布が濡れたら?」


「交換」


「予備が必要」


「はい」


          ◇


 専用通路には。


 三か所の停止場所を作ることになった。


 第一。


 便所背面交換位置。


 第二。


 中間退避位置。


 第三。


 交換所入口。


「なぜ途中で止める場所を?」


 フィルが尋ねる。


「人や別の台車が来た時に、斜面上で止めないためです」


「通路は一方通行では?」


「基本は」


「では対向車は来ない」


「故障車、清掃員、緊急搬送が入る可能性があります」


「祭りの日は、予定外ばかり考えますね」


「予定どおりなら、使わない場所です」


 中間退避位置には。


 水平な板。


 輪止め。


 汚染受け皿。


 交換用固定帯。


「ここで壺が漏れた場合は?」


「台車ごと停止」


「交換所まで急いで運ばない?」


「漏れながら移動すれば、通路全体を汚します」


 三年前。


 漏れた台車を、人通りの多い王宮通りから急いで移動させ。


 途中で底板が外れた。


 今回は。


 漏れを確認した場所で。


 安全に止まれる場所を用意する。


          ◇


「でも、便所背面から漏れ始めたら?」


 祭典設備保守責任者リオズが尋ねる。


「背面交換場所にも受け皿を置きます」


「全十六基?」


「常設ではなく、交換時に差し込みます」


「交換班が持って歩く?」


「台車へ収納」


 低床台車。


 壺だけを運ぶ物ではなくなっていく。


 受け皿。


 固定帯。


 予備蓋。


 吸収材。


 赤札。


 黄色札。


 手袋。


 清掃布。


「積みすぎると重くなります」


 フィルが言う。


「台車本体の重量が増える」


「工具台車を別にしますか」


「交換班一組に二台では動きにくい」


「では、交換所と退避所に資材箱を置く」


「便所側は?」


「最低限だけ」


 交換班がすべて持ち歩かなくても。


 必要な場所に必要な物があればよい。


          ◇


 台車の改良試作。


 前輪。


 少し大径化。


 後輪。


 位置を指三本後ろへ。


 壺受け面。


 水平。


 壺位置。


 中央よりわずかに前。


 車輪止め。


 前後対応。


 側面。


 低い転落防止枠。


「枠を高くした方が安全では?」


 木工職人が言った。


「壺を出し入れしにくくなります」


「では革帯」


「通常固定は革帯。枠は横滑り防止」


「壺が傾いたら帯だけで支える?」


「試験します」


 まず空壺。


 傾斜板。


 問題なし。


 半量。


 問題なし。


 黄線量。


 前輪。


 浮かない。


「成功?」


 祭典担当官が尋ねる。


「まだ上りだけです」


          ◇


 上り。


 停止。


 再発進。


 左右方向へわずかに傾いた板。


 曲がり角。


 下り。


 段差。


 急停止。


 濡れた板。


「濡らすのか」


 木工親方が言った。


「祭り当日に雨が降る可能性があります」


「雨天なら中止では?」


「小雨は開催予定です」


「大雨なら?」


「祭典局が判断します」


 台車試験路へ。


 水を少量撒く。


 交換壺には試験水。


 作業員は手袋。


「本番と同じ靴で」


「滑るかもしれないぞ」


「だから安全綱を付けます」


 壺には。


 別の上部固定索。


 転倒しても完全に落ちない試験用安全索。


「本番には付けない?」


「結果次第です」


          ◇


 濡れた下り。


 問題が出た。


「止まりません!」


 作業員が足踏み止めを踏む。


 後輪。


 止まる。


 前輪。


 ゆっくり回る。


 台車が斜めになる。


「押さえない!」


 直人が言った。


「安全索で止めます」


 試験用の固定索が張る。


 台車。


 停止。


 壺。


 固定帯で保持。


 漏れ。


 なし。


「車輪止めが効いていません」


 フィルが言った。


「効いています」


 直人は後輪を見る。


「二輪だけ止まり、残り二輪が滑らず回ったため、向きが変わりました」


「四輪同時?」


「必要です」


「操作一つで?」


「四か所を一人ずつ止めるのは無理です」


 連動式。


 足踏み棒。


 一本踏む。


 左右後輪へ木製止め。


 同時に前側も路面押さえが下りる。


「複雑になる」


 木工親方が言った。


「壊れやすくなります」


「単純な方法は?」


 リオズが答える。


「車輪を止めるより、地面へ足を下ろせばいい」


「足?」


「荷車の駐車脚だ」


 台車中央下へ。


 左右二本の支持脚。


 足踏みで下ろす。


 車輪を少し浮かせ。


 荷重を地面へ直接受ける。


「停止中に動かなくなる」


「傾斜でも?」


「脚先を広くする」


「濡れた板では?」


「滑り止めを付ける」


 車輪を複雑にするのではなく。


 止める時だけ。


 車輪を使わない。


          ◇


 二号試作台車。


 中央支持脚。


 足踏み。


 左右連動。


 解除は。


 手で安全留めを外してから。


「勝手に上がらない?」


「荷重中は留め爪が掛かる」


「一人で解除できますか」


「一人でできますが、交換班二人確認にします」


「確認するのは何を?」


「片方が解除。片方が台車を保持」


 黄線重量。


 上り。


 停止。


 支持脚。


 固定。


 手を離す。


 動かない。


 下り。


 濡れ。


 停止。


 支持脚。


 安定。


「これなら」


 フィルが言った。


「まだ横傾斜です」


          ◇


 横へ傾いた路面。


 王都の石畳には。


 雨水を側溝へ流すため。


 中央から端へわずかな横勾配がある。


 台車を置く。


 壺上部。


 横へずれる。


「壺固定帯を締めます」


「強くしすぎないでください」


「なぜ?」


「木壺側面を変形させます」


「では、どの程度?」


 締付量の目印が必要。


 革帯へ。


 白印。


 黄印。


 赤印。


 通常。


 白まで。


 重い壺。


 黄まで。


 赤まで締めない。


「赤まで締めれば強く固定できる」


 祭典担当官が言う。


「壺が潰れます」


「革帯で木桶が?」


「外周板が内側へ押され、防水接合が変形する可能性があります」


 固定しすぎても壊れる。


「力加減を数字で測れません」


 フィルが言った。


「印の位置を、試験で決めます」


 白。


 手で揺すって移動しない。


 黄。


 段差試験用。


 赤。


 締めすぎ禁止。


          ◇


 作業員の身長差も確認する。


 大柄な男性。


 小柄な女性。


 高齢の経験者。


 若い臨時作業員。


「押し手の高さが固定です」


 小柄な作業員が言った。


「坂だと肩が上がる」


「高さを変えられるようにする?」


 木工親方が尋ねる。


「可動部は増やしたくありません」


「二段持ち手なら?」


 上。


 下。


 二本。


 体格に合わせて使う。


「良いです」


「曲がる時は?」


「内側の持ち手へ持ち替える」


「満壺を押しながら?」


「停止してから」


「いちいち止まる?」


「曲がり角前に停止位置を作ります」


 速度を上げない。


 満壺運搬は。


 急ぐ仕事ではない。


          ◇


「交換一回五分の想定でした」


 フィルが言った。


「ここまで手順が増えると、五分で終わりません」


 実際に測る。


 便所利用停止。


 赤札。


 利用者退出。


 背面扉。


 台車固定。


 壺固定解除。


 満壺を台車へ。


 新壺挿入。


 固定。


 漏れ確認。


 背面扉閉鎖。


 便座側確認。


 再開。


 満壺台車を交換所へ。


「便所を止める時間と、運搬時間を分けます」


 直人が言った。


「交換班は壺を交換した後、そのまま交換所へ?」


「それでは次の便所を交換できません」


「台車を交換所班へ渡す?」


「引き渡し地点を作ります」


 便所交換班。


 便所周辺だけ。


 満壺台車を中間引渡所へ。


 運搬班。


 そこから交換所へ。


「人が増えます」


 祭典担当官が即座に言った。


「代わりに、交換班の移動時間が減ります」


「三組六人だった交換班は?」


「便所側三組六人を維持。運搬二組四人を追加候補」


「十人?」


「洗浄班や交換所班から役割を組み替えられるか検討します」


「最大二十九人を超える?」


「まだ増やしません」


 作業分担を再配置する。


          ◇


 交換所側。


 大型移送槽担当三人。


 常時三人は多い時間帯もある。


 洗浄班。


 四人。


 予備壺が六十四個あるため、集中時間中に全壺を即洗浄する必要はない。


「集中時間だけ、洗浄班二人を運搬へ回します」


「汚物壺を運んだ人が、その後洗浄作業へ?」


「同じ汚染区域です」


「手袋と外衣は?」


「運搬終了時に交換」


「清潔側へは?」


「入りません」


「人員表を時間帯で変える?」


「はい」


 通常時間。


 交換三組。


 運搬一組。


 洗浄四人。


 集中時間。


 交換三組。


 運搬二組。


 洗浄二人。


 予備二人を洗浄補助。


「合計は変わらない」


 フィルが言った。


「仕事内容を変えるだけです」


「誰でも全部できる?」


「訓練した人だけ」


          ◇


 交換壺の満量基準も。


 七十回固定ではなく。


 実際の重量を確認する方法が必要だった。


「中を覗けば黄線が見えます」


 祭典担当官が言った。


「毎回蓋を開ける?」


「便所の下だから、利用者側から見えるだろう」


「見たくない人もいます」


 管理側から確認できる。


 外部液面表示。


「浮き?」


 フィルが尋ねる。


「汚物壺へ直接浮きを入れると、絡む可能性があります」


「では?」


「単純な重量確認台」


 壺台の下。


 ばねはない。


 異世界に精密な重量計があるわけではない。


 代わりに。


 壺受け板を一方だけ支点にし。


 一定重量で黄色札が上がる仕組み。


「てこの原理ですか」


「はい」


「汚物量で札が上がる?」


「おおよその交換目安です」


「中身によって重さが違う」


「利用回数記録と併用します」


「七十回前に黄札が上がったら?」


「交換」


「七十回を超えても上がらなかったら?」


「回数で交換」


 重量。


 利用回数。


 二つの基準。


 どちらか先に達したら交換する。


「見た目の黄線は?」


「清掃時の確認用として残します」


          ◇


 祭典担当官が頭を抱えた。


「黄線が三つある」


「容器内の黄線」


「外部重量札」


「利用回数」


「どれを見ればいい」


「現場担当ごとに違います」


 便所管理者。


 外部重量札。


 入口案内。


 利用回数札。


 洗浄担当。


 容器内黄線と実際の残留確認。


「一人へ全部見せない?」


「必要な情報だけ」


「台帳には?」


「全部残します」


「また増えた」


          ◇


 午後。


 本番と同じ距離で。


 運搬訓練を行った。


 便所背面。


 中間引渡所。


 交換所。


 片道。


 七十歩。


 石畳。


 二つの曲がり。


 一か所の横傾斜。


 交換班。


 二人。


 満壺台車。


 中間地点まで。


 支持脚。


 固定。


 運搬班へ口頭確認。


「AK07、黄線重量、漏れなし」


「受け取り。蓋固定、帯黄位置、漏れなし」


 設備番号。


 状態。


 引き渡す。


「そんな声掛けを毎回?」


「はい」


「混雑時は省略しそうだ」


 リオズが言った。


「短くします」


 番号。漏れ。固定。


「AK07、漏れなし、固定よし」


「受け取り」


「これなら」


 作業員がうなずく。


 言葉を長くしすぎれば。


 忙しい時ほど省かれる。


          ◇


 運搬班。


 中間地点から交換所。


 最初の曲がり。


 停止。


 支持脚。


 持ち手変更。


 解除。


 進行。


 横傾斜。


 低速。


 交換所。


 支持脚。


 受け皿。


 終了。


「時間」


 フィルが記録する。


「中間から交換所まで、九分」


「遅い!」


 祭典担当官が言った。


「一台が九分占有される?」


「台車は八台あります」


「満壺が集中したら?」


「往復十八分以上」


「台車八台では足りるか」


 今度は。


 台車数が問題になる。


          ◇


 集中時。


 一刻に百六十回以上。


 一壺七十回。


 平均なら。


 同時に十六壺が交換されるわけではない。


 だが。


 開放時刻が近ければ。


 交換時刻も近づく。


「利用開始をずらす計画が、ここで効きます」


 直人が言った。


「第一群、第二群をずらす」


「それでも演説後は全部使う」


「演説前に、黄線へ近い壺を先行交換します」


「まだ余裕があるのに?」


「集中時間の途中で交換が重ならないように」


「中身を捨てる?」


「安全余裕です」


「もったいない」


「便所停止時間を買います」


「何回分残して交換する?」


「重量札と利用回数を見て判断します」


          ◇


 演説前。


 予防交換。


 通常なら七十回目安。


 集中前は。


 四十回から五十回使用済みで交換候補。


「二十回分を捨てるようなものだ」


 祭典担当官が言う。


「壺を捨てるわけではありません」


「容量が残る」


「集中時に満量になり、列が止まるのを防ぎます」


「費用は?」


「汲み取り量は同じです」


「交換回数が増える」


「人件負荷は増えます」


「なら、演説前だけ交換班を増やす?」


「予備班を一組入れます」


「やはり人」


「設備か、人か、時間で吸収します」


          ◇


 低床台車の必要台数を再計算。


 八台。


 通常運用。


 可能。


 集中時。


 余裕が少ない。


「十台へ増やす?」


「木工組合の能力は?」


 木工親方が答える。


「便所本体改修と並行で、あと二台なら作れる」


「十一台は?」


「予備まで欲しいのか」


「故障を考えます」


「十二台?」


「十台運用、一台予備。合計十一台でどうですか」


「作れる」


「祭り後は?」


「南区便壺運搬に転用できます」


 祭典担当官はもう反論しなかった。


 転用先がある。


 使い捨てではない。


 その説明があるだけで。


 追加設備への見え方が少し変わった。


          ◇


 ただし。


 台車を増やせば。


 保管場所。


 洗浄場所。


 番号。


 点検。


 すべて増える。


「十台運用だから、毎朝十台全部を確認?」


 フィルが尋ねる。


「十一台全部です」


「予備も?」


「予備だからです」


「使わない日に壊れていても困らないのでは」


「必要になった日に初めて壊れていると分かります」


 車輪。


 支持脚。


 固定帯。


 押し手。


 受け面。


 漏れ受け皿。


 番号。


「一台何分?」


「慣れれば五分以内」


「十一台で一刻近い」


「二人で分担します」


「便所開場前の仕事が増えます」


「開場時刻から逆算します」


          ◇


 その日の最後。


 二号試作台車を使い。


 黄線重量。


 乾燥路。


 濡れ路。


 上り。


 下り。


 横傾斜。


 段差。


 急停止。


 中間引渡し。


 一連の試験を三回繰り返した。


 一回目。


 問題なし。


 二回目。


 問題なし。


 三回目。


 曲がり角で。


「止めます!」


 小柄な女性作業員が声を上げた。


 支持脚。


 固定。


「どうしました」


「右の押し手が、少し動きます」


 木製押し手。


 根元。


 指先で触ると。


 わずかながたつき。


「釘が緩んだ?」


 木工親方が確認する。


「繰り返し荷重です」


「三回で?」


「黄線重量です」


 接合部を外す。


 押し手の根元。


 釘穴。


 木目に沿って。


 細い割れ。


「これでは、本番一日持たない」


 祭典担当官が言った。


「だから試験しました」


          ◇


 押し手を。


 釘固定だけから。


 貫通木栓と金属帯の併用へ変更。


「金属帯は手が触れる場所から離す」


「角は丸める」


「交換可能な部品へ」


「押し手だけ取り替えられる?」


「はい」


「台車本体を廃棄しなくてよい」


 修理しやすさ。


 壊れないことだけではなく。


 壊れた場所だけを交換できる。


「予備押し手も必要ですね」


 フィルが言った。


「左右二本ずつ」


「台車十一台に対し?」


「共通規格なので、全体で四本」


「車輪は?」


「前後一組ずつ」


「支持脚?」


「一組」


「交換部品箱が増える」


「台車用一箱にまとめます」


          ◇


 試作台車T-P01。


 黄札。


 改修教材として保存。


 T-P02。


 押し手修正待ち。


 T-P03。


 改良型。


 翌日製作。


「一台目を直して使わないのですか」


 祭典担当官が尋ねる。


「一台目は、前輪配置と受け面が根本的に違います」


「部品取り?」


「試験比較用に残します」


「また倉庫へ残る物が増える」


「黒札ではなく、試験保存品として別管理」


「色は?」


「色札ではなく、青い試験札にします」


「青は別設備への誘導では?」


 フィルが指摘した。


 直人が止まった。


「……確かに」


 祭典担当官が、初めて少し得意そうに笑った。


「色を増やしすぎたな」


「試験品は文字札だけにします」


「何でも色にすればいいわけではない?」


「はい」


 直人も認めた。


「文字で確認した方がよい物もあります」


          ◇


 支所へ戻った頃。


 王都窯から。


 待っていた報告が届いた。


 赤土混合。


 王都試作便器一号。


 成形完了。


 乾燥開始。


 製造番号。


 WC-RC-001。


 内部水路。


 接合段差。


 基準内。


 排出口。


 乾燥前寸法、記録。


 固定穴。


 治具確認済み。


「ついに形になりました」


 フィルが嬉しそうに言った。


「まだ濡れた土です」


「見に行きませんか」


「触らない方がいいです」


「見るだけ」


「明日、乾燥状態を確認します」


「衛生祭まで?」


「十八日」


「間に合いますか」


「まだ分かりません」


 乾燥。


 素焼き。


 釉薬。


 本焼き。


 漏水。


 荷重。


 洗浄。


 設置。


 回収槽。


 床支持。


 管理者訓練。


 その全部が残っている。


          ◇


 そして。


 第三便所からも連絡が届いた。


 地下穴の中央梁交換。


 換気後。


 作業員二名が内部へ入り。


 古い腐食梁を外した。


 新しい梁。


 一本目。


 設置完了。


 二本目。


 設置中。


 だが。


 地下穴奥の旧排水口付近で。


 石壁の一部が湿っている。


「広場西枝は切り離したはずです」


 エルンが言った。


「別の入口があります」


 直人は区域図を開く。


「臭いは?」


 報告書。


 腐敗臭。


 弱い。


 酒。


 なし。


 油。


 わずか。


「第三便所の処理槽?」


 フィルが尋ねる。


「まだ決めません」


「地下穴を直している途中で、別の水?」


「作業を止めてもらいます」


「梁設置途中です」


「仮支えを確認して、湿り側へ近づかない」


「試験便器の床工事がまた遅れる」


「水の入口を確認します」


 平らな道で倒れなかった台車が。


 段差で前輪を浮かせた。


 図面どおりの地下穴も。


 古い排水口を一つ切れば終わるとは限らない。


 設備は。


 一番使いやすい場所だけで安全ならよいのではない。


 坂。


 段差。


 雨。


 満量。


 長時間。


 異常時。


 その条件で止まれることが必要だった。


 次に直人たちが調べるのは。


 第三便所の地下穴へ。


 いまもどこからか入り続けている、細い水の流れだった。

満量近い交換壺を載せた低床台車は、平地では安定していましたが、便所背面の傾斜板で前輪が浮きました。


原因は、台車後部の車軸を避けるため受け面が高くなり、壺の重心が後方へ寄っていたことです。


台車は壺位置、車輪位置、受け面を見直し、傾斜上でも停止できる支持脚を追加。さらに本番会場の段差、濡れた石畳、横勾配、急停止まで含めて試験しました。


三年前の事故を踏まえ、運搬途中で漏れを発見した場合は無理に交換所まで運ばず、専用の中間退避位置で台車ごと停止できるようにします。


一方、王都窯では試作便器一号「WC-RC-001」の成形が完了しました。


しかし第三便所の地下穴では、切り離したはずの旧排水口付近に新たな湿りが見つかります。


次回は地下穴へ流れ込む水の入口を追い、試験便器を置く床の下へ、別系統の排水が入り込んでいないかを確認します。

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