第60話 同じ図面を渡しても、同じ壺にはなりません
衛生祭に必要な交換壺六十四個のうち、新たに五十個を製作することになりました。
一つの工房だけでは、開催日までに間に合いません。
そこで複数の桶工房へ同じ図面を配り、分担して製造します。
しかし、図面に「持ち手を付ける」「底板を固定する」とだけ書いても、職人によって取り付け位置や構造が変わります。
同じ形に見える壺を、本当に同じ設備として使えるようにするには、寸法だけでなく検査方法まで共有しなければなりません。
王都桶職人組合の会議場には、五つの工房から親方が集まっていた。
祭典設備保守責任者に選ばれたリオズ。
酒樽を主に作る《金槌樽房》の親方ドナン。
穀物桶を扱う《朝樫工房》の女親方シーネ。
井戸桶と荷運び桶を作る《輪締め屋》の親方バズル。
小型の水桶や洗い桶を得意とする《若葉桶店》の若い親方トルト。
最後は、王宮や上級宿へ装飾桶を納める《白鹿木器房》の親方エルゼン。
机の中央には、交換壺の標準図が置かれている。
外径。
高さ。
底板厚。
蓋のかぶり寸法。
持ち手位置。
黄線の高さ。
背面交換式便所へ入れるための最大幅。
低床台車へ載せる底面寸法。
「五十個を二十七日以内」
祭典担当官が言った。
「各工房、十個ずつ作れば終わる」
「終わりません」
陶山直人が答えた。
「十個ずつ作れば、製造数は五十です」
「同じことだろう」
「合格品が五十個必要です」
「図面どおり作れば合格する」
「最初の試作品を確認してから、本製造へ進みます」
親方たちの間から、不満の声が上がった。
「一つ作るたび、役人へ見せるのか」
「最初の一個だけです」
「俺たちは桶を何十年も作っている」
酒樽職人ドナンが太い腕を組んだ。
「汚物を入れる桶くらい、図面を見なくても作れる」
「三年前に底板が外れました」
「俺の工房の品ではない」
「だから、今回の製作者が分かる刻印を付けます」
ドナンの眉が動く。
「壊れたら、工房の責任だと言うのか」
「製造不良なら」
「使い方が悪ければ?」
「利用記録で分けます」
「満杯まで使われたら?」
「黄線を超えた運用記録があれば、管理側の問題です」
「木が悪かったら?」
「材料記録を確認します」
「面倒な仕事だな」
「祭りが終わった後、南区でも使います」
リオズが低い声で言った。
「一日の飾りではない。人が何度も持ち上げる物だ」
◇
五十個を一度に発注する前に。
各工房が一個ずつ、初回試作品を作る。
合計五個。
共通試験を行う。
合格。
本製造へ。
条件付き。
修正後、再試験。
不合格。
構造を見直す。
「五個を作るのに何日使う」
祭典担当官が尋ねた。
「三日です」
「その間に本体を作り始めれば早い」
「試作品と同じ間違いを十個ずつ作る可能性があります」
「失敗しない職人も待たされる」
「合格した工房から始めます」
製造開始日を、全工房でそろえない。
試作合格順。
ただし、早い工房へ注文を集中しすぎない。
「最初に合格した工房へ、残り全部を作らせれば?」
祭典担当官が言う。
「能力を超えます」
シーネが答えた。
「木材を乾かす場所も、輪を締める人も限られている」
「職人を集めればよい」
「同じ工房に人だけ集めても、作業台は増えないよ」
直人は製造能力表を広げた。
《金槌樽房》。
一日一個半。
ただし酒樽の納期あり。
《朝樫工房》。
一日一個。
乾燥木材在庫が多い。
《輪締め屋》。
一日二個。
だが大型桶が中心で、蓋製作が遅い。
《若葉桶店》。
一日一個。
小型品が得意で、厚底構造は初めて。
《白鹿木器房》。
一日一個未満。
精度は高いが装飾工程が多い。
「装飾は不要です」
直人が言った。
エルゼンが不快そうに答えた。
「白鹿の木器へ、何も付けないつもりか」
「表面に深い彫りを入れないでください」
「王都祭典の設備だぞ」
「凹凸に汚れが残ります」
「縁へ浅い線だけなら?」
「清掃試験を通れば」
「汚物壺にも美しさは必要だ」
「壺が見えるのは管理者側だけです」
「作る者には見える」
直人は少し考えた。
「工房刻印の周りへ、浅い一線だけ認めます」
「一線?」
「機能へ影響しない範囲です」
エルゼンは不満そうだったが。
最後には頷いた。
◇
標準図を配る前に、直人は親方たちへ一つ質問した。
「この図面で、持ち手をどこへ付けますか」
全員が図面を見る。
持ち手中心。
上端から指六本。
左右対称。
そう書かれている。
ドナンが答えた。
「側板へ二本の鉄帯で固定する」
シーネ。
「木製の受け耳を付け、縄持ち手を通す」
バズル。
「外周輪へ鉄環をつなぐ」
トルト。
「側板へ革帯を回し、底まで支える」
エルゼン。
「真鍮金具を使う」
祭典担当官が言った。
「全員、図面を見ているのに違うではないか」
「持ち手の位置しか書いていないからです」
直人が答えた。
「取り付け構造が決まっていません」
「最も強い方法を採用すればよい」
「何が最も強いですか」
「鉄だろう」
「鉄帯が腐食したら?」
「交換する」
「木製耳は?」
「湿気で割れる可能性」
「底まで回す革帯は?」
「荷重は分散するが、濡れると伸びる」
「真鍮は?」
「高い」
強さ。
交換しやすさ。
費用。
洗いやすさ。
重量。
材料供給。
全部が違う。
◇
「今回は、持ち手で壺全体を支えない構造にします」
直人が言った。
「持ち手なのに?」
トルトが尋ねる。
「人が持ち上げるのは、空の壺と清掃後の壺だけです」
「内容物が入った壺は?」
「低床台車へ滑らせます」
「それでも段差で持ち上げることがある」
リオズが言った。
「その時は二人で、底支え帯も使います」
標準構造。
側面持ち手。
空壺の移動と位置調整用。
底支え帯。
内容物入り壺の緊急移動用。
台車。
通常運搬用。
「持ち手だけを持って、満壺を運ばせない?」
「はい」
「なら持ち手の強度試験は軽くてよい?」
「空壺重量の三倍で試験します」
「三倍?」
「勢い、片側荷重、材料差を考えます」
「底支え帯は?」
「黄線容量を満たした状態で、持ち上げ試験」
「中へ汚物を入れるのか」
「試験水と砂袋です」
◇
次に、底板。
図面では。
底板。
厚さ指二本。
受け桟。
四辺。
外周輪。
防水材。
「底板は一枚板で作る」
ドナンが言った。
「大きな乾燥板がありますか」
シーネが尋ねる。
「酒樽用を使う」
「縮んだら隙間が出る」
「十分乾かしてある」
バズルは、複数板を組み合わせる案。
溝へ差し込み。
外周を輪で締める。
トルトは、底板の下へ二本の補強桟。
エルゼンは、二重底。
「同じ寸法でも、構造が五種類です」
フィルが記録する。
「一種類へ決めるのですか」
「最初の試作では、三種類まで比較します」
単板底。
組板底。
補強桟付き組板底。
「二重底は?」
「中へ漏れた時、見つけにくくなります」
「上の底が漏れても、下で止まる」
エルゼンが言う。
「下側へ汚れが隠れます」
「点検穴を付ける」
「洗浄しにくい」
「美しい構造なのだが」
「見えない場所です」
「またそれか」
◇
標準化するのは、作り方のすべてではない。
必要な結果を満たせるなら。
工房独自の方法を残せる部分もある。
「単板底と組板底の両方を認めるのですか」
フィルが尋ねた。
「同じ試験へ合格するなら」
「修理方法が増えます」
「その点は不利です」
「では一種類に?」
「材料供給を確認します」
単板底。
強いが、大きく乾燥した板が必要。
五十枚を短期間にそろえるのは難しい。
組板底。
材料を集めやすい。
接合部が増える。
補強桟付き。
強度を上げやすい。
重くなる。
「五十個すべてを単板底にはできない」
シーネが言った。
「王都中の乾燥板を買えば、酒樽や水桶が作れなくなる」
「ほかの仕事を止めますか」
祭典担当官が尋ねる。
「酒と水の桶を止める祭りなのかい?」
シーネが睨む。
衛生祭用の壺を優先しすぎれば。
酒屋。
井戸。
市場。
別の生活設備が止まる。
「組板底を標準候補にします」
直人が言った。
「ただし、補強桟の位置を治具で合わせます」
◇
壺の共通治具が作られることになった。
外径確認輪。
壺を通し、引っかからないかを見る。
高さ確認枠。
蓋を含めた全高。
持ち手位置板。
左右の高さと中心。
底面枠。
低床台車へ載る寸法。
黄線棒。
内部容量の基準。
「図面を測れば同じでしょう」
トルトが言った。
「毎回、指尺の置き方が変わります」
「職人の尺は正しい」
「工房ごとに指一本の幅が少し違います」
王都共通尺。
木製基準棒。
だが使い込まれ。
端が削れている物もある。
「今回の基準棒を一つ作り、複製します」
「複製が違ったら?」
フィルが尋ねる。
「原器と照合します」
「原器?」
「元になる一本を祭典局で保管します」
「祭り後は?」
「設備台帳と一緒です」
長さの基準まで。
開催後に保管が必要だった。
◇
「持ち手の高さが指一本違うと、何が起きる」
ドナンが尋ねた。
「運べればよいだろう」
直人は低床台車の試作図を置いた。
台車の側面。
壺固定帯。
持ち手位置。
「低すぎると、固定帯と重なります」
「高すぎると?」
「背面交換口へ引き出す時、上枠へ当たります」
「便所側を大きくすればよい」
「十六基全部の交換口が大きくなります」
「壺に便所を合わせる?」
「壺と便所を同じ規格へ合わせます」
「持ち手一つで、便所まで変わるのか」
「設備がつながっているからです」
◇
蓋も問題だった。
かぶせ蓋。
落とし込み蓋。
革ひも固定。
木栓固定。
鉄留め。
工房ごとに得意な形が違う。
「密閉なら、鉄留めが強い」
バズルが言った。
「交換時に手間がかかる」
シーネが反論する。
「縄で縛る方が早い」
「濡れた縄はほどけにくい」
「革帯なら?」
「洗浄と乾燥が必要」
「蓋は壺ごとに違っても?」
祭典担当官が尋ねる。
「倉庫で合わない蓋が見つかりました」
直人が答えた。
「共通化します」
蓋外径。
かぶり深さ。
固定位置。
圧縮材。
通気。
「完全密閉ではないのですか」
フィルが尋ねる。
「内部で気体が増えた時、圧力が上がりすぎないようにします」
「臭いが出る」
「保管と運搬時は、臭気吸収材を通す小さな通気口」
「穴を開ける?」
「直接開放ではありません」
「複雑になる」
「移送槽へ長時間置くのではなく、交換壺は短時間保管です」
「なら、単純な蓋でよいのでは」
「直射日光下へ放置しない運用と組み合わせれば、簡略化できます」
設備だけで解決しない。
交換後。
すぐ交換所へ。
日陰。
短時間。
移送。
その条件を守る。
「蓋は共通かぶせ式。二点固定。交換所までの短時間運搬用」
直人が決めた。
「長時間保管は禁止」
◇
製造分担は、最初から十個ずつにしなかった。
試作結果を見た後。
得意分野も考える。
壺本体。
複数工房。
蓋。
《白鹿木器房》と《若葉桶店》。
底支え帯。
革工房へ別発注。
外周輪。
《輪締め屋》。
「一つの壺を、複数工房で作る?」
祭典担当官が尋ねた。
「部品規格を合わせます」
「責任者は誰だ」
「最終組立工房です」
「輪が外れたら?」
「輪の製作記録と組立記録を確認します」
「また責任が分かれる」
「役割が分かれます」
ただし。
分業しすぎれば。
部品待ち。
寸法違い。
責任の押しつけ。
新しい問題が出る。
「最終組立は、壺本体を作った工房が行います」
「蓋は別でも?」
「受入検査をしてから組み合わせます」
「蓋が合わなければ?」
「蓋工房へ戻す」
「祭り直前に?」
「だから、最初に五組を試します」
◇
製造番号の付け方。
祭典設備。
F。
交換壺。
P。
工房記号。
製造順。
たとえば。
F-P-AK-001。
《朝樫工房》の一個目。
「長い」
シーネが言った。
「壺へ全部刻む?」
「側面に短縮番号。台帳に正式番号」
壺刻印。
AK01。
蓋。
AK01-L。
底支え帯。
AK01-B。
「蓋だけ別工房が作ったら?」
「壺番号へ合わせて、最終組立工房が刻印します」
「蓋製造元は?」
「台帳に記録」
「刻印を増やすと、汚れがたまる」
「外側の平らな上部へ浅く」
エルゼンが満足そうに言った。
「刻印なら、美しさも残せる」
「深くしないでください」
◇
初回試作品の製作が始まった。
三日後。
五つの壺が、桶職人組合の中庭へ並べられた。
一見すれば。
すべて同じ大きさ。
同じ丸い木壺。
同じ蓋。
同じ黄線。
「同じではないか」
祭典担当官が言った。
「測ります」
一号。
《金槌樽房》。
外径。
基準内。
高さ。
指半分高い。
持ち手。
左右差、指一本。
底。
単板。
二号。
《朝樫工房》。
外径。
基準内。
高さ。
基準内。
持ち手。
左右差なし。
底。
補強桟付き組板。
三号。
《輪締め屋》。
外径。
最大値ぎりぎり。
外周輪の留め具が突出。
台車枠へ接触。
四号。
《若葉桶店》。
高さ。
基準内。
底板。
薄い。
親方は、図面の仕上がり寸法を板材寸法だと読んでいた。
五号。
《白鹿木器房》。
すべての寸法が基準内。
ただし、側面に浅い蔓草模様。
清掃布が引っかかる。
「一個しか合格しない?」
祭典担当官が声を上げた。
「まだ機能試験前です」
直人が答えた。
◇
「持ち手が指一本違うだけだ」
ドナンが言った。
「使えないのか」
壺を背面交換口の試作枠へ入れる。
右持ち手。
通る。
左。
上枠へ当たる。
「本当に当たるな」
「壺を傾ければ入る」
「内容物入りを傾けません」
「持ち手を付け直せばよい」
「試作品は修正できます」
「では条件付き合格だ」
「持ち手位置治具を使って、再検査です」
《輪締め屋》の壺。
台車へ。
突出した輪留め。
固定帯へ当たる。
「留めを反対側へ回す」
バズルが言う。
「便所へ入れた後、回転する可能性があります」
「留め具を平らにする」
「強度は?」
「別の留め方法へ変える」
《若葉桶店》。
底板荷重試験前。
板の厚さ不足。
「水を入れて試せば持つかもしれない」
トルトが言った。
「基準厚を満たしていません」
「小型桶では、この厚さで十分だ」
「黄線容量と砂袋を載せます」
「割れなければ?」
「今回は試験品として記録し、標準へは採用しません」
「結果より図面を優先する?」
「厚さ不足でも一度持つことはあります」
「何回ならよい」
「繰り返し試験が必要です」
トルトは、三年前の事故壺を見て。
黙って頷いた。
◇
《白鹿木器房》の蔓草模様。
濡れた清掃布で拭く。
布の糸が、浅い彫りへ残る。
「この程度なら、洗えば取れる」
エルゼンが言った。
「毎回、細いブラシを使いますか」
「白鹿の製品なら当然だ」
「祭典便所では、一刻ごとに何個も洗います」
「美しさを捨てるのか」
「工房刻印の周りの一線は残せます」
「蔓草は?」
「展示用壺なら」
「汚物を入れない壺か」
「製造説明展示です」
エルゼンはしばらく壺を撫でた。
「同じ形で、無地を作る」
「ありがとうございます」
「ただし、展示壺は祭りの正面へ置け」
「祭典局と相談してください」
◇
外観修正後。
機能試験。
最初は空壺。
蓋。
十回開閉。
固定具。
問題なし。
持ち手。
左右別々に、空壺重量の三倍。
《金槌樽房》。
付け直した持ち手。
問題なし。
《朝樫工房》。
木製受け耳。
片側に細い割れ。
「割れました」
シーネが自分で黄色札を付けた。
「持ち手位置は合っていたのに」
「木目が受け耳と同じ方向です」
リオズが確認する。
「力が掛かる方向に裂けた」
「横木を入れる」
「受け耳だけ交換できる構造へ?」
「そうする」
寸法が合っても。
材料の向きで壊れる。
◇
黄線まで試験水を入れる。
壺の下へ白紙。
一刻。
漏れ確認。
二刻。
さらに確認。
《金槌樽房》。
底板端から、小さな湿り。
「漏れてはいない」
ドナンが言う。
「白紙が湿っています」
「木が水を吸っただけだ」
「内容物が染み込む可能性があります」
「防水材を厚くする」
「木の接合部も確認します」
《朝樫工房》。
受け耳修理前のため、底試験だけ。
漏れなし。
《輪締め屋》。
外周輪改修後。
底板接合部に細い滴。
《若葉桶店》。
標準厚へ作り直した底。
漏れなし。
《白鹿木器房》。
漏れなし。
「五個中、二個だけ?」
「二刻時点では三個です」
《朝樫工房》。
《若葉桶店》。
《白鹿木器房》。
「三工房で五十個を作る?」
祭典担当官が尋ねる。
「残り二工房も修正試作します」
「時間がない」
「修正内容は分かっています」
◇
次は、底支え帯を付けた黄線重量での緊急持ち上げ試験。
二人。
持ち手だけを使わない。
底支え帯。
左右の補助持ち手。
持ち上げ。
三歩移動。
台車へ戻す。
一号。
帯が滑る。
「壺の下側に止め溝が必要です」
「溝を彫れば汚れが残る」
リオズが言う。
「外周輪の下へ帯を掛ける」
「輪が下がらない構造へ」
二号。
帯位置安定。
だが、持ち手高さが作業員の腰に合わない。
「背の低い人は?」
試験参加者を変える。
大柄な男性。
小柄な女性。
二人組。
「持てます」
「片方へ荷重が寄っています」
持ち手の形。
手が入る幅。
手袋を付けた状態。
「図面には持ち手の位置しかありませんでした」
フィルが言った。
「握る空間も追加します」
◇
蓋を閉めた台車運搬試験。
平地。
敷居。
緩い坂。
急停止。
「急停止までする?」
祭典担当官が尋ねる。
「人が横切る可能性があります」
台車を止める。
一号。
蓋固定具が少し緩む。
二号。
壺が枠内で回転。
三号。
留め具改修後、安定。
四号。
壺底が小さく跳ねる。
五号。
問題なし。
「白鹿が一番だ」
エルゼンが胸を張る。
「製造速度は最も遅いです」
「美しい物は時間がかかる」
「無地なので、少し早くできますか」
「……一日一個だ」
標準台車には。
壺固定帯だけでなく。
回転止め。
底滑り止め。
蓋固定確認札。
追加が必要になった。
「壺の試験で、台車の設計も変わる」
フィルが言った。
「つないで使う設備ですから」
◇
初回試験結果。
《金槌樽房》。
条件付き。
持ち手治具。
底接合と防水改善。
《朝樫工房》。
条件付き。
受け耳木目と交換構造。
《輪締め屋》。
条件付き。
輪留め平滑化。
底接合改善。
《若葉桶店》。
条件付き合格。
底厚修正済み。
台車固定試験再確認。
《白鹿木器房》。
合格。
装飾削除。
「完全合格は一工房だけ」
祭典担当官が言った。
「でも、四工房は修正点が明確です」
「明日から本製造できるのは?」
白鹿木器房。
若葉桶店は、再確認後。
残り三工房は、修正版一個を翌日再試験。
「五十個へ間に合いますか」
直人は工程表を計算する。
白鹿。
十個。
若葉。
十個。
朝樫。
十二個。
輪締め屋。
十個。
金槌樽房。
八個。
「十個ずつではない?」
「製造速度と修正工数で分けます」
「なぜ朝樫が十二?」
「乾燥木材在庫と、底板構造が安定しています」
「白鹿はもっと作れるだろう」
「精度は高いですが、速度が限られます」
「祭典局の見栄え用に多く欲しい」
「すべて同じ外観になります」
工房ごとの能力。
同じ数を割り振ることが公平とは限らない。
無理な工房へ十個を押しつければ。
乾燥不足。
検査省略。
夜間作業。
別の事故につながる。
◇
「納品は五十個まとめてですか」
シーネが尋ねた。
「五個ずつです」
「完成するたび?」
「製造工房内検査後、組合共同検査場へ」
「祭典局が全部調べる?」
「工房検査と受入検査を分けます」
工房検査。
寸法。
外観。
持ち手。
蓋。
短時間漏水。
共同受入。
治具適合。
二刻漏水。
抜取荷重試験。
台車適合。
「全数荷重試験ではない?」
フィルが尋ねる。
「底板漏水と持ち手は全数」
「黄線重量で持ち上げる試験は?」
「各工房、最初の三個。その後は五個ごとに一個」
「抜取でよいのですか」
「構造と製造工程が安定していることが条件です」
「途中で不合格が出たら?」
「前回合格後に作った同一工程品を保留し、再検査」
製造数が多い。
すべてを同じ重試験に掛ければ。
試験だけで時間と材料を使う。
だが。
抜取不合格時の戻り範囲を決めなければ。
欠陥品が混ざる。
◇
防水試験に使った水は。
そのまま地面へ捨てない。
木くず。
防水材。
油分。
混ざる可能性がある。
「きれいな水だろう」
ドナンが言った。
「使用後は、材料が溶けていないか確認します」
「便壺へ入れただけだ」
「試験水は、木材の初期洗浄にもなります」
濁りのない物。
床清掃へ再利用。
油膜が出た物。
別回収。
「壺工房にも排水分離か」
「陶工組合と同じですね」
フィルが言った。
「何かを作れば、洗う水が出ます」
◇
製造開始から四日目。
最初の本製造品五個が、白鹿木器房から届いた。
外観。
無地。
刻印周囲の浅い一線だけ。
寸法。
すべて基準内。
漏水。
四個、異常なし。
五個目。
蓋がわずかに浮く。
「壺本体は合っています」
エルゼンが言った。
「蓋の反りです」
「乾燥棚の端へ置いた物だ」
「製造位置の記録は?」
「ある」
乾燥棚。
窓側。
午後の日差し。
「急乾燥で反った可能性があります」
「便器の乾燥と同じですね」
フィルが言う。
「木も土も、急げば歪む」
蓋一枚。
黄色札。
再乾燥。
必要なら作り直し。
残り四個。
合格。
「一工房だけでも、不合格は出ます」
直人が言った。
「全数を見て正解だった」
エルゼンは悔しそうだったが。
反論はしなかった。
◇
朝樫工房から届いた最初の五個。
受け耳。
木目方向修正。
交換可能な横木式。
持ち手試験。
合格。
漏水。
全数合格。
台車。
一個だけ、外径確認輪へ強く擦れる。
「基準内では?」
シーネが測る。
最大許容値。
ちょうど同じ。
「確認輪側が狭い?」
基準治具を測る。
朝の湿気。
木製治具が膨らんでいる。
「壺ではなく、治具が変わっています」
フィルが驚く。
「木製だからです」
「基準そのものが変わる?」
「保管条件が悪ければ」
原器と比較。
外径確認輪。
指半分ほど縮んでいる。
「乾燥させれば戻ります」
「検査を止めます」
「壺は?」
「治具再確認後」
「合格品を、間違って不合格にするところだった」
シーネが言った。
「検査道具も点検が必要です」
◇
外径確認輪は。
木製から。
内側へ薄い金属帯を付けた構造へ改修。
高さ枠。
湿度変化の少ない保管箱。
毎朝。
原器と比較。
「原器も木ですよね」
フィルが尋ねる。
「金属職人へ基準板を依頼します」
「費用が増える」
祭典担当官が言った。
「五十個だけなら、職人の尺で十分では?」
「すでに検査誤差が出ました」
「一回だけだ」
「一回で見つかったから、直せます」
基準を作っても。
基準が変われば。
品質はそろわない。
◇
製造開始から一週間。
完成数。
二十一個。
合格。
十七個。
黄色札。
四個。
赤札。
ゼロ。
「予定より遅いです」
祭典担当官が工程表を見た。
「黄色札は修正可能です」
蓋反り。
二個。
持ち手固定具の角。
一個。
底防水の湿り。
一個。
「二十七日までに五十個へ届く?」
「現在の合格率なら、製造数を五十五個へ増やす必要があります」
「五十個を作る計画では?」
「合格五十個を確保するためです」
「余った五個は?」
「合格なら予備。祭典後は南区へ」
「材料費は?」
「追加です」
祭典担当官が目を閉じる。
「また予算書か」
「不合格をゼロと仮定した予算では足りません」
◇
製造数を増やす前に。
黄色札の原因を減らす。
蓋反り。
乾燥棚位置と日除け。
持ち手固定具の角。
共通金具の仕上げ治具。
底防水の湿り。
防水材の乾燥時間不足。
「乾燥時間を増やせば、納期が遅れる」
ドナンが言った。
「塗布を一日早めます」
「木壺が完成する前に?」
「底板組立後、先に内側処理」
「工程順を変える?」
「はい」
「職人の作り方へ口を出すのか」
「試験結果からの提案です」
ドナンはしばらく考え。
「底を組んでから側板仕上げへ移る間に、乾かせる」
「本体完成後の待ち時間を減らせます」
「悪くない」
◇
同じ図面を渡した。
同じ基準尺を配った。
それでも。
木の種類。
木目。
乾燥場所。
持ち手の固定。
底板の組み方。
職人の手順。
工房の設備。
すべてが違う。
だから。
違いを禁止するのではなく。
必要な寸法。
必要な強度。
漏れないこと。
洗えること。
台車へ載ること。
その結果を、同じ方法で確認する。
「全部同じ作り方にするより、難しいですね」
フィルが言った。
「でも、王都中の工房を一つに変えることはできません」
「合格条件を同じにする?」
「はい」
「作り方が違っても?」
「修理方法は台帳へ残します」
◇
その日の夕方。
王都窯から便器試作について報告が届いた。
内部水路用の抜き型。
改良完了。
布皺。
減少。
接合段差。
治具により基準内。
赤土混合。
便器本体一号。
成形開始可能。
「ついに便器本体です」
フィルが明るい声を出した。
「一台目だけです」
「衛生祭まで、あと十九日」
「乾燥と焼成があります」
「交換壺は?」
「合格十七。修正四。残り製造中」
「第三便所の支持台は?」
「新しい梁材が到着」
「地上回収槽は?」
「位置確定待ち」
「全部、ぎりぎりですね」
「だから、途中の不合格を隠せません」
◇
そこへ、低床台車を製作していた木工組合から、急ぎの連絡が入った。
最初の台車へ合格壺を載せたところ。
平地では問題なし。
だが。
便所背面交換口の傾斜板で。
台車の前輪が浮いた。
「壺が重すぎた?」
フィルが尋ねる。
「重心が高い可能性があります」
「壺寸法は規格内です」
「台車側の車輪位置です」
壺を同じ規格へそろえても。
載せる台車が。
満量時の重さを受けられなければ。
交換作業は止まる。
「台車試験へ行きます」
直人が立ち上がった。
「壺の製造検査は?」
「リオズさんと各工房の検査担当へ任せます」
「基準治具の確認も?」
「朝樫工房のシーネさんが担当します」
「便器試作は?」
「ヴァルハさんが成形を始めます」
「また別々に進む」
同じ設備を作るために。
多くの工房が。
多くの場所で。
同時に動き始めている。
同じ図面を渡しても。
同じ壺にはならない。
そして。
同じ壺を作れても。
台車。
便所。
交換口。
作業員。
そのすべてと合わなければ。
祭りで使える一個にはならない。
次に直人が確認するのは。
壺を運ぶために作った台車が。
運ぶ途中で倒れないかどうかだった。
交換壺五十個を複数工房で共同製造するため、五工房が一個ずつ初回試作品を作りました。
しかし同じ図面を使っても、持ち手の固定方法、底板構造、蓋、外周輪、装飾が工房ごとに異なり、最初から完全合格したのは一工房だけでした。
直人たちは外径確認輪、高さ枠、持ち手位置板、底面枠などの共通治具を導入し、製造方法が違っても、寸法、漏水、強度、台車適合を同じ基準で検査します。
一方、木製検査治具が湿気で変形し、合格品を不合格と判断しかけたため、検査道具自体の点検も必要になりました。
一週間で完成した二十一個のうち、合格は十七個、修正待ちは四個。合格五十個を確保するため、製造数は五十五個へ増やす案が検討されます。
次回は、満量の交換壺を載せた低床台車の前輪が傾斜板で浮き上がり、運搬中の転倒を防ぐため、重心、車輪位置、通路の段差、停止場所を見直します。




