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トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第2章 町に、便器を広げます

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第59話 口頭で注意しても、壺の底板は直りません

三年前の競技祭では、仮設便所の交換壺から底板が外れ、王宮通りへ内容物が流出していました。


事故報告書は作られていたものの、祭り終了後に倉庫へしまわれ、設備改修へつながっていません。


祭典が終わるたび、担当者が解散し、壺や便所だけが倉庫へ戻される。


直人たちは、事故を記録するだけでなく、修理が終わるまで責任を引き継ぐ仕組みを作ります。

 三年前の競技祭事故報告書は、薄い紙一枚だった。


 発生時刻。


 夕方。


 場所。


 王宮通り西側荷役口。


 設備。


 木製交換壺。


 事故内容。


 運搬中に底板が外れ、内容物が路上へ流出。


 負傷者。


 なし。


 対応。


 砂、灰、香草水による清掃。


 原因。


 壺の老朽化と思われる。


 再発防止。


 運搬前によく確認すること。


「これだけですか」


 水務局書記官フィルが紙を裏返した。


 裏面には何もない。


「壺番号は?」


「書いていない」


 祭典倉庫番が答えた。


「誰が運んでいたのですか」


「臨時清掃人二名」


「名前は?」


「当時の人員名簿を探せばあるかもしれない」


「修理担当者は?」


「祭りが終わった後、桶職人へ見せたと聞いている」


「修理記録は?」


「見つかっていない」


 陶山直人は、使用不可に分けられた交換壺を見た。


 底板へ釘を重ねて打った一個。


 底の木材は黒く変色している。


 古い釘穴。


 新しい釘穴。


 周囲には、防水材を上から塗り重ねた跡。


「事故壺かもしれません」


 地方監査官エルンが言った。


「番号がないので、断定できません」


 直人は壺の縁を確認した。


 祭典紋章。


 製作者刻印。


 なし。


 製作年。


 なし。


 修理札。


 なし。


「同じ壺かどうかも分からない」


「修理したのかどうかも」


 フィルが続ける。


「ただ、釘を打って戻した可能性があります」


「運搬前によく確認しろと書いてある」


 祭典担当官が報告書を指した。


「確認していれば防げた事故では?」


「底板の内側まで、運搬人が毎回確認できますか」


 直人が尋ねた。


「空の時に持ち上げれば分かる」


「空の状態では外れず、内容物の重さで外れた可能性があります」


「なら、満杯にしなければよい」


「黄線運用は必要です。しかし、底板の強度不足は別の問題です」


「運ぶ人と壺、どちらが悪い」


「先に悪い人を決めないでください」


          ◇


 事故報告書に署名していたのは三人。


 競技祭便所区画責任者。


 祭典局現場書記。


 王宮通り清掃責任者。


 そのうち二人は、現在も王都にいた。


「聞き取りを行います」


 エルンが言った。


「三年前のことを覚えているでしょうか」


「紙にない部分を、記憶だけで事実にしません」


 直人は答えた。


「覚えていることと、記録で確認できることを分けます」


 一人目。


 当時の便所区画責任者。


 現在は王都北門倉庫の管理人をしている、バルガ。


 大柄な六十代の男性だった。


「あの事故か」


 バルガは、すぐに思い出した。


「臭いが王宮通りまで広がって、大変だった」


「壺を運んでいた人は?」


「若い清掃人二人だ」


「満杯でしたか」


「かなり重かったらしい」


「黄線は?」


「当時はなかった」


「交換の基準は?」


「清掃人が見て、そろそろだと思ったら」


「二人は事故前に交換を求めましたか」


 バルガは少し考えた。


「昼頃、一度言っていたかもしれん」


「誰へ?」


「私か、副責任者へ」


「交換しなかった理由は?」


「予備壺が足りなかった」


「何個ありましたか」


「便所十二基に、予備が四つか五つ」


「全体で?」


「そうだ」


 現在の計画では、一基につき三個。


 三年前は、十二基に対して交換用の予備が四個ほど。


「洗浄した壺を戻していた?」


「洗浄場が遠く、戻りが遅かった」


「満杯に近い壺を使い続けた?」


「祭りを止めるわけにはいかなかった」


          ◇


「事故後、その壺はどうしましたか」


「桶職人へ渡した」


「誰です?」


「祭典局が手配した職人だ」


「名前は?」


「知らん」


「修理後、確認しましたか」


「私は祭り翌日で任務を終えた」


「次の責任者は?」


「祭典局の倉庫担当だろう」


「引き継ぎ書は?」


「事故報告書を提出した」


「修理完了の確認は?」


「祭典局の仕事だ」


 祭典担当官が顔をしかめた。


「局内では、現場責任者が設備確認を行う規定です」


「祭りが終わった後は、私は現場責任者ではない」


「では、誰が責任者でしたか」


 バルガは答えられなかった。


 祭り開催中。


 便所区画責任者。


 祭り終了。


 現場解散。


 倉庫へ運搬。


 清掃。


 修理。


 保管。


 次の祭典。


 その間の責任者が、はっきりしていない。


「事故が起きた時の責任者はいた」


 直人が言った。


「でも、直すまでの責任者がいません」


          ◇


 二人目。


 当時の王宮通り清掃責任者。


 女性のマルネ。


 現在も中央区清掃班の班長をしている。


「壺の底が落ちる前に、何か異常はありましたか」


 セラが尋ねた。


「台車の後ろから、液が少し垂れていた」


「誰かへ報告しましたか」


「運搬人へ止まるよう言った」


「止まりましたか」


「人通りの多い場所だった。早く裏へ運べと言われた」


「誰に?」


「祭典警備の誘導員」


「漏れた状態で移動を続けた?」


「道の中央に止める方が危険だと思った」


「受け皿や予備容器は?」


「なかった」


「底板が外れた時、運搬人は怪我を?」


「一人が滑って転んだ」


 報告書には。


 負傷者なし。


「怪我ではなかったのですか」


「膝を打った。治療所には行っていない」


「歩けたから、負傷者なしにした?」


「本人が大丈夫だと言った」


 また同じだった。


「仕事へ戻りましたか」


「戻った」


「服や靴は?」


「水で洗った」


「どこで?」


「近くの雨水口」


「汚れた洗浄水も、雨水路へ?」


「当時は、それが普通だった」


          ◇


「事故報告書を、誰が書きましたか」


「祭典局の書記」


「原因確認は?」


「壺が古かった」


「底板は見ましたか」


「清掃班は、路上対応をしていた」


「事故壺は?」


「別の人が運んだ」


「清掃終了後、再発防止会議は?」


「祭典全体の反省会はあった」


「便所事故は議題になりましたか」


「時間がなく、各班の報告書を提出して終わったと思う」


「事故報告があっても、話し合われなかった?」


「大きな怪我人がいなかったから」


 祭りは成功。


 来場者数。


 売上。


 王宮演説。


 大きな火災なし。


 死亡者なし。


 その中で。


 便壺の底が外れた事故は、小さな失敗として倉庫へ入れられた。


「王宮通りへ汚物が流れたのに」


 フィルが言った。


「香草水を撒いたら、翌朝には臭いも消えた」


 マルネが答えた。


「見えなくなったから、終わった?」


 セラが尋ねる。


 マルネは目を伏せた。


「私たちは、次の清掃場所へ行った」


          ◇


 当時の臨時清掃人二人のうち、一人が見つかった。


 名はギス。


 現在は、王都西区の荷運び人。


 事故当時は十九歳だった。


「底が外れた壺を運んでいたのは、俺です」


 ギスは、交換壺を見るなり言った。


「この壺ですか」


「分からない」


「底板の形は?」


「見ていない。突然、下から抜けた」


「交換前に異常は?」


「便所の下へ差し込む時、少しぐらついていた」


「報告しましたか」


「責任者へ言った」


「何と?」


「この壺は底が曲がっている、と」


「回答は?」


「置けるなら使え、と」


 バルガの聞き取りと、少し違う。


 記憶。


 三年前。


 断定はしない。


「満杯になる前にも交換を求めましたか」


「昼に一度」


「予備壺がなかった?」


「洗い場から戻ってこなかった」


「なぜ?」


「洗う人が二人しかいなかった。壺だけでなく、床布も洗っていた」


「作業を分けていなかった?」


「何でもやった」


          ◇


「事故後、仕事を続けましたか」


「続けた」


「膝は?」


「腫れた」


「治療費は?」


「行っていないから、ない」


「休業は?」


「翌日も片づけ」


「報告書に名前がない理由は?」


「臨時雇いだったからだろう」


「事故の説明を求められましたか」


「怒られた」


「誰に?」


「倉庫へ運ぶ前に確認しなかったのか、と」


「底が曲がっていると報告していた?」


「言った」


「書面は?」


「俺は字が苦手だった」


「代理で記録してくれる人は?」


「いなかった」


 現場で異常を言った。


 だが、口頭。


 予備がない。


 祭りを止められない。


 使い続ける。


 事故。


 事故後は、運搬人の確認不足とされた。


「あなたの責任だと思いますか」


 セラが尋ねた。


 ギスは交換壺を見た。


「もっと強く言えばよかった」


「使うなと止められる立場でしたか」


「臨時雇いが、祭りの便所を止められると思うか」


「今回の祭りでは、異常を見つけた作業員が止められるようにします」


「本当に止めても怒られないのか」


「規則に書きます」


「紙があれば、怒られない?」


「怒る人はいるかもしれません」


 直人が答えた。


「でも、停止したことを規則違反にはしません」


          ◇


 三年前の事故原因を、一つに決めなかった。


 設備。


 底板の劣化または補修不足。


 運用。


 予備壺不足。


 洗浄能力不足。


 満量基準なし。


 管理。


 異常報告が口頭のみ。


 現場作業員に停止権なし。


 輸送。


 漏れを発見しても安全な退避場所なし。


 事故対応。


 転倒者の診察なし。


 洗浄水を雨水口へ排出。


 引き継ぎ。


 修理完了責任者なし。


「運搬人が確認しなかった、だけではありません」


 直人が言った。


「報告書を書き直すのか」


 祭典担当官が尋ねる。


「原本は残します」


「間違っているのに?」


「当時、どう記録されたかも必要です」


「新しい調査結果を付ける?」


「はい」


 原事故報告。


 再調査記録。


 原因分析。


 未完了対策。


 現在の設備への影響。


 四つを分ける。


「三年前の担当者を処罰するのですか」


「処罰判断は祭典局です」


「直人さんは?」


「再発防止に必要な事実をまとめます」


          ◇


 祭典設備保守台帳の設計が始まった。


 一設備につき、一つの番号。


 便所本体。


 壺。


 台車。


 手洗い槽。


 移送槽。


 清掃道具箱。


 すべて別番号。


「壺六十四個へ番号を付ける?」


 フィルが尋ねる。


「はい」


「蓋も?」


「壺と蓋を一組にする番号」


「持ち手を交換したら?」


「修理履歴へ」


「内張りは?」


「交換日」


「細かすぎませんか」


「三年前は、事故壺がどれか分かりませんでした」


 番号があれば。


 製作者。


 製作日。


 材料。


 容量。


 検査。


 使用回数。


 修理。


 事故。


 廃棄。


 追える。


「便器の製造記録と同じですね」


「汚物を受ける設備ですから」


          ◇


 台帳には、状態を四段階で表示する。


 白。


 使用可能。


 黄。


 修理または再検査まで条件付き。


 赤。


 使用停止。


 黒。


 廃棄・部品取りのみ。


「黒い札の壺を、誰かが戻して使わないように」


 倉庫番が言った。


「保管場所も分けます」


 白棚。


 使用可能。


 黄棚。


 修理待ち。


 赤区画。


 事故調査中。


 黒区画。


 廃棄待ち。


「赤と黒は何が違う?」


「赤は、原因確認や証拠保存のため残します」


「黒は?」


「使用へ戻さないことが決まった物」


「黒壺から、蓋だけ使える場合は?」


「部品取り記録」


 勝手に外さない。


 どの壺へ移したかを記録する。


「壺の蓋一枚にも書類?」


 祭典担当官が呆れる。


「合わない蓋が倉庫にありました」


          ◇


 さらに。


 祭典の期間を三つに分けた。


 開催前。


 製造。


 検査。


 搬入。


 設置。


 訓練。


 開催中。


 点検。


 利用記録。


 清掃。


 壺交換。


 事故対応。


 開催後。


 洗浄。


 乾燥。


 再検査。


 修理。


 保管。


 次回引き継ぎ。


「祭り終了後の責任者を、開催前に決めます」


 エルンが言った。


「倉庫番では駄目ですか」


 祭典担当官が尋ねる。


「倉庫番は保管担当です」


「修理は?」


「祭典設備保守責任者を別に置きます」


「祭りが終わった後まで人を雇う?」


「全設備の検査と修理完了まで」


「何日?」


「最低七日。事故設備があれば延長」


「祭典予算は開催日までだ」


「開催後費用を最初から入れてください」


「片づけ費はある」


「保守完了費は?」


「ない」


「今回追加します」


          ◇


 祭典担当官は予算表を見て頭を抱えた。


「開催後の七日分まで加えたら、さらに費用が増える」


「三年前の事故壺が、三年間残りました」


「毎回、新しい壺を作る方が安いのでは?」


「古い壺を廃棄する費用と、毎回の製造費が必要です」


「衛生祭だけなら?」


「南区仮設へ転用します」


「保守台帳も南区へ?」


「同じ規格なら、設備が移動しても記録を引き継ぎます」


「祭典局の物を、水務局が管理するのか」


「所有者は祭典局のままでも、使用先管理者を記録できます」


「壺に所属先が二つ?」


「所有者と使用管理者を分けます」


 所有。


 祭典局。


 現在地。


 南区第二便所仮設区画。


 使用管理者。


 サデル。


 保守担当。


 指定桶工房。


 次回検査日。


「設備が移動しても、責任が消えないようにします」


          ◇


 現場作業員の停止権も、文書化された。


 次のいずれかを確認した者は。


 上司の許可を待たず、該当設備を停止できる。


 壺からの漏れ。


 底板、持ち手、蓋の異常。


 便所床の沈み。


 囲いの揺れ。


 黄線を超えた内容量。


 清水切れ。


 手洗い設備停止。


 転倒、切創、体調不良。


 正体不明の異物。


「清水切れで便所まで止める?」


 祭典担当官が尋ねる。


「手洗いできない状態です」


「近くの別手洗い場を使えば?」


「案内できる場合は条件付き継続」


「完全停止ではない?」


「停止判断表を分けます」


 赤。


 即時停止。


 黄。


 利用制限。


 青。


 別設備へ誘導。


「また色が増える」


「色だけでなく文言を書きます」


          ◇


 異常報告は、口頭でも受け付ける。


 ただし。


 報告を受けた責任者が、その場で簡易記録を作る。


「字が書けない作業員は?」


 ギスの事例がある。


「番号札を渡します」


 設備番号。


 異常種類の絵。


 漏れ。


 揺れ。


 割れ。


 重い。


 臭い。


 怪我。


「指さしで報告できるようにする?」


「はい」


「詳しい説明は?」


「書記が聞き取ります」


「現場作業員に、報告書を書かせない?」


「書ける人は書いてもよいですが、書けないことを理由に報告を消しません」


          ◇


 事故が起きた場合の流れ。


 一。


 人の安全。


 二。


 設備停止。


 三。


 汚染範囲を広げない。


 四。


 代替設備へ誘導。


 五。


 治療確認。


 六。


 現場保存。


 七。


 記録。


 八。


 修理と再検査。


 九。


 再開判断。


「清掃を先にしてはいけないのですか」


 中央区清掃班長マルネが尋ねた。


「人が滑る危険がある場合は、応急清掃します」


「現場保存と矛盾する」


「写真や絵がないので、位置を先に印します」


 漏れ始点。


 流れた範囲。


 壺位置。


 台車位置。


 転倒場所。


 木札。


 測定糸。


 紙記録。


「全部残すまで、汚物を放置できない」


「だから、最低限の印だけです」


          ◇


 三年前に転倒したギスには、改めて治療師の確認を受けるか尋ねた。


「今はもう平気だ」


「膝に痛みは?」


「雨の日に少し」


「事故との関係は判断できませんが、記録できます」


「今さら治療費が出るのか」


「過去事故の補償は、祭典局の判断です」


「期待させるな」


「約束はできません」


 直人は正直に答えた。


「でも、怪我がなかったことにはしません」


 ギスはしばらく黙り。


 最後に、小さくうなずいた。


          ◇


 祭典局内で、三年前の反省会記録も見つかった。


 議題。


 来場者数。


 王宮演説の遅れ。


 屋台売上。


 迷子。


 消火桶不足。


 便所について。


 臭気への苦情二十二件。


 壺交換遅延。


 西側便所の一時閉鎖。


 運搬中の流出一件。


 対応。


 次回は清掃人へ事前注意を行う。


「設備改善がありません」


 フィルが言った。


「人へ注意すれば、次はうまくいくと思ったのでしょう」


 エルンが答える。


「予備壺不足も書かれていません」


「誰が費用を増やすか決められなかったのかもしれません」


 責任を人の注意力へ置けば。


 設備費を増やさずに済む。


 だが。


 足りない壺は増えない。


 壊れた底板は直らない。


 洗浄所の距離も短くならない。


「今回の反省会様式を変えます」


 直人が言った。


「事故だけではなく、停止回数、黄札、予備使用数、人員不足も集計します」


「事故がなくても?」


「事故になる前の異常です」


          ◇


 祭典終了報告には、成功・失敗だけを書かない。


 来場者数。


 便所利用回数。


 最大待ち人数。


 平均待ち時間。


 黄線交換回数。


 壺修理数。


 清掃停止時間。


 手洗い水不足。


 作業員休憩不足。


 怪我。


 苦情。


 予備設備使用。


「待ち時間まで測る?」


 祭典担当官が尋ねる。


「十六基で足りたか確認するためです」


「列を数える人が必要だ」


「入口案内員が一定時刻ごとに記録します」


「そのために、さらに一人?」


「既存業務へ組み込みます」


「一刻ごと?」


「集中時間は四半刻ごと」


「祭りを見られないな」


「仕事ですから」


          ◇


 祭典設備保守責任者には。


 桶職人組合から、年配の職人リオズが選ばれた。


「俺は壺を作るだけだ」


 リオズは言った。


「祭り後の修理完了確認もお願いします」


「祭典局の役人がやればいい」


「木材と底板の状態を判断できますか」


「分からんだろうな」


「役人と職人の二人署名にします」


「一人で責任を負うのではない?」


「はい」


 祭典局保管責任者。


 設備状態と所在。


 職人側保守責任者。


 修理品質。


 使用先管理者。


 日常点検。


 三者。


「責任者を増やせば、誰の責任か分からなくならないか」


 リオズが尋ねた。


「役割を分けます」


「修理した底板が外れたら?」


「修理品質は職人側」


「満杯まで使ったら?」


「使用管理側」


「修理後に三年放置したら?」


「保管側」


「材料自体が悪かったら?」


「製造記録から確認します」


「逃げられない台帳だな」


「責任を押しつけるためではありません」


「では何のためだ」


「次に直す場所を分かるようにするためです」


          ◇


 倉庫の交換壺へ、仮番号が付けられた。


 F-001。


 合格。


 F-002。


 蓋修理。


 F-003。


 内張り交換。


 F-004。


 底板ひび、赤札。


 F-005。


 規格外。


 F-006。


 事故関係の可能性あり、保存。


 釘を重ね打ちした壺は。


 F-006。


 使用禁止。


 赤区画。


「これを壊して調べますか」


 フィルが尋ねた。


「先に外観、寸法、釘位置を記録します」


「内部の底板は?」


「防水材を一部外す必要があります」


「元へ戻せない」


「事故調査品なので、使用へ戻しません」


 リオズが底を見た。


「この釘は、底板を支えていない」


「どういう意味ですか」


「外側板へ打っただけだ。内側の受け桟へ届いていない」


「見た目だけの補修?」


「そうだ」


「誰がやったか分かりますか」


「職人なら、こんな打ち方はしない」


 祭り片づけの誰かが。


 漏れを止めるため。


 上から釘を打っただけの可能性。


「修理ではなく、応急処置です」


 直人が言った。


「それを修理済みとして倉庫へ戻した?」


「修理済み札がないので、誰も確認していません」


          ◇


 壺F-006の底板を慎重に外す。


 受け桟。


 一部腐食。


 底板。


 端が縮み、隙間。


 防水材。


 ひび。


「内容物の重さで、板が受け桟から外れます」


 リオズが言った。


「空なら持てる。少量でも持つ。満量近くで落ちる」


「事故状況と合います」


 エルンが記録した。


「三年前の事故壺と確定できますか」


「番号がないため確定ではありません」


「同型の同じ欠陥かもしれない?」


「はい」


 その方が、さらに問題だった。


「同じ型の壺は何個ありますか」


 倉庫内。


 同じ底板構造。


 九個。


「全九個を赤札にします」


 祭典担当官が声を上げた。


「修理すれば使えるのでは?」


「底構造を作り直し、荷重試験後です」


「さらに使える壺が減る」


「事故と同じ構造を、そのまま使えません」


          ◇


 即時合格。


 七個から。


 同型確認で二個が赤札。


 五個。


「また減りました」


 フィルが言った。


「でも、祭り当日に減るよりよいです」


 新規製造必要数。


 さらに増える。


「四十八個?」


「推奨六十四個を維持するなら」


 修理可能数を再計算。


 短期修理。


 九個。


 構造改修。


 十一個。


 使用不可。


 六個。


 事故調査保存。


 一個。


「新規必要数は?」


 直人が計算する。


 即時合格五。


 短期修理九。


 合計十四。


 六十四まで。


 五十個。


 祭典担当官が椅子へ沈んだ。


「昨日より四個増えた」


「確認した結果です」


「予算書を書き直す私の身にもなれ」


「事故後に書き直すよりは」


          ◇


 祭典局は、開催後の終了条件も受け入れた。


 祭りが終わっても。


 次のすべてが完了するまで、便所事業は終了扱いにしない。


 全壺洗浄。


 乾燥。


 漏水検査。


 底板検査。


 持ち手検査。


 便所本体の床・囲い確認。


 台車整備。


 清水槽と汚水槽の分離保管。


 事故・黄札集計。


 修理発注。


 再検査。


 保管場所登録。


 南区転用分の引き渡し。


「最後の署名は誰ですか」


 フィルが尋ねる。


「祭典局保管責任者、職人保守責任者、水務局衛生確認者」


「三人全員?」


「はい」


「一人が休んだら終われない」


「代理者を事前登録します」


 責任者がいなくなった瞬間。


 仕事が消えないようにする。


          ◇


 夜。


 ギスは、倉庫を出る前に壺F-006を振り返った。


「これが、あの時の壺かもしれないのか」


「可能性があります」


「俺が持ち上げたから、底が落ちたわけではない?」


「通常の運搬で外れる底板なら、設備側の問題です」


「満杯まで使った」


「予備不足と交換遅延がありました」


「漏れているのに運んだ」


「通路上で安全に止める場所がありませんでした」


「それでも、俺も運んだ」


「作業上の判断は検証します。でも、あなた一人の注意不足だけでは説明できません」


 ギスは長く息を吐いた。


「三年か」


「はい」


「もっと早く分かればよかった」


「次の作業員には残します」


「俺の名前も?」


「希望を確認します」


「書いてくれ」


 事故当事者。


 臨時清掃人ギス。


 膝打撲。


 当時未診察。


 異常報告の申し出あり。


 予備壺不足。


 停止権なし。


「今度の祭りで、同じ壺を使う若い奴がいなくなるなら」


 ギスは言った。


「名前くらい残していい」


          ◇


 翌日の計画。


 桶職人組合。


 新規交換壺五十個の製造能力確認。


 木工組合。


 背面交換式便所への改修。


 祭典局。


 開催後保守予算。


 水務局。


 仮設設備台帳の共通規格。


 汲み取り組合。


 移送槽と洗浄所訓練。


 南区。


 祭典後の壺受け入れ計画。


「祭りが終わる前から、転用先まで決める」


 フィルが言った。


「倉庫へ戻して忘れないためです」


「南区で使う時は、祭典局番号のまま?」


「番号は変えません」


「場所だけ変える?」


「はい」


 設備の履歴を切らない。


          ◇


 支所へ戻ると。


 王都窯から、赤土混合試験片の吸水結果が届いていた。


 手前下段。


 吸水やや多い。


 中央。


 基準候補。


 奥上段。


 焼き締まり良好だが、収縮大。


「中央位置が第一候補です」


 直人が言った。


「便器本体へ進めますか」


「内部水路の段差を減らす治具が完成すれば」


「一台の便器にも台帳を作る?」


「製造番号を付けます」


「壺と同じ?」


「はい」


 作った物。


 直した物。


 使った場所。


 壊れた時。


 誰が止めたか。


 どこを修理したか。


 次に使ってよいか。


 それらが残らなければ。


 設備は、新しく見えるだけで。


 同じ事故を繰り返す。


 口頭で注意しても。


 壺の底板は直らない。


 報告書を倉庫へ入れても。


 次の人へ届かなければ、事故は終わらない。


 衛生祭の便所計画は。


 ようやく開催当日だけではなく。


 祭りが終わった後まで含む計画になり始めていた。

三年前の便壺流出事故は、運搬人の確認不足だけが原因ではありませんでした。


予備壺不足、洗浄人員不足、満量基準なし、異常報告が口頭のみ、現場作業員に停止権がないこと、修理完了責任者がいないことが重なっています。


事故壺の可能性がある壺を分解すると、補修釘は底板の受け桟へ届いておらず、見た目だけを直した応急処置だったことが分かりました。


同じ底構造の壺九個も使用停止となり、衛生祭へ向けた新規製造数は五十個へ増加します。


今後は設備番号、状態札、修理履歴、使用場所、開催後の再検査を台帳で引き継ぎ、現場作業員にも異常時の停止権を与えます。


次回は五十個の交換壺を短期間で作るため、複数の桶工房へ同じ規格を配布します。しかし、同じ図面を渡しても、持ち手の高さや底板の組み方が工房ごとに異なり、共同製造の品質管理が課題になります。

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