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トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第2章 町に、便器を広げます

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第58話 便所を十六基並べても、交換する人がいなければ使えません

衛生祭では、五千人の来場者に対して交換壺式便所十六基を設置する計画になりました。


しかし、便所の能力は個室の数だけでは決まりません。


壺が満杯になる前に交換できるか。


清掃中も別の個室を使えるか。


交換した壺を安全に運び出せるか。


直人たちは、祭りの便所を「置く台数」ではなく「一時間に安全に処理できる利用回数」で計算します。

 南区支所の会議机には、十六個の木片が並んでいた。


 通常高さ。


 十個。


 低型。


 二個。


 手すり付き。


 二個。


 介助可能な広い個室。


 二個。


 木片の後ろには、小さな丸札。


 交換壺を表している。


「一基につき三個」


 水務局書記官フィルが数えた。


「使用中が一個。交換待ちが一個。洗浄済み予備が一個」


「最低構成です」


 陶山直人が答える。


「十六基なら四十八個」


「はい」


「祭典倉庫には三十一個あるそうです」


 地方監査官エルンが在庫表を見る。


「不足は十七個」


「破損がなければ、です」


「昨日の報告では、三十一個あると」


「数があることと、使えることは別です」


 直人は、木片の隣へ別の欄を作った。


 ひび。


 蓋。


 持ち手。


 容量。


 底の安定。


 内張り。


 臭い残り。


「今日、祭典倉庫で全数確認します」


「明日までに必要能力を提出するのでしょう」


 フィルが言う。


「在庫が使えない場合も含め、必要製造数を出します」


「計算と検査を同時に?」


「使える壺数が分からないまま、十六基を動かせるとは書けません」


          ◇


 最初に決めるのは、来場者五千人のうち何人が便所を使うかだった。


「全員一回で、五千回」


 祭典担当官が言った。


「多すぎるだろう」


「少なすぎる可能性もあります」


 直人が答える。


「一人で二回使う者もいます」


「祭りは一日だ」


「朝から夜まで滞在する人。酒を飲む人。子ども。高齢者。腹を壊した人」


「では、一人二回で一万回?」


「最大想定としてはあり得ますが、全員が長時間滞在するわけではありません」


 過去の建国祭記録。


 来場札。


 飲食屋台売上。


 酒販売量。


 噴水広場の滞在人数。


 正確な便所利用記録はない。


 そこで三つの想定を作る。


 低利用想定。


 総利用三千五百回。


 標準利用想定。


 総利用五千五百回。


 集中利用想定。


 総利用七千五百回。


「五千人なのに、七千五百回?」


 祭典担当官が尋ねる。


「一部の人が複数回使う想定です」


「三千五百回なら、一人一回未満」


「短時間で帰る人や、会場外施設を使う人を含みます」


「どの数字を採用する」


「設備能力は集中利用想定で確認します」


「多すぎる」


「足りなかった時に、会場で増設できません」


「余った便所は無駄になる」


「予備能力です」


          ◇


 次は、利用が一日に均等ではないこと。


 直人は開催時間を十二刻に分けた。


 開場直後。


 利用少。


 昼前。


 飲食後に増加。


 午後の子ども催し。


 家族利用が増加。


 王宮演説前。


 列が集中。


 演説終了後。


 最大集中。


 夕方の酒類販売。


 再度増加。


 閉場前。


 帰宅前利用。


「最大は演説終了後です」


 フィルが言った。


「二千人が一斉に動く可能性があります」


「全員が便所へ来るわけではない」


「一割でも二百人です」


「十六基なら、十二人か十三人ずつ?」


「同時には使えません」


 一回の個室利用時間。


 男性。


 短い者もいる。


 衣服。


 荷物。


 酔い。


 幅がある。


 女性。


 衣服。


 子どもの介助。


 月経対応。


 さらに長い場合がある。


 広い介助室。


 利用者と介助者。


 出入りにも時間が必要。


「平均だけではなく、遅い利用も考えます」


「一人五分?」


 祭典担当官が言う。


「通常個室は平均四分。介助室は八分を仮定します」


「四分なら、一刻に十五人」


「清掃や壺交換がなければ」


「また減るのか」


「はい」


          ◇


 十六基すべてを同じ能力として数えない。


 通常個室十基。


 一刻当たり、理論上百五十回。


 低型二基。


 高齢者や子どもが利用。


 理論上二十四回。


 手すり付き二基。


 動作がゆっくりな利用者を想定。


 理論上二十回。


 介助室二基。


 理論上十四回。


「合計二百八回」


 フィルが計算する。


「一刻に二百人以上使える?」


「扉を開けた瞬間から、次の人が入る理論値です」


「現実は?」


「八割を超えて連続使用すると、列と清掃遅れが急に増えます」


「では、実用能力は?」


 通常個室。


 一刻百二十回。


 低型。


 二十回。


 手すり付き。


 十六回。


 介助室。


 十回。


 合計。


 一刻百六十六回程度。


「最大集中二百人なら、一刻で終わらない」


「列が残ります」


「追加が必要?」


「男性立ち小便設備六か所で、男性個室利用の一部を減らします」


 立ち小便設備。


 一か所に三人分。


 合計十八人分。


 一回一分程度。


 ただし。


 清掃。


 目隠し。


 手洗い。


 泥酔者対応。


 排水。


 すべて必要。


「男性利用を立ち小便側へ分ければ、個室の列を減らせる」


「はい」


「女性用は?」


「通常個室のうち、最低八基を女性優先にします」


「男性は二基だけ?」


「立ち小便設備があります」


「大便の場合は?」


「共用個室二基と、空き状況に応じて案内」


「完全に男女固定ではない?」


「利用集中に応じ、案内員が一部を切り替えます」


「札を掛け替える?」


「はい。ただし切替前に清掃と利用者確認」


 固定しすぎれば、片方が空いているのに他方だけ長い列になる。


 だが、頻繁に変えれば利用者が混乱する。


「一刻単位で見直します」


          ◇


 便壺一個の容量を確認する。


 祭典倉庫の記録では。


 大壺。


 液体換算で大桶二杯弱。


 だが、満杯まで使えない。


「黄線を七割にします」


 直人が言った。


「三割も残す?」


「持ち上げ重量と、移動中の揺れがあります」


「満杯でも蓋をすればよい」


「持てますか」


 空壺。


 木と内張りで、砂袋一個分弱。


 七割。


 内容物を含め、成人二人で安全に運べる範囲。


 満杯。


 二人でも階段や段差で危険。


「祭り会場は平らだ」


「交換所までの通路には敷居と傾斜があります」


「台車を使う」


「台車へ載せるまで持ち上げます」


「便器下から、そのまま台車へ滑らせる構造にできないか」


「良い案です」


 直人は木片の配置を変えた。


 便所床。


 交換口。


 壺台。


 小型低床台車。


「利用者側ではなく、背面管理扉から交換します」


「便所を空けなくても交換できる?」


「使用中には交換しません」


「次の利用を止め、背面から壺を引き出す」


「はい」


「持ち上げずに?」


「台の高さを合わせます」


 腰を曲げて重い壺を持ち上げる作業を減らせる。


「便所本体の設計変更です」


 フィルが言った。


「木工組合へ今日中に伝えます」


「すでに十二基分は作り始めている」


「背面交換口がない型は?」


「改修可能か確認します」


          ◇


 壺が黄線へ達するまでの利用回数。


 一回の排泄量は、人によって違う。


 水洗ではないため、洗浄水は壺へ入らない。


 代わりに、少量の消臭材と清掃時の拭き取り水。


「一壺百回?」


 祭典担当官が尋ねる。


「安全側に、六十回から八十回で想定します」


「差が大きい」


「男性小便が立ち設備へ分かれるかでも変わります」


「標準は?」


「七十回」


 十六基。


 一回目の壺。


 千百二十回。


 予備壺へ交換。


 二回目。


 さらに千百二十回。


 三個目。


 さらに千百二十回。


「三個ずつあれば、三千三百六十回」


 フィルが言った。


「洗浄した壺が戻ってこなければ」


「五千五百回へ足りない」


「途中で洗浄と再配置を繰り返します」


「祭り中に洗う?」


「専用洗浄場で」


「南区支所の便壺洗浄場へ運ぶ?」


「遠すぎます」


 中央広場近くに、一時洗浄所が必要。


 だが、飲用水や食品屋台から距離を取る。


「王都衛兵の旧馬具洗い場は?」


 エルンが地図を見る。


「広場西裏。排水先は?」


「現在の汚水回収枡へつながっているはずです」


「確認が必要です」


「また調査か」


「祭り前なので」


          ◇


 交換時間も能力を左右する。


 一基停止。


 利用者退出確認。


 赤札。


 背面扉開放。


 蓋準備。


 満壺を台車へ。


 予備壺を挿入。


 固定。


 便座周辺確認。


 手洗い。


 再開。


「何分ですか」


「熟練二人で五分を目標」


「五分も止まる?」


「持ち上げ式なら、さらにかかります」


「十六基が同時に黄線へ達したら?」


「同時に交換できません」


 利用開始時刻をずらす。


 各便所へ最初から同じ量の予備材を入れない。


 列の多い場所を優先。


「満杯時刻を意図的にずらす?」


「はい」


 第一群。


 四基。


 開場時から使用。


 第二群。


 四基。


 半刻後に本格開放。


 第三群。


 四基。


 昼前の集中へ備え、利用を抑える。


 第四群。


 四基。


 演説前の予備。


「便所が空いているのに閉めるのか」


 祭典担当官が反発する。


「完全閉鎖ではありません。列が短い時は一部を予備にします」


「市民から、なぜ使わせないと言われる」


「集中時の予備と表示します」


「納得するか?」


「説明員が必要です」


「また人が増える」


          ◇


 便所管理人員を計算する。


 入口案内。


 女性側。


 二人。


 男性側。


 一人。


 介助・優先案内。


 一人。


 内部巡回。


 二人。


 清掃。


 四人。


 壺交換。


 四組八人。


 交換所管理。


 二人。


 洗浄場。


 六人。


 汲み取り車連絡。


 二人。


 予備・休憩交代。


 六人。


「合計三十人?」


 祭典担当官が椅子から立ち上がった。


「便所だけで三十人も使えない!」


「十二刻連続で、同じ人が働く計画ですか」


「清掃人四人。汲み取り人四人。案内人四人。十二人で十分だ」


「休憩中は?」


「交代で」


「四人の清掃担当が一人休めば、三人で十六基です」


「汚れた時だけ掃除する」


「いつ汚れるか分かりません」


「祭り客は、そこまで汚さない」


「酒を売ります」


「建国祭でもやっている」


「事故記録は?」


「ない」


「記録していなかった可能性があります」


 第三便所の酒場。


 吐瀉物。


 泥酔者。


 扉破損。


 祭りなら、さらに人数が多い。


「三十人全員が同時に働くわけではありません」


 直人は表を分けた。


 常時配置。


 十八人。


 交代休憩。


 六人。


 集中時追加。


 六人。


「集中時だけ三十人」


「通常時二十四人?」


「はい」


「まだ多い」


「便所十六基、立ち設備六か所、交換所、洗浄所です」


「便所一基に一人以上ではないか」


「入口や洗浄所を含みます」


          ◇


 人数を減らせる部分を検討する。


 壺交換。


 背面台車方式なら、四組を三組へ減らせる可能性。


 洗浄。


 交換壺を十分多く用意すれば、洗浄回数を減らせる。


「予備壺を増やすか、人を増やすか」


 フィルが言った。


「設備と人件費の比較です」


「壺一個の製作費は?」


「木製内張り式なら、清掃人一日分の何倍か」


「祭り一日だけなら、人を増やす方が安い?」


「保管と次回利用まで考えると、壺にも価値があります」


「衛生祭後は南区で使える?」


「規格を合わせれば」


「祭典用四十八個を、南区仮設へ転用?」


「洗浄と検査後に」


 祭りだけの物として作らず。


 南区の緊急設備と規格を共通化する。


「なら、追加壺を多めに作る意味があります」


 エルンが言った。


「祭り後の保管管理者も決めます」


「倉庫へ戻すだけでは?」


「次の祭りまで放置すれば、また革帯や蓋が傷みます」


          ◇


 汲み取り車の回数。


 交換所に集まった満壺は、洗浄前に内容物を密閉移送槽へ入れる。


 壺そのものを処理場まで運ぶ案。


 移送槽へ移す案。


「移し替えると、飛沫が出る」


 汲み取り組合代表が言った。


「壺ごと車へ積む方が安全だ」


「車に何個載りますか」


「大壺なら十二個」


「一回七十利用。十二個で八百四十利用分」


「集中想定七千五百回なら、九回近い」


「祭り中に九往復?」


「処理場まで片道一刻」


「無理です」


 大型密閉槽を交換所に置き、壺から低位置で移し替える。


 ただし、注ぎ上げて入れるのではなく。


 壺台と受入口の高さを合わせる。


 密閉接続。


「壺を傾けるだけ?」


「飛沫防止の接続筒を使います」


「接続部を毎回洗う」


「はい」


「詰まったら?」


「異物網」


「布や木片が多い」


 南区洗浄場では。


 布。


 木片。


 骨。


 針。


 さまざまな異物が入っていた。


「祭り便所入口で、投入禁止表示を出します」


「読まない者もいる」


「壺交換時に異常重量を記録」


「中身を見て取り出す?」


「危険物以外は、処理場で」


「針や刃物は?」


「便所内に専用廃棄箱」


「そんな物まで捨てる人がいるのか」


「南区では針が出ました」


          ◇


 大型密閉移送槽を二台。


 一台使用。


 一台予備。


 満量前に汲み取り車へ接続。


「車は何往復ですか」


「大型槽一台で、約二千利用分を受けられる想定」


「七千五百なら四回」


「安全余裕を含め五回」


「二台あれば、車が遅れても持つ?」


「一時的には」


「車が故障したら?」


「予備車を一台待機」


「祭典に汚物車二台?」


「一台運行、一台予備」


「見えない場所へ置け」


「西荷役路の外」


「王宮警備と調整が必要だ」


「お願いします」


          ◇


 手洗い水量。


 便所利用七千五百回。


 一回ごとに手洗い。


 さらに飲食前。


「一万回以上?」


 フィルが言った。


「最低一万回で見ます」


 一回の手洗い。


 流しっぱなしにしない。


 栓操作。


 少量。


「一人、小壺何分の一?」


「試作吐水口で測ります」


 仮設手洗い模型。


 栓を押す。


 一定時間だけ流れる。


「利用者が押し続けたら?」


「一回で閉じる仕組み」


「再度押せる」


「必要なら」


「遊ぶ子どもが連打する」


「案内員と、子ども用吐水口の流量制限」


「便所の人員に手洗い担当も含まれていますか」


「入口案内と兼任できる場所もあります」


「また増えるかと思った」


「清水補充担当は別です」


 祭典担当官が机へ額を付けた。


          ◇


 清掃回数。


 定時清掃。


 一刻ごと。


 異常時。


 随時。


 壺交換時。


 便座と床の簡易確認。


「一刻に一回、十六基?」


「一基ずつずらします」


「清掃中は十五基」


「はい」


「全体清掃は?」


「開場前、昼の集中前、夕方集中前、閉場後」


「一日四回」


「個室ごとの簡易清掃とは別です」


「清掃水は?」


「大量に撒きません」


 固形物を先に回収。


 吸収材。


 少量洗浄。


 拭き取り。


 汚染布回収。


「祭典で使い捨て布を大量に出す?」


「再洗浄可能な布と、廃棄布を分けます」


「洗う場所は?」


「便壺洗浄所とは別区画」


「また別?」


「便座清掃布と、便壺を同じ槽で洗いません」


          ◇


 計算表が完成し始めた。


 集中利用想定。


 七千五百回。


 交換壺式便所。


 十六基。


 立ち小便設備。


 六か所、十八人分。


 交換壺。


 最低四十八個。


 推奨六十四個。


「十六個も増えた」


 祭典担当官が言う。


「洗浄所の遅延と破損予備です」


「祭り後、南区へ転用」


「はい」


 壺交換班。


 三組六人。


 集中時四組八人。


 清掃。


 常時四人。


 集中時六人。


 案内・巡回。


 六人。


 洗浄。


 四人。


 集中時六人。


 交換所・移送槽。


 三人。


 予備・休憩。


 六人。


「最大二十九人」


「昨日の三十人より一人減った」


「背面台車方式と、予備壺増加で減らせました」


「一人だけか」


「作業安全を落とさずに減らせる範囲です」


          ◇


 費用表も作る。


 木製便所十六基。


 うち十二基は発注済み洗い流し式の改修可能性を確認。


 新規四基。


 交換壺六十四個。


 低床台車八台。


 大型密閉移送槽二台。


 手洗い設備。


 清水槽。


 清掃道具。


 表示。


 照明。


 人件費。


 汲み取り車。


 処理費。


「便器を雨水路へ流す元案の何倍だ」


 祭典担当官が尋ねる。


「初期費用は高くなります」


「何倍?」


「約二・四倍」


 会議室が静まる。


「そんな予算は通らない」


「元案には、汚水処理費が入っていません」


「雨水路へ流すからだ」


「下流清掃、南区汚染、苦情、事故の費用も入っていません」


「発生しないかもしれない」


「第三便所側へつながることは確認しました」


「祭り一日の排水で、どれほど変わる」


「五千人分です」


「雨が降れば、もっと水が流れる」


「だから安全になるのではありません」


          ◇


 予算を下げる案。


 便所を十四基に減らす。


 却下。


 集中列が長くなりすぎる。


 交換壺を四十八個へ戻す。


 可能。


 ただし洗浄人員を増やし、洗浄遅延時に利用停止基数が増える。


 大型移送槽を一台。


 却下。


 故障時に全便所停止の可能性。


 低床台車を四台。


 可能。


 交換時間が増える。


 手洗い口を十二から八へ。


 混雑と未洗浄増加。


「削る場所がない」


 祭典担当官が言った。


「祭り規模を縮小する選択肢があります」


「来場者五千人は変えない」


「飲食屋台や酒販売を減らせば、便所利用と排水が減ります」


「商業組合が反対する」


「開催時間を短くする」


「夜の灯りが祭りの目玉だ」


「入場人数を時間帯で分ける」


「自由入場だ」


「なら、設備能力が必要です」


 来場者数。


 開催時間。


 飲食量。


 酒。


 設備。


 人員。


 どれも変えず。


 費用だけを下げることはできない。


          ◇


「入場札を時間帯別にする案は?」


 エルンが尋ねた。


「事前札と当日札」


「市民祭りを予約制にするのか」


「完全予約ではありません。演説時間前後だけ、広場への入場数を調整します」


「便所のために入場制限?」


「避難経路にも関係します」


 祭典担当官が考える。


「王宮警備は、以前から人数制限を求めていた」


「便所だけの理由ではありません」


「同時滞在を二千人から千五百人へ下げれば?」


「最大集中利用も下がります」


「便所十四基で足りる?」


「安全側なら十六基を維持してください」


「結局減らない」


「列と故障予備が改善します」


          ◇


 提出書の結論。


 来場者五千人に対して、交換壺式便所十六基だけで無条件に対応可能とはしない。


 条件。


 同時滞在人数の管理。


 男性立ち小便設備六か所。


 交換壺六十四個。


 背面台車交換。


 大型密閉移送槽二台。


 汲み取り車一台と予備一台。


 最大配置二十九人。


 確認済み手洗い水。


 屋台排水分離。


 旧西枝水路使用禁止。


「条件が多い」


 祭典担当官が言う。


「一つでも欠けた場合の縮小案も書きます」


 交換壺不足。


 便所基数を減らすのではなく、入場者数と開催時間を制限。


 人員不足。


 便所区域を縮小せず、酒販売と夜間開催を縮小。


 汲み取り車不足。


 同時滞在人数を下げ、交換壺保有量を増やす。


 手洗い水不足。


 飲食屋台を減らす。


「なぜ、便所が足りないと酒を減らすのですか」


 フィルが尋ねた。


「利用回数と尿量が増えるからです」


「商業組合へ説明するのは大変です」


「数字を出します」


          ◇


 午後。


 一行は祭典倉庫へ向かった。


 石造りの大きな倉庫。


 旗。


 舞台板。


 屋台幕。


 仮設柵。


 消火桶。


 その奥に、交換壺が積まれている。


「三十一個です」


 倉庫番が言った。


 壺には埃。


 木蓋。


 革持ち手。


 内側は薄い防水材。


「最後に使ったのは?」


「三年前の大競技祭」


「その後の洗浄記録は?」


「洗って干した」


「記録は?」


「前の倉庫番の頃だ」


 全数検査。


 一個目。


 底。


 問題なし。


 蓋。


 少し歪み。


 二個目。


 持ち手革が硬化。


 三個目。


 内側防水材が剥離。


 四個目。


 底板に細いひび。


 五個目。


 蓋が別の壺の物で、合わない。


「全部同じ規格ではない?」


 フィルが驚く。


「祭りごとに足した」


 倉庫番が答える。


「作った工房も違う」


 直径。


 高さ。


 蓋。


 持ち手。


 少しずつ違う。


「便所へ入らない壺があるかもしれません」


「穴の下へ置くだけだろう」


「新しい背面台車方式では、外寸が必要です」


          ◇


 測定。


 三十一個。


 同一規格。


 十二個。


 近い規格。


 九個。


 大きすぎる。


 四個。


 低すぎる。


 三個。


 底形状不安定。


 三個。


「そのまま使えるのは?」


 直人が一覧を見る。


 蓋。


 持ち手。


 内張りまで含める。


 合格。


 七個。


 修理後使用可能。


 十一個。


 大規模修理。


 八個。


 使用不可。


 五個。


「三十一個あって、すぐ使えるのは七個?」


 祭典担当官の声が裏返った。


「修理可能を含めても十八個です」


「四十八個どころか、最低数にも足りない」


「新規製造が必要です」


「あと二十八日だぞ」


「木工組合を分けます」


「南区向け仮設便所六台もある」


「そちらを遅らせません」


「では、誰が作る」


 王都桶職人組合。


 酒樽職人。


 荷桶職人。


 建築木工とは別の職人がいる。


「規格を一つにします」


 直人が言った。


「既存十八個は?」


「変換台を使うか、洗浄所専用予備へ」


「新しい便所へ、古い壺が入らない?」


「便所側を全部の壺へ合わせると、構造が複雑になります」


「古い物を捨てるのか」


「修理して、別の仮設便所で使える可能性があります」


 また。


 置いてある数と。


 使える数が違った。


          ◇


 六個目の使用不可壺を確認していた時。


 内側の底から、乾いた黒い塊が剥がれた。


「洗浄済みでは?」


 フィルが言った。


「臭いが残っています」


 セラが顔を近づけず、採取器で取る。


 古い汚物の残留。


 防水材の下へ染み込んでいる。


「表面だけ洗って、内張りを交換していません」


「三年間、このまま保管?」


 倉庫番が青ざめる。


「隣の清水桶は?」


 交換壺の棚の反対側。


 祭典用飲用水桶。


 蓋付き。


 見た目は清潔。


「同じ倉庫?」


「棚は分かれている」


「鼠や虫は?」


「いることもある」


「飲用水桶を別区画へ移します」


「中身は空だ」


「使用前洗浄が必要です」


「交換壺から臭いが移っただけで?」


「虫や汚れの接触を確認します」


 祭り用品は。


 使っている時だけ衛生管理すればよいのではない。


 保管中も。


 汚物用具と清水用具を分ける必要がある。


          ◇


「今日の提出書を修正します」


 直人が言った。


「壺六十四個ではなく?」


「必要数は変えません」


「保有数の欄です」


 既存在庫。


 三十一。


 即時使用可能。


 七。


 七日以内修理可能。


 十一。


 大規模修理。


 八。


 廃棄候補。


 五。


 新規必要数。


 最低四十六。


「六十四から十八を引いて四十六」


「はい」


「二十八日で四十六個?」


「製造班を複数に分け、標準治具を使います」


「全数試験?」


「漏水、蓋、持ち手、台車適合。すべてです」


「壺まで?」


「汚物を入れて運ぶ容器です」


          ◇


 祭典担当官は、倉庫の壺を見て黙り込んでいた。


 やがて。


「去年、この在庫数を見て、便所十二基で足りると報告した」


「使用可能数は確認しましたか」


「数だけだ」


「今回、祭り前に分かりました」


「もし当日に開けていたら?」


「便所へ入らない壺。漏れる壺。蓋が閉まらない壺が出た可能性があります」


「雨水路へ流す計画なら、壺は四個しか使わなかった」


「だから問題が見えなかったかもしれません」


 簡易洗い流し式をやめ。


 交換壺式へ変えたことで。


 倉庫の管理不良まで見つかった。


「便所を十六基並べれば終わりだと思っていた」


 担当官が呟く。


「並べた後に、仕事が始まります」


          ◇


 夜。


 最終提出書が完成した。


 便所設備。


 十六基。


 立ち小便設備。


 六か所。


 必要交換壺。


 六十四個。


 新規製造。


 四十六個。


 既存修理。


 十一個。


 即時合格。


 七個。


 管理人員。


 通常二十四人。


 集中時二十九人。


 大型密閉移送槽。


 二台。


 汲み取り車。


 一台運行、一台予備。


 同時滞在人数。


 千五百人を推奨上限。


 最大集中時。


 入場調整。


 旧西枝水路。


 使用禁止。


 不足条件が出た場合。


 酒販売。


 開催時間。


 入場人数。


 屋台数。


 いずれかを縮小。


「便所が足りない時、便所を減らすとは書いていません」


 フィルが言った。


「さらに足りなくなりますから」


「予算が通らなければ?」


「祭り規模を下げます」


「本当に評議会へ出すのですか」


「はい」


          ◇


 その時。


 王都窯から急ぎの連絡が届いた。


 赤土混合の断面試験体。


 一体目。


 内部水路、良好。


 二体目。


 接合部に細い段差。


 三体目。


 抜き型の布皺が内側へ残る。


「三体とも違う」


 フィルが言った。


「作業者差が出ています」


「便器本体へ進めませんか」


「治具と手順を修正します」


「衛生祭まで二十七日」


「まだ間に合う可能性があります」


 続く報告。


 白釉試験水。


 分離回収中。


 排水流出なし。


 ただし。


 釉薬専用密閉槽の底に、細い漏れ。


「工房の床へ?」


「受け皿の中で止まっています」


「受け皿を付けていた?」


「はい」


「便器は作れていないのに、漏れは見つかった」


「床や排水路へ流れる前に」


 異常を完全になくすことはできない。


 だが。


 漏れても広がらない場所。


 止められる人。


 代わりの容器。


 記録。


 それらを先に用意することはできる。


 祭りの便所も同じだった。


 十六基を並べるだけでは、五千人分の便所にはならない。


 交換する人。


 洗う人。


 運ぶ人。


 待つ壺。


 予備の車。


 壊れた時に止める判断。


 すべてがそろって、初めて一日使える。


 そして今。


 祭典倉庫のさらに奥から、倉庫番が別の木箱を運んできた。


「交換壺の古い記録が見つかりました」


「何の記録ですか」


 セラが蓋を開ける。


 中には。


 三年前の競技祭で使われた仮設便所の事故報告。


 便壺運搬中に底板が外れ、王宮通りへ内容物が流出。


 負傷者なし。


 祭典終了後、口頭注意。


 設備改修記録なし。


「事故は、起きていました」


 エルンが言った。


「記録が倉庫へ入れられたまま、次の計画へ反映されていない」


 直人は、使用不可とされた五個の壺を見る。


 そのうち一つ。


 底板へ、新しい釘を上から重ねただけの補修跡があった。


「次は、この事故がなぜ共有されなかったのかを確認します」


 祭りの一日だけ使う設備。


 だからこそ。


 終わった後に担当者が散り。


 事故も。


 修理も。


 次の祭りまで忘れられる。


 衛生祭を安全に終えるためには。


 開催日の計画だけでは足りない。


 前回の祭りの失敗を。


 次へ渡す仕組みが必要だった。

五千人の来場者に対応するには、交換壺式便所十六基を並べるだけでは足りません。


利用集中、壺一個当たりの安全利用回数、交換時間、洗浄能力、汲み取り車の往復を計算した結果、交換壺は最低四十八個、推奨六十四個が必要になりました。


管理人員は通常二十四人、集中時最大二十九人。汲み取り車一台と予備一台、大型密閉移送槽二台も必要です。


しかし祭典倉庫に保管されていた交換壺三十一個のうち、すぐ使える物は七個だけでした。


さらに三年前の競技祭では、運搬中に便壺の底が外れ、王宮通りへ内容物が流出する事故が起きていたものの、改修記録へ反映されていませんでした。


次回は祭典事故の報告経路を調査し、季節行事が終わるたびに管理責任が消えていた仮設設備へ、引き継ぎと保守台帳を導入します。

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