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トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第2章 町に、便器を広げます

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第57話 祭りの一日だけでも、排水先を省略しないでください

一か月後に開かれる衛生祭では、王都の新しい衛生設備を市民へ披露する予定です。


会場には多くの屋台、仮設便所、手洗い場が並びます。


「一日だけだから」と古い排水口へ水を流せば、その一日分の汚れは地下へ残ります。


直人たちは、祭りの華やかな計画より先に、会場で使われる水の入口と出口を確認します。

 王都中心部の中央広場は、南区の共同住宅群とはまるで別の町に見えた。


 白い石畳。


 王宮へ続く大通り。


 噴水。


 英雄像。


 商業組合の立派な建物。


 広場を囲む店の窓には、衛生祭を知らせる青と白の布が掛けられている。


 開催まで、あと二十八日。


 すでに会場設営の杭が打たれ、屋台予定地には白い線が引かれていた。


「ここに水洗便器の展示館」


 都市建設局の祭典担当官が、広場北側を指す。


「中央に手洗い噴水。東側に飲食屋台三十店。西側に陶器展示。南側に仮設便所を十二基」


「仮設便所十二基?」


 陶山直人が聞き返した。


「来場者は一日五千人を見込んでいる」


「五千人に十二基で足りますか」


「広場周辺の商店や公共便所も使える」


「利用許可は取っていますか」


「祭りの日は、皆が協力するものだ」


「契約書は?」


 担当官は少し黙った。


「後で整える」


「周辺施設を利用数へ含めるなら、先に確認してください」


「今日は地下水路の調査だろう」


「便所の必要数にも関係します」


「祭りの計画へ口を出すのか」


「排泄と排水に関する範囲だけです」


 セラが横で小さく笑う。


「その範囲が、かなり広いのですけれどね」


          ◇


 衛生祭の会場図には、給水場所が五か所記されていた。


 一。


 中央手洗い噴水。


 二。


 飲食屋台用共同水場。


 三。


 陶工実演場の粘土洗い場。


 四。


 治療所用水。


 五。


 仮設便所清掃水。


「水源は?」


 地方監査官エルンが尋ねる。


「中央水路から引く」


「既存の噴水管だけで、全量を賄えますか」


「祭典期間だけ増圧する」


「圧力を上げた時の漏水試験は?」


「毎年の建国祭でも使っている」


「建国祭では、陶工実演や十二基の便所清掃もありますか」


「今回は衛生祭だから増える」


「では、従来と同じ条件ではありません」


 祭典担当官は、露骨に面倒そうな顔をした。


「必要な水量を出せ」


「利用回数と設備仕様が必要です」


「五千人だ」


「五千人全員が一回手を洗うのか。二回か。飲食店が使う水量。清掃回数。便所方式。まだ決まっていません」


「多めに出せばよい」


「排水も同じだけ増えます」


「中央広場には雨水路がある」


「その行き先を調べます」


「王都中心部の水路だぞ。南区の腐った木樋とは違う」


「第三便所裏の古い排水口が、こちらへ向かっています」


 担当官の顔から、少しだけ自信が消えた。


          ◇


 中央広場の地下図面は、三種類あった。


 現在の都市建設局図。


 三十年前の広場改修図。


 さらに古い王都排水図。


 現在図面。


 中央雨水路。


 東西二本。


 南側の本水路へ接続。


 三十年前。


 噴水改修時に一部迂回。


 古い図面。


 広場西側の雨水路が、第三便所裏の方向へ伸びている。


「現在図では、この枝が消えています」


 フィルが図面を重ねる。


「廃止したのでは?」


 祭典担当官が言う。


「廃止記録は?」


 エルンが尋ねる。


「古い管は、図面から消すこともある」


「埋めた記録は?」


「探せばあるかもしれない」


「つまり、現在は不明です」


 直人は広場南西の石畳を見る。


 第三便所から伸びる推定線。


 衛生祭の仮設便所予定地と重なっている。


「仮設便所の排水は、どこへ入れますか」


「南西の点検口だ」


「この古い枝ですか」


「現在の本水路へつながっているはずだ」


「確認したことは?」


「毎年、屋台の洗い水を流している」


「流れた水がどこへ出るかではなく?」


「水面が下がれば流れている」


 南区で何度も聞いた言葉だった。


          ◇


 広場南西の点検口は、英雄像の裏にあった。


 丸い石蓋。


 縁に青い塗料。


 昨年の建国祭で、案内用の柱を立てた跡が残っている。


「開けます」


 祭典担当官が作業員へ指示する。


「待ってください」


 直人が止めた。


「また指一本ずつか」


「内部水位と空気を確認します」


「中央広場の排水枡だぞ」


「図面が一致していません」


 周囲へ縄。


 英雄像見物の市民を離す。


 火気。


 近くの焼き菓子屋台準備所へ、一時消火を依頼。


「まだ祭りは始まっていない」


「調理試験中です」


 石蓋を少し開ける。


 空気。


 強い腐敗臭はない。


 湿った土と古い油。


「灯りを入れます」


 鏡。


 反射光。


 内部。


 石造りの枡。


 水深は浅い。


 三つの開口。


 東。


 広場東雨水路。


 南。


 現在の本水路。


 西。


 図面にない古い枝。


「残っています」


 フィルが言った。


「塞がれていません」


「現在も水が流れている?」


 西側開口の底には、薄い水跡。


 完全な乾燥ではない。


「第三便所側から来ている可能性があります」


「量は少ない」


 祭典担当官が言う。


「だから使ってよいとは限りません」


          ◇


 水の向きを確認する。


 祭典担当官は、すぐ色水を流そうとした。


「赤い染料を入れれば分かる」


「祭りの噴水下へ色を入れないでください」


「食用染料だ」


「飲用系へ入らなくても、出口が不明です」


「では、どうする」


 直人は西側開口の下へ、細い白布を固定した。


 第三便所裏の古い雨水枡側にも、同じ布を設置。


 さらに、中間候補となる二つの点検口へ、水位札。


「自然流量と時刻を比較します」


「時間がかかる」


「同時に、第三便所側の流入を一時止めます」


「酒場の厨房排水は?」


「古い雨水枡へ流している設備だけ確認します」


 第三便所へ連絡。


 地下穴旧排水口。


 現在は調査中で使用なし。


 酒場裏庭の雨水。


 晴天。


 大きな流入なし。


 便所処理槽。


 別系統。


「自然流量がほとんどないなら?」


「次に、回収可能な少量の清水試験をします」


「色なしで?」


「到達時間と水位変化」


          ◇


 衛生祭用の仮設便所計画を確認すると、さらに問題が出た。


「十二基のうち、八基は洗い流し式です」


 祭典担当官が言った。


「残り四基は交換壺式」


「洗い流し式とは?」


「便器へ桶の水を入れ、地下排水へ流す」


「処理槽なしで?」


「祭りの日だけだから、雨水路へ」


「使用できません」


 直人は即答した。


「まだ調査前だぞ」


「汚物を雨水路へ流す計画だからです」


「大量の水で流す」


「水量を増やしても、汚物は消えません」


「本水路は王都外へ出る」


「どこへ?」


「外郭の川だ」


「川へ流すのですか」


「建国祭でも一部は流れている」


「それを衛生祭で続けますか」


 祭典担当官は顔を赤くした。


「当日に五千人が来る。交換壺だけでは間に合わん」


「だから事前に処理計画が必要です」


「あと二十八日だ」


「十分な回収槽か、汲み取り回数を計算します」


「洗い流し式八基は、すでに木工組合へ発注済みだ」


「発注仕様を見せてください」


          ◇


 祭典用洗い流し式便所の図面。


 木製座面。


 漏斗状の内箱。


 桶水投入口。


 下部排水管。


 排水管は、そのまま会場雨水口へ接続。


「水洗便器ではありません」


 フィルが言った。


「水で流すから、水洗だ」


 担当官が反論する。


「封水も、臭気止めも、処理槽もない」


 直人が答えた。


「祭り用の簡易型だ」


「排水管から臭気と虫が戻ります」


「一日だけだ」


「前日設置、祭り当日、翌日撤去。少なくとも三日です」


「夜は蓋をする」


「利用中は開きます」


「香草を撒く」


「臭気の経路は残ります」


「では、銀月商会の便器を八台作れ」


「一か月で安全使用は確約できません」


「何ならできる!」


 担当官の声が広場へ響いた。


          ◇


「交換壺式を増やします」


 直人が言った。


「五千人に?」


「利用回数と回収頻度を計算します」


「汲み取り車が広場へ何度も入れば、祭りの景観が台無しだ」


「景観と汚物処理のどちらを優先しますか」


「両方だ」


「なら、裏動線を作ります」


「王宮通りへ汚物車を通すな」


「西側の荷役路は?」


「屋台資材の搬入に使う」


「時間を分けます」


「祭り中に汚物車を見せるな」


「囲い付き交換場所を作ります」


「臭う」


「密閉壺と固定蓋」


「費用が増える」


「雨水路汚染の清掃費とも比較してください」


 評議会では、仮設便所六台追加が承認されている。


 その製作能力を、衛生祭会場へ一部回せる可能性はある。


 ただし、南区住民用を減らしてはいけない。


「祭典用は別枠です」


 直人が言った。


「南区向け六台を回しません」


「木工組合の製造能力は?」


「確認します」


「壺は?」


「汲み取り組合と陶工組合」


「陶工組合は便器試作中だ」


「交換壺は陶器でなくても、密閉できる木桶と内張りで作れます」


「衛生祭なのに木桶?」


「利用者からは見えません」


          ◇


 必要便所数を計算するため、祭典の人流計画を確認した。


 来場者。


 五千人。


 同時滞在。


 最大二千人。


 開催時間。


 朝から夜まで。


 飲食屋台。


 三十店。


 酒類提供。


 十店。


 子ども向け催し。


 午後。


 王宮演説。


 夕方。


「利用が集中する時間があります」


 直人が言った。


「演説前後と、飲食後」


「一日平均だけでは足りない?」


 フィルが尋ねる。


「はい」


 成人用。


 女性用個室。


 男性用個室。


 立ち小便設備。


 子ども用。


 歩行困難者用。


 介助可能室。


「全部別に作るのか」


 祭典担当官が尋ねる。


「完全に別設備へしなくても、個室の仕様を分けます」


「利用者が勝手に使う」


「優先表示と案内員」


「案内員まで必要?」


「列整理と異常発見」


「便所に何人使うつもりだ」


「十二基を置いて、無人管理する計画でしたか」


「清掃人は四人いる」


「一人で三基。手洗いと壺交換も?」


「交代でやる」


「利用者数五千人です」


 清掃だけではない。


 列。


 子どもの転倒。


 泥酔者。


 満杯壺。


 手洗い水。


 紙や布の詰まり。


 設備破損。


「最低でも、入口案内、内部巡回、清掃、壺交換、予備対応を分けます」


「便所だけで十人以上?」


「交代要員を含めれば」


「祭りの裏方が増えすぎる」


「利用者が増えています」


          ◇


 中央広場では、祭典用手洗い噴水の試運転も予定されていた。


「噴水の水を手洗いへ使う?」


 直人が尋ねる。


「中央の美しい水で、市民が手を清める」


「手を水槽へ直接入れますか」


「大きな水盤だ」


「全員が同じ水へ?」


「水は常に流れる」


「流入量と排出量は?」


「噴水だから十分だ」


 図面。


 中央塔から水が落ちる。


 下の大水盤。


 周囲から手を入れる。


 水盤の水は、底の穴から雨水路へ。


「飲食前の手洗いとしては、共用水盤へ手を浸す方法を避けます」


「衛生祭の象徴だぞ」


「見た目と手洗い機能を分けてください」


「噴水は展示だけにしろと?」


「噴水の流入水を分岐し、接触しない吐水口を周囲へ付けます」


「栓付き?」


「手を下へ出し、上から水を流す方式です」


「大水盤は?」


「手を入れない表示」


「市民は入れる」


「柵と案内員」


「美しくない」


「汚れた水盤へ全員が手を入れるより安全です」


          ◇


 手洗い排水も、雨水路へそのまま流す計画だった。


「石けん草液を使いますか」


「祭り用の香り付き石けん草を配る」


「油汚れや食品汚れが混ざります」


「手洗い水だぞ」


「便所利用後の手です」


 担当官が黙る。


「少なくとも、古い枝ではなく現在の排水路へ分けます」


「本水路ならよい?」


「下流の行き先と処理能力を確認します」


「手洗い水まで回収しろと言うのか」


「全量回収が必要かは、下流確認後です」


「また条件」


「はい」


          ◇


 広場西側旧枝の自然流量確認。


 一刻。


 白布へ薄い灰色。


 二刻。


 水位変化は小さい。


 第三便所側。


 大きな流入なし。


「自然地下水か、別の入口です」


 セラが言った。


「この枝は死んでいません」


「祭り排水を入れれば流れるのでは?」


 担当官が言う。


「どこかへ」


「出口が分からないまま使えません」


「少量清水試験を」


 直人は条件を整えた。


 西側開口の下流候補点。


 第三便所裏枡。


 市場北側点検口。


 王都中心南水路。


 三か所へ回収網と水位札。


 投入量。


 小桶一杯。


 回収できなければ、それ以上流さない。


「流します」


 清水投入。


 中央広場西枡。


 しばらく変化なし。


 半刻。


 第三便所裏枡。


 水位上昇。


「逆方向です」


 フィルが驚く。


「広場から第三便所側へ流れています」


 古い図面では、第三便所側から広場へ伸びているように見えた。


 だが勾配は。


 中央広場から南区方向へ下がっていた。


「祭りの排水をここへ入れれば、南区へ流れます」


 エルンが言った。


「南区の古い水路系統へ合流する可能性があります」


 祭典担当官の顔色が変わった。


「衛生祭の便所汚水が、南区へ?」


「この枝を使えば」


「今までの建国祭の屋台水も?」


「流れていた可能性があります」


          ◇


 第三便所裏枡の水位が上がった後。


 酒場地下穴の旧排水口側にも、わずかな湿り。


「つながっています」


 セラが記録する。


「地下穴へ逆流は?」


「現在は排水口を仮受けしています」


「もし塞いでいなければ?」


「酒場地下へ入った可能性があります」


 試験便器候補地。


 その地下穴。


 衛生祭会場からの排水が届く古い枝。


「地上回収槽案にして正解でした」


 フィルが言った。


「地下穴そのものを槽にしていたら?」


「祭り排水とつながる危険がありました」


「一つの穴へ、便器排水と会場排水?」


「はい」


 しかも、管理者は別。


 祭典局。


 酒場。


 水務局。


 誰も全体を見ていなかった。


          ◇


「西側点検口は使用禁止です」


 直人が言った。


「祭り用排水計画を全部変えろと?」


 担当官が尋ねる。


「少なくとも仮設便所排水、陶工実演排水、屋台洗い水は入れません」


「どこへ流す」


「種類ごとに分けます」


 仮設便所。


 交換壺式。


 密閉回収。


 手洗い。


 新しい一時排水管を、確認済みの中央南水路へ。下流容量確認が条件。


 飲食屋台。


 固形物、油、濃い洗浄水を回収。


 薄いすすぎ水のみ、処理能力確認後に別排水。


 陶工実演。


 粘土水と釉薬水を完全回収。


 地面へ流さない。


 噴水。


 循環展示水と手洗い水を分ける。


「会場に回収槽が何個並ぶ」


「裏方区画へ集約します」


「広場が狭くなる」


「屋台数を減らす必要があるかもしれません」


「三十店は決定済みだ」


「排水管理場所がなければ営業できません」


「屋台を減らせば、商業組合が怒る」


「汚水を南区へ流せば、南区住民が困ります」


「見えない水路だぞ」


「見えないから押しつけてよいのですか」


          ◇


 祭典担当官は、都市建設局へ使者を出した。


 ほどなく。


 評議会議長ボルハンが中央広場へ現れた。


「今度は祭りを止めるつもりか」


「止めるとは言っていません」


 直人が答える。


「屋台を減らし、便所を作り直し、噴水を変えるのであれば、別の祭りになる」


「衛生祭としては、改善になります」


「皮肉を言うな」


「本気です」


 直人は西側古枝の試験結果を示した。


「この点検口へ流した清水は、第三便所裏へ到達しました」


「便所汚水を流せば、南区へ向かう?」


「可能性が高いです」


「古い枝を塞げ」


「出口だけ塞ぐと、別の場所へ回ります」


 ボルハンが言葉を止めた。


 第二共同井戸の報告を読んでいる。


 見える出口だけを塞いだ結果。


 汚水が井戸側へ回った。


「では、切り離せ」


「広場側入口を廃止し、新しい排水先を作ります」


「二十八日で?」


「仮設管なら可能性があります」


「恒久管ではない?」


「祭典用設備です」


「祭りが終わった後は?」


「撤去するか、検査後に恒久化」


「費用は?」


「排水計画を作ってから」


「また増える」


「便所十二基のうち、八基を雨水路へ流す元計画よりは、安全です」


          ◇


 仮設便所計画は、その場で見直された。


 交換壺式。


 最低十六基。


 うち。


 通常高さ十基。


 低型二基。


 手すり付き二基。


 介助可能な広い個室二基。


 男性立ち小便設備。


 六か所。


「十二から十六へ増えた」


 担当官が言う。


「洗い流し式をやめたためです」


「壺の交換回数は?」


「利用集中時は、黄線で予備交換」


「満杯まで使わない?」


「持ち上げ重量と溢れ防止」


「交換壺の予備は?」


 一基につき三個。


 使用中。


 交換待ち。


 洗浄済み予備。


「四十八個?」


 フィルが数える。


「最低数です」


「全部新しく作る?」


「既存祭典備蓄を検査します」


「王都倉庫に三十個ほどある」


「蓋、ひび、容量、持ち手を全数確認」


「また全数か」


「便器と同じです」


          ◇


 汲み取り動線。


 広場西側荷役路。


 屋台搬入。


 早朝。


 便壺回収。


 昼前。


 午後。


 夜。


「祭り中に三回?」


「利用数によっては四回」


「汚物車を隠せ」


 ボルハンが言う。


「囲い付き交換所を会場裏へ作ります」


「密閉通路?」


「完全な通路は不要ですが、利用者列と交差させません」


「臭気対策は?」


「蓋、洗浄、換気、回収時間短縮」


「香料は?」


「臭いを隠す前に、漏れを止めます」


「祭りらしさがない」


「衛生祭です」


          ◇


 祭典用陶工実演場。


 当初は、子どもが粘土を触り。


 その場で道具を洗い。


 色釉を塗る予定だった。


「釉薬は使わせません」


 直人が言った。


「陶工組合が反対するぞ」


「子ども向け実演は無釉粘土まで」


「白い絵付けが人気だ」


「焼成前粉の管理と排水回収が必要です」


「回収槽を置けば可能?」


「作業員が塗る展示なら」


「子どもは?」


「安全性を確認した顔料だけ」


「今から確認できるか」


「難しいです」


 代わりに。


 粘土成形。


 乾燥前の刻印。


 水路模型。


 便器の断面模型。


「衛生祭で、便器の中身を見せるのか」


「流れの仕組みを説明できます」


「見栄えは?」


「子どもは、流れる模型を喜ぶかもしれません」


          ◇


 屋台排水も、三段階へ分けられた。


 一。


 残飯と固形物。


 流さない。


 二。


 油と濃い鍋洗い水。


 茶帯回収槽。


 三。


 薄いすすぎ水。


 仮設排水管へ。ただし異物網と油受け後。


「屋台ごとに槽を置くのか」


「五店ごとの共同排水台」


「市場と同じ」


「市場の試験結果を使います」


「祭り客が排水台へ入る」


「裏方側へ配置」


「屋台の背面を広く取る?」


「はい」


「表側通路が狭くなる」


「屋台数を二十四店へ減らす案です」


 祭典担当官が頭を抱えた。


「六店も減らすのか」


「排水台四か所と、便壺交換所、清水保管所が必要です」


「売り上げが減る」


「一店当たりの客数は増える可能性があります」


「出店権を誰から取り上げる」


「抽選か、排水対応可能な店を優先」


「政治問題だ」


「祭典局の判断です」


 直人は、そこまで決めなかった。


          ◇


 仮設手洗い設備。


 共用水盤は展示用。


 実際の手洗いは、周囲の吐水口十二か所。


 足元へ受け溝。


 栓。


 石けん草。


 手拭き布。


「共用布は?」


「使いません」


「一人一枚?」


「使い捨て布は大量に必要です」


「自然乾燥では?」


「混雑時に服へ触れる」


「個人布持参を基本。忘れた人へ小布」


「使用済み布は?」


「回収箱。洗浄担当を分ける」


「また水が増える」


「布なしの手洗いも可能です」


「祭りで濡れた手を振る者が増えるぞ」


「出口側に乾燥待ち区画」


「そんな場所まで?」


「食べ物へすぐ触れないためです」


          ◇


 午後。


 古い西枝の入口を仮閉鎖する工事が始まった。


 完全に石で塞がない。


 広場側の流入管を切り離し。


 検査可能な盲栓。


 点検口を残す。


「なぜ、穴を埋めない」


 ボルハンが尋ねる。


「第三便所側からの自然水が残っています」


「広場へ逆流する可能性?」


「あります」


「では、こちらへ出たら?」


「受け枡へ集め、量を測ります」


「将来は?」


「旧枝全体の調査後に廃止か再利用を決めます」


「祭りまで赤札が残るのか」


「英雄像の裏なので、観客からは見えにくいです」


「隠すのか」


「隠しません。説明札を付けます」


「古い排水路調査中、と?」


「はい」


 衛生祭の会場。


 完成した設備だけを見せるのではなく。


 古い地下設備を調査し。


 誤接続を止めたことも、衛生改善の一部だった。


「失敗を展示するつもりか」


 ボルハンが言う。


「直している途中を示します」


「王都の恥だ」


「見えないまま使う方が危険です」


          ◇


 その日の夕方。


 衛生祭会場の修正版配置図が作られた。


 北。


 試験水洗便器展示館。


 ただし使用開始条件未達なら、断面模型展示へ変更。


 中央。


 循環噴水。


 周囲に非接触手洗い口。


 東。


 飲食屋台二十四店。


 共同排水台四か所。


 西。


 陶工実演。


 粘土成形のみ。


 排水完全回収。


 南。


 交換壺式便所十六基。


 立ち小便設備六か所。


 裏側。


 便壺交換所。


 清水保管所。


 排水回収所。


「裏側が大きい」


 祭典担当官が言った。


「表の設備を動かすためです」


「来場者から見えない」


「見学区画を作る案もあります」


「汚物交換所を見せる?」


「管理の仕組みを説明する範囲だけ」


「誰が見たい」


「衛生祭です」


 ボルハンが眉間を押さえた。


「陶山。お前の衛生祭は、華やかさが足りない」


「白い布と案内板は付けられます」


「そういう意味ではない」


          ◇


 南区支所へ戻ると。


 王都窯から素焼き試験片の結果が届いていた。


 赤土混合。


 手前下段。


 収縮小。


 中央。


 基準内。


 奥上段。


 収縮やや大。


 ひび。


 なし。


「三か所とも割れなかった」


 フィルが言った。


「次は吸水と強度です」


「便器本体へ進めますか」


「断面試験体の結果を確認してから」


「衛生祭会場の調査で、一日遅れました」


「窯は進んでいます」


「ナオトさんがいなくても?」


「ヴァルハさんが記録しています」


「任せることが増えましたね」


「町へ戻った後も続けてもらう必要があります」


          ◇


 第三便所の酒場主人モルドからも、伝言。


 裏庭の地上回収槽候補地。


 古い排水枝の切離し位置を変更すれば、設置可能。


 独立支持台。


 見積もり作成中。


 地下梁工事。


 換気後の内部調査予定。


「試験便器の候補地も進んでいます」


 エルンが言った。


「会場排水枝との接続も分かりました」


「衛生祭の水を止めたことで、地下穴への外部流入が減ります」


「一台の条件が、一つ整った?」


「はい」


「残り九つほど?」


「もっとあります」


 フィルが笑う。


          ◇


 その夜。


 祭典局から正式な質問書が届いた。


 交換壺式便所十六基で、最大五千人に対応できる根拠を示すこと。


 必要な交換壺数、清掃人数、手洗い水量、汲み取り回数を翌日までに提出すること。


「翌日?」


 フィルが青ざめた。


「計算に必要な利用率がありません」


 直人が答える。


「過去の建国祭記録は?」


「便所利用数を数えていない」


「酒の販売量は?」


「商業組合にあります」


「飲食客数は?」


「入場札と屋台売上」


「そこから推定する?」


「仮定を明記して」


 正確な数字はない。


 だが、分からないから適当に十二基と決めるわけにはいかない。


「三つの想定を出します」


 低利用。


 標準利用。


 集中利用。


「一つの数字ではなく?」


「予備壺と人員を決めるためです」


 祭りの一日だけでも。


 排泄物は消えない。


 洗い水も。


 油も。


 粘土も。


 汚れた布も。


 すべてに行き先が必要である。


 そして。


 一日しか使わない設備ほど。


 慣れていない人が操作し。


 臨時の担当者が管理し。


 終われば忘れられやすい。


「祭りが終わった後の撤去計画も入れます」


 直人が言った。


「まだ始まってもいないのに?」


「終わり方を決めてから作ります」


 翌日は。


 五千人分の便所を。


 穴の数ではなく。


 交換時間と。


 壺の重量と。


 清掃員の手と。


 汲み取り車の動きで計算することになった。

衛生祭会場の仮設便所は、当初、八基の簡易洗い流し式便所から汚物を雨水路へ流す計画でした。


しかし、その排水口は第三便所裏の古い枝水路とつながり、祭典排水が南区方向へ流れることが確認されます。


計画は、交換壺式便所十六基、男性立ち小便設備六か所、密閉便壺交換所へ変更されました。


共同手洗い水盤も、全員が同じ水へ手を入れる方式をやめ、上から清水が落ちる非接触型へ改めます。


飲食屋台、陶工実演、手洗い、便所排水は、それぞれ分離して回収または確認済みの排水先へ送ります。


次回は、来場者五千人へ対応するため、便所の台数だけでなく、利用集中、便壺交換時間、持ち上げ重量、清掃人数、汲み取り車の運行から必要能力を計算します。

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