第56話 便器を白くする水で、川まで白くしないでください
王都窯では、水洗便器の試作準備が進んでいます。
しかし、陶器を作るには大量の水を使います。
粘土をこねた道具。
釉薬を混ぜた桶。
削り粉が付いた床。
それらを洗った水が、行き先不明の古い排水路へ流れているなら、衛生設備を作る工房が別の汚染を生むことになります。
王都陶工組合の朝は、水の音から始まった。
土を湿らせる水。
轆轤を回しながら指を洗う水。
削り道具をすすぐ水。
釉薬桶を洗う水。
窯の灰を流す水。
工房の床を洗う水。
東職人区の大型共同工房では、夜明け前から二十人以上の陶工が働いていた。
「昨日は土と窯だけを見ていたな」
陶工組合代表ヴァルハが、陶山直人へ言った。
「今日は排水を確認します」
「便器の試作を急ぐのではなかったのか」
「そのためです」
「排水路を見ても、便器は焼けん」
「工房を止める事故が起きれば、試作も止まります」
「事故など起きていない」
ヴァルハは作業場を見渡した。
轆轤。
乾燥棚。
釉薬台。
火番室。
大きな割れも、倒れた棚もない。
「市場下流の古い枝水路が、陶工組合の排水池方向へ続いています」
直人が区域図を広げる。
「昔の排水池なら、あそこだ」
ヴァルハは工房裏を指した。
「今も使っていますか」
「粘土水を沈めている」
「釉薬水も?」
「同じ池へ流れる」
「種類を分けていますか」
「水は水だ」
「中に入っている物が違います」
ヴァルハは不満そうに鼻を鳴らした。
「見れば分かる。粘土は茶色、白釉は白、青釉は青だ」
「混ざった後は?」
「灰色になる」
「灰色になれば安全ですか」
「色の問題ではないと言いたいのだろう」
「はい」
◇
工房の排水口は、作業区域ごとに七つあった。
一番。
粘土こね場。
二番。
轆轤場。
三番。
削り場。
四番。
素焼き品洗浄。
五番。
釉薬調合場。
六番。
道具洗い場。
七番。
床清掃。
「七つとも、同じ排水溝へ入ります」
若い陶工が説明する。
「排水溝の先は?」
「裏の沈殿池」
「沈殿池が満杯になったら?」
「上澄みが外溝へ流れる」
「沈殿した泥は?」
「年に二回、掘り出す」
「どこへ運びますか」
「土山へ戻す」
「釉薬を含む泥も?」
「乾かして、埋め戻しへ使うこともある」
直人の手が止まった。
「どこの埋め戻しですか」
「道路工事。建物基礎。穴埋め」
「記録は?」
「買い手が荷車で持っていく」
「何を含んだ泥か、伝えていますか」
「陶工場の泥だ」
「粘土だけだと思われていませんか」
「陶工場なのだから、釉薬もあると分かるだろう」
分かるとは限らない。
特に、乾いた灰色の泥になれば。
元が粘土洗い水なのか。
釉薬洗い水なのか。
窯灰なのか。
見た目だけでは区別できない。
◇
「排水口を、すぐ全部止めるのか」
ヴァルハが尋ねた。
「まず、種類と量を測ります」
「昨日から試験片を作っている」
「作業は続けてください」
「調査と製造を同時に?」
「通常作業の排水量を見る必要があります」
「なら、好きに見ろ」
直人は排水を三つに分けた。
粘土系。
轆轤。
削り。
粘土こね。
釉薬系。
釉薬桶。
筆。
色粉。
窯・清掃系。
灰。
床。
混合道具。
「現在は、全部同じ溝へ入っています」
「分ける桶を置きます」
「今日だけ?」
「調査期間中です」
「陶工が間違える」
「表示を付けます」
茶。
粘土系。
紫。
釉薬系。
黒。
窯灰と混合清掃水。
「白ではないのか」
ヴァルハが尋ねる。
「白は飲用と清水へ使っています」
「青は?」
「手洗いです」
「色の取り合いだな」
「王都全体で統一表を作る必要があります」
色だけでなく。
文字。
記号。
容器の形。
粘土系は丸桶。
釉薬系は角桶。
混合清掃は蓋付き。
「暗い場所でも、形で分かります」
「陶工は子どもではない」
「急いでいる時に間違えます」
◇
最初の異常は、釉薬調合場で見つかった。
白釉の桶。
青釉の桶。
赤い線を出す金属粉を含む小壺。
透明釉。
それぞれの洗浄水を、一つの大桶へ流している。
「この大桶が満杯になったら?」
直人が尋ねる。
「床排水へ」
担当陶工のメルクが答えた。
「沈殿させませんか」
「底へ粉がたまる。上の水だけ流す」
「底の粉は?」
「次の釉薬へ戻せる色なら戻す」
「混ざった物は?」
「捨てる」
「どこへ?」
「裏池だ」
大桶の底には、何層もの色が沈んでいた。
白。
青。
灰色。
黒。
「この水へ手を入れますか」
「道具を拾う時は」
「手袋は?」
「釉薬は器へ塗る物だぞ」
「焼く前の粉と、焼いた後の器は同じではありません」
「毒だと言うのか」
「成分を確認していません」
「王都で何十年も使っている」
「長く使っていることと、安全性を確認したことは別です」
メルクが腕を組む。
「陶工の手は荒れるものだ」
「全員ですか」
「冬は特に」
「ひび、赤み、痒みは?」
「仕事をすれば出る」
異常が日常になり。
仕事の一部だと思われている。
◇
作業員への聞き取りを行う。
手荒れ。
二十人中十四人。
咳。
粉を調合する者六人中四人。
目の痛み。
三人。
釉薬調合後の頭痛。
一人。
「治療所へ行きましたか」
フィルが記録する。
「手荒れで仕事を休む陶工はいない」
「休めないのですか」
「休めば賃金が減る」
「防護具は?」
厚い革手袋。
細かな作業には使いにくい。
布マスク。
粉が通る。
換気窓。
風向きで粉が作業場へ戻る。
「便器の試作担当者にも、この釉薬を使わせる?」
直人がヴァルハへ尋ねた。
「釉薬なしでは、水が染み込む」
「必要です」
「なら、使うしかない」
「使い方を変えます」
粉の調合は、開放桶の上で行わない。
専用区画。
湿らせてから混ぜる。
風上へ人を立たせない。
手袋は、混ぜ作業と細工で種類を分ける。
道具洗い水は、釉薬専用槽へ。
「そこまで変えれば、作業が遅くなる」
「試験便器三台だけでも先に行います」
「ほかの製品は?」
「工房全体の改善案は別に出します」
王都のすべてを、一日で変えることはできない。
だが、新しい衛生設備の試作で。
危険と分かっている方法を、そのまま使わせることもできない。
◇
裏の沈殿池は、石で囲まれた大きな長方形だった。
池というより。
浅い槽が三つ並んでいる。
一槽目。
濃い泥。
二槽目。
灰色の水。
三槽目。
比較的澄んだ上澄み。
「三段沈殿です」
ヴァルハが言った。
「何も考えず流しているわけではない」
「良い構造です」
直人は素直に答えた。
「だろう」
「ただし、流入が全部混ざっています」
「沈めれば同じだ」
「沈みにくい物もあります」
「色水か?」
「細かな粉や、溶けた成分です」
「上澄みは透明だ」
「透明でも何もないとは限りません」
三槽目の上澄み。
見た目。
薄い灰色。
臭い。
ほとんどなし。
「出口は?」
石壁の上部。
木管。
外の排水溝へ。
「雨の日は?」
「池がいっぱいになれば、上から溢れる」
「周囲の地面へ?」
「外溝へ入る」
だが、池の縁には。
灰白色の乾いた筋。
過去に水が直接あふれた跡。
「溢れています」
「大雨なら仕方ない」
「その時、沈殿前の一槽目も混ざりませんか」
「水位が上がれば」
「つまり、濃い泥水が外へ出ます」
「雨で薄まる」
「流れる量も増えます」
薄まることと。
安全になることは同じではない。
◇
沈殿池の外側へ回る。
地面。
白っぽい泥。
排水溝。
市場下流から続く古い枝水路の推定線。
「この溝は、どこへつながっていますか」
ヴァルハが答える。
「東職人区の共同雨水路だ」
「図面は?」
「水務局が持っている」
エルンが持参した現在図面を広げる。
共同雨水路。
確かに記載されている。
だが。
沈殿池から雨水路までの接続管がない。
「ここから雨水路へ行く線がありません」
「昔から流れている」
「地下の旧枝水路へ入っている可能性があります」
セラが市場側で見つけた推定線。
市場。
東職人区。
陶工組合排水池。
位置が近い。
「確認します」
「また掘るのか」
「まず流れを追います」
◇
沈殿池出口から、少量の上澄み水が流れている。
出口時刻。
量。
地上溝。
途中で石蓋の下へ。
その先。
現在図面では雨水路。
しかし、地面の傾斜は南西。
「市場方向です」
フィルが言った。
「水は低い方へ流れます」
「王都の図面が間違っている?」
「後から経路を変えた可能性があります」
石蓋を開けず。
点検穴から長い浮き札を入れる。
小さな木片。
番号。
回収網を下流候補二か所へ設置。
一。
東職人区共同雨水路。
二。
市場側旧排水路の下流点検枡。
「ごみを流すのですか」
ヴァルハが尋ねる。
「回収前提の木片です」
「見つからなければ?」
「流れが遅いか、別の出口です」
投入。
待つ。
半刻。
東職人区雨水路。
出ない。
一刻。
市場側点検枡。
灰色水とともに、一番札。
「つながっています」
フィルが声を上げた。
「陶工組合の排水が、市場側旧水路へ流れています」
ヴァルハの表情が変わった。
「市場まで?」
「少なくとも、同じ水路系統へ」
「便所の汚水と混ざるのか」
「はい」
◇
「だが、流しているのは上澄みだ」
ヴァルハが反論する。
「今日の通常時は」
「雨で濃い泥が出るのは、年に数回だ」
「その時の流量記録は?」
「ない」
「市場で石蓋が持ち上がった日は?」
直人は日付を確認した。
大雨の翌日。
無料給水所の漏水。
第二便所系統。
共同炊事場排水。
市場排水。
陶工組合の沈殿池。
複数の水が同じ古い水路へ入った。
「陶工場だけが原因ではありません」
「なら、止めなくていいだろう」
「入口の一つです」
「便器試作を止めれば、評議会が怒る」
「試作を止めるとは言っていません」
「排水をどうする」
「仮に分けます」
◇
緊急排水案。
粘土洗い水。
一槽目。
沈殿。
上澄みは再利用。
泥は乾燥。
釉薬水。
専用密閉槽。
成分別に可能な範囲で分ける。
混合釉薬泥は、道路埋め戻しへ出さない。
窯灰水。
灰を先に乾式回収。
洗浄水を減らす。
床清掃。
水を撒く前に、乾いた粉を回収。
「上澄みを再利用する?」
若い陶工が尋ねる。
「粘土こねや、最初の道具洗いへ」
「汚れた色が移る」
「白土や白釉には使わない」
「赤土作業なら?」
「試験してください」
「水代は減る」
ヴァルハが少し興味を示す。
「排水量も減ります」
「全部再利用できるか」
「無理です」
「残りは?」
「専用回収槽へ入れ、処理方法を決めます」
「王都に陶工排水の処理場などない」
「だから、成分と量を調べます」
「また調査か」
「道路へ埋める前に必要です」
◇
道路工事へ渡された陶工泥の行き先も調べることになった。
直近半年。
荷車十二台分。
引取先。
東区道路補修。
北門倉庫基礎。
南区市場裏の穴埋め。
「南区市場裏?」
直人が記録を見直す。
「いつですか」
「二か月前」
「どの穴です?」
ヴァルハが古い受取札を探す。
市場南東雨水溝補修。
灰色水が地上へ出た市場の近く。
「陶工泥を、排水溝周辺の埋め戻しへ使った?」
「乾けば固い」
「水を含むと?」
「柔らかくなる」
「排水溝の周囲へ、再び泥が流れ込んだ可能性があります」
「市場の詰まりは仮止板と油だったはずだ」
「主な閉塞物は」
「陶工泥も?」
「採取した灰泥を比較します」
市場から回収された灰色の固まり。
共同炊事場の灰。
陶工場の泥。
見た目は似ている。
断定はできない。
「同じ反応が出ても、同じ泥とは限りません」
直人は自分で先に言った。
「でも、道路材として使った場所は記録がある」
「掘り返すのか」
「異常が出ている箇所だけ確認します」
◇
便器試作用の排水管理は、さらに厳しく分けられた。
試験便器用土。
赤土混合候補。
こね水。
再利用可能な粘土上澄み。
ただし最終こねは清水。
白釉候補。
専用桶。
洗浄水。
紫帯密閉槽。
型材。
蝋と布。
洗浄。
別容器。
「試験品一台分で、桶が増えすぎる」
ヴァルハが言った。
「三台分です」
「なお悪い」
「混ざると、試験結果も分からなくなります」
「排水管理が品質管理になる?」
「はい」
別の釉薬粉が混ざれば。
色。
焼き付き。
表面。
すべて変わる。
「捨てる水を分けることが、作る便器の品質にもつながります」
「それなら陶工も守る」
環境のためだけと言えば。
現場には遠く感じられる。
自分たちの製品品質へ直結すると分かれば。
意味が変わる。
◇
午後。
収縮試験片の乾燥記録が更新された。
白土配合。
ひび三本。
残り二本も端部収縮が大きい。
赤土混合。
五本とも安定。
耐火砂入り。
反り二本。
表面粗さ。
全数。
「赤土混合を素焼きへ進めます」
ヴァルハが言った。
「白土は?」
「乾燥を遅くした再試験」
「耐火砂入りは?」
「砂量を減らす」
「三系統を続ける?」
「一か月しかない」
「だから、赤土混合を第一候補。ほかは改良候補にします」
「ようやく絞ったな」
「完全に捨てるとは言っていません」
ヴァルハは笑った。
「お前は捨てるのが嫌いだな」
「使えない物を無理に使うのも嫌いです」
◇
赤土混合の試験片を、窯へ入れる位置が決められた。
手前下段。
中央。
奥上段。
各位置へ同じ形の試験片。
「窯のほかの製品と一緒に焼くのですか」
フィルが尋ねる。
「試験片だけで窯を焚けば、薪が無駄だ」
ヴァルハが答えた。
「同時に焼く製品は?」
屋根瓦。
保存壺。
排水管。
「釉薬製品は?」
「今回は素焼きだけ」
「窯内の灰が違う可能性は?」
「位置記録へ書く」
「火番は?」
「私だ」
「代理は?」
ヴァルハが眉を上げる。
「試験窯なので、副火番を置いてください」
「私が倒れると思うのか」
「休憩もあります」
「若い者を一人付ける」
「名前を記録」
「何でも書くな」
「試験なので」
◇
工房排水を仮分離した最初の一刻。
粘土系。
大桶三杯。
釉薬系。
小桶一杯半。
窯灰・混合清掃。
大桶一杯。
「今まで全部、沈殿池へ?」
フィルが尋ねる。
「一日なら、この数倍です」
「便器試作だけではありませんが」
「工房全体の量ですね」
上澄み再利用試験。
粘土系大桶三杯のうち。
一杯半を、赤土こねの初期水へ回せた。
「半分減った」
ヴァルハが言う。
「品質は?」
「試験片を作ります」
「排水量が減っても、土が悪くなれば意味がない」
「そのとおりです」
◇
釉薬系排水は、再利用が難しかった。
色ごとに完全分離されていない。
白釉水。
青釉水。
透明釉。
混合。
「今後、色ごとに桶を分ければ戻せる」
メルクが言った。
「洗浄の最初と最後を分けます」
「最初?」
「濃い洗い水は同色へ戻す候補。最後の薄いすすぎは回収槽」
「逆ではないのか」
「最初の水ほど、その釉薬成分が多いです」
「道具に別色が付いていたら?」
「共用道具を減らすか、最初に乾拭き」
「道具が増える」
「混色不良は減ります」
排水を減らす改善が。
製品の色管理にも使える。
「悪くない」
メルクが呟いた。
◇
窯灰は、水で流す前に乾いた状態で集められた。
灰箱。
金属片。
陶片。
炭。
分別。
「灰は畑へ売っている」
ヴァルハが言う。
「釉薬粉や金属片が混ざっていませんか」
「窯の中の灰だ」
「色釉製品を焼いた後は?」
「垂れた釉薬片が入ることもある」
「用途を分けましょう」
無釉・素焼き窯の灰。
農業利用候補。
色釉窯の灰。
別管理。
「全部検査するのか」
「まず窯種別を分けます」
「畑へ売れなくなる灰が増える」
「安全確認前に混ぜないためです」
◇
夕方。
陶工組合の沈殿池出口へ仮閉鎖板が入れられた。
市場で見つかった仮止板とは違う。
今度は。
設置日。
目的。
担当者。
撤去条件。
満水時対応。
すべて書かれている。
「仮止板という名前が縁起悪い」
ヴァルハが言う。
「流出切替板にします」
「名前を変えれば忘れない?」
「台帳へ入れます」
「期限は?」
「専用回収槽の運用安定と、外部排水先の安全確認まで」
「満水になったら?」
「上流作業を段階停止」
「窯を止める?」
「まず床洗浄。次に釉薬洗浄。最後に粘土作業」
「優先順位も決めるのか」
「溢れてから決めないためです」
◇
作業停止順。
一。
不要不急の床水洗い。
二。
共用道具のまとめ洗い。
三。
新規釉薬調合。
四。
轆轤作業。
五。
便器試作。
「便器試作が最後?」
ヴァルハが尋ねる。
「評議会期限があります」
「ほかの陶工が怒るぞ」
「試験期間中の公共事業優先枠として、組合で決めてください」
「銀月商会が決めるのではない?」
「はい」
工房全体の仕事の優先順位まで。
外部の調査班が決めるべきではない。
「組合会議を開く」
「決定記録をください」
「やはり紙は増える」
◇
南区支所へ戻る途中。
直人は市場側の採取泥と、陶工組合の沈殿泥を並べた。
色。
似ている。
粒。
陶工泥の方が細かい。
油分。
市場泥の方が多い。
石灰反応。
両方に弱く出る。
「同じ物ですか」
フィルが尋ねる。
「混ざっている可能性はあります」
「証明できますか」
「今の道具では、断定が難しいです」
「では責任は?」
「受取札と排水経路の記録で判断材料を増やします」
「泥そのものだけでは足りない」
「はい」
現物。
記録。
経路。
時刻。
工事履歴。
どれか一つだけで決めない。
◇
支所では、セラが酒場地下穴の旧排水口について報告を待っていた。
「陶工組合は?」
「市場側旧水路へ排水していました」
「便器を作る場所までつながった」
「はい」
「止めましたか」
「仮分離と出口閉鎖。作業は継続」
「ヴァルハさんは?」
「最初は怒りました」
「最後は?」
「水の再利用で少し機嫌が直りました」
「費用が下がる話は強いですね」
「品質改善にもつながります」
「市場泥との関係は?」
「可能性。確定ではありません」
セラはうなずいた。
「酒場地下穴の排水口は、第三便所処理槽へは直接つながっていませんでした」
「どこへ?」
「第三便所裏の古い雨水枡です」
「安全ですか」
「枡の先が、また図面にありません」
直人は椅子へ座る前に、区域図を広げた。
「どの方向です」
「王都中心部側です」
「南区の外へ?」
「はい」
これまで旧排水路は。
第二便所から。
六号棟。
給水所。
共同炊事場。
市場。
陶工組合。
南区と東職人区の問題だと思われていた。
だが、第三便所裏の別枝は。
王都中心部へ向かっている。
「古い水路は一本ではありません」
セラが言った。
「王都地下に、複数の枝が残っています」
「全部調べるのですか」
フィルが青ざめる。
「今回の試験便器に関係する範囲だけです」
直人が答えた。
「でも、排水口の先が王都中心へ続いていたら?」
「切り離しが必要です」
「衛生祭の会場は、王都中心ですよ」
エルンが静かに言った。
衛生祭。
一か月後。
王都の進歩を示すために。
白い水洗便器一台を展示し、試験運用する予定。
その候補地の古い地下排水口が。
祭り会場の方向へ伸びている。
「まさか、会場の下へ?」
「まだ決まっていません」
直人は自分へ言い聞かせるように答えた。
便器を白くする釉薬。
その洗い水を流して、川や市場を灰色にしてはいけない。
衛生設備を作ることが。
別の場所の不衛生を増やしてはいけない。
そして。
祭りで見せる一台のために。
見えない古い水路へ、問題を押し込んではならなかった。
王都陶工組合では、粘土水、釉薬水、窯灰を含む清掃水がすべて同じ沈殿池へ流され、上澄みは市場側の古い地下水路へ排出されていました。
大雨時には濃い泥水も流出し、乾燥した沈殿泥は道路や建物の埋め戻し材として販売されていました。
直人たちは粘土系、釉薬系、窯灰・清掃系の排水を分離し、粘土上澄みの再利用、釉薬色別回収、乾式清掃を試します。
これにより排水量を減らしながら、便器試作の品質管理も改善できる可能性が見えてきました。
一方、試験便器候補地である第三便所横の酒場地下穴から伸びる古い排水口は、王都中心部方向の図面にない雨水枡へつながっていました。
次回は衛生祭会場周辺の地下経路を確認し、祭りの仮設便所や屋台排水が、同じ古い水路へ接続されていないかを調査します。




