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トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第2章 町に、便器を広げます

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第55話 使っていない地下穴でも、重さは支えてくれません

試験水洗便器の候補地となった酒場の物置には、十年以上使われていない地下貯蔵穴がありました。


酒場主人は、穴の中へ回収槽を置けば、地上の場所を取らずに済むと考えます。


しかし、古い地下穴が空いていることと、汚水を安全に保管できることは別です。


まずは蓋を開けずに、内部の空気、深さ、壁、床、古い配管を確認します。

 酒場《酔い梟》の裏物置には、空の酒樽箱が積まれていた。


 その下にある床蓋は、縦横ともに大人が一人通れるほどの大きさだった。


 厚い木板。


 鉄の取っ手。


 周囲には石枠。


 だが、取っ手は赤く錆び、板の端は湿気で黒ずんでいる。


「これを開ければ、地下の状態が分かる」


 酒場主人モルドが取っ手へ手を伸ばした。


「触らないでください」


 陶山直人が止める。


「ただの貯蔵穴だ」


「十年以上、開けていないのでしょう」


「中には何もない」


「何もないことを、確認していません」


「酒樽を冷やしていた穴だぞ」


「空気が安全とは限りません」


 モルドが眉を寄せた。


「穴の空気で、人が倒れるのか」


「換気されていなければ」


「酒の臭いが残っているだけだ」


「発酵物、腐った木、動物の死骸、地下から入ったガス。原因は複数考えられます」


 地方監査官エルンが赤い調査札を床蓋へ置いた。


 開放禁止。


 立会者なしで触れない。


 火気を近づけない。


「また火を消すのか」


 モルドが言う。


「物置の隣は厨房だぞ」


「調査中だけ、壁際の炉を止めてください」


「昼の仕込みが遅れる」


「地下穴と厨房壁の距離は?」


「石壁一枚だ」


「内部の空気が流れ出した時、火へ届く可能性があります」


「何が燃えるかも分からないのに?」


「分からないから止めます」


          ◇


 地下穴の調査手順が決められた。


 一。


 物置内の荷物を移動。


 二。


 床蓋周辺の荷重を減らす。


 三。


 厨房側の火気停止。


 四。


 外側の換気口を探す。


 五。


 蓋を開ける前に、隙間から空気を採取。


 六。


 蓋は指一本分ずつ開放。


 七。


 人は入らず、鏡、灯り、長い測定棒を使用。


 八。


 床、壁、天井、古い配管を記録。


「空気を採る道具があるのですか」


 エルンが尋ねた。


「細い筒と袋です」


「袋へ入れて、どう確認する?」


「臭いだけではなく、灯りを近づけない方法で空気の変化を見ます」


「燃える空気かどうかは?」


「完全には分かりません。だから換気前は火気禁止です」


「結局、危険か分からない?」


「安全だと確認できるまで、危険側に扱います」


 モルドは大きくため息をついた。


「便器一台置くのに、厨房まで止まるとはな」


「候補地が厨房の隣だからです」


          ◇


 物置の荷物には、所有者札を付けた。


 空の酒樽箱。


 予備の椅子。


 古い看板。


 壊れた杯。


 火祭り用の飾り。


「全部、廃棄してよい」


 モルドが言った。


「本当に?」


 セラが確認する。


「邪魔な物ばかりだ」


「では、廃棄品一覧へ署名してください」


「今捨てる必要があるのか」


「後で、価値のある物がなくなったと言われないためです」


 モルドは不満そうに一覧を見た。


 その中に、一つだけ。


 古い酒造組合の木箱があった。


「これは捨てるな」


「先ほど全部と言いました」


「これは父の代の物だ」


「分けて記録します」


 調査現場では、不要に見える物でも、所有者にとって価値がある。


 急いで移動させるほど、記録が必要だった。


          ◇


 床蓋の周囲が空いた。


 改めて見ると、蓋の中央がわずかに沈んでいる。


「荷箱の重さで曲がった?」


 エルンが尋ねた。


「蓋板だけではありません」


 直人は石枠の四隅を測った。


 北側。


 ほぼ水平。


 南側。


 指半分ほど低い。


「物置の床自体が傾いています」


「古い建物だ」


 モルドが言う。


「地下穴の上だけですか」


 物置入口。


 水平。


 床蓋周辺。


 沈み。


「地下穴の天井か、蓋を支える梁が傷んでいる可能性があります」


「蓋を開ければ分かる」


「先に外側の換気口を探します」


          ◇


 酒場裏の外壁。


 地面近く。


 古い石格子が二つ見つかった。


 一つは、酒樽箱で塞がれていた。


 もう一つは、泥と枯れ草で詰まっている。


「これが地下穴の換気口です」


 直人が言った。


「何年も使っていないから塞いだ」


 モルドが答える。


「なぜ塞いだのですか」


「鼠が入る」


「別の防鼠格子へ替えず、完全に?」


「地下穴を使わないのだから、問題ないだろう」


 換気されなくなった。


 湿気。


 腐敗。


 臭気。


 すべて内部へ残る。


「先に外側から換気します」


「泥を取るだけ?」


「一つずつです」


 防護手袋。


 長い鉤。


 受け袋。


 詰まっていた物を、奥へ押し込まず手前へ引き出す。


 枯れ草。


 羽毛。


 布片。


 細い骨。


「鳥の巣?」


 エルンが言う。


「小動物かもしれません」


 最後に、黒い泥。


 強い湿気の臭い。


「中へ空気が通り始めました」


 石格子の奥から、冷たい風がわずかに出る。


「もう一つも開けます」


 酒樽箱を移動。


 格子の木枠は腐っている。


「鼠が出るぞ」


「臨時の細格子を用意します」


「開けたままにはしない?」


「換気は必要です。動物の侵入は別に防ぎます」


          ◇


 二つの換気口を開けて一刻。


 床蓋の隙間から採取した空気は、最初より臭いが弱くなった。


「開けられますか」


 モルドが尋ねる。


「少しだけ」


 取っ手へ直接体重を掛けない。


 蓋へ持ち上げ具を付ける。


 人は横に立つ。


 正面には立たない。


「開放、指一本」


 床蓋が持ち上がる。


 隙間から、冷たく湿った空気。


 酒。


 土。


 腐った木。


「刺激臭は?」


 セラが尋ねる。


「強くはありません」


「灯りは?」


「まだ入れません」


 さらに換気。


 指二本。


 指四本。


 長い鏡を差し込む。


「石段があります」


 エルンが覗く。


「下へ何段?」


「見える範囲で六段。その先は暗い」


「人が下りられる?」


「今日は下りません」


 モルドが笑う。


「穴を見るために蓋を開けたのに、入らないのか」


「入らなくても確認できる範囲を先に見ます」


          ◇


 反射鏡を二枚使い、外光を地下へ送る。


 地下穴は、予想より大きかった。


 横。


 大人五人が並べるほど。


 奥行き。


 樽を十本以上置ける。


 高さ。


 立って歩ける。


 壁。


 石積み。


 天井。


 木梁と石板。


「回収槽を置くには十分だ」


 モルドが言った。


「空間の広さだけなら」


「地上を使わずに済む」


「搬入経路は?」


「床蓋から下ろす」


「満水時の回収は?」


「汲み取り管を入れる」


「清掃員が入る必要は?」


「漏れなければ、入らない」


「漏れた時は?」


 モルドは答えない。


 完全回収槽でも。


 点検。


 清掃。


 修理。


 交換。


 いつか人が近づく必要がある。


「地下穴そのものを、汚水槽として使う案は認めません」


 直人が言った。


「石壁がある」


「防水確認がありません」


「内側へ塗ればいい」


「古い排水口がある可能性があります」


「塞げばよい」


「出口を確認せずに?」


 第二共同井戸。


 古い地下水路。


 同じことを繰り返さない。


          ◇


「回収槽を別に作り、地下へ置くなら?」


 エルンが尋ねた。


「検討はできます」


「地上へ置くより場所を取らない」


「ただし条件が増えます」


 搬入。


 固定。


 換気。


 汲み取り管。


 液面確認。


 漏水検知。


 緊急排水。


 照明。


 人が入らず点検できる構造。


「地下穴の床強度も必要です」


「石床に見える」


「泥で隠れています」


 長い測定棒。


 石段の下。


 床。


 棒が少し沈む。


「水がたまっています」


「どのくらい?」


「指二本から三本程度」


「雨水か?」


「採取します」


 細い採水器。


 色。


 薄い茶色。


 臭い。


 古い酒。


 腐敗物。


「排泄物の臭いは?」


「強くありません」


「なら安全だ」


「水がある理由を確認します」


          ◇


 地下穴の奥壁には、丸い穴が見えた。


「排水口です」


 直人が言った。


 モルドが首を傾げる。


「父からは聞いていない」


「酒樽を洗った水を流した可能性があります」


「昔は地下で樽を洗っていたかもしれん」


「出口は?」


「知らない」


 また、図面にない排水口。


 直人は区域図と位置を合わせる。


 地下穴の南東。


 その先。


 第三便所の処理槽。


 さらに古い市場排水路の枝。


「旧地下排水路へ接続している可能性があります」


「酒場は、南区の灰色水とは離れているぞ」


「距離があるだけで、接続がないとは言えません」


「試験水洗便器の排水を回収槽へ入れるなら、古い穴は使わない」


「地下穴へ回収槽を置いた場合、槽から漏れた水が古い排水口へ入る可能性があります」


「漏れない槽を作れ」


「漏れた時にも広げない構造が必要です」


          ◇


 地下穴へ人は入れず、測定棒と鏡で床の状態を確認する。


 入口側。


 石床。


 大きな沈みなし。


 中央。


 泥。


 奥。


 水たまり。


 南側壁。


 目地が抜けている。


 天井梁。


 入口側二本は比較的健全。


 中央一本。


 表面剥離。


 奥一本。


 黒い腐食。


「地上の床が沈んでいた位置は?」


 エルンが尋ねる。


「中央梁の上です」


「便器と回収槽を置けば、この梁へ荷重がかかる?」


「現在の配置案では」


「では位置をずらす?」


「床全体の荷重経路を確認しないと決められません」


「梁を交換すれば使える?」


「可能性はあります」


「一か月以内に?」


「工事範囲次第です」


 試験便器の製造。


 回収槽。


 床補強。


 地下穴修理。


 全部を一か月へ入れれば。


 どれかが急がされる。


          ◇


 床蓋をさらに開け、上から石段の状態を確認した。


 一段目。


 乾いている。


 二段目。


 端にひび。


 三段目。


 苔。


 四段目以下。


 湿り。


「将来、点検員が下りるなら手すりが必要です」


「梯子でよい」


 モルドが言う。


「濡れた石段があります」


「縄を持たせる」


「片手が塞がります」


「便器の仕事なのか、それは」


「回収槽を地下へ置くなら、設備の一部です」


「何でも便器の一部になるな」


「使い続けるために必要な物です」


 第三便所に水洗便器を一台置く。


 そのための。


 給水。


 排水。


 回収。


 汲み取り。


 点検。


 人が通る経路。


 故障時の作業場所。


 全部がつながる。


          ◇


「別の案があります」


 直人は物置外の酒場裏庭を見た。


 荷車一台分の空間。


 現在は空樽置き場。


「地上へ回収槽を置きます」


 モルドが即座に反対した。


「酒樽を置けなくなる」


「壁沿いへ細長い槽」


「客から見える」


「木囲いを付けます」


「臭う」


「密閉。通気管を屋根より上へ」


「汲み取り車は?」


「裏路地から接続」


「酒樽と汚物車が同じ道を使う」


「時間と動線を分けます」


「また分けるのか」


「地下より点検しやすく、漏れを見つけやすいです」


「見栄えが悪い」


「試験設備です」


「衛生祭で見せるのだぞ」


「便器は住民側個室。回収槽は管理区画」


 木柵。


 施錠。


 液面表示。


 漏水受け皿。


 地上だから、異常を見つけやすい。


「地下穴は?」


「便器床を支えるため、補強か埋め戻しが必要です」


「使わないなら埋めろ」


「古い排水口の出口を確認してからです」


「何日かかる」


「今日中には決まりません」


          ◇


 モルドは苛立っていた。


「評議会は一台作れと言った」


「条件がそろえばです」


「この場所を候補にしたのは、そっちだろう」


「外観と既存管理から候補にしました」


「今度は地下穴があるから駄目?」


「調査で分かったことを無視しません」


「候補地を変えれば、また別の問題が出るぞ」


「出るかもしれません」


「なら、ここで進めろ」


「安全な方法へ変更できるなら進めます」


 候補地を捨てるのではない。


 設計を変える。


 地下回収槽案。


 中止。


 地上密閉槽案。


 検討。


 便器設置床。


 中央梁を避ける。


 必要なら独立支持台を作る。


「独立支持台?」


 エルンが尋ねる。


「地下穴の天井梁へ直接荷重を掛けず、周囲の健全な石壁と新しい梁で支えます」


「橋のように?」


「はい」


「工事が大きくなる」


「地下穴を埋めるより、早い可能性もあります」


「どちらが安い?」


「構造職人の見積もりが必要です」


「一か月以内に一台を置くなら?」


「独立支持台と地上回収槽の方が、条件を分けやすいです」


          ◇


 南区大工組合と石工ベッザが呼ばれた。


 床蓋周辺。


 石壁。


 地下梁。


 荷重経路。


 測定。


「中央梁は替えた方がいい」


 大工親方が言った。


「便器だけなら軽いが、利用者が乗る」


「回収槽は地上外側です」


「なら、床に載るのは便器、給水槽、間仕切り、人」


「清掃時の水も」


「床下へ流さない?」


「回収します」


「周囲の石壁へ、新しい横梁を三本渡せる」


「地下穴の天井を完全に壊さず?」


「古い中央梁を外し、両側へ仮支え。新しい梁を入れる」


「作業員が地下へ入りますか」


「入らなければ無理だ」


 直人は即答しなかった。


「内部空気の継続確認、換気、二人作業、地上監視者、救出手順が必要です」


 親方が顔をしかめる。


「梁交換だけだぞ」


「地下閉鎖空間です」


「昔の酒蔵で、そこまでしない」


「今回は十年以上閉じていました」


「手間が増える」


「見積もりへ入れてください」


          ◇


 石工ベッザは、地下排水口を見た。


「穴の縁は古いが、後から広げられている」


「いつ頃ですか」


「木筒を入れていた跡がある」


「現在は木筒がない?」


「腐ってなくなったのだろう」


「出口を探せますか」


「外壁側から掘る方が安全だ」


「酒場営業へ影響は?」


「裏庭の一部を止める」


 排水口の推定線。


 地上回収槽候補地の下を通る可能性がある。


「その上へ槽を置けません」


 直人が言った。


「また場所をずらすのか」


 モルドが頭を抱える。


「出口確認後です」


「裏庭全部が使えなくなる!」


「一部ずつ調べます」


 試験便器一台。


 地上回収槽一台。


 それでも、置く場所は簡単には決まらない。


          ◇


 その日の午後。


 王都窯から、最初の乾燥試験結果が届いた。


 白土配合。


 五本中三本にひび。


 赤土混合。


 五本すべて形状維持。


 耐火砂入り。


 五本中二本が反り。


「白い便器は難しそうですね」


 フィルが言った。


「乾燥条件を変えれば改善する可能性があります」


「時間を長くする?」


「はい」


「一か月に間に合う?」


「試験日程を組み直します」


「赤土混合を採用すれば早い」


「焼成後の水漏れと強度を見ます」


「まだ決めない?」


「はい」


「評議会が欲しい一台は、何色になりますか」


「安全に焼けた色です」


          ◇


 共同炊事場からも報告が入る。


 煙道の欠けた内壁材。


 撤去完了。


 補修材充填。


 乾燥開始。


 分散朝食。


 不足なし。


 ただし。


 酒場の炉使用料。


 市場食堂の排水回収費。


 宿屋の人件費。


 すべて仮払い中。


「仮設と仮払いが増えています」


 エルンが言った。


「期限を忘れると恒久化します」


「仮設台帳へ追加します」


「地下穴調査も?」


「はい」


 地下穴換気設備。


 臨時格子。


 床蓋封鎖。


 調査終了条件。


 独立支持台工事開始時。


「何でも台帳へ入れるのですか」


「一時的に置いた物は」


          ◇


 夕方。


 地下穴の蓋は、調査用に完全開放せず、換気隙間を残して仮固定された。


 人が誤って落ちない木柵。


 赤札。


 夜間照明。


 見張り担当。


「酒場客が覗きに来るぞ」


 モルドが言った。


「物置を施錠してください」


「従業員が酒箱を取りに来る」


「必要品を先に移動」


「また記録か」


「はい」


 モルドは諦めたように署名した。


「試験便器は、ここに置けるのか」


「条件付きで、候補継続です」


「ゼロではない?」


「はい」


「条件を言え」


 直人は一覧を読み上げた。


 一。


 地下穴の空気と構造を詳細確認。


 二。


 中央梁交換または独立支持台。


 三。


 古い排水口の出口確認と切離し。


 四。


 地上密閉回収槽の安全な位置決定。


 五。


 酒樽と汲み取り車の動線分離。


 六。


 便器用給水を飲用系から逆流しない形で分岐。


 七。


 管理者と副管理者の選任。


 八。


 清掃、液面、漏水、故障記録。


 九。


 仮設便所を残したまま段階試験。


 十。


 試験終了後の撤去または恒久化条件。


「十個もある」


「一台分です」


「十台なら百個か」


「共通化できる項目もあります」


 モルドは地下穴を見た。


「白い便器だけ見れば、簡単そうなのにな」


「下と後ろに、仕事があります」


          ◇


 直人が支所へ戻ると、セラが市場の下流調査記録を待っていた。


「酒場の地下穴は?」


「候補継続。ただし地下回収槽案は中止です」


「地上へ置く?」


「はい」


「酒場主人は怒りましたか」


「かなり」


「便器候補地は変えない?」


「独立支持台が作れるなら」


「地下穴を埋めない?」


「排水口を確認してからです」


 セラは区域図を広げた。


「市場側でも、別の古い枝水路が見つかりました」


「どこへ?」


「東職人区方向です」


「王都窯の近く?」


「正確には、陶工組合の排水池の方角です」


 直人が顔を上げる。


「窯の排水?」


「粘土洗い水や釉薬水が、古い水路へ入っている可能性があります」


 便器を作る王都窯。


 その工房排水が。


 南区で問題になっている古い地下水路の別枝へ流れているかもしれない。


「王都窯では、排水をどこへ流していますか」


「明日、確認する予定でしたよね」


 土の試験。


 原型。


 窯位置。


 便器の製造だけを見ていた。


 しかし、陶器を作るにも水を使う。


 粘土を洗う。


 釉薬を調合する。


 道具を洗う。


 その水の行き先がある。


「便器を作る工房が、別の井戸を汚していたら意味がありません」


 直人が言った。


「まだ汚しているとは決まっていません」


「分かっています」


 使っていない地下穴でも。


 空いているからといって、回収槽を置けるわけではない。


 大きな王都窯でも。


 便器を焼けるからといって、安全な製造工房とは限らない。


 次に調べるのは。


 白い便器が完成する前に流される、灰色の製造排水だった。

第三便所横の物置地下には、十年以上閉鎖された酒樽貯蔵穴がありました。


換気口は塞がれ、天井梁の一部は腐食し、床には水がたまり、奥壁には出口不明の古い排水口も見つかります。


地下穴そのものを汚水槽として使う案は中止し、地上へ密閉回収槽を置き、便器床は周囲の健全な石壁へ新しい梁を渡す独立支持構造が検討されます。


一方、王都窯の土試験では、白土配合に乾燥ひびが多く、赤土混合が最も安定していました。


さらに市場下流の古い枝水路が、王都陶工組合の排水池方向へ続いている可能性が判明します。


次回は王都窯の粘土洗い水と釉薬排水を調査し、便器を作るための工房が、別の場所へ汚れを押し出していないか確認します。

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