第54話 止めた炉の仕事を、残り二つへ全部押しつけないでください
共同炊事場では、床下の空洞が見つかった第三炉を停止しました。
しかし、三炉分の食事を第一炉と第二炉だけで作ろうとしたため、火力と稼働時間が増え、煙が室内へ逆流します。
設備を一つ止めても、必要な仕事まで消えるわけではありません。
残った設備へすべてを押しつければ、次の故障が起きます。
共同炊事場へ近づく前から、煙の臭いが分かった。
通常なら、三本の煙突から上空へ流れるはずの煙が、建物の入口や屋根の隙間から漏れている。
炊事場前には、鍋や食材を抱えた住民が集まっていた。
「中へ入らないでください!」
水務局書記官フィルが、入口に黄色い縄を張っている。
「夕食はどうするんだ!」
「鍋を預けている!」
「中に母さんがいる!」
「作業員は全員、裏口から出ています!」
炊事場管理人のデラが咳をしながら姿を見せた。
頭に巻いていた布で、口元を覆っている。
「第一炉の火は落とした。第二炉も灰をかぶせた」
「中に燃えている薪は?」
陶山直人が尋ねる。
「完全には消していない。急に水をかけると炉が割れる」
「正しい判断です」
「褒めている場合かい。夕食前だよ」
第三炉停止後。
第一炉と第二炉は、通常より早い時間から使われていた。
朝の粥。
昼の汁。
夕食の煮込み。
炉を休ませる時間がほとんどない。
「煙が戻り始めたのは、いつですか」
「第一炉へ太い薪を追加した直後」
「煙突掃除は?」
「月初めにした」
「今日は月の半ばです」
「普段なら、それで足りる」
「普段より燃やしています」
「だから、煙突が半月で詰まったと言うのか」
「煤だけとは限りません」
直人は炊事場の屋根を見上げた。
三本の煙突。
第一炉と第二炉の煙突は、屋根の上で一本の大きな排煙塔へ合流している。
第三炉だけは、増設時に別の細い煙道が付けられていた。
「第一炉と第二炉は、途中で同じ煙道へ入りますか」
「そうだよ」
デラが答えた。
「二炉を同時に強く焚くことは?」
「大きな催しの日くらいだ」
「今日は?」
「朝から、ほとんど同時だ」
炉が二つ残っているから、能力も二つ分ある。
そう単純ではなかった。
出口が一本なら、二炉の煙が同じ煙道へ集中する。
◇
「建物内へ、まだ入れません」
直人が言った。
「火元を見ずに分かるのか」
デラが苛立つ。
「先に換気します」
「扉を全部開ければ、煙が市場へ流れる」
「風向きを確認します」
西風。
正面扉を大きく開けば、煙は住民の待機場所へ向かう。
「住民を東側へ移動」
「正面は閉めたまま、屋根上の排煙窓を開けます」
「排煙窓の綱は中だよ」
「屋根から操作できませんか」
炊事場大工が答える。
「点検板を外せば、外側から届く」
「屋根へ上がる人は?」
「俺ともう一人」
「煙突へ近づかない。二人とも安全綱。下に監視者」
「屋根仕事で、そこまで?」
「煙で足元が見えにくい可能性があります」
屋根へ上がる。
点検板。
綱。
排煙窓。
少しずつ開ける。
屋根上から、黒い煙が流れ出した。
「室内の煙が薄くなるまで待ちます」
「夕食が遅れる」
「煙を吸った作業員の確認が先です」
◇
炊事場の作業員は八人。
咳。
目の痛み。
頭痛。
そのうち二人は、軽い吐き気を訴えていた。
「治療師を呼びます」
「大げさだよ」
デラが言う。
「煙を少し吸っただけだ」
「本人が大丈夫と言っても、確認します」
旅人宿の転倒。
酒場の泥酔者。
怪我をした職人。
自分で平気だと言うことと、本当に安全であることは別だった。
作業員は共同炊事場の外に設けられた休憩場所へ移される。
「今日の仕事へ戻れる?」
一人が尋ねた。
「治療師の判断後です」
「戻れなければ、誰が夕食を作る」
「その問題も分けて考えます」
「結局、人が足りなくなる」
「だから、残った人へ全部押しつけません」
◇
室内の煙が薄くなった後。
直人。
大工。
消防担当者。
デラ。
四人だけが入った。
第一炉。
火は灰の下に残っている。
第二炉。
弱い赤熱。
第三炉。
使用停止中。
床下空洞のため赤札。
「第一炉の煙道口を確認します」
長い鏡。
灯りは、火を使わない反射式。
煙道口。
黒い煤。
しかし、完全には詰まっていない。
「第二炉側は?」
煤の量は同程度。
「合流部が怪しいです」
「屋根裏へ入るのか」
大工が尋ねる。
「点検口は?」
「東壁の上」
「床は?」
「梁の上を進む」
「煙が残っています」
「先に空気を送ります」
外から布製の送風袋。
清浄な空気を屋根裏へ。
出口は排煙窓。
「人が入る前に、鏡付き棒で見ます」
「また棒か」
デラが言った。
「人が入らずに確認できるなら、その方が安全です」
◇
合流煙道の手前に、異物が見えた。
黒い塊。
煤だけではない。
細い枝。
藁。
「鳥の巣?」
大工が言った。
「煙突へ?」
「第三炉を止めてから、急にできたわけではありません」
「以前から少し塞いでいた?」
「可能性があります」
巣のような塊は、煙道の半分近くを塞いでいた。
通常火力なら、残りの隙間で煙が抜ける。
第一炉と第二炉を同時に強く焚いた結果。
排出できる量を超え、室内へ戻った。
「煙道清掃で見落とした?」
デラが尋ねる。
「清掃は下から棒を入れる方法でしたか」
「そうだ」
「合流部の上側へ届いていなかった可能性があります」
「煙突の出口から掃除する人は?」
「高いから、毎回は上がらない」
月初めに清掃した。
だが、届く場所だけ。
記録には「煙道清掃完了」とだけ書かれていた。
「どこまで清掃したか、分けて書きます」
第一炉縦煙道。
第二炉縦煙道。
合流部。
上部排煙塔。
雨よけ蓋。
「全部やれば、時間も金もかかる」
デラが言う。
「毎回すべてを清掃する必要はありません」
「では?」
「点検頻度と清掃頻度を分けます」
毎週。
煙の戻り。
火の引き。
鏡による合流部確認。
月ごと。
縦煙道清掃。
三か月ごと。
上部排煙塔と雨よけ蓋の確認。
催しや長時間運用の前。
臨時点検。
「通常時と高負荷時を分ける?」
「はい」
◇
鳥の巣を取り除く作業は、屋根側から行うことになった。
「火は完全に消えていますか」
消防担当者が尋ねる。
「灰の下に熱が残っています」
「作業中に落ちた巣へ火が移る」
「炉口を金属板で覆います」
「煙道内へ水を流す?」
「煤が泥になり、下で固まります」
乾いた状態で少しずつ回収。
屋根上から鉤。
下側に受け布。
巣。
煤。
小さな陶片。
「陶片?」
直人が拾わず、位置を確認する。
「煙道内壁が欠けています」
大工が言った。
「熱で割れた?」
「古い補修跡があります」
「記録は?」
デラが首を振る。
「煙道の内部修理は、前の管理人の頃だ」
陶片の断面。
片側は黒い煤。
反対側は新しい割れ色。
「最近剥がれた可能性があります」
「巣だけを取って、再開できない?」
「内壁の欠けを確認します」
「また夕食が遅れる」
「陶片がさらに落ちれば、煙道を塞ぎます」
◇
煙道内壁の欠けは、合流部の端。
構造全体が崩れるほどではない。
だが、熱が集中する位置である。
「今日中の本修理はできません」
「では、炊事場は閉鎖?」
デラが尋ねる。
「第一炉だけ、低火力で限定使用できる可能性があります」
「第二炉は?」
「合流部へ最も強く当たる向きです。止めます」
「第一炉一つで、二百人の夕食を?」
「無理です」
「なら、どうする」
「食事提供場所を分散します」
◇
南区支所へ、利用可能な調理設備の一覧が集められた。
酒場《酔い梟》。
大型炉二基。
ただし夜は営業。
宿屋二軒。
中型炉。
宿泊客用。
パン工房三軒。
焼き窯。
煮炊きには不向き。
救貧院。
大鍋炉一基。
通常食事で使用中。
南区警備詰所。
小型炉二基。
職員用。
市場食堂。
炉三基。
市場排水事故のため、現在は縮小営業。
「全部少しずつ空いています」
フィルが言った。
「一か所で二百人分は無理ですが」
「分けます」
直人は食事数を配分した。
共同炊事場第一炉。
低火力で麦粥。
八十食。
酒場《酔い梟》。
昼の仕込み前に豆と野菜の汁。
五十食。
救貧院。
既存調理へ追加できる薄粥。
三十食。
市場食堂。
肉なし煮込み。
三十食。
宿屋二軒。
幼児、高齢者、病人向けの柔らかい食事。
各十五食。
「合計二百二十食」
フィルが数える。
「登録利用者は?」
「今日の共同炊事場予約は二百十四」
「余り六」
「運搬中のこぼれや追加利用へ」
「各場所へ食材を分けるのですか」
「はい」
「同じ味になりません」
デラが言った。
「同じ料理にする必要はありません」
「食事量と安全を合わせる?」
「はい」
◇
食材の配分が次の問題になった。
共同炊事場へ集められていた麦。
豆。
根菜。
肉。
塩。
油。
それぞれの調理場所へ運ぶ。
「肉を酒場へ全部持っていけば早い」
デラが言う。
「肉を食べられない世帯があります」
「市場食堂は肉なし」
「幼児食にも少量だけ」
「分けるたび、容器が必要だ」
清潔な食材箱。
密閉蓋。
送り先札。
数量。
受取担当。
「市場の灰色水に触れた根菜は使いますか」
フィルが尋ねる。
「食品衛生官が加熱転用を認めた分だけ」
「どこで洗う?」
「専用洗浄場所がまだありません」
「では、今日は使わない」
「はい」
食べられる可能性があるからといって。
安全な洗浄設備なしに急いで使わない。
「保存できますか」
「厚皮根菜は一日可能」
「明日までに、専用洗浄台を作る?」
「共同炊事場の仮洗浄台とは分けます」
「また設備が増える」
「食品再利用用です」
◇
分散調理には、食材を運ぶ人だけでなく。
完成した食事を、住民へ渡す場所も必要だった。
「住民を六か所へ行かせますか」
セラが市場から戻り、尋ねた。
「それでは混乱します」
直人が答えた。
「共同炊事場前でまとめて配る?」
「熱い鍋を戻す必要があります」
「道が混みます」
「受取場所を三つにします」
北配膳所。
共同炊事場前。
中央配膳所。
六号棟集会室前。
南配膳所。
第四便所近くの空き地。
「第四便所の近く?」
「便壺回収拠点とは距離を取ります」
「飲用水配給所もあります」
「時間を分けます」
飲用水。
朝と夕方前。
食事。
夕方後。
便壺運搬。
昼前と日没後。
「道と場所の予定表が必要です」
「案内板へ表示します」
◇
完成した食事を運ぶ容器は、蓋付きの大鍋。
だが、一杯にすれば重すぎる。
「四人なら持てます」
酒場の従業員が言う。
「狭い路地で四人並べますか」
「二人で運べる量へ分けます」
「鍋が足りない」
共同炊事場。
酒場。
宿屋。
救貧院。
各施設の鍋を勝手に持ち出せない。
「運搬用の小鍋を市場から借ります」
「所有者記録は?」
「番号札」
鍋番号。
貸出元。
容量。
傷。
蓋。
返却予定。
洗浄責任者。
「食事を配った後、どこで洗う?」
「元の調理場所へ戻します」
「混ぜない?」
「貸出元ごとに戻す」
道具を集めれば早く見える。
しかし、返却と洗浄まで考えなければ、翌日の営業が止まる。
◇
酒場《酔い梟》では、主人モルドが不満を並べた。
「昼の仕込み炉を貸せば、夜の営業が遅れる」
「使用時間は二刻です」
エルンが交渉する。
「清掃まで含めれば三刻だ」
「清掃担当を炊事場から派遣します」
「うちの炉を傷めたら?」
「使用前後の状態を記録します」
「薪は?」
「共同炊事場分を持ち込みます」
「煙道は?」
「使用前点検」
「便所管理の次は、炊事まで手伝えと?」
「炉の使用料を支払います」
モルドの表情が変わる。
「いくらだ」
「通常の昼間貸切相場を確認します」
「緊急なのだから、割増だろう」
「相場と追加作業を分けます」
「酒場側の損失は?」
「仕込み遅延が発生した場合は記録」
「全額補償を」
「約束できません」
エルンは、すっかり同じ答えを使うようになっていた。
◇
救貧院では、別の問題があった。
「追加三十食は作れます」
救貧院の炊事責任者が言った。
「しかし、院内の病人食と同じ鍋は使えません」
「なぜです?」
「塩分と固さが違います」
「別鍋は?」
「小鍋なら」
「三十食入らない」
「二回に分ける」
「時間は?」
「院内食を作った後」
「南区の配膳に間に合いますか」
「少し遅れる」
「病人食を先にしてください」
緊急だからといって、既存の弱い立場の人の食事を後回しにしない。
追加仕事は、空いている能力へ入れる。
既存の必要業務を押し出さない。
◇
市場食堂では、排水回収槽の容量が問題になった。
「三十食増やせば、洗い水も増える」
店主が言う。
「茶帯槽は、あと半分しか空いていない」
「夕食前に回収します」
「汲み取り車は、市場石枡の水を運んでいる」
「食品系排水用の車を別に手配します」
「車が足りない」
油分の少ない調理方法へ変更。
煮込み。
器具を減らす。
食器は配膳所側で持参容器を使う。
「店の皿を貸さない?」
「洗浄量を減らします」
「住民の容器が汚れていたら?」
「配膳前に外側だけ確認。食事が触れる内側が汚れている場合は、予備容器」
「予備は何個?」
「各配膳所へ二十」
「足りなかったら?」
「その場で洗わず、別の清潔容器へ」
洗浄設備がない場所で、汚れた器へ食事を入れない。
◇
共同炊事場の第一炉は、低火力限定で再開された。
条件。
一炉のみ。
薪の太さを制限。
火力札を付ける。
煙道合流部を半刻ごとに確認。
室内監視員。
排煙窓を開放。
煙が少しでも戻れば停止。
「火力札?」
デラが尋ねる。
細薪。
白札。
中薪。
黄色札。
太薪。
赤札。
「赤は使用禁止?」
「今日の第一炉では」
「薪の色ではなく、札で区分する?」
「火番が交代しても分かるようにします」
「私は薪を見れば分かる」
「ほかの人も使います」
煙を吸った作業員のうち、三人は治療師から休業を指示された。
デラ一人で火番を続けるわけにはいかない。
「副火番を二人選びます」
「経験は?」
「通常火力での補助経験あり」
「強火はさせない」
「はい」
◇
夕方。
南区の各調理場所で、一斉に火が入った。
共同炊事場。
麦粥。
酒場。
豆と野菜の汁。
救貧院。
柔らかい薄粥。
市場食堂。
肉なし煮込み。
宿屋。
幼児・高齢者向けの食事。
それぞれ開始時刻。
完成予定。
運搬担当。
配膳所。
食数。
「全部を一枚へ書くと、見づらいです」
フィルが言った。
「場所ごとの表と、全体表を分けます」
「全体表は誰が見る?」
「南区支所」
「場所表は?」
「各調理責任者」
全体の調整。
現場の作業。
同じ記録でも役割が違う。
◇
最初に完成したのは、宿屋の柔らかい食事だった。
十五食ずつ。
二軒。
合計三十。
北配膳所へ運ぶ。
「幼児と高齢者を先に?」
「はい」
「ほかの住民から不満が出ます」
「食事の種類が違います」
幼児食を健康な成人へ配れば。
量が不足する。
「優先ではなく、対象別と表示します」
柔らかい食事。
幼児、高齢者、病人向け。
「病人だと名乗れば、誰でも受け取れる」
「受取札があります」
「札がない急病人は?」
「治療所確認か、配膳責任者判断」
「厳しすぎると食べられない人が出る」
「緩すぎると必要な人へ届かない」
完全な仕組みではない。
だが、基準を公開し、例外判断者を置く。
◇
酒場の五十食が、予定より遅れた。
「豆が煮えない」
モルドが言う。
「火を強くすれば早い」
「酒場煙道の許容範囲は?」
「通常営業で強火を使っている」
「今日は共同炊事用鍋が大きい」
「あと半刻かかる」
「住民へ遅延を伝えます」
食事を急いで、別の煙道事故を起こさない。
中央配膳所。
予定変更札。
豆と野菜の汁、半刻遅延。
先に麦粥を配る。
「一食が二つの場所から来る場合は?」
フィルが尋ねる。
「同じ受取札へ、粥印と汁印を付けます」
「汁だけ後で受け取る?」
「はい」
「二度並ぶ?」
「遅延分は別の短い列」
食事を分散すると。
受取も分かれる。
利用者へ余計な移動をさせる。
「明日も分散するなら、献立を一か所で完結させた方がよいです」
「今日は緊急です」
「明日は場所ごとに完結食」
酒場。
豆粥。
市場食堂。
野菜煮込みとパン。
宿屋。
柔らかい粥。
「運搬と配膳が簡単になります」
◇
共同炊事場第一炉では、途中で黄色札が出た。
「煙が少し戻っています!」
副火番が声を上げた。
「停止」
デラがすぐに薪の追加を止める。
炉口を絞る。
排煙窓確認。
煙道合流部。
巣は除去済み。
だが、内壁欠け周辺に新しい煤が付着している。
「低火力でも、長時間は無理です」
直人が言った。
「粥は、あと少しだ」
「現在の鍋は完成まで限定」
「その後、第一炉も停止?」
「はい」
「明日の朝食は?」
「分散調理を継続します」
「二炉どころか、全部止まる」
「煙道補修が終わるまでです」
「何日?」
「補修材の乾燥を含め、最低二日」
「二日で済む?」
「追加損傷がなければ」
デラは悔しそうに炉を見た。
「第三炉を止めなければ、第一と第二を強く焚かなかった」
「第三炉を使えば、床が沈む可能性がありました」
「分かっている」
「止めた判断は間違っていません」
「でも、次の問題が出た」
「負荷を移した先を確認しなかったことが問題です」
◇
夕食は、通常より最大一刻遅れた。
提供予定。
二百十四食。
実提供。
二百十九食。
追加申告。
五食。
不足。
なし。
食中毒症状。
現時点なし。
火傷。
なし。
運搬中のこぼれ。
二件。
「こぼれた量は?」
小鍋半分。
小椀三杯分。
「原因は?」
一件。
路地の段差。
一件。
運搬者が交差する給水車を避けた。
「給水時間と食事運搬が重なりました」
フィルが言った。
「予定では分けていたはずです」
「迂回白槽の補充が遅れ、夕方配水が延びました」
「一つの遅れが、別の時間へ入った?」
「はい」
時間表も、固定では足りない。
遅れが出た場合の連絡が必要。
「給水車、食事運搬、便壺車の出発前に、通行担当へ確認します」
「旗を使う?」
「路地入口へ表示板」
白。
給水車通行中。
茶。
食事運搬中。
黒。
便壺車通行中。
「同時に二つ出たら?」
「片方を待たせます」
「緊急車は?」
「赤旗で優先」
◇
翌朝からの分散調理計画が作られた。
共同炊事場。
全面停止。
食材受付と配膳調整だけ継続。
酒場《酔い梟》。
朝の豆粥六十食。
市場食堂。
野菜粥五十食。
救貧院。
柔らかい粥三十食。
宿屋二軒。
各二十食。
警備詰所。
職人向け濃い粥三十食。
「警備詰所が炉を貸す?」
ハイルが尋ねる。
「早朝だけなら」
「警備員の食事は?」
「先に作る」
「職人向けとは?」
「朝から重労働へ出る住民」
「誰が判断する」
「日雇い札と作業場札」
「登録されていない労働者は?」
「現場親方の確認」
利用区分が増えるほど、受付が複雑になる。
「食事内容を細かく分けすぎないでください」
直人が言った。
「柔らかい食事だけ別。ほかは一種類へ」
「職人も同じ量?」
「量札で調整します」
通常。
大盛。
幼児。
「具材は同じ」
「はい」
◇
共同炊事場の修理計画。
第一。
合流煙道内の清掃。
第二。
欠けた内壁材の撤去。
第三。
耐熱補修材。
第四。
乾燥。
第五。
低火力試験。
第六。
一炉運転試験。
第七。
二炉同時運転試験。
「修理後、すぐ二炉同時?」
デラが尋ねる。
「段階的に」
「第一炉だけ半刻」
「異常なしで一刻」
「第二炉だけ同じ試験」
「最後に、二炉低火力」
「その後、中火力」
「強火は?」
「高負荷試験時だけ」
「通常営業へ戻るまで時間がかかる」
「壊れた煙道を、いきなり最大火力へ戻しません」
第三炉。
床下基礎補修。
古い排水路切離し。
別工程。
「三炉全部が戻るのは?」
「煙道と床下の両方が終わった後です」
◇
王都窯からも報告が届いた。
収縮試験片。
乾燥開始。
白土配合。
二本に細いひび。
赤土混合。
ひびなし。
耐火砂入り。
一部表面粗い。
「まだ焼いていないのに差が出ています」
フィルが言った。
「乾燥収縮です」
「白い便器が、最初にひび?」
「だから、見た目だけで選ばなかった」
「評議会は月白色を望んでいます」
「試験結果を見せます」
「赤土混合だと何色?」
「薄い灰褐色になる可能性があります」
「衛生祭で嫌がられる」
「使用試験品です」
ガルドへの報告書にも、王都土の状態を記載する。
◇
「今日、第三便所の実測へ行く予定でしたね」
セラが尋ねた。
「午後に行きます」
「炊事場修理は?」
「大工と消防担当へ任せます」
「また任せる?」
「停止条件と試験項目を決めました」
「窯は?」
「ヴァルハさんが進めています」
「市場は?」
「セラさんが仮売り場と下流確認」
「ナオトさんが一人で行く現場は、第三便所?」
「エルンさんにも来てもらいます」
「一人ではありませんね」
全部を抱えない。
だが、責任を手放すのではない。
条件。
記録。
戻す時刻。
異常時の連絡。
それを決めて任せる。
◇
第三便所では、酒場主人モルドが待っていた。
「試験便器を置く場所は、ここだ」
酒場裏の物置。
第三便所の共用室に近い。
「中の荷物は?」
「酒樽の空箱だ。移動できる」
「床は?」
「石」
「地下は?」
「知らん」
直人は、すぐに候補地と認めなかった。
床の打音。
外壁。
排水図。
給水経路。
回収槽を置く空間。
清掃員の出入口。
住民の列。
酒場客の列。
「完全回収式なら、地下排水へつながないのだろう」
モルドが言う。
「はい」
「なら床下は関係ない」
「満水の回収槽を置きます」
「重さ?」
「水と汚物を含みます」
「石床だから大丈夫だ」
「石の下に空洞がないか確認します」
「また地下か」
「王都南区では必要です」
◇
候補物置の奥には、古い床蓋があった。
「これは?」
「酒樽を冷やす地下穴だ」
モルドが答える。
「今も使っていますか」
「十年以上使っていない」
「蓋を開けた記録は?」
「ない」
直人とエルンが顔を見合わせる。
「試験便器候補地を決める前に、地下穴を調べます」
「また止まるのか」
「便器を置く前に見つかってよかったです」
蓋の外観。
腐食。
鍵なし。
上へ荷箱が置かれていたため、簡単には開かなかった。
「今日は開けるのか」
「酒場営業前に、周辺を片づけてから」
「中に何もない」
「十年以上、確認していません」
置ける場所がある。
だから、置ける。
そうはならなかった。
便器。
回収槽。
利用者。
清掃員。
すべての重さを受ける床。
その下に、使われていない地下穴がある。
「この地下穴が安全なら、試験便器一台を進められます」
「危険なら?」
「別の場所を探します」
「衛生祭に間に合わなくなる」
「安全な候補地を見つける方が先です」
◇
共同炊事場で第三炉を止めた時。
三炉分の仕事を二炉へ押しつけた。
二炉の煙は一本の煙道へ集中し。
鳥の巣と古い欠けによって、室内へ戻った。
設備を止めても、必要な食事は消えない。
便所を止めても、排泄は消えない。
井戸を止めても、水は必要になる。
仕事の行き先を決めずに設備だけを止めれば。
残った設備か。
作業員か。
住民の誰かへ。
負荷が見えないまま移る。
共同炊事場の食事は、六か所へ分けることでつながった。
次に直人が調べるのは。
試験便器一台の重さと仕事を。
第三便所のどこへ、どのように受け持たせるかだった。
第三炉停止後、第一炉と第二炉へ三炉分の調理を集中させた結果、共通煙道の処理能力を超え、煙が炊事場内へ逆流しました。
煙道の合流部では鳥の巣と内壁の欠けが見つかり、第一炉も調理終了後に停止します。
二百人以上の食事は、酒場、宿屋、救貧院、市場食堂、警備詰所へ分散し、三つの配膳所から提供されました。
設備を停止しても仕事は消えないため、残った設備へ集中させず、能力、人員、排水、運搬経路まで含めて分ける必要があります。
一方、試験水洗便器の候補地となった第三便所横の物置には、十年以上使われていない地下貯蔵穴が見つかりました。
次回は地下穴の蓋を開け、満水の回収槽と便器を安全に支えられる床かどうかを調査します。




