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トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第2章 町に、便器を広げます

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第54話 止めた炉の仕事を、残り二つへ全部押しつけないでください

共同炊事場では、床下の空洞が見つかった第三炉を停止しました。


しかし、三炉分の食事を第一炉と第二炉だけで作ろうとしたため、火力と稼働時間が増え、煙が室内へ逆流します。


設備を一つ止めても、必要な仕事まで消えるわけではありません。


残った設備へすべてを押しつければ、次の故障が起きます。

 共同炊事場へ近づく前から、煙の臭いが分かった。


 通常なら、三本の煙突から上空へ流れるはずの煙が、建物の入口や屋根の隙間から漏れている。


 炊事場前には、鍋や食材を抱えた住民が集まっていた。


「中へ入らないでください!」


 水務局書記官フィルが、入口に黄色い縄を張っている。


「夕食はどうするんだ!」


「鍋を預けている!」


「中に母さんがいる!」


「作業員は全員、裏口から出ています!」


 炊事場管理人のデラが咳をしながら姿を見せた。


 頭に巻いていた布で、口元を覆っている。


「第一炉の火は落とした。第二炉も灰をかぶせた」


「中に燃えている薪は?」


 陶山直人が尋ねる。


「完全には消していない。急に水をかけると炉が割れる」


「正しい判断です」


「褒めている場合かい。夕食前だよ」


 第三炉停止後。


 第一炉と第二炉は、通常より早い時間から使われていた。


 朝の粥。


 昼の汁。


 夕食の煮込み。


 炉を休ませる時間がほとんどない。


「煙が戻り始めたのは、いつですか」


「第一炉へ太い薪を追加した直後」


「煙突掃除は?」


「月初めにした」


「今日は月の半ばです」


「普段なら、それで足りる」


「普段より燃やしています」


「だから、煙突が半月で詰まったと言うのか」


「煤だけとは限りません」


 直人は炊事場の屋根を見上げた。


 三本の煙突。


 第一炉と第二炉の煙突は、屋根の上で一本の大きな排煙塔へ合流している。


 第三炉だけは、増設時に別の細い煙道が付けられていた。


「第一炉と第二炉は、途中で同じ煙道へ入りますか」


「そうだよ」


 デラが答えた。


「二炉を同時に強く焚くことは?」


「大きな催しの日くらいだ」


「今日は?」


「朝から、ほとんど同時だ」


 炉が二つ残っているから、能力も二つ分ある。


 そう単純ではなかった。


 出口が一本なら、二炉の煙が同じ煙道へ集中する。


          ◇


「建物内へ、まだ入れません」


 直人が言った。


「火元を見ずに分かるのか」


 デラが苛立つ。


「先に換気します」


「扉を全部開ければ、煙が市場へ流れる」


「風向きを確認します」


 西風。


 正面扉を大きく開けば、煙は住民の待機場所へ向かう。


「住民を東側へ移動」


「正面は閉めたまま、屋根上の排煙窓を開けます」


「排煙窓の綱は中だよ」


「屋根から操作できませんか」


 炊事場大工が答える。


「点検板を外せば、外側から届く」


「屋根へ上がる人は?」


「俺ともう一人」


「煙突へ近づかない。二人とも安全綱。下に監視者」


「屋根仕事で、そこまで?」


「煙で足元が見えにくい可能性があります」


 屋根へ上がる。


 点検板。


 綱。


 排煙窓。


 少しずつ開ける。


 屋根上から、黒い煙が流れ出した。


「室内の煙が薄くなるまで待ちます」


「夕食が遅れる」


「煙を吸った作業員の確認が先です」


          ◇


 炊事場の作業員は八人。


 咳。


 目の痛み。


 頭痛。


 そのうち二人は、軽い吐き気を訴えていた。


「治療師を呼びます」


「大げさだよ」


 デラが言う。


「煙を少し吸っただけだ」


「本人が大丈夫と言っても、確認します」


 旅人宿の転倒。


 酒場の泥酔者。


 怪我をした職人。


 自分で平気だと言うことと、本当に安全であることは別だった。


 作業員は共同炊事場の外に設けられた休憩場所へ移される。


「今日の仕事へ戻れる?」


 一人が尋ねた。


「治療師の判断後です」


「戻れなければ、誰が夕食を作る」


「その問題も分けて考えます」


「結局、人が足りなくなる」


「だから、残った人へ全部押しつけません」


          ◇


 室内の煙が薄くなった後。


 直人。


 大工。


 消防担当者。


 デラ。


 四人だけが入った。


 第一炉。


 火は灰の下に残っている。


 第二炉。


 弱い赤熱。


 第三炉。


 使用停止中。


 床下空洞のため赤札。


「第一炉の煙道口を確認します」


 長い鏡。


 灯りは、火を使わない反射式。


 煙道口。


 黒い煤。


 しかし、完全には詰まっていない。


「第二炉側は?」


 煤の量は同程度。


「合流部が怪しいです」


「屋根裏へ入るのか」


 大工が尋ねる。


「点検口は?」


「東壁の上」


「床は?」


「梁の上を進む」


「煙が残っています」


「先に空気を送ります」


 外から布製の送風袋。


 清浄な空気を屋根裏へ。


 出口は排煙窓。


「人が入る前に、鏡付き棒で見ます」


「また棒か」


 デラが言った。


「人が入らずに確認できるなら、その方が安全です」


          ◇


 合流煙道の手前に、異物が見えた。


 黒い塊。


 煤だけではない。


 細い枝。


 藁。


「鳥の巣?」


 大工が言った。


「煙突へ?」


「第三炉を止めてから、急にできたわけではありません」


「以前から少し塞いでいた?」


「可能性があります」


 巣のような塊は、煙道の半分近くを塞いでいた。


 通常火力なら、残りの隙間で煙が抜ける。


 第一炉と第二炉を同時に強く焚いた結果。


 排出できる量を超え、室内へ戻った。


「煙道清掃で見落とした?」


 デラが尋ねる。


「清掃は下から棒を入れる方法でしたか」


「そうだ」


「合流部の上側へ届いていなかった可能性があります」


「煙突の出口から掃除する人は?」


「高いから、毎回は上がらない」


 月初めに清掃した。


 だが、届く場所だけ。


 記録には「煙道清掃完了」とだけ書かれていた。


「どこまで清掃したか、分けて書きます」


 第一炉縦煙道。


 第二炉縦煙道。


 合流部。


 上部排煙塔。


 雨よけ蓋。


「全部やれば、時間も金もかかる」


 デラが言う。


「毎回すべてを清掃する必要はありません」


「では?」


「点検頻度と清掃頻度を分けます」


 毎週。


 煙の戻り。


 火の引き。


 鏡による合流部確認。


 月ごと。


 縦煙道清掃。


 三か月ごと。


 上部排煙塔と雨よけ蓋の確認。


 催しや長時間運用の前。


 臨時点検。


「通常時と高負荷時を分ける?」


「はい」


          ◇


 鳥の巣を取り除く作業は、屋根側から行うことになった。


「火は完全に消えていますか」


 消防担当者が尋ねる。


「灰の下に熱が残っています」


「作業中に落ちた巣へ火が移る」


「炉口を金属板で覆います」


「煙道内へ水を流す?」


「煤が泥になり、下で固まります」


 乾いた状態で少しずつ回収。


 屋根上から鉤。


 下側に受け布。


 巣。


 煤。


 小さな陶片。


「陶片?」


 直人が拾わず、位置を確認する。


「煙道内壁が欠けています」


 大工が言った。


「熱で割れた?」


「古い補修跡があります」


「記録は?」


 デラが首を振る。


「煙道の内部修理は、前の管理人の頃だ」


 陶片の断面。


 片側は黒い煤。


 反対側は新しい割れ色。


「最近剥がれた可能性があります」


「巣だけを取って、再開できない?」


「内壁の欠けを確認します」


「また夕食が遅れる」


「陶片がさらに落ちれば、煙道を塞ぎます」


          ◇


 煙道内壁の欠けは、合流部の端。


 構造全体が崩れるほどではない。


 だが、熱が集中する位置である。


「今日中の本修理はできません」


「では、炊事場は閉鎖?」


 デラが尋ねる。


「第一炉だけ、低火力で限定使用できる可能性があります」


「第二炉は?」


「合流部へ最も強く当たる向きです。止めます」


「第一炉一つで、二百人の夕食を?」


「無理です」


「なら、どうする」


「食事提供場所を分散します」


          ◇


 南区支所へ、利用可能な調理設備の一覧が集められた。


 酒場《酔い梟》。


 大型炉二基。


 ただし夜は営業。


 宿屋二軒。


 中型炉。


 宿泊客用。


 パン工房三軒。


 焼き窯。


 煮炊きには不向き。


 救貧院。


 大鍋炉一基。


 通常食事で使用中。


 南区警備詰所。


 小型炉二基。


 職員用。


 市場食堂。


 炉三基。


 市場排水事故のため、現在は縮小営業。


「全部少しずつ空いています」


 フィルが言った。


「一か所で二百人分は無理ですが」


「分けます」


 直人は食事数を配分した。


 共同炊事場第一炉。


 低火力で麦粥。


 八十食。


 酒場《酔い梟》。


 昼の仕込み前に豆と野菜の汁。


 五十食。


 救貧院。


 既存調理へ追加できる薄粥。


 三十食。


 市場食堂。


 肉なし煮込み。


 三十食。


 宿屋二軒。


 幼児、高齢者、病人向けの柔らかい食事。


 各十五食。


「合計二百二十食」


 フィルが数える。


「登録利用者は?」


「今日の共同炊事場予約は二百十四」


「余り六」


「運搬中のこぼれや追加利用へ」


「各場所へ食材を分けるのですか」


「はい」


「同じ味になりません」


 デラが言った。


「同じ料理にする必要はありません」


「食事量と安全を合わせる?」


「はい」


          ◇


 食材の配分が次の問題になった。


 共同炊事場へ集められていた麦。


 豆。


 根菜。


 肉。


 塩。


 油。


 それぞれの調理場所へ運ぶ。


「肉を酒場へ全部持っていけば早い」


 デラが言う。


「肉を食べられない世帯があります」


「市場食堂は肉なし」


「幼児食にも少量だけ」


「分けるたび、容器が必要だ」


 清潔な食材箱。


 密閉蓋。


 送り先札。


 数量。


 受取担当。


「市場の灰色水に触れた根菜は使いますか」


 フィルが尋ねる。


「食品衛生官が加熱転用を認めた分だけ」


「どこで洗う?」


「専用洗浄場所がまだありません」


「では、今日は使わない」


「はい」


 食べられる可能性があるからといって。


 安全な洗浄設備なしに急いで使わない。


「保存できますか」


「厚皮根菜は一日可能」


「明日までに、専用洗浄台を作る?」


「共同炊事場の仮洗浄台とは分けます」


「また設備が増える」


「食品再利用用です」


          ◇


 分散調理には、食材を運ぶ人だけでなく。


 完成した食事を、住民へ渡す場所も必要だった。


「住民を六か所へ行かせますか」


 セラが市場から戻り、尋ねた。


「それでは混乱します」


 直人が答えた。


「共同炊事場前でまとめて配る?」


「熱い鍋を戻す必要があります」


「道が混みます」


「受取場所を三つにします」


 北配膳所。


 共同炊事場前。


 中央配膳所。


 六号棟集会室前。


 南配膳所。


 第四便所近くの空き地。


「第四便所の近く?」


「便壺回収拠点とは距離を取ります」


「飲用水配給所もあります」


「時間を分けます」


 飲用水。


 朝と夕方前。


 食事。


 夕方後。


 便壺運搬。


 昼前と日没後。


「道と場所の予定表が必要です」


「案内板へ表示します」


          ◇


 完成した食事を運ぶ容器は、蓋付きの大鍋。


 だが、一杯にすれば重すぎる。


「四人なら持てます」


 酒場の従業員が言う。


「狭い路地で四人並べますか」


「二人で運べる量へ分けます」


「鍋が足りない」


 共同炊事場。


 酒場。


 宿屋。


 救貧院。


 各施設の鍋を勝手に持ち出せない。


「運搬用の小鍋を市場から借ります」


「所有者記録は?」


「番号札」


 鍋番号。


 貸出元。


 容量。


 傷。


 蓋。


 返却予定。


 洗浄責任者。


「食事を配った後、どこで洗う?」


「元の調理場所へ戻します」


「混ぜない?」


「貸出元ごとに戻す」


 道具を集めれば早く見える。


 しかし、返却と洗浄まで考えなければ、翌日の営業が止まる。


          ◇


 酒場《酔い梟》では、主人モルドが不満を並べた。


「昼の仕込み炉を貸せば、夜の営業が遅れる」


「使用時間は二刻です」


 エルンが交渉する。


「清掃まで含めれば三刻だ」


「清掃担当を炊事場から派遣します」


「うちの炉を傷めたら?」


「使用前後の状態を記録します」


「薪は?」


「共同炊事場分を持ち込みます」


「煙道は?」


「使用前点検」


「便所管理の次は、炊事まで手伝えと?」


「炉の使用料を支払います」


 モルドの表情が変わる。


「いくらだ」


「通常の昼間貸切相場を確認します」


「緊急なのだから、割増だろう」


「相場と追加作業を分けます」


「酒場側の損失は?」


「仕込み遅延が発生した場合は記録」


「全額補償を」


「約束できません」


 エルンは、すっかり同じ答えを使うようになっていた。


          ◇


 救貧院では、別の問題があった。


「追加三十食は作れます」


 救貧院の炊事責任者が言った。


「しかし、院内の病人食と同じ鍋は使えません」


「なぜです?」


「塩分と固さが違います」


「別鍋は?」


「小鍋なら」


「三十食入らない」


「二回に分ける」


「時間は?」


「院内食を作った後」


「南区の配膳に間に合いますか」


「少し遅れる」


「病人食を先にしてください」


 緊急だからといって、既存の弱い立場の人の食事を後回しにしない。


 追加仕事は、空いている能力へ入れる。


 既存の必要業務を押し出さない。


          ◇


 市場食堂では、排水回収槽の容量が問題になった。


「三十食増やせば、洗い水も増える」


 店主が言う。


「茶帯槽は、あと半分しか空いていない」


「夕食前に回収します」


「汲み取り車は、市場石枡の水を運んでいる」


「食品系排水用の車を別に手配します」


「車が足りない」


 油分の少ない調理方法へ変更。


 煮込み。


 器具を減らす。


 食器は配膳所側で持参容器を使う。


「店の皿を貸さない?」


「洗浄量を減らします」


「住民の容器が汚れていたら?」


「配膳前に外側だけ確認。食事が触れる内側が汚れている場合は、予備容器」


「予備は何個?」


「各配膳所へ二十」


「足りなかったら?」


「その場で洗わず、別の清潔容器へ」


 洗浄設備がない場所で、汚れた器へ食事を入れない。


          ◇


 共同炊事場の第一炉は、低火力限定で再開された。


 条件。


 一炉のみ。


 薪の太さを制限。


 火力札を付ける。


 煙道合流部を半刻ごとに確認。


 室内監視員。


 排煙窓を開放。


 煙が少しでも戻れば停止。


「火力札?」


 デラが尋ねる。


 細薪。


 白札。


 中薪。


 黄色札。


 太薪。


 赤札。


「赤は使用禁止?」


「今日の第一炉では」


「薪の色ではなく、札で区分する?」


「火番が交代しても分かるようにします」


「私は薪を見れば分かる」


「ほかの人も使います」


 煙を吸った作業員のうち、三人は治療師から休業を指示された。


 デラ一人で火番を続けるわけにはいかない。


「副火番を二人選びます」


「経験は?」


「通常火力での補助経験あり」


「強火はさせない」


「はい」


          ◇


 夕方。


 南区の各調理場所で、一斉に火が入った。


 共同炊事場。


 麦粥。


 酒場。


 豆と野菜の汁。


 救貧院。


 柔らかい薄粥。


 市場食堂。


 肉なし煮込み。


 宿屋。


 幼児・高齢者向けの食事。


 それぞれ開始時刻。


 完成予定。


 運搬担当。


 配膳所。


 食数。


「全部を一枚へ書くと、見づらいです」


 フィルが言った。


「場所ごとの表と、全体表を分けます」


「全体表は誰が見る?」


「南区支所」


「場所表は?」


「各調理責任者」


 全体の調整。


 現場の作業。


 同じ記録でも役割が違う。


          ◇


 最初に完成したのは、宿屋の柔らかい食事だった。


 十五食ずつ。


 二軒。


 合計三十。


 北配膳所へ運ぶ。


「幼児と高齢者を先に?」


「はい」


「ほかの住民から不満が出ます」


「食事の種類が違います」


 幼児食を健康な成人へ配れば。


 量が不足する。


「優先ではなく、対象別と表示します」


 柔らかい食事。


 幼児、高齢者、病人向け。


「病人だと名乗れば、誰でも受け取れる」


「受取札があります」


「札がない急病人は?」


「治療所確認か、配膳責任者判断」


「厳しすぎると食べられない人が出る」


「緩すぎると必要な人へ届かない」


 完全な仕組みではない。


 だが、基準を公開し、例外判断者を置く。


          ◇


 酒場の五十食が、予定より遅れた。


「豆が煮えない」


 モルドが言う。


「火を強くすれば早い」


「酒場煙道の許容範囲は?」


「通常営業で強火を使っている」


「今日は共同炊事用鍋が大きい」


「あと半刻かかる」


「住民へ遅延を伝えます」


 食事を急いで、別の煙道事故を起こさない。


 中央配膳所。


 予定変更札。


 豆と野菜の汁、半刻遅延。


 先に麦粥を配る。


「一食が二つの場所から来る場合は?」


 フィルが尋ねる。


「同じ受取札へ、粥印と汁印を付けます」


「汁だけ後で受け取る?」


「はい」


「二度並ぶ?」


「遅延分は別の短い列」


 食事を分散すると。


 受取も分かれる。


 利用者へ余計な移動をさせる。


「明日も分散するなら、献立を一か所で完結させた方がよいです」


「今日は緊急です」


「明日は場所ごとに完結食」


 酒場。


 豆粥。


 市場食堂。


 野菜煮込みとパン。


 宿屋。


 柔らかい粥。


「運搬と配膳が簡単になります」


          ◇


 共同炊事場第一炉では、途中で黄色札が出た。


「煙が少し戻っています!」


 副火番が声を上げた。


「停止」


 デラがすぐに薪の追加を止める。


 炉口を絞る。


 排煙窓確認。


 煙道合流部。


 巣は除去済み。


 だが、内壁欠け周辺に新しい煤が付着している。


「低火力でも、長時間は無理です」


 直人が言った。


「粥は、あと少しだ」


「現在の鍋は完成まで限定」


「その後、第一炉も停止?」


「はい」


「明日の朝食は?」


「分散調理を継続します」


「二炉どころか、全部止まる」


「煙道補修が終わるまでです」


「何日?」


「補修材の乾燥を含め、最低二日」


「二日で済む?」


「追加損傷がなければ」


 デラは悔しそうに炉を見た。


「第三炉を止めなければ、第一と第二を強く焚かなかった」


「第三炉を使えば、床が沈む可能性がありました」


「分かっている」


「止めた判断は間違っていません」


「でも、次の問題が出た」


「負荷を移した先を確認しなかったことが問題です」


          ◇


 夕食は、通常より最大一刻遅れた。


 提供予定。


 二百十四食。


 実提供。


 二百十九食。


 追加申告。


 五食。


 不足。


 なし。


 食中毒症状。


 現時点なし。


 火傷。


 なし。


 運搬中のこぼれ。


 二件。


「こぼれた量は?」


 小鍋半分。


 小椀三杯分。


「原因は?」


 一件。


 路地の段差。


 一件。


 運搬者が交差する給水車を避けた。


「給水時間と食事運搬が重なりました」


 フィルが言った。


「予定では分けていたはずです」


「迂回白槽の補充が遅れ、夕方配水が延びました」


「一つの遅れが、別の時間へ入った?」


「はい」


 時間表も、固定では足りない。


 遅れが出た場合の連絡が必要。


「給水車、食事運搬、便壺車の出発前に、通行担当へ確認します」


「旗を使う?」


「路地入口へ表示板」


 白。


 給水車通行中。


 茶。


 食事運搬中。


 黒。


 便壺車通行中。


「同時に二つ出たら?」


「片方を待たせます」


「緊急車は?」


「赤旗で優先」


          ◇


 翌朝からの分散調理計画が作られた。


 共同炊事場。


 全面停止。


 食材受付と配膳調整だけ継続。


 酒場《酔い梟》。


 朝の豆粥六十食。


 市場食堂。


 野菜粥五十食。


 救貧院。


 柔らかい粥三十食。


 宿屋二軒。


 各二十食。


 警備詰所。


 職人向け濃い粥三十食。


「警備詰所が炉を貸す?」


 ハイルが尋ねる。


「早朝だけなら」


「警備員の食事は?」


「先に作る」


「職人向けとは?」


「朝から重労働へ出る住民」


「誰が判断する」


「日雇い札と作業場札」


「登録されていない労働者は?」


「現場親方の確認」


 利用区分が増えるほど、受付が複雑になる。


「食事内容を細かく分けすぎないでください」


 直人が言った。


「柔らかい食事だけ別。ほかは一種類へ」


「職人も同じ量?」


「量札で調整します」


 通常。


 大盛。


 幼児。


「具材は同じ」


「はい」


          ◇


 共同炊事場の修理計画。


 第一。


 合流煙道内の清掃。


 第二。


 欠けた内壁材の撤去。


 第三。


 耐熱補修材。


 第四。


 乾燥。


 第五。


 低火力試験。


 第六。


 一炉運転試験。


 第七。


 二炉同時運転試験。


「修理後、すぐ二炉同時?」


 デラが尋ねる。


「段階的に」


「第一炉だけ半刻」


「異常なしで一刻」


「第二炉だけ同じ試験」


「最後に、二炉低火力」


「その後、中火力」


「強火は?」


「高負荷試験時だけ」


「通常営業へ戻るまで時間がかかる」


「壊れた煙道を、いきなり最大火力へ戻しません」


 第三炉。


 床下基礎補修。


 古い排水路切離し。


 別工程。


「三炉全部が戻るのは?」


「煙道と床下の両方が終わった後です」


          ◇


 王都窯からも報告が届いた。


 収縮試験片。


 乾燥開始。


 白土配合。


 二本に細いひび。


 赤土混合。


 ひびなし。


 耐火砂入り。


 一部表面粗い。


「まだ焼いていないのに差が出ています」


 フィルが言った。


「乾燥収縮です」


「白い便器が、最初にひび?」


「だから、見た目だけで選ばなかった」


「評議会は月白色を望んでいます」


「試験結果を見せます」


「赤土混合だと何色?」


「薄い灰褐色になる可能性があります」


「衛生祭で嫌がられる」


「使用試験品です」


 ガルドへの報告書にも、王都土の状態を記載する。


          ◇


「今日、第三便所の実測へ行く予定でしたね」


 セラが尋ねた。


「午後に行きます」


「炊事場修理は?」


「大工と消防担当へ任せます」


「また任せる?」


「停止条件と試験項目を決めました」


「窯は?」


「ヴァルハさんが進めています」


「市場は?」


「セラさんが仮売り場と下流確認」


「ナオトさんが一人で行く現場は、第三便所?」


「エルンさんにも来てもらいます」


「一人ではありませんね」


 全部を抱えない。


 だが、責任を手放すのではない。


 条件。


 記録。


 戻す時刻。


 異常時の連絡。


 それを決めて任せる。


          ◇


 第三便所では、酒場主人モルドが待っていた。


「試験便器を置く場所は、ここだ」


 酒場裏の物置。


 第三便所の共用室に近い。


「中の荷物は?」


「酒樽の空箱だ。移動できる」


「床は?」


「石」


「地下は?」


「知らん」


 直人は、すぐに候補地と認めなかった。


 床の打音。


 外壁。


 排水図。


 給水経路。


 回収槽を置く空間。


 清掃員の出入口。


 住民の列。


 酒場客の列。


「完全回収式なら、地下排水へつながないのだろう」


 モルドが言う。


「はい」


「なら床下は関係ない」


「満水の回収槽を置きます」


「重さ?」


「水と汚物を含みます」


「石床だから大丈夫だ」


「石の下に空洞がないか確認します」


「また地下か」


「王都南区では必要です」


          ◇


 候補物置の奥には、古い床蓋があった。


「これは?」


「酒樽を冷やす地下穴だ」


 モルドが答える。


「今も使っていますか」


「十年以上使っていない」


「蓋を開けた記録は?」


「ない」


 直人とエルンが顔を見合わせる。


「試験便器候補地を決める前に、地下穴を調べます」


「また止まるのか」


「便器を置く前に見つかってよかったです」


 蓋の外観。


 腐食。


 鍵なし。


 上へ荷箱が置かれていたため、簡単には開かなかった。


「今日は開けるのか」


「酒場営業前に、周辺を片づけてから」


「中に何もない」


「十年以上、確認していません」


 置ける場所がある。


 だから、置ける。


 そうはならなかった。


 便器。


 回収槽。


 利用者。


 清掃員。


 すべての重さを受ける床。


 その下に、使われていない地下穴がある。


「この地下穴が安全なら、試験便器一台を進められます」


「危険なら?」


「別の場所を探します」


「衛生祭に間に合わなくなる」


「安全な候補地を見つける方が先です」


          ◇


 共同炊事場で第三炉を止めた時。


 三炉分の仕事を二炉へ押しつけた。


 二炉の煙は一本の煙道へ集中し。


 鳥の巣と古い欠けによって、室内へ戻った。


 設備を止めても、必要な食事は消えない。


 便所を止めても、排泄は消えない。


 井戸を止めても、水は必要になる。


 仕事の行き先を決めずに設備だけを止めれば。


 残った設備か。


 作業員か。


 住民の誰かへ。


 負荷が見えないまま移る。


 共同炊事場の食事は、六か所へ分けることでつながった。


 次に直人が調べるのは。


 試験便器一台の重さと仕事を。


 第三便所のどこへ、どのように受け持たせるかだった。

第三炉停止後、第一炉と第二炉へ三炉分の調理を集中させた結果、共通煙道の処理能力を超え、煙が炊事場内へ逆流しました。


煙道の合流部では鳥の巣と内壁の欠けが見つかり、第一炉も調理終了後に停止します。


二百人以上の食事は、酒場、宿屋、救貧院、市場食堂、警備詰所へ分散し、三つの配膳所から提供されました。


設備を停止しても仕事は消えないため、残った設備へ集中させず、能力、人員、排水、運搬経路まで含めて分ける必要があります。


一方、試験水洗便器の候補地となった第三便所横の物置には、十年以上使われていない地下貯蔵穴が見つかりました。


次回は地下穴の蓋を開け、満水の回収槽と便器を安全に支えられる床かどうかを調査します。

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