第52話 置ける十台と、使える十台を同じにしないでください
王都の都市衛生評議会は、南区へ一か月以内に水洗便器十台を導入する計画を求めました。
陶器を作り、床へ据えるだけなら、十台という数字を掲げることはできます。
しかし、安全な水、排水先、処理能力、清掃担当、故障時の代替手段がなければ、その十台は使い続けられません。
直人は、王都が欲しがる数字と、現場が保証できる数字を分けて説明します。
王都水務局本局の評議会室は、南区支所の会議室とは比べものにならないほど広かった。
高い天井。
長い卓。
壁には王都全域の水路図。
正面には、都市衛生評議会の紋章が掲げられている。
出席者は、水務局だけではない。
都市建設局。
財務局。
救貧院。
商業組合。
宿泊業組合。
陶工組合。
汲み取り組合。
共同住宅所有者会。
そして、王都議会から派遣された議員二名。
陶山直人は、地方監査官エルンとセラの間に座っていた。
銀月衛生商会から来ているのは、直人一人。
契約と費用交渉を担当するリリアは町に残っている。
大きな約束をしない。
十台を無料で用意すると言わない。
調査と契約を混ぜない。
出発前に言われた注意を、直人は頭の中でもう一度確認した。
「では、南区衛生改善について始めます」
評議会議長を務める都市建設局長のボルハンが言った。
白髪。
厚い眉。
机の前には、すでに十台分の便器を示す小さな印が並べられている。
「南区では、三百二十名以上の住民に対し、便所が四か所しかない」
「正確には、四つの設備群です」
直人が訂正した。
会議が始まって最初の発言だった。
ボルハンの眉が動く。
「設備群?」
「第一便所は四個室と男性用小便設備。第二便所は二穴の共用室。第三便所は三個室と小便設備。第四便所は三穴一室です」
「つまり、穴は十分あるのではないか」
共同住宅所有者会の代表が言った。
「数だけなら」
「ならば、なぜ四便所と報告した」
水務局南区担当官ハイルが頭を下げる。
「従来の報告様式では、所有設備ごとに一便所と数えていました」
「実際の同時利用能力は異なります」
直人は表を広げた。
第一便所。
四個室だが、一室は床破損で停止。
第二便所。
二穴だが、低い囲いの共用空間であり、知らない者同士は同時利用しにくい。
第三便所。
三個室あるが、夜間は酒場客が優先され、住民側入口が閉鎖されていた。
第四便所。
三穴だが仕切りがなく、実質一組ずつしか使えない。
「四という数字も、十二という穴数も、住民が安全に同時利用できる人数を示していません」
「だから十台の水洗便器を増やすのだ」
ボルハンが言った。
「数字の問題は、数を増やせば解決する」
「設置場所と排水先は決まっていますか」
「現在の四便所を改修し、必要に応じて新しい小屋を建てる」
「処理先は?」
「既存の地下排水路を利用する」
会議室が静かになった。
エルンが直人を見る。
「その地下排水路が、今回の問題です」
直人は区域図を卓上へ広げた。
◇
古い木樋。
第二便所の床清掃水。
第二共同井戸横の便壺洗浄水。
第二便所副処理槽の漏水。
無料給水所の未届け溢流管。
共同住宅六号棟の生活排水。
共同炊事場の洗い水。
雨水。
それらが、百年前の洗い水抜きへ集まっていた。
「旧排水路は、現在も水を通しています」
直人が説明する。
「ただし、木樋は腐食し、周囲の土と砂利が実質的な流路になっています」
「雨水路へ出るのだろう」
財務局の代表が言った。
「古い図面では」
「現在は違うのか」
「少なくとも六号棟の床下、無料給水所の外壁、共同炊事場の第三炉下へ水が広がっています」
「出口は?」
「未確認です」
「まだ調べていないのか」
「調査開始から五日目です」
「便所の数を数えるだけなら、一日で済む」
「便所の下を確認しています」
直人は返した。
「見えない部分ほど時間が必要です」
評議員の一人が机を指で叩く。
「水洗便器は、汚物を水で運ぶ設備だ」
「はい」
「ならば古い排水路へ流せば、路上の汚れは減る」
「どこへ運ばれるか分からない水路へ、排水量を増やすことになります」
「現在も流れているのだろう」
「現在の流れで、地面が沈みました」
直人は第二便所と共同井戸の間で起きた沈下図を見せた。
「さらに六号棟の床下へ腐敗物を含む水が入り、共同炊事場第三炉下にも空洞があります」
「水洗化すれば、固形物は水で薄まる」
「薄まっても、消えません」
「量が増えるだけか」
「はい。土をさらに運び、空洞を広げる可能性があります」
◇
陶工組合の代表が手を挙げた。
「便器の製造について聞きたい」
「どうぞ」
「銀月衛生商会の標準便器は、一月何台作れる」
「現在の町の窯では、安定して二台。条件が整えば三台です」
会議室のあちこちから、小さな声が上がった。
「十台には足りない」
「王都の窯を使えばよい」
陶工組合代表が言う。
「王都には大型窯が七基ある」
「同じ型を作れますか」
「図面と見本があれば」
「焼成収縮、排出口位置、固定穴、水路形状、釉薬の厚みを管理する必要があります」
「王都の職人を信用しないのか」
「初めて作る型を、試験なしで十台使うことはできません」
「一台ずつ試験すればよい」
「満水、封水、荷重、繰り返し荷重、接続、洗浄流れ、漏水を確認します」
「十台すべて?」
「はい」
「時間がかかる」
「使う人の体重を支える設備です」
「一台を試験し、同じ窯の残り九台は合格とすればよい」
「同じ窯でも、焼き位置によって歪みが違います」
ガルドの窯で、何度も見た。
同じ土。
同じ型。
同じ火。
それでも、便器は完全に同じにはならない。
「設置可能な陶器数と、合格した製品数は分けてください」
直人が言った。
「また数字を分けるのか」
ボルハンが不満そうに尋ねた。
「必要です」
◇
ボルハンは、机上の十個の印を動かした。
「王都議会は、一か月後の衛生祭で南区改善を発表する予定だ」
「衛生祭?」
直人がエルンへ小声で尋ねる。
「各局の公共事業を発表する行事です」
「南区へ新型水洗便器十台」
ボルハンは続ける。
「住民の暮らしが改善したことを、目に見える形で示したい」
「祭りの日までに置くことが目的ですか」
「改善を示すことが目的だ」
「使用開始も同じ日ですか」
「当然だ」
「十台すべて?」
「そのための計画だ」
直人は資料を一枚置いた。
一か月以内の導入可能数。
一。
恒久水洗便器。
現時点で安全な使用開始を確約できる台数。
ゼロ。
二。
完全回収式の試験水洗便器。
条件付き一台。
三。
交換壺式仮設便所。
七日以内に六台増設可能。
四。
既存便所の安全化。
床、囲い、手洗い、清掃、料金運用、処理槽改善。
「ゼロとは何だ!」
王都議会の派遣議員が立ち上がった。
「一か月もありながら、水洗便器を一台も置けないと言うのか」
「置くだけなら置けます」
「では十台置け」
「安全に使用開始できると、今は約束できません」
「言葉遊びだ」
「違います」
直人は、卓上の小さな便器模型を持ち上げた。
「床へ固定した時点では、便器は置かれています」
次に、模型の後ろへ木製の排水管模型を接続する。
「流せる水があり」
さらに処理槽模型を置く。
「排水が漏れず」
「処理槽が受けられ」
「汲み取り人が処理でき」
「清掃する人がいて」
「故障時に止める人がいて」
「代わりの便所があって」
「初めて、使える一台です」
「便器一台に、条件を付けすぎだ」
「一つ欠ければ、別の人へ汚れや危険を押しつけます」
◇
汲み取り組合の代表が口を開いた。
「十台が水洗になれば、汲み取り量はどのくらい増える」
「使用水量によります」
「銀月商会の標準便器は、一回でどの程度だ」
直人は町の試験値を答えた。
「王都の利用者数で計算すると?」
「一台を一日百回使うとして、十台で千回」
「千回分の洗浄水?」
「はい」
「処理槽へ入る量は?」
「便器仕様と利用者の使い方によりますが、現在の南区処理能力では受けられません」
汲み取り組合代表が腕を組んだ。
「現在でも、第三便所は催しの日に五百五十一回使われた」
「事前汲み取りで対応しました」
「十台増えれば、毎日臨時汲み取りになるぞ」
「大きな共同処理槽を作る」
都市建設局の技師が言った。
「場所は?」
「第四便所の周辺に空き地がある」
「所有者が不明です」
「町が収用すればよい」
「地下の状態は?」
「まだ調べていない」
「そこへ処理槽を作る前に調査が必要です」
「また調査か」
「第四便所の床下と汲み取り口周辺にも危険があります」
さらに、便壺回収拠点も近い。
地表に空き地があるからといって、地下まで空いているとは限らない。
◇
財務局代表が、費用表を見た。
「交換壺式仮設便所六台は、安価だ」
「陶器製水洗便器より、短期では」
「なら、一か月後の発表を仮設便所に変えればよい」
派遣議員が反発する。
「王都が便壺へ戻ったと発表するのか!」
「現在も穴式便所です」
セラが淡々と言った。
「仮設個室は、倒れない囲い、手すり、手洗い、管理記録があります」
「見栄えが違う」
「安全性も違います」
「住民は白い便器を期待している」
「住民全員へ聞きましたか」
セラが尋ねる。
「改革を嫌う者はいない」
「排泄場所を失わないことを求める住民はいました」
「それは当然だ」
「その当然を、十台設置のために止める可能性があります」
既存便所を工事で閉鎖する。
仮設が足りない。
排水先を作るまで使用できない。
工事中の住民が路地へ戻る。
「見た目の改善日と、使用開始日を分けてはいけませんか」
ハイルが慎重に提案した。
「衛生祭では、便器試作品と改善計画を展示する」
「現場では仮設便所と既存設備安全化を進める」
「水洗便器は、処理設備完成後に段階導入」
ボルハンは首を振った。
「祭りで計画だけを見せても弱い」
「事故を起こすよりは」
エルンが言った。
「地方監査官」
ボルハンの声が低くなる。
「君は王都の計画を妨げるために、地方の商会を連れてきたのか」
「南区の問題を解決するためです」
「結果はゼロ台だ」
「現時点の確約がゼロです」
「同じことだ」
「違います」
エルンは直人の資料を指した。
「条件を整えれば、台数は増えます」
◇
「必要条件を示せ」
ボルハンが言った。
「一か月で、何を整えれば一台使える」
直人は、条件表を広げた。
候補地。
第三便所の酒場側増設区画。
理由。
石床。
既存処理槽の管理記録あり。
臨時汲み取り契約実績あり。
住民側入口と酒場側入口を分けられる。
「第三便所へ一台?」
「試験候補です」
「既存処理槽へ流すのか」
「いいえ」
「では、どこへ」
「完全回収式の試験槽へ入れます」
「水洗なのに汲み取る?」
「密閉槽へ流し、使用量と排水量を測ります」
「下水へ流さない水洗便器?」
「便器内では水洗。排水先は独立回収です」
「見せかけではないか」
「安全な排水路が完成するまでの試験です」
目的。
王都製陶工による便器製造試験。
洗浄水量の測定。
王都利用者による使用回数確認。
清掃負荷。
処理量。
故障頻度。
管理人訓練。
「住民へ使わせる?」
「限定利用です」
「誰を選ぶ」
「第三便所の住民側利用者と、歩行補助が必要な人を中心に」
「酒場客は?」
「初期試験では除外」
酔客による過剰操作や破損を、最初の試験へ混ぜない。
「一日何回?」
「最初は二十回。異常なしを確認して段階的に増やします」
「十台ではなく、一台を二十回?」
「最初の日は」
派遣議員が笑った。
「それでは祭りの見世物だ」
「試験設備です」
「成功を示せない」
「試験前に成功を約束することはできません」
◇
陶工組合代表は、模型を手に取った。
「王都で一台作るために必要なものは?」
「原型。縮み率試験片。排出口と固定穴の治具。釉薬試験。焼成記録」
「銀月商会の図面を渡す?」
「機密範囲を定めた契約が必要です」
「王都の公共事業だ。図面は王都へ提出されるべきだ」
「銀月衛生商会の設計資産です」
「公共の便器へ、秘密など必要か」
「標準寸法や検査項目は共有できます」
「形状の詳細は?」
「製造契約と秘密保持条件をリリアさんが確認します」
リリアがいない場で、図面提供を約束しない。
「本人が王都へ来ていない」
「正式契約段階で来ます」
「一か月しかないのだぞ」
「だからこそ、今日ここで無条件に渡しません」
「便器屋が王都を相手に条件を付けるのか」
「商会の仕事です」
直人の声は大きくなかった。
だが、引かなかった。
◇
救貧院の代表が手を挙げた。
「設備の話ばかりだが、料金はどうなる」
「現在、四便所で料金制度が異なります」
エルンが答える。
「水洗便器一台を第三便所へ置けば、利用料金は上がるのか」
酒場主人モルドの試算では。
水。
清掃。
回収槽。
汲み取り。
管理者。
保守。
現在の小銅貨一枚では不足する可能性がある。
「試験期間中は、調査費で差額を負担する案です」
「試験後は?」
「最低衛生利用分を、住宅所有者と町が共同負担」
「追加利用や酒場利用は事業者と利用者負担」
「払えない住民は?」
「最低利用札」
「誰が配る」
「世帯記録と緊急衛生受付」
「登録されていない住民は?」
「部屋番号と人数で暫定利用」
派遣議員が顔をしかめる。
「未登録住民へ公費を使うのか」
「排泄物は登録の有無で消えません」
直人が答えた。
「規則違反を認めるのか」
「登録問題と衛生利用を分けてください」
「別の役所へ情報を渡す必要がある」
「給水や便所利用の情報を、そのまま取り締まりへ使えば、住民は隠れます」
「法律の問題だ」
「衛生上の影響を説明しています」
救貧院代表がうなずいた。
「利用資格を厳しくすれば、路地への排泄が増える」
「路地清掃費と井戸汚染費が、結局は公費になる」
財務局代表が計算表を見る。
「最低札の方が安い可能性はある」
「感情ではなく、費用比較を出せ」
ボルハンが言った。
「リリアさんへ試算を依頼しています」
「いつ届く」
「最短で数日後です」
◇
評議会は一度休憩に入った。
直人は廊下の窓辺で水を飲んだ。
「怒らせましたね」
セラが言う。
「数字を変えなかっただけです」
「十を一にした」
「安全に試験できるのが一台です」
「本当に一台なら可能ですか」
「条件がそろえば」
「条件が一つでも足りなければ?」
「延期します」
「衛生祭の前日でも?」
「はい」
エルンが近づいてきた。
「本局内では、十台導入がほぼ決定事項として扱われていました」
「調査前なのに?」
「予算枠を取るため、目標数字が必要だったのでしょう」
「予算申請の十台と、施工確約の十台が混ざっています」
「その通りです」
予算上限。
目標。
製造候補。
設置候補。
使用開始可能数。
同じ十台でも、意味が違う。
「午後は、数字の定義から決めましょう」
直人が言った。
「評議会で?」
「決めないと、また混ざります」
◇
会議再開後。
直人は黒板へ五つの欄を書いた。
予算計画台数。
費用枠を確保するための上限。
製造試験台数。
王都窯で試作し、検査する台数。
施工準備台数。
床、給水、排水、処理の設計を行う候補。
設置完了台数。
物理的に据え付けた台数。
安全使用開始台数。
引渡し試験と管理者訓練を終え、住民が使える台数。
「十台という数字は、どの欄ですか」
直人が尋ねた。
会議室が静まる。
ボルハンが答えた。
「予算計画と、最終的な安全使用開始だ」
「一か月以内ですか」
「議会は、そう期待している」
「現時点で出せる案は」
直人は数字を書いた。
予算計画台数。
十台。
製造試験台数。
三台。
施工準備台数。
二台。
設置完了台数。
条件付き一台。
安全使用開始台数。
段階試験で最大一台。
「製造試験三台の理由は?」
陶工組合代表が尋ねる。
「王都窯での焼き位置、収縮、釉薬差を比較するためです」
「合格が一台なら?」
「残り二台は修正試験または不合格」
「三台とも合格なら?」
「一台を現場試験。二台は予備または次候補」
「なぜ三台同時に使わない」
「接続や管理方法の不具合を一か所で確認してから広げます」
「慎重すぎる」
「試験です」
◇
財務局代表が、別の数字を指した。
「仮設交換式六台は、十台計画に含めるのか」
「含めません」
「便所台数としては増える」
「設備種別を分けます」
「住民にとっては、排泄できれば同じでは?」
「使用感と処理方法が違います」
「だが、緊急能力は上がる」
「はい」
「なら評議会報告には、別項目で出す」
ボルハンが考え始めた。
「衛生祭までに」
仮設便所六台追加。
既存四便所の安全改善。
水洗試験便器一台。
地下排水改善計画。
給水所仮復旧。
「十台の水洗ではないが、改善数は示せる」
派遣議員は不満そうだった。
「見た目が弱い」
「第二便所では、倒れない完全個室三台がすでに使われています」
フィルが言った。
「住民からは、以前より使いやすいという声があります」
「木の便所を誇るのか」
「事故を止めた設備です」
「白い便器でなければ、王都の進歩に見えない」
直人は派遣議員を見た。
「誰に見せる進歩ですか」
「王都民だ」
「南区住民へは、何を見せますか」
「同じものだ」
「南区住民は、今夜使える便所を求めています」
「一か月後には水洗が使える」
「一台だけです」
「だから十台にしろと言っている!」
声が評議会室へ響く。
◇
汲み取り組合代表が机を叩いた。
「十台の排水を、誰が運ぶ!」
派遣議員が振り返る。
「処理槽を作ると言っただろう」
「一か月で大型処理槽を作り、試験し、汲み取り路を確保するのか」
「人を増やせ」
「汚物車を通す道が狭い」
「道を広げろ」
「住宅を壊すのか」
「別の場所へ槽を作れ」
「管をどこへ通す」
会議室の各部署が、自分たちの問題を言い始める。
建設局。
道路。
財務局。
予算。
住宅所有者会。
土地権利。
汲み取り組合。
人員と車。
陶工組合。
製造試験。
水務局。
給水と排水。
救貧院。
料金と利用資格。
十台という一つの数字の下に、別々の仕事が隠れていた。
「一度、分けてください」
直人が声を上げた。
全員が止まる。
「十台を一つの工事として扱うから、誰の仕事か分からなくなっています」
黒板へ、さらに項目を書く。
製造。
施工。
給水。
排水。
処理。
清掃。
管理。
料金。
代替設備。
事故対応。
「責任者を決めなければ、便器だけ置かれます」
「銀月衛生商会が全部やればよい」
派遣議員が言った。
直人は首を振った。
「できません」
「地方の町では商会がまとめているのだろう」
「町では、製造、設計、給水、処理、木工、契約を分担しています」
「王都でも同じようにまとめろ」
「王都の設備と住民を、銀月衛生商会だけで管理する権限も人員もありません」
「金を払っても?」
「できない仕事は受けません」
リリアなら、もっと鋭く言ったかもしれない。
だが、意味は同じだった。
◇
最終的に、評議会は十台即時導入をそのまま承認しなかった。
代わりに、三段階計画を作ることになった。
第一段階。
七日以内。
交換式仮設便所六台の追加製作。
既存四便所の安全改善。
無料給水所の仮設迂回運用継続。
共同炊事場二炉運用。
旧地下排水路の下流調査。
第二段階。
三十日以内。
王都窯で水洗便器三台を試作。
全数試験。
第三便所に完全回収式試験設備一台。
一日二十回から段階使用。
管理者、清掃者、汲み取り人の訓練。
第三段階。
排水先と共同処理設備完成後。
残りの便器を段階導入。
最大十台を予算計画上限とする。
「衛生祭では、一台の試験開始と六台の仮設増設を発表する」
ボルハンが言った。
「一台も完成しなければ?」
「試験設備展示と、延期理由を報告します」
ボルハンは不満そうだったが、書面へ署名した。
「陶山直人」
「はい」
「一台は完成させろ」
「安全条件がそろえば」
「また条件か」
「はい」
◇
評議会終了後。
陶工組合代表が直人へ近づいた。
「王都窯を見に来い」
「いつですか」
「今日だ」
「南区調査があります」
「一か月で三台作るなら、今日から土を決める必要がある」
確かにそうだった。
「便器原型は?」
「銀月商会の物を使うのか、王都で作るのか」
「商会契約前に原型は渡せません」
「なら、王都側の試験原型を作る」
「標準接続寸法だけは合わせる必要があります」
「図面なしで?」
「公開可能な接続治具を先に作ります」
「便器本体の水路は?」
「木製模型で説明します」
「完成品を一台持ってきていないのか」
「王都まで運ぶ間の破損リスクを避けました」
「便器屋が、便器なしで来た?」
「調査班ですから」
陶工組合代表は、大きく笑った。
「面白い。だが、窯は待たんぞ」
◇
そこへ、南区支所から急使が来た。
「共同炊事場の下流で、新しい異常です!」
「何が起きました」
直人が尋ねる。
「雨水溝の石蓋が持ち上がり、灰色の水が地上へ出ています」
「場所は?」
「南区の市場裏です」
区域図を見る。
共同炊事場のさらに下流。
市場。
野菜。
肉。
穀物。
多くの食品を扱う場所。
「露店は営業中ですか」
「はい」
「水へ触れた食品は?」
「まだ確認できていません」
「立入範囲を作ってください」
「市場全体を止めますか」
「異常範囲を確認してからです」
評議会で、一台の試験水洗便器が条件付きで認められた。
だが、その便器を作る窯へ行く前に。
地下排水路の先で、灰色の水が地上へ戻ってきた。
「窯はどうする」
陶工組合代表が尋ねる。
直人は一瞬迷った。
全部を一人で追わない。
町で学んだ。
「エルンさんとセラさんは市場へ」
「ナオトさんは?」
「陶工組合の窯を確認します」
セラが少し意外そうに見る。
「現場へ行かないのですか」
「地表調査と聞き取りをお願いします。床や石蓋を開ける前に連絡を」
「分かりました」
「食品に水が触れていたら?」
「販売停止、区分、記録。原因確定前に店を責めない」
「料金や補償は?」
「約束しない」
セラは笑った。
「任されました」
置ける十台と、使える十台は違う。
そして。
一台の試験便器を作るためにも。
現場調査を続ける班。
便器を作る班。
給水を守る班。
仮設便所を管理する班。
それぞれが、直人なしで動かなければならない。
王都南区の改善は、ようやく便器製造へ進み始めた。
しかし地下の古い水路は、その先で市場の地面を押し上げていた。
都市衛生評議会では、一か月以内に水洗便器十台を導入する案が求められました。
直人は、予算計画台数、製造試験台数、施工準備台数、設置完了台数、安全使用開始台数を分け、現時点で確約できる恒久水洗便器はゼロだと説明します。
協議の結果、七日以内に交換式仮設便所六台を増設し、三十日以内に王都窯で水洗便器三台を試作。そのうち一台を、第三便所で完全回収式の限定試験に使う段階計画が承認されました。
一方、旧地下排水路の下流では、市場裏の石蓋が持ち上がり、灰色の水が地上へあふれます。
次回は、直人が王都の大型窯で便器試作の準備を進める一方、エルンとセラが食品市場の汚染範囲を調査します。




