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トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第2章 町に、便器を広げます

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第48話 地下の穴を塞ぐ前に、水の入口を止めてください

第二便所と第二共同井戸の間で、地面が沈みました。


穴を土で埋めれば、表面だけは元に戻せます。


しかし、地下へ水が流れ続けている限り、埋めた土も再び流されます。


直人たちは穴を塞ぐ前に、どこから水が入り、どこへ流れているのかを確認します。

 翌朝。


 王都南区の第二便所周辺には、三重の縄が張られていた。


 一番内側。


 地面が沈下した危険区域。


 二番目。


 調査員と作業員だけが入る区域。


 三番目。


 住民が通行できる境界。


 前日の夜に移設した仮設便所三台は、沈下地点から十分離れた通り側へ並べ直されている。


「また位置が変わったの?」


 水壺を持った住民が尋ねた。


「地下に空洞が見つかったためです」


 水務局書記官のフィルが案内板を示す。


「赤い縄の内側へは入らないでください」


「仮設便所は使える?」


「三台とも使用できます」


「昨日買った第二便所の札は?」


「そのまま使えます」


「いつ元の便所が直るの?」


 フィルは答える前に、陶山直人を見る。


「今日の調査後に、応急工事の日程を出します」


 直人が答えた。


「今日中には直らない?」


「地下の水の入口を確認しなければ、穴だけ埋めてもまた沈みます」


「土を入れて踏み固めればいいでしょう」


「流れる水は、固めた土も少しずつ運びます」


「石を入れれば?」


「水の通り道が別の場所へ移る可能性があります」


 第二共同井戸で、すでに起きたことだった。


 見えていた水の出口を石で塞ぐ。


 汚れた水は消えず、井戸外壁へ回った。


「穴が開いた場所だけを直すのではありません」


 直人は沈下地点と、使用停止中の第二便所、第二共同井戸を順に指した。


「水が入る場所と、流れる先を一緒に確認します」


          ◇


 作業前の打ち合わせには、関係者が集められた。


 第二便所の管理者サデル。


 第二共同井戸の管理者クラウ。


 便所と土地の所有者代理人。


 井戸所有者の代理人。


 南区水務局担当官ハイル。


 地方監査官エルン。


 痕跡調査のセラ。


 南区大工組合。


 石工ベッザ。


 王都汲み取り組合のイリナ。


「人が多すぎる」


 サデルが言った。


「穴一つを見るだけだろう」


「第二便所、共同井戸、地下排水路、仮設便所の位置が関係しています」


 エルンが答えた。


「所有者が異なるため、立会記録が必要です」


「所有者本人は来ていない」


「代理権の書類は確認しました」


 フィルが書面を掲げる。


「後から、勝手に土地を掘ったと言わせないためです」


 クラウが沈下地点を見る。


「井戸の石積みまで壊すのか」


「最初から壊すとは決めていません」


 直人が言った。


「調査穴は、井戸と便所の中間から開けます」


「井戸側の補修石は、もう外している」


「そちらは別の調査口として使います」


「地下でつながっているか確認する?」


「はい」


 直人は、作業停止条件も読み上げた。


 土が急に沈む。


 空洞から水が大量に出る。


 腐敗臭や刺激臭が強くなる。


 支え材が動く。


 井戸外壁の石がずれる。


 誰か一人でも危険を感じる。


「作業員全員に停止権限があります」


「雇われた土掘りまで?」


 便所所有者代理人が尋ねる。


「はい」


「怖がって止め続けたら、工事が終わらん」


 大工組合の職人が答えた。


「怖いのに黙って掘らせる現場の方が、終わらなくなる」


「崩れたら全員埋まるからな」


 所有者代理人は黙った。


          ◇


 沈下地点を真上から掘ることはしなかった。


 表面の土が落ちれば、空洞の天井もまとめて崩れる可能性がある。


 少し離れた安全な地面へ、長方形の調査口を作る。


 周囲へ木枠。


 板を一段外すごとに、側面へ支え材を入れる。


「井戸掘りと同じですね」


 フィルが言った。


「井戸ほど深くはありません」


 直人が答える。


「でも、側面を支える考え方は同じです」


「早く穴へ横から届かせろ」


 サデルが急かす。


「一段ごとに確認します」


「地面を掘るだけなのに」


「下に何があるか分からないからです」


 最初の一段。


 乾いた表土。


 二段目。


 湿った黒土。


 三段目。


 細かな砂利。


「砂利層です」


 ベッザが言った。


「井戸の外側に入れたものと似ている」


「範囲が広いですね」


 直人が土の境界を確認する。


 井戸周囲だけに入れた砂利ではない。


 第二便所側へ帯状に続いている。


「古い排水溝の埋め戻し材かもしれません」


 エルンが古い区域図を見る。


「現在の図面にはありません」


「また図面にない設備ですか」


 フィルが呟く。


「古い図面を持ってきてください」


          ◇


 王都水務局の記録庫から、さらに古い区域図が届けられた。


 百年近く前。


 現在の共同住宅が建つ前。


 この一帯には、小さな革加工場と洗濯場があった。


 図面には、細い線が一本。


 第二便所の位置から。


 第二共同井戸の横を通り。


 南側の雨水路へつながっている。


「これは何ですか」


 フィルが尋ねる。


 図面の端に、小さな文字。


 洗い水抜き。


「元は作業場の洗浄排水路です」


 エルンが言った。


「便所排水ではない?」


「建設当初は」


「共同住宅が建った後も残した?」


「廃止記録がありません」


「第二便所は、いつ建てられましたか」


「三十八年前」


「第二共同井戸の現在の石積みは?」


「三十二年前に改修」


「古い水抜きを避けず、上へ建てた可能性があります」


 セラが図面と地面の線を合わせた。


「沈下地点は、ほぼこの上です」


「洗い水抜きへ、今は何が入っている?」


 イリナが尋ねる。


「それを確認します」


          ◇


 調査穴の側面から、空洞方向へ土を少しずつ外す。


 やがて、黒い木材が現れた。


 丸太を半分に割り、中をくり抜いた古い木樋。


 上にも板。


 簡単な地下水路である。


「木が残っている」


 フィルが驚く。


「外側は残っていますが、中は腐っています」


 直人は長い棒で触れた。


 表面が崩れる。


「これが空洞の天井になっていた?」


「元の木樋が腐り、その周囲の土だけで形を保っていたのでしょう」


 水が流れる。


 土が少しずつ運ばれる。


 内部の空洞が広がる。


 上を人が歩く。


 仮設便所の運搬車も通る。


 限界を超え、表面が沈んだ。


「誰かが落ちる前でよかった」


 フィルが言った。


「夜に音を確認できたからです」


 直人が答える。


「もし仮設便所を動かさなかったら?」


「交換壺を運ぶ作業員が、沈下部分を通った可能性があります」


 安い便所の囲い板事故から、仮設便所を置いた。


 その運用中に地下空洞が見つかった。


 事故を止めなければ、別の事故も見つからなかったかもしれない。


          ◇


「中へ灯りを入れますか」


 サデルが尋ねる。


「火は使いません」


「暗くて見えないぞ」


「鏡で外の光を送ります」


 角度付き鏡を二枚。


 一枚目で日光を穴へ。


 二枚目で木樋内部へ。


 内部に、細い水の流れが見えた。


 量は少ない。


 色は灰色。


「便所は止めています」


 フィルが言う。


「井戸横の便壺洗浄も止めました」


「なのに、水が流れている」


 セラが周囲を見た。


「昨夜の雨水が残っている可能性があります」


「ほかにも入口があるかもしれません」


 直人は木樋の上流側と下流側を確認した。


 上流。


 第二便所方向。


 下流。


 第二共同井戸の外側。


「まず、現在の流量を測ります」


 木樋を切断せず、腐食して開いた隙間の下へ小さな受け板を入れる。


 一刻当たり。


 小桶四分の一。


「井戸側の補修石調査口では?」


 フィルが記録を見る。


「雨後、現在は小桶三分の一です」


「量が近い」


「同じ水が、途中で分かれている可能性があります」


「全部が井戸側へ行くわけではない?」


「古い水抜きの本来の出口へ進む水もあるでしょう」


          ◇


 水の入口を確認するため、上流側を追う。


 古い木樋は、第二便所の外壁下へ向かっていた。


「既存便所の下へ続くのか」


 サデルが言う。


「処理槽とは反対側です」


「清掃水だけか?」


「現在の床下を確認します」


 第二便所は使用停止中。


 入口の床板を一枚だけ外す。


 水を撒いていた石灰混じりの床。


 下には、短い排水樋がある。


 その樋が、古い木樋の方向へつながっていた。


「清掃水用です」


 直人が言った。


「水を撒いたら、ここへ落ちるように作った?」


 サデルが答える。


「昔からそうなっていた」


「誰が作ったか分かりますか」


「知らん」


「清掃水は、処理槽へ入らない?」


「便所槽へ水を入れたら、汲み取りが増えるだろう」


 だから、床洗浄水だけを別の古い排水路へ流していた。


「清掃水には、便や尿が混ざります」


 直人が言った。


「床を洗うのだから当然だ」


「雨水路へ流してよい水ではありません」


「川へ出るまでに薄まる」


「途中で井戸の外側を通っています」


「その井戸の横でも便壺を洗っていた」


 セラが加える。


 第二便所の清掃水。


 第二共同井戸横の便壺洗浄水。


 雨水。


 三つが古い木樋周辺へ入り込んでいた可能性がある。


          ◇


「本当に両方が合流しているか確認します」


 直人は試験方法を説明した。


 古い木樋の下流側を、仮の回収槽へ接続する。


 井戸側へ向かう枝は、一時的に受け桶へ導く。


 周囲へ水が流れない状態を作る。


 その上で。


 第一試験。


 第二便所の清掃樋へ、計量した清水を入れる。


 第二試験。


 井戸横の旧洗い場へ、別に計量した清水を入れる。


 どちらも飲用水ではなく、南区支所の清掃用水。


 使用した全量を回収する。


「色を付けないのか」


 エルンが尋ねる。


「流す時刻と量を分けます」


「見分けられる?」


「木樋の調査口へ到達する時間を測ります」


「途中で土へ吸われたら?」


「投入量と回収量の差も記録します」


「井戸へ入らない?」


「井戸側の枝を受け槽へ切り替えてから行います」


 水を流して経路を調べる。


 だが、汚染を広げないよう、出口を先に確保する。


          ◇


 試験準備に半日かかった。


 古い木樋の下流を開放。


 腐った部分を木枠で囲う。


 流れてくる水を密閉槽へ受ける。


 井戸外壁へ向かう砂利層には、短い遮水板。


 完全に塞がず、別の場所へ水が回らないよう受け樋を付ける。


「一時設備ばかりだ」


 クラウが言う。


「調査後に外します」


「井戸の石を直すのはいつだ」


「経路が確認できた後です」


「水の入口を止める前に目地を直しても、また外から濡れます」


 ベッザがクラウへ言った。


「今度は私も分かる」


          ◇


 第一試験。


 第二便所の床清掃樋。


 清水、小桶二杯。


 投入時刻を記録。


「流します」


 サデルが樋へ水を入れる。


 すぐには、木樋調査口へ出ない。


 半刻の四分の一。


 小さな水音。


「来ました」


 フィルが受け槽を見る。


 透明な水が、灰色の残留水を押し出してくる。


「到達時間、記録」


「回収量は?」


 時間を置いて測る。


 小桶一杯と四分の一。


「投入二杯。回収一杯四分の一」


「四分の三杯が、途中へ残ったか漏れた」


「井戸側受け桶は?」


 小桶四分の一。


「井戸方向へ分かれています」


「残り半杯は?」


「土中か、下流側の別の隙間」


 第二便所の清掃水が、古い木樋へ入ることは確認できた。


 さらに一部は、井戸側へ流れている。


          ◇


 第二試験。


 旧便壺洗い場。


 洗い場機能は停止済み。


 割れた石床の入口へ、小桶一杯の清水を流す。


「投入」


 フィルが時刻を書く。


 先ほどより早く、水が調査口へ現れた。


「第二便所側より近い」


 セラが言う。


 回収。


 木樋下流側。


 小桶半分。


 井戸側受け桶。


 小桶四分の一。


 残り。


 四分の一。


「便壺洗浄水も、同じ古い木樋へ入っていました」


「そして、一部は井戸側へ」


 エルンが確認する。


「はい」


「二つの排水が合流していた?」


「正確には、古い木樋と周囲の砂利層で混ざっています」


「木樋の中だけではない?」


「腐った継ぎ目から、外へ出入りしています」


 水路というより。


 水を通す空洞と、砂利と、湿った土の帯。


 地下全体が不完全な排水路になっていた。


          ◇


「処理槽の汚物は、ここへ入っていないのか」


 イリナが尋ねた。


「第二便所の主槽を確認します」


 主槽は、便所の反対側。


 石積み。


 汲み取り口。


 見た目に大きな破損はない。


 だが、主槽から副槽へ移る接続部の外側土が湿っている。


「こちらも漏れている?」


 フィルが言う。


「表面だけでは判断できません」


 細い確認穴。


 白布。


 湿り。


 臭い。


 便所槽に近い強い臭い。


「接続部から、少量漏れている可能性があります」


「古い木樋まで届くか?」


「位置は離れています」


「地面の傾斜は?」


 セラが測定糸を張る。


 処理槽側から、沈下地点方向へわずかに下がっている。


「漏れた水が砂利層へ入れば、同じ経路へ来る可能性があります」


「また別の試験水を流す?」


「処理槽へ水を追加するのは避けます」


 直人が答えた。


「外側の土壌と、槽水位の変化を確認します」


「水位が自然に下がれば漏れ?」


「利用停止中なので、一定時間の変化を測れます」


 主槽の水位。


 副槽の水位。


 時刻。


 十二時間後。


 二十四時間後。


「漏れがあれば、本修理へ追加します」


「既存の汚物まで地下へ入っていたら?」


 サデルの顔色が変わる。


「井戸汚染の責任が、さらに大きくなります」


「俺が槽を作ったわけではない」


「管理者だけの責任とは決めていません」


 直人が答えた。


「所有者、施工履歴、水務局の旧排水管理を調べます」


          ◇


 調査結果を受け、緊急措置が決められた。


 一。


 第二便所の既存建物は使用停止を継続。


 二。


 床清掃樋を古い木樋から切断。


 三。


 清掃水は、仮回収槽へ入れる。


 四。


 旧便壺洗い場は永久廃止候補。


 五。


 古い木樋の井戸側流路を仮受け槽へ切り替える。


 六。


 雨水が入らないよう、地表の傾斜と仮屋根を整える。


 七。


 沈下空洞は、水の流入が止まったことを確認してから埋め戻す。


 八。


 第二便所処理槽の漏水確認を二十四時間実施。


 九。


 第二共同井戸は使用停止を継続。


 十。


 周辺の仮設便所、給水車、便壺運搬車の動線を分離。


「古い木樋は全部撤去するのか」


 所有者代理人が尋ねた。


「範囲を確認してからです」


「腐っているなら、埋めればよい」


「下流側がどこへつながるか確認していません」


「区域図では雨水路だろう」


「百年前の図面です」


「また別の場所へつながっている可能性がある?」


「はい」


「全部掘るのか」


「地上から追える場所と、調査口が必要な場所を分けます」


「金がかかる」


「放置して人が落ち、井戸を汚し続ける費用とも比較してください」


          ◇


 責任と費用については、すぐに結論を出さなかった。


 ただし、仮負担は必要である。


 第二便所所有者。


 床清掃水を古い排水路へ流していた設備の改善費。


 第二共同井戸管理者。


 便壺洗い場の運用と無届け補修に関する改善費。


 王都水務局と町。


 図面にない旧排水路の調査、区域排水の改修。


 南区緊急衛生費。


 住民の仮設便所と代替給水。


「住民へは請求しない?」


 クラウが尋ねた。


「通常の便所利用料と井戸利用料を超える緊急費は、現時点で請求しません」


 エルンが答えた。


「原因設備を所有していない住民へ、地下排水調査費を負担させないためです」


「通常料金は?」


「使用停止中の既存便所と井戸については徴収停止」


「仮設便所は?」


「既存利用札を使い、管理者へは水務局が仮払い」


「無料利用者は?」


「払えない場合も、利用記録だけ残します」


 サデルが尋ねる。


「俺の日当は?」


「三日間の緊急管理日当は承認済み」


「四日目からは?」


「所有者との暫定契約を今日中に協議します」


「便所が直るまで管理する」


 サデルが言った。


「異常を隠さない条件で」


「分かっている」


          ◇


 午後。


 第二便所の床清掃樋が切断された。


 今後、既存便所を再開する場合でも。


 清掃水を直接地面へ流さない。


 床へ撒く水量を減らす。


 固形汚れを先に回収する。


 洗浄水は回収槽へ。


「毎日、回収槽を運ぶのか」


 サデルが尋ねる。


「新しい恒久排水を作るまでです」


「恒久排水は処理槽へ入れる?」


「処理槽の容量を計算します」


「清掃水で満杯が早くなる」


「だから、使用水量を減らします」


「石床ではなく木床だぞ」


「大量に撒かず、汚れた場所だけを洗う方法へ変えます」


「今まで桶三杯を使っていた」


「試験では一杯以下を目標にします」


「本当に落ちるか?」


「清掃道具を変えます」


 水を撒いて流すだけではない。


 汚れを集めるへら。


 吸収材。


 少量の洗浄液。


 回収布。


 第三便所の吐瀉物清掃で試した方法が使える。


「清掃人へ訓練が必要です」


「俺がやるのか」


「既存便所の管理者なら」


「手当を増やせ」


「作業量を測ってからです」


 サデルが不満そうに唸る。


          ◇


 沈下空洞への水は、床清掃樋を切断した後から減り始めた。


 一刻目。


 小桶四分の一。


 二刻目。


 六分の一。


 三刻目。


 わずかな滴。


「便所清掃水が大きな入口だった」


 フィルが言う。


「昨日から便所を止めていましたが、床下や土中に残っていた水もあります」


「井戸洗い場側は?」


「昨日停止済み。そちらも減少しています」


「雨が降らなければ、明日には止まる?」


「処理槽漏水がなければ」


 主槽と副槽の水位測定が続く。


 六時間後。


 副槽だけ、わずかに水位が下がった。


「蒸発では?」


 所有者代理人が尋ねる。


「蓋付き地下槽です。短時間の蒸発量としては大きい」


「漏れている?」


「もう一度測ります」


「今すぐ掘れ」


「水位測定を続け、漏出位置を絞ります」


「早く直した方が安いだろう」


「位置を確認せず石を塗れば、別のひびから漏れます」


 誰も、見える隙間だけを塞げとは言わなくなった。


          ◇


 夕方。


 仮設便所三台の利用記録が報告された。


 利用回数。


 百二十六回。


 幼児介助。


 十一回。


 歩行困難者。


 七回。


 交換壺。


 一回。


 清掃。


 三回。


 手洗い水補充。


 二回。


 異常。


 一件。


「何がありました?」


 直人が尋ねる。


「低型便所の足台が動いた」


 サデルが答えた。


「怪我人は?」


「なし。利用者が出た後に気づいた」


「使用停止しましたか」


「黄色札を掛けた」


「なぜ赤ではなく黄色?」


「便座と手すりは動かなかった。足台だけだ」


「その後は?」


「低型だけ止め、残り二台を使用。大工を呼んで固定した」


「記録は?」


 時刻。


 発見者。


 固定部。


 修理。


 再試験。


 すべて書かれている。


「正しい対応です」


 直人が言った。


「利用者の使い方は聞かないのか」


「原因は確認しましたか」


「足台の下へ小石が入っていた」


「利用者が蹴った証拠は?」


「ない」


「では、設備側の設置確認不足です」


「俺もそう書いた」


 サデルは少し誇らしそうだった。


「利用者のせいにしていませんね」


「倒れた板の時とは違う」


「なぜです?」


「先に止めれば、怪我人が出ないと分かったからだ」


 直人はうなずいた。


 管理者は、罰するだけで変わるとは限らない。


 止めても収入をすべて失わない仕組み。


 仮設管理の日当。


 異常を記録しても責任を一人へ押しつけない調査。


 それらがあれば、隠さず止める選択をしやすくなる。


          ◇


 夜。


 南区支所では、四便所の比較表が完成し始めていた。


 第一便所。


 四個室。


 有料。


 管理者あり。


 幼児設備不足。


 床腐食。


 便壺廃棄料。


 第二便所。


 二穴共用。


 低料金。


 囲い倒壊。


 清掃排水が旧地下水路へ。


 第三便所。


 三個室。


 酒場併設。


 石床。


 夜間住民閉鎖。


 催し時五百回超。


 第四便所。


 三穴一室。


 無料。


 管理者不在。


 床危険。


 汲み取り口開放。


「四つとも、穴数だけでは評価できません」


 フィルが言った。


「第二便所は二穴でしたが、低い囲いで同時利用しにくかった」


「第四は三穴でも、一組ずつ」


「第三は三室でも、夜は住民が締め出されていた」


「第一は四室でも、一室停止で長い列」


 エルンが表の下へ、新しい欄を作った。


 安全に同時利用できる人数。


 第一。


 事故前、四人。


 現在、既存三室と仮設一室。


 第二。


 事故前、実質一人から二人。


 現在、仮設三人。


 第三。


 三室と立ち小便設備。


 時間帯で能力変化。


 第四。


 事故前、実質一組。


 現在、仮設二人。


「報告書の“四便所”では、何も分からなかった」


 エルンが言う。


「王都本局は、四つあるなら足りると思っていました」


「三百二十人に四便所」


「実際は、料金、時間、性別、囲い、距離で使えない人がいる」


 セラが加えた。


「地下の処理能力も別です」


「便器を増やせば解決しますか」


 フィルが尋ねた。


「増設は必要です」


 直人が答えた。


「でも、管理者と処理先なしでは増やせません」


「王都は、水洗便器を求めています」


「先に地下排水を分けます」


「水洗化は後?」


「安全な排水先を作った場所からです」


          ◇


 その時。


 第二便所の処理槽監視担当から、使いが来た。


「副槽の水位が、さらに下がりました」


「どのくらいですか」


「最初の印から、指一本半」


「利用停止中ですよね」


「誰も使っていません」


「漏れています」


 直人たちは、再び第二便所へ向かった。


 副槽外側。


 地面の湿りが広がっている。


 沈下地点へ向かう砂利層。


 臭いも強くなっていた。


「処理槽の上澄みも、古い水路へ入っています」


 エルンが言った。


「第二共同井戸へ届いた可能性は?」


「高いです」


「洗浄水だけではなかった」


 クラウの顔が青くなる。


「井戸利用者へ、追加報告が必要です」


「腹痛との関係は?」


「まだ確定できません」


 直人は、副槽の使用停止札へ新しい記載を加えた。


 漏水確認。


 内容物移送が必要。


「今夜中に汲み取りますか」


 イリナが尋ねる。


「槽を空にしすぎると、石壁が動く可能性があります」


「地下水位は高い」


「段階的に下げます」


「半分まで?」


「最初は三分の一。外壁の変化を確認」


「処理先は?」


「通常汚物として受け入れ可能か、採取確認します」


「洗浄水や石灰が混ざっている」


「異物確認も」


 夜間緊急汲み取り。


 また費用が増える。


 だが、漏れ続ける副槽を朝まで放置することはできない。


          ◇


 汲み取り作業が始まる前。


 第二便所所有者代理人が、直人へ尋ねた。


「この便所は、直して再開できるのか」


「可能性はあります」


「新しい囲いを立て、副槽を直せば?」


「床下清掃排水を切り替え、処理槽を補修し、古い地下水路を止める必要があります」


「費用は、便所を新しく作るのとどちらが安い」


「比較見積もりを出します」


「水洗便器に替えれば?」


「水洗にすれば、さらに水量が増えます」


「古い木樋を新しい管へ替える」


「排水先は?」


「雨水路へ」


「汚物を含む水を雨水路へ流せません」


「では、どこへ流す」


「共同処理槽を作るか、密閉回収式を続けるか」


「三百二十人分?」


「第二便所だけではなく、区域全体で考えた方がよい可能性があります」


「一軒の便所修理では終わらない?」


「地下の旧排水路が、ほかの建物まで続いています」


 古い木樋の下流。


 百年前の図面では、南側の雨水路へつながる。


 しかし、その途中には現在。


 六号棟の中庭。


 洗濯場。


 食堂。


 子どもたちが遊ぶ空き地がある。


「明日、下流側を追います」


 直人が言った。


「また穴が見つかる?」


「分かりません」


「建物の下を通っていたら?」


「安全確認が必要です」


 所有者代理人は頭を抱えた。


          ◇


 緊急汲み取りが進む中。


 直人は、古い区域図へ線を引いた。


 第二便所。


 第二共同井戸。


 沈下地点。


 旧洗い水抜き。


 その下流。


 線は、共同住宅六号棟の裏へ続いている。


 怪我をしたユーナが住む棟。


「六号棟で、床の湿りや臭いの苦情は?」


 セラが南区支所の記録を調べる。


 一件。


 二件。


 そして、昨年から合計七件。


 一階裏部屋の床が湿る。


 雨の後、便所に似た臭い。


 壁際に小さな虫が増えた。


「今まで、建物の湿気として処理されています」


 フィルが言った。


「大工が板を交換した記録もあります」


「床下は調べた?」


「記録なし」


「また、見える板だけを替えた可能性があります」


 第二便所の囲い板が倒れ。


 地面が沈み。


 古い排水路が見つかり。


 処理槽の漏水が確認された。


 その水路の先には、住民が暮らす建物がある。


 地下の穴を土で塞ぐ前に、水の入口を止めなければならない。


 そして、入口を止めただけでも終わらない。


 すでに流れた水が、どこへ到達したのか。


 最後まで追わなければならなかった。

沈下地点の地下には、百年前の洗浄排水用木樋が残っていました。


第二便所の床清掃水と、第二共同井戸横の便壺洗浄水が、腐食した木樋と周囲の砂利層で合流し、一部が井戸外壁へ流れていたことが確認されます。


さらに、第二便所の副処理槽からも漏水が見つかり、汚物を含む上澄みが同じ地下経路へ入っている可能性が高まりました。


穴だけを埋めても、水の入口を止めなければ再び土が流されます。


次回は古い地下排水路の下流を追い、共同住宅六号棟の床下へ汚水が流れ込んでいないかを調査します。

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