第39話 青い水が出ても、青い工房だけを責めないでください
下流の共同井戸近くで、地面から青い水がにじみ出しました。
青い染料を扱う《青雫染房》が原因だと考えるのは簡単です。
しかし、目立つ色が見つかったことと、井戸汚染のすべての原因が判明したことは同じではありません。
二軒共同井戸の周囲には、すでに立入禁止の縄が張られていた。
井戸の蓋には、水務局の赤い封印。
その横。
雨水を流す細い溝の石と石の間から、青みを帯びた水がにじんでいる。
量は多くない。
小さな染みが地面へ広がり、ゆっくり溝へ落ちている程度だ。
だが、乾いた土の上では、その色が異様なほど目立った。
「《青雫染房》の色だ!」
集まった住民の一人が叫んだ。
「やはり染色工房が井戸を汚したんだ!」
「水代を払わせろ!」
「腹を壊した者の治療費もだ!」
住民たちの視線が、一人の女性へ集まる。
染色工房《青雫染房》の管理人メルサ。
会議室から現場へ同行してきた彼女は、唇を固く結んでいた。
「まだ、うちの染料とは決まっていません」
「青い水を使う工房は、あんたのところだろう!」
「青染めをする工房は、ほかにもあります」
「この近くでは《青雫》だけだ!」
声が大きくなる。
メルサが反論しようと前へ出た。
「皆さん、漏れている水へ近づかないでください」
陶山直人が間へ入った。
「原因を確認する前に、土を踏まないでください」
「証拠を消すつもりか!」
「逆です」
直人は青い染みを指した。
「踏めば、水がどこから出ているのか分からなくなります」
住民たちが少し下がる。
「青い水が見つかった以上、《青雫染房》を止めるべきだ」
長屋管理人のグレブが言った。
「すべての工程を止めるかどうかは、調査後に水務局が判断します」
「調査している間にも、水は漏れる」
「だから、まず漏出点を囲います」
ロッカが木杭を打ち、青い染みの周囲へ小さな囲いを作った。
ミーナが土へ直接触れずに済むよう、薄い水の壁を張る。
「流れを止めませんか」
テオが尋ねた。
「先に量と方向を記録します」
直人は目盛り付きの小さな容器を、にじみ水の落下位置へ置いた。
「一刻でどのくらい出るか確認します」
「今すぐ土を掘った方が早いだろう」
グレブが言う。
「掘れば流れが変わります」
「では見ているだけか」
「見て、測って、記録してから掘ります」
「腹を壊している人がいるんだぞ!」
「その方は、もう治療院へ運ばれています」
水務局監査官のエルンが答えた。
「飲用井戸も使用停止済みです。今は、汚染経路を誤って判断しないことが重要です」
◇
最初に確認したのは、青い水そのものだった。
水務局の採水瓶へ、にじみ水を少量取る。
色。
臭い。
沈殿。
布への染まり方。
「《青雫染房》で使う染料と比べられますか」
直人が尋ねた。
メルサは持参していた小瓶を机代わりの板へ置いた。
「今週使っている青は、三種類です」
一つ目。
藍草を発酵させた濃い染液。
二つ目。
青鉱石を細かく砕いた顔料液。
三つ目。
薄い布を仕上げる淡青液。
「地面から出ている色は?」
「見た目では、淡青液に近い」
「成分は?」
「石灰を少量。定着用の塩。樹脂液」
「人体への危険は?」
「濃い液を飲めば危険です。皮膚へ付いた場合も、すぐ洗います」
「排水前に処理していますか」
「沈殿槽へ入れます」
「その後は?」
「上澄みを共同排水溝へ流す」
「青色が残ることは?」
「通常は、ほとんど残りません」
エルンが採水瓶へ試験液を入れた。
色がわずかに変化する。
「石灰反応があります」
「淡青液と同じ?」
「可能性はあります。ただし、革工房も石灰を使います」
「青色そのものは?」
「染料の比較が必要です」
メルサが白布を二枚用意した。
一枚へ工房の淡青液を薄めて付ける。
もう一枚へ、にじみ水。
乾かす。
工房の液は、明るい青。
にじみ水は、青の中にわずかな灰色が混じる。
「同じではありません」
メルサが言った。
「土やほかの排水が混ざった可能性があります」
直人が答えた。
「つまり、うちの水ではない?」
「そうとも言えません」
「色が違うでしょう」
「地面を通る間に、変化することがあります」
「では、何を見ても私の工房が疑われるのですか」
「疑いを残すことと、責任を決めることは別です」
メルサは悔しそうに手を握った。
「青い色は目立つ」
直人が言った。
「だから最初に注目されます。でも、便所の汚水や革工房の排水は、色が目立たないまま混ざる可能性があります」
「青い水だけが井戸汚染の原因とは限らない?」
住民代表のナディアが尋ねた。
「はい」
「では、腹痛の原因も?」
「まだ分かりません」
「何も決まらないのね」
「決まっていないことを、決まったふりはできません」
◇
一刻後。
容器にたまった青い水は、指一本分ほどだった。
「量は少ない」
エルンが言う。
「でも、流れ続けています」
直人は地面の傾斜を確認した。
青い水がにじむ場所から、《青雫染房》までは、およそ八十歩。
地上の共同排水溝は、染房から川側へ伸びている。
しかし、青い水はその溝から少し離れた位置へ出ている。
「地下に別の管がありますか」
直人がメルサへ尋ねた。
「現在使っている排水管は、地上溝へ接続しています」
「現在?」
リリアが聞き返す。
「染房は、十年前に増築しました」
「増築前の排水路は?」
「古い木管があったと聞いています」
「撤去しましたか」
「私は、その頃まだ管理人ではありません」
「図面は?」
「古い帳簿にあるかもしれません」
エルンが水務局の区域図を開く。
現在の排水溝は描かれている。
だが、古い地下木管は載っていない。
「町への届け出は?」
「十年前の増築記録を調べます」
「古い管が残っているなら、そこへ染料が流れている可能性があります」
「今の排水を古い管へつないでいません」
メルサが強く言った。
「接続していなくても、沈殿槽や地面から漏れた水が入ることがあります」
「沈殿槽は石造りです」
「底を確認しましたか」
「毎月、上から見ています」
「外側と底面は?」
メルサが黙る。
「《黒樹皮》の便所槽と同じですね」
テオが小さく言った。
「中を見ただけでは、外へ漏れているか分からない」
「一緒にしないで」
メルサが鋭く返す。
「便所と染料槽は違う」
「中身は違います。でも、石積みの槽が地面へ埋まっている点は同じです」
直人が間へ入った。
「染房の沈殿槽を調べます」
「今日の染色は?」
「青染め工程だけ一時停止してください」
「すべてではない?」
メルサが尋ねた。
「青い漏水との関係を確認するためです。水を使わない裁断、乾燥、縫製は続けられます」
「赤染めは?」
「排水経路が同じなら、止めた方が安全です」
「結局、水を使う工程は全部止まる」
「仮の排水受けを用意できれば、一部再開できます」
「どこへ流す?」
「流さず、槽へ回収します」
◇
《青雫染房》へ移動すると、沈殿槽は建物の裏にあった。
三段式。
最初の槽で布くずや大きな沈殿物を受ける。
二番目で細かな顔料を沈める。
三番目の上澄みを共同排水溝へ流す。
「よく考えられた設備です」
直人が言った。
「水務局の旧基準に合わせています」
メルサが答える。
「十年前に作った設備です」
「点検口は?」
「上にあります」
「槽の外側は?」
「土の中です」
ロッカが周囲の地面を棒で調べる。
東側。
硬い。
南側。
硬い。
井戸の方向に近い西側。
棒が深く入った。
「土が柔らかい」
「雨のせいでは?」
「この辺りは、雨水溝から離れている」
小さな調査穴を掘る。
表面の乾いた土。
その下に、青黒い湿った層。
「染料が染みています」
メルサの顔色が変わった。
「沈殿槽から?」
「まだ断定できません」
さらに掘る。
石積みの外壁が現れる。
目地の一部が、細く割れていた。
そこから、青い水滴。
「漏れています」
ロッカが言った。
「どの槽ですか」
「二番目だ」
細かな顔料を沈める槽。
上澄みより濃い染料を含む場所である。
「毎月、中を見ていました」
メルサが言う。
「水位が急に減ったことはありません」
「一滴ずつなら、分かりにくいです」
「十年間?」
「割れがいつできたかは、まだ分かりません」
目地の周りには、古い青染みと新しい湿りが混在している。
「この水が、井戸近くへ出た?」
エルンが地図を見る。
「方向は一致します」
「古い地下木管が残っていれば、通り道になった可能性があります」
直人が言った。
「地下管を探します」
◇
沈殿槽の西側から、井戸方向へ調査穴を増やす。
ロッカと水務局の作業員が、一定間隔で細い鉄棒を地面へ入れた。
三か所目。
硬い物へ当たる。
「石ではない」
ロッカが棒を叩く。
「中が空洞だ」
土を掘る。
黒く変色した木材が出てきた。
丸い木管。
直径は腕ほど。
「古い排水管です」
メルサが息を呑む。
「塞いだはずでは?」
「増築時に入口を閉じたと聞いています」
木管の一部を慎重に開ける。
内部には、青黒い泥。
水も少量流れている。
「入口を閉じても、途中へ水が入っている」
直人が言った。
「沈殿槽の漏れが、周囲の土から古い管へ入った?」
「管の継ぎ目が腐っています」
ロッカが木材を確認する。
「地面の水を集める溝になっている」
「井戸の近くまで続いているのか」
エルンが尋ねる。
「図面がなければ、掘って追うしかない」
「全部掘れば、道を塞ぎます」
「まず方向を確認する」
木管の中へ、細い測定棒を入れる。
西。
わずかに南。
二軒共同井戸の方向とほぼ重なる。
「青い水の経路は、かなり絞れました」
ナディアが言う。
「では、《青雫染房》が原因?」
「青い染料が井戸近くへ移動した経路については、可能性が高いです」
直人が答えた。
「可能性?」
グレブが苛立つ。
「ここまで出たのに、まだ決めないのか」
「井戸水の腹痛原因や、ほかの汚染まで同じとは限りません」
「どういう意味だ」
直人は古い木管の中を示した。
青黒い泥。
その中には、革片。
細い毛。
腐った布のような物。
「この管へ入っているのは、青い染料だけではありません」
「ほかの工房の排水も?」
「地面へ漏れた水を、古い管が集めています」
「《黒樹皮》の溜め槽から漏れた汚水も、ここへ入った可能性がある?」
ケルムが尋ねた。
「距離と傾斜を調べる必要があります」
「つまり、青い水は道を見せただけ?」
ミーナが言った。
「はい」
色があるため、どこからどこへ進んだか見つけやすかった。
同じ経路を、色のない汚水も流れているかもしれない。
「染色工房だけが悪いわけではない?」
メルサが尋ねた。
「沈殿槽からの漏水管理については、《青雫染房》の責任があります」
直人ははっきり答えた。
「でも、区域全体の井戸汚染をすべて一軒の責任とする根拠はありません」
「うちに責任がないとは言わないのね」
「確認できた問題は、認める必要があります」
メルサは割れた目地を見た。
「分かりました」
◇
緊急対策が、その場で決められた。
一。
《青雫染房》の沈殿槽二番を使用停止。
二。
水を使う染色工程は、仮回収槽を設置するまで停止。
三。
現在槽内にある染液を、密閉容器へ移す。
四。
漏水部周辺の土を回収し、一般土と混ぜない。
五。
古い地下木管を、井戸方向と工房方向の二か所で仮遮断。
六。
遮断前に、管内水と泥を採取。
七。
共同井戸の使用停止を継続。
八。
長屋と二世帯九人への給水契約を統合。
「古い管を今すぐ塞ぐのですか」
テオが尋ねた。
「両側を同時に完全密閉すると、別の場所から水があふれる可能性があります」
直人が答えた。
「では?」
「井戸側を先に受け槽へつなぎ、流入量を測ります。その後、工房側を少しずつ絞ります」
「蛇口のように?」
「考え方は近いです」
古い管を切断。
井戸側へ流れていた水を、仮受け槽へ導く。
工房側には調整板。
一気に閉じず、周辺地面の変化を確認しながら流量を減らす。
「面倒だな」
グレブが言った。
「塞げば終わりだろう」
「別の家の床下へ流れ出たら、さらに被害が増えます」
「古い管一つで、ここまで大事になるのか」
「使っていないと思われていた管です」
直人が答えた。
「忘れられた設備も、水の通り道になることがあります」
◇
仮回収槽は、ボルグが汚物処理用に保管していた大型の密閉槽を転用することになった。
「染料を入れた槽は、便所処理へ戻せません」
ボルグが言う。
「買い取りになります」
メルサが確認した。
「槽本体。運搬。洗浄後の処理も含む」
「高い?」
リリアが費用表を作る。
「沈殿槽を直すまで染色が全部止まるよりは安い」
「二つ必要です」
直人が言った。
「一つを使っている間、もう一つを運ぶ?」
「はい。満杯になってから運搬容器を探していては、工程が止まります」
「予備槽まで?」
「最低一つ」
「分かりました」
メルサは契約書へ目を落とした。
「ただし、支払いは分割にしてください」
「頭金。仮槽設置後。沈殿槽再開後の三回に分けます」
「助かります」
「今回の緊急給水仮負担とは別会計です」
「分けるの?」
「染房内の設備修理と、住民給水は目的が違います」
何でも一つの請求へまとめれば、後で責任割合を精算できなくなる。
◇
午後。
古い木管の井戸側が掘り出された。
切断前に、流量を測る。
青黒い水が、細く流れている。
「一刻で小桶半分」
テオが記録する。
「少ないように見えて、一日なら大桶何杯分ですか」
ミーナが尋ねる。
「小桶を八つで大桶一つとすると……」
テオが計算する。
「一日で、大桶三杯ほどになります」
「毎日三杯の汚れた水が、井戸近くへ流れていた可能性があります」
「いつから?」
メルサが尋ねる。
「分かりません」
「十年ではないでしょう?」
「木管内の泥の層を調べます」
ボルグが断面を見た。
「下の層は古い。上の青い層は、もっと新しい」
「何年前?」
「正確には言えん」
「去年の大雨以降、染料の減りが早くなった気がします」
染房の職人が言った。
「なぜ今まで言わなかった」
メルサが振り返る。
「布が染料を多く吸う季節だと思いました」
「記録は?」
「染料の購入量は残っています」
帳簿を調べれば、使用した布量に対して染料の消費が増えた時期を推定できる。
「水位だけでなく、材料の使用量も漏れの手がかりになります」
直人が言った。
「染料代が増えた時、値上がりのせいだと思っていました」
メルサが答える。
「量と価格を分けて見ていなかった」
「今後は、作業量、補充量、残量を記録します」
「また記録が増えるのね」
「漏れを早く見つけるためです」
◇
古い木管を切断する。
井戸側の水を仮受け槽へ導く。
工房側の調整板を半分閉じる。
周囲の地面を確認。
沈殿槽の外側。
別の場所から水が噴き出していない。
「もう少し閉じます」
三分の二。
水量が減る。
周囲に変化なし。
完全には閉じず、指一本分の通水を残す。
「なぜ少し残すのですか」
グレブが尋ねた。
「今夜、雨の予報があります」
「雨水が古い管へ入る?」
「はい。完全に塞いで別の場所へあふれないか、雨の後に確認します」
「雨が降るまで待つのか」
「一晩だけです」
「井戸は?」
「使用停止を続けます」
「結局、すぐには戻らない」
「井戸水を数回入れ替え、再検査が必要です」
青い流れを止めただけで、井戸の中がすぐ安全になるわけではない。
汚れた水は、すでに井戸や周辺土壌へ入っている可能性がある。
◇
夕方。
住民たちへ調査結果が説明された。
「《青雫染房》の沈殿槽から、染料水が漏れていました」
エルンが事実を伝える。
「古い地下木管を通り、共同井戸近くまで移動した可能性が高いと判断します」
住民から声が上がる。
「やはり染房ではないか!」
「全額払わせろ!」
「静かにしてください」
エルンは続けた。
「ただし、地下木管内から、革片、毛、腐敗物も見つかりました」
「何だと?」
「この区域の地下では、複数の排水が混ざっている可能性があります」
「では、誰が悪い?」
「確認できた責任を分けます」
《青雫染房》。
沈殿槽の漏水。
旧排水管の撤去確認不足。
《黒樹皮》。
便所溜め槽の漏水。
作業排水溝のあふれ。
《赤角革房》。
現時点で重大漏水は未確認。
ただし、共同排水溝の利用者として調査継続。
町。
古い地下木管が区域図へ記載されず、廃止確認も行われていなかった。
「町にも責任があるのですか」
ナディアが尋ねた。
「旧設備の記録管理については、水務局と町が調査します」
エルンが答えた。
「工房だけの問題として終わらせません」
メルサが住民の前へ出た。
「《青雫染房》の槽から水が漏れていたことは、認めます」
声が震えている。
「修理と、青い水の回収費は、私たちが負担します」
「井戸水全部は?」
「原因調査の結果に従います」
「逃げるのか!」
「逃げません」
メルサは住民を見た。
「ですが、確認されていないことまで、今ここで私一人が引き受けるとは言えません」
直人は何も付け加えなかった。
責任を認めることと、すべてを背負わせることは違う。
◇
夜。
銀月亭へ戻った直人たちは、区域排水図を描き直していた。
現在の共同排水溝。
《黒樹皮》の便所槽。
作業排水。
《青雫染房》の沈殿槽。
古い地下木管。
二つの使用停止井戸。
職人長屋。
二世帯共同井戸。
「青い色がなければ、古い木管を見つけられなかったかもしれません」
テオが言った。
「色のない汚水だけなら、どこを流れたか分かりにくいです」
「青い水は、染房の責任を示した」
ミーナが言う。
「同時に、区域全体の地下排水を見つける印にもなった」
「はい」
リリアは費用表を見ていた。
「緊急給水の仮割合を見直す必要がある」
「《青雫染房》を増やしますか」
「青い漏水分は増える。でも、《黒樹皮》の漏水も消えていない」
「町の旧管管理も?」
「水務局と協議ね」
「原因を一つに決めるより複雑です」
「現実の費用は、きれいに一人分にはならない」
リリアが答えた。
その時、入口からマルタが顔を出した。
「王都水務局から、追加の封書です」
「南区の共同住宅ですか」
「はい」
直人が封書を開く。
共同住宅三百二十人。
便所四か所。
井戸汚染。
使用料を払えない住民の屋外排泄。
以前の報告に、新しい内容が加わっていた。
排水路の一部が、古い地下水路と接続している可能性あり。
建設時の図面なし。
複数所有者のため、修理責任が未確定。
「こちらと同じです」
テオが言った。
「使われていない古い水路」
「複数の責任者」
「原因が決まらない間も、住民は暮らしている」
リリアが封書を読んだ。
「王都は、銀月衛生商会へ現地調査員を派遣してほしいと正式に求めている」
「仕立屋の三十日試験があります」
「革工房地区の調査も」
「第三号便器の製造も」
「教会と金鹿亭も待っている」
「全員で王都へ行くことはできません」
直人は関係者の役割表を見た。
製造。
施工。
給水。
処理。
保守。
契約。
「調査班と町内班を分ける必要があります」
銀月衛生商会ができた時、一人で抱えない仕組みを作った。
今度は、一つの場所へ全員で集まらなくても動ける仕組みが必要になる。
「誰が王都へ行くの?」
リリアが尋ねた。
直人はすぐには答えなかった。
青い水が出たからといって、染色工房だけを責めてはいけない。
同じように、難しい調査だからといって、すべてを自分一人で抱えてはいけない。
町に残す仕事。
任せる人。
王都へ持っていく記録。
決めるべきことは、便器の数より多かった。
《青雫染房》の沈殿槽から染料水が漏れ、廃止されたはずの地下木管を通って共同井戸近くまで流れていたことが判明しました。
しかし、古い木管内からは革片や腐敗物も見つかり、井戸汚染のすべてを染色工房だけの責任とは判断できません。
直人たちは、確認できた責任と未確認の原因を分け、染色排水を仮回収槽へ移しながら地下木管を段階的に遮断します。
さらに王都南区でも、図面にない古い地下水路が汚染問題へ関係している可能性が報告されました。
次回は、町の仕事を止めずに王都調査を行うため、《銀月衛生商会》で初めて調査班と留守班を編成します。




