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トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第1章 異世界に、最初の便器を

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第27話 便座を温める前に、尻を火傷させないでください

金鹿亭から届いた新たな要望は、寒い季節でも冷たくない便座でした。


電気のない異世界で、便座をどう温めるのか。


火、湯、魔石。


方法はいくつも考えられますが、温かければ安全とは限りません。

「温かい便座を作ってほしいそうよ」


 銀月亭の食堂で、リリアが金鹿亭から届いた封書を読み上げた。


「高級客室へ設置する便器の付加価値として、寒い季節でも快適に座れる仕組みを希望する、と書いてあるわ」


 陶山直人は、銀月亭の白い便器を思い浮かべた。


 日本にいた頃なら、暖房便座そのものは珍しくない。


 電気を使って便座内部の発熱体を温める。


 温度を一定に保つ。


 座っていない時間帯は節電する。


 機種によっては、使用者を検知して温める。


 だが、ここには安定した電気がない。


 温度制御装置もない。


「魔石を入れればいい」


 食堂の隅で食事をしていたガルドが言った。


「魔石を?」


「温石というものがある。火へ入れて温めれば、しばらく熱を保つ」


「便座の中へ入れるんですか」


「木の下へ置けばよい」


「温度は一定ですか」


「熱いうちは熱い。冷めれば冷たい」


「それでは駄目です」


「なぜだ」


「熱すぎれば火傷します」


 ガルドはパンをかじりながら、面倒そうに鼻を鳴らした。


「座る前に手で触れば分かる」


「宿泊客全員が確認するとは限りません」


「熱ければ座らんだろう」


「酔っている人や、寝ぼけている人もいます」


「尻で気づく」


「気づいた時には遅いです」


 リリアが顔をしかめた。


「高級宿の客が便座で火傷したら、大変な騒ぎになるわね」


「火傷しない程度に温めればよい」


「その“程度”を、どう保つかが問題です」


 直人は手帳を開いた。


 便座を温める方法。


 一、火で温める。


 二、湯を使う。


 三、魔石を使う。


 四、冷たく感じにくい素材を使う。


「まず、金鹿亭が求めているのは、本当に温かい便座なのか、それとも冷たく感じない便座なのかを分けます」


「同じではないの?」


 ミーナが尋ねた。


「違います」


 直人は机へ金属製の匙と、木製の匙を置いた。


「二つとも、同じ食堂に置いてありました」


「はい」


「触ってみてください」


 ミーナが両方へ指を当てる。


「金属の方が冷たいです」


「実際には、どちらも同じ部屋にあったので、温度は大きく違わないはずです」


「でも、冷たく感じます」


「金属は手の熱を早く奪います。木は熱を伝えにくいので、冷たさが弱い」


「便座を木で作ればいい?」


「今も木製です」


 銀月亭の白い便器にも、ナーラ宅の青灰色便器にも、ガルドが作った木製便座が付いている。


 陶器へ直接座るより、かなり冷たさは少ない。


「金鹿亭は、木でも冷たいと言っているの?」


 リリアが封書を確認する。


「まだ便器を設置していないから、実際に試したわけではない。冬場の高級客室向けに、最初から温かい設備が欲しいという要望ね」


「つまり、問題が発生してからではなく、売り文句が欲しいのですね」


「そういうこと」


「なら、危険な仕組みを急いで作る必要はありません」


「でも、できるなら高く売れるわ」


「安全が確認できればです」


 ガルドが笑った。


「結局、作る気ではないか」


「可能性を調べます」


「お前の“調べる”は、作る一歩前だ」


          ◇


 最初の案は、湯を入れた袋を便座の下へ置く方法だった。


 革袋へ温かい湯を入れ、木製便座の裏側へ固定する。


 湯たんぽに近い。


「簡単ですね」


 ミーナが温水の入った革袋を持ち上げた。


「私は水を温める魔法は得意ではありませんが、厨房で沸かした湯を入れれば使えます」


「熱湯は入れません」


 直人が言う。


「革が傷みますし、漏れた時に危険です」


「どのくらいの湯ならいいの?」


「まず、人の肌より少し温かく感じる程度から試します」


「温度を測る道具は?」


 リリアが尋ねる。


「ありません」


「感覚で決めるの?」


「複数の方法を組み合わせます」


 直人は治療院から借りた蜜蝋を用意した。


 蜜蝋は、強く温めれば柔らかくなる。


 さらに、菓子職人が砂糖を煮る時に使う細い金属棒も借りた。


「蝋が溶けなければ安全?」


「それだけでは判断できません。蝋が溶けない温度でも、長時間触れれば熱すぎる場合があります」


「では何のため?」


「毎回同じ程度かを比べる目印です」


 革袋へ湯を入れる。


 表面へ金属棒を当てる。


 棒の反対側に付けた蜜蝋の変化を見る。


 さらに、手のひらではなく、より熱さに敏感な手首の内側で短時間確認する。


 同じ量の湯。


 同じ時間。


 同じ袋。


 条件をそろえて試す。


「便座の下へ固定します」


 ロッカが試験用の木製便座を裏返した。


 革袋を収める浅い箱が付いている。


 袋が直接利用者へ触れないよう、上には木板。


 その上が便座面。


「座ってみます」


 直人が便座へ腰を下ろした。


 最初は、ほとんど変化がない。


「温かいですか」


「少しだけ」


 五分後。


 便座の中央部分が、じんわり温かくなった。


「悪くありません」


「成功?」


 ミーナが尋ねる。


「まだです」


「やはり」


 リリアがため息をついた。


 十分後。


 便座の一部だけが温かい。


 革袋に近い中央は温まるが、前方と左右は冷たいままだ。


「温かさが均等ではありません」


「袋を輪の形にすればいい」


 ロッカが言う。


「作れる?」


「革職人へ頼めば」


「継ぎ目が増えます」


 直人は便座を持ち上げた。


 革袋の口付近に、小さな水滴が付いている。


「漏れています」


「締め方が甘かっただけだ」


「宿泊客が使うたび、完全に締められる保証はありません」


「使用人が確認する」


 リリアが言う。


「金鹿亭なら、便座を準備する係を置くかもしれない」


「それでも、便座の下で漏れれば木が濡れます。排泄物が付着する場所の近くに、温水袋を出し入れする作業も増えます」


「革袋は不採用?」


「現時点では、便座内蔵用としては勧めません」


 ミーナが残念そうに袋を見た。


「足元を温める用途なら使えるかもしれません」


「便所の足元に湯袋?」


「冬の高級客室なら需要はあるかもしれません。ただし、踏んで破らない置き方が必要です」


「すぐ別の商品を考える」


 リリアの目が商売人のものへ変わる。


「今は便座です」


          ◇


 二つ目は、温石だった。


 火のそばで温めた石を、便座下の箱へ入れる。


 革袋のように水漏れはしない。


 しかし、温度が高くなりやすい。


「触れないくらい熱くしなければいい」


 ガルドが温石を布で持ってきた。


「今、触れませんよね?」


「だから布で持っている」


「便座へ入れないでください」


「少し冷ませばいい」


 工房の石床へ置き、時間を測る。


 一刻の四分の一。


 まだ熱い。


 さらに待つ。


 手で持てる程度になる。


 試験用の便座下へ入れる。


「座るぞ」


 ガルドが便座へ腰を下ろした。


「親方が試すんですか」


「俺が作った箱だ」


「熱くありませんか」


「何ともない」


 一分後。


 ガルドの眉が動いた。


「どうです?」


「少し温かい」


 三分後。


 ガルドが立ち上がった。


「熱いんですね」


「熱くはない」


「では、もう一度座ってください」


「十分だ」


「温石を外します」


「少し熱いだけだ!」


 便座の裏側を確認すると、石に近い部分だけ木の色が濃くなっていた。


「このまま長く使えば、木が乾燥して割れる可能性があります」


「間に金属板を入れる」


「金属は熱を広げますが、今度は便座全体が熱くなる可能性があります」


「厚い板にする」


「温まるまで時間がかかります」


「注文が多い!」


「火を使う設備ですから」


 温石は、使用人が決まった時間に交換する必要がある。


 熱すぎる石を入れない。


 石を入れたまま忘れない。


 便座内部の木材を毎日確認する。


 客が勝手に触れないようにする。


 運用が複雑だった。


「高級宿ならできるかもしれない」


 リリアが言う。


「一室だけなら」


「でも、十室分になれば、温石を十個以上用意する必要があります」


「交換用を含めれば二十個?」


「毎朝、毎晩、温めて運ぶ人も必要です」


「便座係が必要になるわね」


「便座を温めるためだけに?」


「高級宿なら、それをサービスにするかもしれない」


 ガルドが呆れた。


「金持ちは、尻を温めるために人を雇うのか」


「金鹿亭なら、あり得るわ」


「便座を温める前に、働く者が疲れ切ります」


 直人は温石案にも保留の印を付けた。


          ◇


 三つ目の案は、火も湯も使わなかった。


 ロッカが持ってきたのは、軽くて柔らかな木片だった。


「泡樹の内皮だ」


「泡樹?」


「北の森に生える。冬の道具の取っ手や、氷室の箱に使う」


 指で押すと、少し沈む。


 細かな穴を多く含み、普通の木より軽い。


「水には強いですか」


「そのままでは弱い。濡れると膨らむ」


「便座の表面には使えませんね」


「内側へ入れる」


 ロッカは断面模型を見せた。


 上面と下面は、硬く滑らかな木。


 中央に泡樹の内皮。


 三層を重ねた便座。


「外側の木で、水と汚れを防ぐ?」


「継ぎ目も樹脂で塞ぐ」


「強度は?」


「一枚板より弱くなる可能性がある」


「では、試験が必要です」


「言うと思った」


 泡樹入り便座。


 通常の木製便座。


 陶器の試験板。


 三つを、夜の間、暖房のない物置へ置いた。


 翌朝。


 直人、リリア、ミーナ、ロッカ、マルタの五人が順番に触れる。


「陶器は冷たいです」


 ミーナが言う。


「普通の木は?」


「冷たいけれど、陶器よりまし」


「泡樹入りは?」


「一番冷たく感じません」


 リリアも同じ結果だった。


「温かいわけではないけれど、座る時の嫌な冷たさが少ない」


「これなら、火傷しません」


「湯も運ばなくていい」


「使用人の作業も増えない」


 直人は便座表面を確認した。


 継ぎ目。


 樹脂。


 水滴を落とし、染み込みを見る。


 すぐには入らない。


「長時間の水分と清掃に耐えられるか試します」


「また何日もかけるの?」


 リリアが尋ねる。


「便座は毎日触れる場所です」


「仕立屋の第二号に使える?」


「まず通常便座で設置します。新型は金鹿亭の試験室向けです」


「高級仕様として別料金にできるわね」


「安全試験に合格すれば」


「言うと思った」


          ◇


 強度試験では、仕立屋用便器の試験に使った砂袋が再び並べられた。


「便器ではなく、便座だけ試すんですね」


 テオが記録板を持っている。


「便器本体が耐えても、便座が割れれば転落します」


 泡樹入り便座を固定台へ取り付ける。


 砂袋一つ。


 二つ。


 三つ。


 木の継ぎ目に変化はない。


 四つ目。


 わずかに中央が沈む。


「通常便座より、たわみが大きいです」


「中が柔らかいからな」


 ロッカが答える。


「補強材を入れる必要があります」


「泡樹を減らせば、冷たくなる」


「左右に硬い木の梁を入れましょう」


 改良型を作る。


 便座の前後と左右へ、硬木の細い骨組み。


 その間へ泡樹。


 外側を滑らかな木で覆う。


 再試験。


 砂袋四つ。


 五つ。


 たわみは小さい。


「静荷重は合格です」


 次に、砂袋を指一本分だけ持ち上げて下ろす。


 五十回。


 百回。


「便器の時より増えていませんか」


 リリアが尋ねる。


「便座は取り外し部品です。利用時に動く力が直接かかります」


「何回まで?」


「今回は二百回」


「手で?」


 ロッカが簡単な昇降装置を改良していた。


 縄を引く。


 砂袋が少し上がる。


 離す。


 どすん。


 一回。


 どすん。


 二回。


 工房の弟子たちが交代で縄を引く。


 五十回。


 百回。


 百五十回。


 百九十九回。


 二百回。


 便座に大きな割れはない。


 固定金具の周囲にも異常は見えなかった。


「次は水です」


 便座表面へ水をかける。


 柔らかい布で拭く。


 乾燥。


 これを繰り返す。


「清掃試験まで人力でやるの?」


 リリアが言った。


「実際には、何年も繰り返します」


「二百回では足りない?」


「長期耐久は設置後も確認します」


「結局、売った後も試験が続くのね」


「初めて作る製品ですから」


 泡樹入り便座は、火や湯を使わない。


 座る前から熱くはない。


 だが、触れた瞬間の冷たさを減らす。


「名前を決めましょう」


 リリアが言った。


「断熱便座」


「駄目」


「冷感低減便座」


「もっと駄目」


「高断熱三層構造木製便座」


「売る気がある?」


「構造は伝わります」


 リリアは考えた。


「ぬくもり便座」


 工房が静かになった。


「それでいい」


 ロッカが言う。


「分かりやすい」


 ミーナもうなずく。


「温かそうです」


 テオは記録紙の上に、ぬくもり便座・試作一号と書いた。


「実際に発熱はしません」


 直人が言う。


「説明には、火や魔石を使わず、冷たさを抑える便座と書くわ」


「それなら誤解は少ないです」


「名前を考える役目は、私に任せて」


「分かりました」


「今、少し嫌そうだった?」


「気のせいです」


          ◇


 金鹿亭へ試作品を持ち込むと、支配人ラグナーは意外そうな顔をした。


「温かくなる便座ではないのですか」


「熱を発生させる方式は、火傷、火災、水漏れ、管理負担の問題がありました」


 直人が説明する。


「こちらは、熱を奪いにくい素材を内部へ入れ、冷たく感じにくくした便座です」


「高級宿の客が満足するでしょうか」


「実際に触れてください」


 通常便座。


 ぬくもり便座。


 二つを、金鹿亭の冷えた地下倉庫へ一晩置いた。


 翌朝、ラグナー、サイル、客室係二人が比較する。


「こちらの方が冷たくない」


 ラグナーがぬくもり便座へ手を置いた。


「温めていないのですか」


「どちらも同じ倉庫にありました」


「客へは、“暖房便座”と説明できる?」


「できません」


 直人は即答した。


「暖房していませんから」


「では、何と宣伝する?」


 リリアが用意した説明文を差し出す。


「冬でも冷たさを抑える、金鹿亭専用ぬくもり便座」


「専用?」


「現時点では、金鹿亭の試験室だけに入れる予定です」


「ほかへ販売しない条件ですか」


「便座の表面材と装飾を、金鹿亭専用にする。内部構造まで独占にはしない」


「なるほど」


 ラグナーは便座の縁を確認した。


「鹿の紋章を入れられるか」


「表面へ深く彫ると、汚れがたまります」


 直人が答える。


「金具の一部に小さく入れるなら」


「便座の後ろに、金色の鹿を付けたい」


「金属飾りは清掃時に手が当たります」


「壁へ表示すれば?」


 リリアが提案した。


「便座自体は滑らかなまま。便所内の説明板と衣服掛けへ鹿の意匠を入れる」


「それならよい」


 高級仕様は、便器へ無理に装飾を加えるのではなく、周辺設備で差を付ける。


 銀月亭と金鹿亭。


 同じ標準便器を使っても、見せ方とサービスを変えられる。


「価格は?」


「通常便座より銅貨六枚高くなります」


「高いな」


「泡樹の内皮、三層加工、防水接合、補強、試験費を含みます」


「十台すべてなら?」


「製造方法が安定すれば、少し下げられる可能性があります。ただし、一台目の結果を見てからです」


「交換時の費用は?」


「表面が傷んだ場合、便座だけ交換できます」


「便器全体ではなく?」


「接続寸法を標準化します」


 ラグナーの目がわずかに輝いた。


「消耗した便座を、高級仕様へ交換する客も出る?」


「可能です」


「便器本体は標準。便座と内装で価格帯を分ける」


 リリアが言う。


「銀月亭には通常仕様。金鹿亭にはぬくもり仕様。将来、家庭向けには簡易仕様も作れる」


「便器は同じでも、売り方を変えられるのか」


 ラグナーは満足そうだった。


「試験室には、この便座を採用します」


「ただし、最初の三十日は毎日点検します」


「表面の割れ、継ぎ目、水の染み込みですね」


「その通りです」


「私も説明を覚えてきました」


「助かります」


          ◇


 銀月亭へ戻ると、ガルドの工房からテオが走ってきた。


「ナオトさん!」


「どうしました?」


「第二号便器の乾燥が終わりました!」


「ひびは?」


「ありません!」


「歪みは?」


「第一号より少ないです!」


「水路は?」


「確認できる範囲では潰れていません!」


 テオは息を切らしながら、満面の笑みを浮かべている。


「親方が、すぐ工房へ来いと」


「窯入れですか」


「はい。明日の朝、素焼きを始めます」


 仕立屋へ設置する標準型便器第二号。


 弟子のテオが鉢を成形し、第一号の記録を基に改良した便器だ。


「ガルドさんの様子は?」


「いつもより怒っています」


「問題があった?」


「違います」


 テオは笑った。


「たぶん、うまくできたからです」


 工房へ入ると、青灰色になる前の便器第二号が窯の前に置かれていた。


 第一号より形が整っている。


 左右の高さも近い。


 固定穴は標準金具へ合わせて修正。


 洗浄穴の角度も変わっている。


「遅い!」


 ガルドが怒鳴る。


「金鹿亭で便座の確認をしていました」


「尻を温めている間に、便器が乾いたぞ!」


「温めてはいません。冷たさを減らしました」


「どちらでもよい!」


 ガルドは第二号の側面を叩いた。


 こん。


 乾いた、均一な音。


「確認しろ」


 直人は寸法を測った。


 高さ。


 幅。


 排水口。


 給水口。


 固定穴。


 乾燥収縮は、予測範囲内。


「合っています」


「当たり前だ」


「テオさんが作った鉢も?」


「俺が見ていた」


「でも、成形したのはテオさんです」


「まだ一台だ」


 テオは親方の後ろで、嬉しそうに下を向いた。


「明日、窯へ入れる」


「焼成台は新型ですか」


「第一号の歪みを修正した」


「支え板は?」


「専用台だ」


「焼成記録は?」


「テオが付ける」


「親方」


 テオが顔を上げた。


「窯の火も、僕に一部任せてください」


 工房が静かになった。


 便器の成形だけではない。


 焼成まで学びたい。


 ガルドは長い間、弟子を見ていた。


「前半だけだ」


「はい!」


「温度が上がる前まで。炎の色が変わったら俺を呼べ」


「はい!」


「勝手に薪を増やすな」


「はい!」


「返事が大きい!」


「はい!」


 さらに大きくなった。


 ガルドの怒声が重なり、工房の弟子たちが笑う。


 直人は第二号便器を見た。


 一号から二号へ。


 特注から標準へ。


 親方一人の技術から、弟子へ受け継がれる手順へ。


 そして便座も、単に温めるのではなく、安全に冷たさを減らす製品へ変わった。


 異世界の設備は、現代のものをそのまま再現するだけではない。


 この世界の材料。


 この世界の職人。


 この世界の働き方。


 それらに合う形へ、作り直さなければならない。


「ナオト」


 リリアが工房の入口から呼んだ。


「今度は何ですか」


「教会から使いが来ている」


 直人の手が止まった。


「教会?」


「治療院とハンナさん宅の改善を、神官が確認したでしょう?」


「はい」


「教会の共同便所を見てほしいそうよ」


「利用者は?」


「礼拝の日には百人以上」


 ガルドが天井を仰いだ。


「今度は百人か」


「便器の注文とは限りません」


 直人が言う。


「お前が見に行けば、注文になる!」


「まず調査です」


「その言葉は聞き飽きた!」


 異世界製便器第二号が、窯へ入る前夜。


 教会の鐘が、町に響き始めた。


 便器一台から始まった仕事は、家庭、職場、治療院、食堂、宿を越え、ついに祈りの場所へ届こうとしていた。

金鹿亭の暖房便座要求に対し、温水袋や温石を試しましたが、水漏れ、火傷、火災、管理負担の危険がありました。


そこで、泡樹の内皮を硬木で挟んだ三層構造により、発熱せず冷たさを抑える「ぬくもり便座」を開発します。


一方、仕立屋用の標準型第二号便器は乾燥を終え、テオも焼成作業へ参加することになりました。


次回は、礼拝日に百人以上が訪れる教会の共同便所を調査します。

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