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トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第1章 異世界に、最初の便器を

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第17話 砂袋六つを載せてください

異世界製便器第一号は、最初の焼成を無事に終えました。


しかし、素焼きのままでは水や汚れが陶器へ染み込み、長く使うことができません。


薄い青灰色の釉薬をかけ、二度目の窯焼きと本格的な性能試験へ進みます。

 異世界製便器第一号へ釉薬をかける作業は、朝から始まった。


 ガルドの工房中央に置かれた便器は、素焼きの淡い灰色をしている。


 その隣には、青みを帯びた白い液体が入った大壺が置かれていた。


「これが釉薬ですか」


 陶山直人が壺の中をのぞき込む。


「顔を近づけるな」


 ガルドが直人の肩をつかみ、後ろへ引いた。


「落ちたらどうする」


「便器ではなく、俺がですか?」


「どちらも面倒だ」


 釉薬は、水に細かな鉱物の粉を混ぜたものだった。


 今は白く濁っているが、焼けば薄い青灰色になるという。


 作業台には、同じ釉薬を塗って焼いた小さな試験片が並んでいる。


 青みが強いもの。


 灰色に近いもの。


 表面に細かなひび模様が出たもの。


 気泡のような穴が残ったもの。


「この中では、三番目が一番滑らかですね」


 直人が一枚を手に取る。


「釉薬を少し薄くしたものだ」


「厚い方が、水を通しにくいのでは?」


「厚すぎれば流れる。角へたまり、焼いた時に割れることもある」


「薄すぎると?」


「土の表面が出る」


「ちょうどよい厚さが必要なんですね」


「何事も同じだ」


 ガルドは刷毛を釉薬へ浸した。


「特に気をつける場所は?」


「鉢の内側と排水路です」


「外側はどうでもよいのか」


「見た目も大切ですが、内側にざらつきがあると汚れが残ります」


「分かっておる」


「洗浄穴を塞がないようにしてください」


「分かっておる!」


「給水口の内側も――」


「お前は工房の外で待て!」


 直人は本当に追い出されかけた。


 リリアが入口の横で笑っている。


「少し黙って見ていたら?」


「完成後に水が流れなければ困るのは俺です」


「今、ガルドを怒らせて刷毛が曲がる方が困るわ」


 直人は反論をやめ、一歩下がった。


 ガルドは便器の表面へ釉薬を塗り始めた。


 大きな部分は幅の広い刷毛。


 縁や洗浄穴の周囲には細い刷毛。


 鉢の内側へは釉薬を流し込み、便器を傾けながら全体へ行き渡らせる。


 余分な液体は排水口から出す。


「重いぞ。支えろ」


 ガルドの指示で、直人とテオが便器を左右から持った。


「ゆっくり傾けます」


「右を上げろ」


「便器から見て右ですか?」


「俺の右だ!」


「最初に決めてください!」


「落とさないでください!」


 テオの声が工房に響く。


 三人は口を閉じ、慎重に便器を回した。


 釉薬が鉢の内側を流れ、曲がった排水路へ入る。


 排水口から余分な液体が細く流れ出した。


 次に縁の水路。


 給水口から少量の釉薬を入れ、洗浄穴すべてから出ることを確認する。


 一つ目。


 二つ目。


 三つ目。


 青白い液体が、穴から垂れていく。


「前側の一つが出ていません」


 直人が指摘した。


「釉薬が足りないのでは?」


 テオが尋ねる。


「いや」


 ガルドは細い木棒を洗浄穴へ差し込んだ。


 先端に、乾いた土の粒が付いて出てくる。


「素焼きの時に残った粉だ」


「事前の清掃不足ですね」


 直人が言う。


「お前も確認しただろう」


「はい。俺も見落としました」


 ガルドは洗浄穴を掃除し、もう一度釉薬を流した。


 今度はすべての穴から液体が出る。


「釉薬を塗る前に、水路へ空気か水を通した方がよかったですね」


「次からそうする」


 テオが記録へ書き込む。


 施釉前に全水路の通過確認。


「また一つ、手順が増えたわね」


 リリアが言う。


「必要な手順です」


「最初の便器には、説明書が何冊付くのかしら」


「購入者向けと、製造者向けは分けます」


「本当に作るつもりなの?」


「今後、同じ品質で作るなら必要です」


 ガルドが低く唸った。


「今は紙より便器を見ろ」


          ◇


 釉薬を乾かした便器は、専用の焼成台へ載せられた。


 最初の焼成では平らな支え板の端が割れた。


 その反省から、今回は便器の底の形に合わせた厚い台が作られている。


 荷重が一か所へ集中しないよう、底全体を支える構造だ。


「台も一緒に縮みますか」


 直人が尋ねる。


「便器とは土が違う。ほとんど縮まん」


「擦れて、便器が割れる可能性は?」


「間に細かな砂を敷く」


 ガルドが台の表面へ薄く砂を広げた。


「便器が縮む時、少し動けるようにする」


「なるほど」


「何でも聞けばよいと思うな。少しは自分で考えろ」


「陶器は専門外です」


「俺も便器は専門外だ!」


「今は町で一番詳しい陶工ですよ」


「嬉しくない!」


 便器が窯の中央へ運ばれる。


 今度は、成形時より軽い。


 それでも大人四人で慎重に持つ必要があった。


 扉が閉じられる。


 火が入る。


 二度目の焼成が始まった。


 最初の時と同じく、ガルドと弟子たちは交代で窯を見張る。


 直人も残ろうとしたが、今回はガルドに追い返された。


「窯を見ている暇があるなら、試験の準備をしろ」


「試験用の砂袋は用意しました」


「六つで足りるのか」


「ナーラさんの体重を十分に超えます」


「もっと載せろ」


「載せすぎて壊したら意味がありません」


「壊れぬことを調べるのだろう」


「通常使用で想定される重さへ、安全分を加えれば十分です」


「子どもが二人で乗るかもしれん」


「便器の上で遊ばないよう説明します」


「説明を守らん者もいる」


 直人は、営業初日に布を流したダリオを思い出した。


「では、砂袋を八つ用意します。ただし、段階的に載せます」


「最初から八つ載せればよい」


「急に荷重をかけるのと、少しずつ載せるのでは違います」


「お前も十分細かい職人になってきたな」


「褒めていますか?」


「帰れと言っておる」


          ◇


 二日後。


 冷えた窯から、青灰色の便器が運び出された。


 その瞬間、工房に集まった者たちから小さな歓声が上がった。


「きれい……」


 ミーナが呟く。


 素焼きの時にはざらついていた表面が、柔らかな光を反射している。


 色は白ではない。


 淡い青に灰色を混ぜたような、落ち着いた色だった。


 鉢の内側も滑らかで、洗浄穴の周囲に大きな釉薬だまりはない。


「海の浅いところみたいな色ね」


 リリアが言った。


「便所には、もったいないくらいだよ」


 エッダが笑う。


 ナーラは何も言わず、便器を見つめていた。


 自分のために作られた器が、本当の形になったことを確かめるように。


「まだ触らないでください」


 直人が言う。


「冷えているぞ」


 ガルドが答える。


「表面の確認が終わるまでは」


「誰よりも先に触るつもりだな?」


「施工責任者ですから」


「作ったのは俺だ!」


「二人とも、どちらでもいいでしょう」


 リリアが呆れた。


 ガルドが木槌で便器を叩く。


 縁。


 鉢。


 側面。


 底。


 排水路。


 前回、少し低い音がした接合部分。


 こん。


 こん。


 こん。


 すべて、素焼きの時より高く澄んだ音だった。


「異常な音はない」


 ガルドが言う。


 直人は表面を観察する。


 釉薬に細かな点はある。


 外側には、少し色の濃い部分もあった。


 だが、鉢の内側には大きな気泡や亀裂は見当たらない。


「洗浄穴を確認します」


 細い木棒を一本ずつ通す。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 前側の穴で、棒が止まった。


「塞がっています」


 工房の空気が止まる。


「そんなはずはない」


 ガルドが棒を受け取り、自分で差し込む。


 やはり途中で止まる。


「釉薬が流れ込んだようですね」


「焼く前には通っていた」


「焼いている間に、内側でたまった可能性があります」


「削ればいいのでは?」


 リリアが尋ねる。


「穴を広げすぎれば、水量が変わります」


 直人は答えた。


「それに、無理に金属を入れると周囲が欠けるかもしれません」


「では、便器は失敗なの?」


 エッダの声に不安が混じる。


「まだ決めません」


 ガルドは細い鉄棒を火で温め始めた。


「何をするんですか」


「先端だけで釉薬を削る」


「陶器本体へ触れたら割れませんか」


「だから俺がやる」


「水路の角度は分かりますか」


「作ったのは俺だぞ」


 ガルドは便器を横向きに固定した。


 洗浄穴へ、ごく細い棒を差し込む。


 少し削る。


 抜いて確認する。


 また入れる。


 焦らず、ほんのわずかずつ。


 やがて、棒の先に青灰色の小片が付いて出てきた。


「もう一度、細い水を通せ」


 ミーナが少量の水球を作り、給水口へ流す。


 洗浄穴から、水が一滴落ちた。


 次に細い線となる。


「通りました」


 テオが声を上げる。


「ほかの穴と同じ量か確認します」


 直人が杯を並べようとすると、ガルドが額を押さえた。


「まず喜べ」


「通ったことは成功です。ただ、削った穴だけ大きくなっていないか――」


「分かっておる!」


          ◇


 本格的な通水試験は、工房の中庭で行われた。


 便器は厚い試験台へ固定されている。


 後部の給水口には革管。


 上部には一定量の水を入れた陶製貯水槽。


 排水口の先には、透明な窓を一部に付けた短い試験管。


 その先に大桶。


 便器の下には乾いた白布を敷き、水漏れを確認できるようにした。


「最初は水だけです」


 直人が説明する。


「流してください」


 ミーナが貯水槽を満たす。


 直人は洗浄紐を引いた。


 ごうっ。


 水が給水口から水路へ入る。


 縁の下に並んだ穴から、ほぼ同時に水が流れ出した。


 鉢の内側を青灰色の水面が回る。


 水は底へ集まり、排水路へ吸い込まれた。


 ごぼん。


 低い洗浄音。


 排水が試験管を走り、大桶へ流れ込む。


 便器内には、新しい水が残った。


「白い便器と同じ音だ」


 ロッカが言った。


「少し低いですね」


 直人は答える。


「排水路の形と陶器の厚みが違いますから」


「流れれば、音はどうでもいいだろう」


「異常音を見分ける基準になります」


「客に音の違いを覚えさせるのか?」


「管理者には知ってもらいます」


 ガルドが便器の下の白布を引き出した。


 乾いている。


 側面にも水滴はない。


「漏れなし」


 テオが記録する。


「次は洗浄穴ごとの水量です」


 削った穴を含め、杯を置いて短時間だけ水を流す。


 結果は、ほぼ均等だった。


 削った穴だけ、ほかよりわずかに多い。


「許容範囲ですか」


 ガルドが尋ねる。


「便器全体の洗浄で確認します」


 鉢の内側へ、泥を薄く塗る。


 前。


 左右。


 後方。


 洗浄水が当たりにくい場所を意識して、同じ量を付着させた。


「便器へ泥を塗るの?」


 ナーラが尋ねる。


「汚れが落ちるか確認します。本物を使う前の試験です」


「本物も試すのかい?」


 エッダが顔をしかめる。


「代用品で十分な結果が出れば、設置後の実使用で確認します」


「少し安心したよ」


 再び貯水槽を満たす。


「流します」


 洗浄紐を引く。


 水が鉢全体を回る。


 泥は薄く崩れ、排水口へ向かった。


 ごぼん。


 洗浄後。


 前と左右の泥は、ほぼ残っていない。


 だが、後方の一部に細い筋が残っていた。


「ここが弱い」


 ガルドが指差す。


「給水口に近いのに?」


 テオが尋ねる。


「水は出ています。ただ、鉢へ当たる角度が浅い」


 直人は洗浄穴を確認した。


 釉薬によって穴の下側が少し盛り上がり、水が以前より横方向へ流れている。


「この穴の下だけ、釉薬を少し整えます」


「また削るのか」


「ごくわずかです」


「一つ直せば、別の問題が出るな」


「試作品ですから」


 ガルドは細い砥石を使い、穴の下端だけを慎重に整えた。


 再び泥を塗る。


 三度目の洗浄。


 今度は、後方の筋もほぼ消えた。


「合格です」


 直人が言った。


「やっと言ったな」


 ガルドは満足そうに腕を組んだ。


「洗浄性能については、です」


「続きがあると思ったぞ」


          ◇


 次は、水位保持試験だった。


 便器内へ一定の高さまで水を入れる。


 鉢の内側に印を付ける。


 すぐには流さない。


 一刻後。


 水位に変化はない。


 二刻後。


 変化なし。


 夕方になっても、水は同じ高さを保っていた。


「一晩置きます」


 直人が言う。


「まだ待つのか」


 ガルドが顔をしかめる。


「内部に小さなひびがあれば、時間をかけて漏れる可能性があります」


「下の布は乾いている」


「床へ出ず、陶器内部へ染み込む場合もあります」


「釉薬をかけたのだぞ」


「だから、それが機能しているか確認します」


 便器は、そのまま工房の中庭へ置かれた。


 誰も触らないよう、周囲を木柵で囲う。


 翌朝。


 印の位置と水面は一致していた。


 便器の下の布も乾いている。


 外側に変色はない。


「水位保持試験、合格です」


 テオが記録へ大きな丸を付けた。


 弟子たちから拍手が起きる。


 ガルドは咳払いをしたが、止めなかった。


「次は、強度試験です」


 拍手が止まった。


「まだ壊すつもりか」


「壊さないことを確認します」


 工房の床に、八つの砂袋が並べられた。


 一袋ずつでも、大人が両腕で抱えるほど重い。


 便器の上には、荷重を均等にかけるための厚い木製便座と板を載せる。


「まず一袋」


 ロッカが砂袋を置く。


 異常なし。


 二袋。


 異常なし。


 三袋。


 四袋。


 便器は動かない。


 異音もない。


 五袋目。


 リリアが心配そうに便器を見ている。


「ナーラさんより、かなり重いでしょう?」


「はい」


「もう十分では?」


「通常の体重へ、動いた時の力や安全分を加えます」


「人が砂袋みたいに静かに座るとは限らないものね」


「そういうことです」


 六袋目。


 便器の上には、砂袋が高く積まれた。


 ガルドが側面を確認する。


 接合部に変化はない。


「六つで止めます」


「八つ用意したのではなかったか」


 ガルドが尋ねる。


「予定していた安全荷重に達しました」


「載せろ」


「壊れる限界を調べる試験ではありません」


「どこまで耐えるか、知っておくべきだ」


「依頼主へ渡す第一号です。壊れるまで試すわけにはいきません」


「二号を作ったら、壊れるまで載せる」


「製品とは別に、強度試験用の便器が必要ですね」


「試験のために便器一台を壊すのか?」


 リリアが驚く。


「今後、たくさん販売するなら必要になるかもしれません」


「試験費が増えるわ」


「事故の費用よりは安いです」


 リリアは帳簿へ何かを書き込んだ。


「今度は何ですか」


「将来の開発費。今の注文へ全部載せるわけにはいかないでしょう?」


「その通りです」


 直人は六つの砂袋を下ろした。


 荷重を除いた後も、便器に異常はない。


 木槌で音を確認する。


 すべて澄んでいる。


「静荷重試験、合格です」


「せいかじゅう?」


 リリアが尋ねる。


「動かさず、重さをかける試験です」


「次は動く試験?」


「はい」


「まだあるの?」


 直人は砂袋一つを、便座から少しだけ浮かせた。


「高い位置から落とすことはしません。人が腰を下ろす程度の小さな衝撃を繰り返します」


「何回だ」


 ガルドが聞く。


「まず五十回」


「五十回?」


 全員の声が重なった。


「実際には何千回も座ります」


「なら何千回やれ」


「手作業では無理です。今回は五十回で異常がないか確認し、設置後も定期的に点検します」


 ロッカが木枠と縄を使い、砂袋を少しだけ上下させる簡単な装置を作った。


 便座から指一本分ほど持ち上げ、下ろす。


 どすん。


 一回。


 どすん。


 二回。


 初めは全員が見ていた。


 十回目を過ぎると、リリアは帳簿を開いた。


 二十回目でミーナはポルンの餌やりへ戻った。


 三十回目には、ガルドが弟子へ別の指示を出し始めた。


「誰も見ていませんね」


 直人が言う。


「お前が数えているだろう」


 ガルドが答える。


「四十一」


 テオが記録紙を見ながら言う。


「四十二」


「俺よりテオの方が正確でした」


「記録係ですから」


 五十回。


 便器は耐えた。


 異音なし。


 目に見えるひびなし。


 固定穴にも異常なし。


「動荷重試験も合格です」


「これで座れるのかい?」


 ナーラが尋ねた。


 直人は便器と記録を確認した。


 水路。


 洗浄。


 水漏れ。


 水位保持。


 静荷重。


 繰り返し荷重。


 すべて、現時点の基準を満たしている。


「服を着たままの座り試験なら、お願いします」


「やっとだね」


 ナーラは杖をつき、便器へ近づいた。


 ガルドが作った木製便座を載せる。


 左右の固定金具は、焼成後の寸法へ合わせて作り直されていた。


 便器の横には、仮設の手すり。


「ゆっくり座ってください」


 直人が左側から支える。


 エッダが右側に立つ。


 ナーラは便器へ背を向け、手すりを握った。


 膝を曲げる。


 便座へ腰を下ろす。


 全員が息を止めた。


 便器は動かない。


 音もしない。


「足は?」


 直人が尋ねる。


「床へついているよ」


「膝は痛みませんか」


「銀月亭の便器より楽だね」


「便座の前側は?」


「脚へ当たらない」


「左右の幅は?」


「狭くないよ」


 ナーラは手すりを使い、ゆっくり立ち上がった。


 一度で立てた。


「もう一度座っても?」


「もちろんです」


 二度目。


 今度は最初より自然に腰を下ろす。


 ナーラは便器に座ったまま、青灰色の鉢を見下ろした。


「これは、私の便器なんだね」


「設置と最終試験が終われば」


「まだ終わりではないのかい?」


 エッダが呆れた。


「家へ運んだ時に割れる可能性もあります。床へ固定し、給水と排水へ接続して、実際の場所で試験します」


 ナーラが笑った。


「この人が終わりだと言う日は、本当に来るのかね」


「毎日使える状態になったら、引き渡します」


「その後も点検へ来るのでしょう?」


 リリアが尋ねる。


「はい」


「やっぱり終わらないじゃない」


 工房に笑い声が広がった。


 直人も少しだけ笑った。


 異世界の土で作った第一号便器。


 完全な白ではない。


 左右もわずかに歪んでいる。


 洗浄穴の一つは、焼成後に調整した。


 日本の工場製品と比べれば、見た目も精度も及ばない。


 それでも、水を流した。


 臭いを止める水を残した。


 砂袋六つと、五十回の衝撃に耐えた。


 そして、ナーラが自分の力で座り、立つことができた。


「パン屋へ運ぶ準備を始めます」


 直人が言う。


「明日かい?」


 エッダが尋ねる。


「先に現場の床、給水、排水を完成させます。便器は最後です」


「何日かかる?」


「順調なら、三日ほどです」


「今度は日を言い切ったわね」


 リリアが驚く。


「便器本体の開発と違い、現場調査は終わっています。材料もそろっています」


「雨が降ったら?」


「屋外の処理槽工事が遅れます」


「職人が病気になったら?」


「日程を変更します」


「結局、順調ならなのね」


「工事ですから」


 リリアは苦笑しながら、帳簿へ予定を書き込んだ。


 ガルドは青灰色の便器を撫でた。


「運ぶ時は、俺も行く」


「心配ですか」


「設置の仕方を見ておく」


「割れないか心配なんですね」


「違う!」


 怒声が響いた。


 だが、誰も驚かなかった。


 ガルドが第一号便器を大切に思っていることは、工房にいる全員が知っていた。


 異世界製便器第一号は、ようやく工房を出る資格を得た。


 次は、ナーラの家で本当の設備になる。

薄い青灰色の釉薬をかけた第一号便器は、二度目の焼成を無事に終えました。


洗浄穴の一部が釉薬で塞がる問題は発生しましたが、慎重に調整し、洗浄、水漏れ、水位保持、静荷重、繰り返し荷重の各試験に合格します。


ナーラ本人による座り試験でも、銀月亭の便器より立ち座りが楽だと確認されました。


次回はパン屋の便所改修工事を行い、異世界で作られた最初の水洗便器を一般家庭へ設置します。

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