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トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第1章 異世界に、最初の便器を

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第14話 ポルンは配管に入っていいのか

異世界製便器の水路は、少しずつ完成形へ近づいています。


一方、汚物や汚れを食べる清掃スライム・ポルンには、配管清掃へ利用できる可能性が見えてきました。


しかし、便利だからといって、すぐに排水管へ入れるわけにはいきません。

 ガルドの工房で作られた三号改水路は、乾燥を終えても割れていなかった。


「今度は大丈夫そうですね」


 陶山直人が表面を確認すると、ガルドは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「焼く前から成功したように言うな」


「前回は、焼く前にひびが入っていましたから」


「だからといって、焼いた後まで無事とは限らん」


 三号改は、二号水路を基準に作られていた。


 水路全体の外形。


 陶器の厚み。


 使用する土の量。


 乾燥させる日数。


 それらは二号とそろえてある。


 変更したのは、洗浄穴の大きさだけだった。


 給水口に近い穴は、二号よりわずかに大きく。


 遠い穴は、わずかに小さく。


 水の勢いを、全体で均等に近づけるための調整である。


「記録を確認します」


 弟子のテオが紙を読み上げる。


「土は二号と同じ配合。水分量も同じ。外壁の厚みは、すべて直人さんの目盛りで――」


「お前の国の目盛りばかり使うな」


 ガルドが割り込んだ。


「こちらの尺も併記しています」


「俺たちが使うのは、そちらだ」


「でも、直人さんと同じ寸法を確認するには、両方必要です」


 テオは以前より堂々と答えるようになっていた。


 ガルドは眉を動かしたが、反論しなかった。


「それと、穴を大きくする時は外側へ土を足さず、内側だけ削っています」


「前回のひび対策ですね」


 直人が言う。


「二号は穴の周囲だけ厚みが変わっていた。焼いた時の縮み方が違い、ひびが入った可能性がある」


「可能性、か」


「焼いて無事なら、一つの原因だったと考えられます」


「無事でなければ?」


「別の原因も探します」


「気の長い話だ」


「便器は、毎日何度も使うものです」


「それは何度も聞いた」


 ガルドは三号改を持ち上げ、窯へ運んだ。


 その後ろで、直人は手帳へ焼成開始時刻を記す。


「窯から取り出せるのは、明日の夕方ですか」


「火の具合による」


「では、明日の夕方以降」


「昼から何度も聞きに来るなよ」


「努力します」


「来る気だな」


          ◇


 三号改を焼いている間、直人たちは銀月亭の裏庭へ集まった。


 石桶の中では、ポルンが青緑色の体をゆっくりと揺らしている。


 数日前より、わずかに大きくなったように見えた。


 直人は桶の内側へ付けた目盛りを確認する。


「昨日より、体積が一割ほど増えています」


「一割とは?」


 リリアが尋ねる。


「最初の大きさを十としたら、今は十一くらいです」


「少し大きくなった、では駄目なの?」


「何日でどのくらい増えるか知る必要があります」


「全部、数字にするのね」


「大きくなりすぎる前に気づくためです」


 直人はポルンの核を観察した。


 色は青緑。


 昨日より少し明るい。


 清掃スライムに詳しいセラによれば、核の色が濃い紫や赤へ変わる場合、魔力をため込みすぎている可能性があるという。


「餌の量は変えていませんか」


 直人がボルグへ尋ねる。


「昨日と同じだ」


「全部食べました?」


「一刻もかからずにな」


「最初の日は、もう少しかかっていました」


「腹が減っていただけではないのか」


「それも考えられます」


 セラが石桶の縁へしゃがみ込んだ。


「環境に慣れた可能性もある。清掃スライムは、安全な場所だと判断すると活動が速くなる」


「安全かどうかを判断できるんですか」


「詳しくは分からん。だが、捕まえた直後と飼育後では動きが変わる」


 リリアが指を石桶へ近づける。


 ポルンは細い体の一部を伸ばし、指の方向へ寄ってきた。


「名前も覚えたかもしれないわ」


「それは確認できません」


 直人が答える。


「ポルン」


 リリアが呼ぶ。


 青緑色の体が、ぷるりと揺れた。


「ほら」


「振動へ反応しただけかもしれません」


「ナオト」


 今度は直人の名を呼ぶ。


 ポルンは動かなかった。


 リリアは勝ち誇ったように笑った。


「私の名前を呼んでみてください」


「リリア」


 ポルンは少し揺れた。


「声の高さか、呼び方へ反応している可能性があります」


「素直に認めればいいのに」


「設備へ使うなら、思い込みで判断できません」


「ポルンは設備ではないわ」


「配管清掃に使うなら、設備管理の一部です」


 リリアが不満そうに頬を膨らませた。


 直人はその横で、試験用の木管を準備した。


 長さは腕二本分ほど。


 銀月亭の排水管と同じ材料、同じ内径で作られている。


 ただし、両端を外せる構造にしてあり、中で何か起きてもすぐ救出できる。


「いきなり銀月亭の排水管へ入れないのですね」


 ミーナが尋ねる。


「当然です」


「ポルンなら、汚れを食べて戻ってくると思います」


「戻ってこなかった場合は?」


「呼べば戻るかもしれません」


「“かもしれない”で営業中の配管には入れられません」


 直人は木管の片側へ、少量の汚れを付着させた。


 処理槽から採取した沈殿物を、内側へ薄く塗ってある。


 反対側には、何も付けていない。


「確認するのは五つです」


 直人は皆に説明した。


「一つ。自分から管へ入るか」


「餌があれば入るだろう」


 ボルグが言う。


「二つ。汚れだけを食べ、木や防水材を傷めないか」


「清掃スライムは木を食わん」


 セラが答える。


「ただし、この個体も同じとは限りません」


「慎重すぎるぞ」


「三つ。途中で大きくならないか」


「一度食べたくらいで急に膨らまないわ」


 リリアが言う。


「それも確認します。四つ。呼び戻せるか」


「名前を呼ぶのね」


「音、光、餌など、反応する方法を試します」


「五つ目は?」


「管の途中で動かなくなった時、安全に出せるか」


 直人は試験管の上部を示した。


 三か所に、小さな取り外し式の蓋が付いている。


 詰まった場所が分かれば、そこから取り出せる。


「実際の配管にも、その蓋を付けるの?」


 リリアが尋ねる。


「点検口として使えるかもしれません」


「てんけんこう?」


「管を全部壊さず、中を確認するための開口部です」


 ボルグが木管の蓋を指で押した。


「密閉が甘ければ、ここから臭いと水が漏れる」


「だから、まず試験用です。実用化するなら、栓と防水材を改良します」


「便利なものを使うほど、部品が増えるな」


「部品が増えれば、壊れる場所も増えます」


「なら、付けない方がいいのでは?」


 ミーナが尋ねる。


「修理しやすさと故障の増加、どちらが大きいかを比べます」


「答えが最初から決まっているわけではないのですね」


「はい」


 新しいものを付ければ、必ず良くなるわけではない。


 点検口があれば清掃は楽になる。


 だが、接合部が増え、水漏れや臭気漏れの危険も増える。


 設備は、機能を増やすほど管理も複雑になる。


「始めましょう」


          ◇


 木管の片端を石桶へ近づける。


 汚れを付けた側が奥になるよう固定する。


 ポルンは最初、管へ反応しなかった。


 丸い体のまま、桶の底で揺れている。


「汚れが遠くて分からないのかもしれません」


 ミーナが言う。


「入口に少しだけ付けます」


 直人は木の匙で、管の入口へ汚れを塗った。


 ポルンの体がすぐに伸びる。


 細い触手のような部分が、木管の縁へ触れた。


「入るぞ」


 セラが声を落とした。


 青緑色の体が、少しずつ管へ流れ込む。


 頭も尾もないため、液体が吸い込まれているように見えた。


 やがて、ポルンの全身が木管の中へ消えた。


「位置は分かりますか」


 リリアが尋ねる。


 木管の一部には、細いガラス板が取り付けられている。


 ガルドが知り合いのガラス職人へ頼み、試験用に作ってもらったものだ。


 透明な窓の向こうを、青緑色の影がゆっくり進んでいる。


「入口の汚れを食べています」


 ポルンが通過した部分から、黒い汚れが消えていく。


 木の表面は濡れているが、削られた跡はない。


「木は食べていないようです」


「防水材は?」


 ボルグが尋ねる。


 管の継ぎ目には、弾樹の樹液から作った試験用防水材を塗ってある。


 ポルンが継ぎ目へ差しかかる。


 一度止まった。


 体の一部を押し付け、細かく震える。


「食べている?」


 ミーナが身を乗り出す。


「まだ分かりません」


 数秒後、ポルンはそのまま先へ進んだ。


 防水材は見た目には残っている。


「後で重さと表面を確認します」


 ポルンは管の奥へ到達し、付着した汚れを包み込んだ。


 青緑色だった体が、茶色へ濁る。


 汚れは徐々に消えていく。


「きれいになっています」


 リリアが声を上げた。


「問題は、戻るかどうかです」


 直人は管の入口で指を軽く叩いた。


「ポルン」


 反応はない。


「聞こえないのでは?」


 ミーナが言う。


 リリアが入口へ近づいた。


「ポルン。戻ってきて」


 管の奥の体が、わずかに揺れた。


「反応したわ」


「偶然の可能性があります」


「またそれ?」


 リリアがもう一度呼ぶ。


 ポルンは汚れを食べ続け、戻ってこない。


「名前より、餌の方が強いようですね」


 直人が言う。


「食べ終われば戻るかもしれない」


 セラが答える。


 全員で待った。


 やがて、管の奥に付けた汚れがほとんど消える。


 ポルンはその場で丸くなった。


 戻る気配はない。


「困りましたね」


「出口を開ければ?」


 ボルグが言う。


「実際の排水管では、処理槽側へ出てしまいます」


「それでは清掃後に捕まえればいい」


「毎回、処理槽を開けるのは危険です」


「なら、反対側に餌を置く」


 セラが入口近くへ、別の汚れを少量置いた。


 ポルンの体が再び伸びる。


 今度は、来た道を戻り始めた。


「呼び声ではなく、餌ですね」


「確実なら、それでいいだろう」


 ボルグが言う。


「ただし、汚れを餌にするなら、清掃するたび新しい汚れが必要になります」


「処理槽にいくらでもある」


「衛生的に運ぶ方法を決めなければなりません」


「また仕事が増えた」


 リリアがため息をつく。


 ポルンが管の入口へ戻ってきた。


 体全体が石桶へ落ちる。


 直人はすぐに木板で入口を閉じた。


「大きさを測ります」


 一定量の水を入れた小さな計測桶へ、ポルンを移す。


 水位は、試験前よりわずかに上がっていた。


「増えています」


「汚れを食べた分か?」


「一時的に体内へ残っている可能性もあります」


 しばらく待つ。


 ポルンは桶の底で体を震わせ、小さな灰色の粒を一つ排出した。


 その後、体積を測り直す。


「ほぼ試験前と同じです」


「食べたものを、すぐ粒にしたのか」


 ボルグが灰色の粒を観察する。


「臭いは少ない」


「触らないでください」


「分かっている」


 直人は試験木管を分解した。


 内側の汚れは、ほぼ消えている。


 木材に目立った損傷はない。


 弾樹の防水材も残っている。


 ただし、一部がわずかに白く曇っていた。


「ポルンが触れた影響でしょうか」


 ミーナが聞く。


「水かもしれません。別の試験が必要です」


「今日の結果では、まだ使わないの?」


 リリアが尋ねる。


「営業中の管には入れません」


「きれいにできたのに?」


「一回成功しただけです」


「何回試せばいいの」


「条件を変えて確認します」


 乾いた汚れ。


 湿った汚れ。


 紙が付着した状態。


 曲がりのある管。


 縦方向の管。


 長い管。


 餌が途中でなくなった場合。


 複数の汚れがある場合。


「全部やるつもり?」


「実際の配管へ近い条件は必要です」


 リリアはポルンを見た。


「ポルンは大変ね」


 青緑色の体が、ぷるりと揺れる。


「嫌そうには見えません」


「楽しそうにも見えないわ」


「表情がありませんから」


「ナオトよりは分かりやすいかもしれない」


「どういう意味ですか」


「仕事を増やす時、あなたも似たように目が光るもの」


 ミーナとセラが笑った。


 直人は反論しようとしたが、否定しきれなかった。


          ◇


 翌日の夕方。


 ガルドの工房で、三号改水路が窯から取り出された。


 外側にひびはない。


 木槌で叩いても、すべて澄んだ音がする。


「水を流すぞ」


 ガルド自身が、試験台へ水路を固定した。


 一号、二号と同じ量の水。


 同じ高さ。


 同じ革管。


 同じ傾斜。


 条件をそろえる。


「開けます」


 直人が栓を引いた。


 水が三号改へ流れ込む。


 最初の穴。


 二番目。


 三番目。


 最後の穴まで、ほぼ同時に水が出た。


 白い木板の表面へ、均等に水が広がる。


 一号のように入口側へ偏らない。


 二号のように遠方側だけ強くもない。


 給水が止まるまで、側面からの漏れは一滴もなかった。


「杯を置きます」


 穴ごとの水量を測る。


 完全に同じではない。


 それでも、最大と最小の差は一号より大幅に小さくなっていた。


「成功ですね」


 テオが言った。


「水路試験としては」


 直人が答える。


「まだ不満があるのか」


 ガルドが睨む。


「便器全体へ組み込んだ時、同じように流れるかは別です」


「今くらい、成功と言え!」


 工房に怒声が響く。


 直人は少し笑った。


「分かりました。三号改水路は成功です」


「最初からそう言え」


 ガルドは不機嫌そうにしながらも、口元がわずかに緩んでいた。


 弟子たちも笑顔で記録を囲んでいる。


 一号。


 二号。


 三号。


 三号改。


 失敗を重ね、ようやく水路の基本形ができた。


「次は、便器の鉢部分です」


 直人が言う。


「水路と鉢をつなぎます」


「いよいよ便器の形になるのですね」


 テオの声が明るくなる。


「ただし、まだ排水の曲がりが残っています」


「臭いを止める水の栓か」


 ガルドが白い便器の底を見た。


「こちらの方が、水路より厄介そうだ」


「はい」


 鉢を洗う水路ができても、汚物を流し、一定量の水を残す排水構造がなければ水洗便器にはならない。


 次の難関が待っている。


 直人は成功した三号改と、保管棚に置かれた失敗試験片を見比べた。


 一つずつ。


 分からないことを調べ、試し、記録する。


 ポルンの配管清掃も同じだった。


 便利そうだから採用するのではない。


 安全に使える条件を明らかにする。


 異世界で新しい設備を作るには、魔法よりも、失敗と向き合う根気が必要なのかもしれない。


「ナオトさん」


 テオが声をかけた。


「次の試験片の名前は、四号ですか」


「そうですね」


 ガルドが口を挟む。


「四号ではない」


「では、何と?」


「最初の便器試作だ」


 ガルドは白い便器を力強く叩いた。


「今度は、水路だけではない。尻を載せられる形まで作る」


「座る前に強度試験をします」


「分かっておる!」


 異世界製便器の最初の一台が、ようやく形になろうとしていた。

ポルンは試験用配管へ入り、木材や防水材を大きく傷めることなく、内部の汚れを取り除きました。


ただし、自力では戻らず、餌で誘導する必要があるため、実際の配管への導入は保留です。


一方、三号改水路は水量の偏りと水漏れを改善し、初めて試験に成功しました。


次回は、水路と便器の鉢を一体化した、異世界製便器第一号の成形が始まります。

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