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トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第1章 異世界に、最初の便器を

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第13話 汚物を食べる小さなスライム

銀月亭の処理槽から、床下へ続く青緑色の跡が見つかりました。


その正体は、床下で汚れを食べていた小型スライムなのか。


直人たちは水洗便所を一時停止し、異世界ならではの問題を調査します。

 銀月亭の水洗便所には、再び赤い板が掛けられた。


 使用停止。


 ロッカが彫った大きな斜線は、文字を読めない者にも意味が分かる。


「また使えないのか?」


 朝一番に訪れた行商人が、不満そうに扉を見た。


「処理槽に異常が見つかったため、確認中です」


 陶山直人が説明する。


「便器は流れるんだろう?」


「便器だけ動いても、流した先に問題があれば使えません」


「昨日までは使えたぞ」


「昨日まで問題が見つからなかっただけです」


「便所というものは、もっと簡単じゃないのか」


「簡単に見えるように作るのが、俺たちの仕事です」


 行商人は納得していない顔だったが、銀月亭の古い便壺を借りるため宿へ入っていった。


 直人は扉の横へ、新しい説明板を掛ける。


 便器から管が伸び、その先の処理槽に大きな疑問符が描かれている。


 絵を担当したロッカは、昨日より分かりやすく描いてくれた。


 ただし、疑問符の意味がこの世界でも通じるかは分からない。


「せっかく利用客が増えてきたのに」


 リリアが受付台から外を見ていた。


「今日だけで、銅貨を五枚は失っているわ」


「安全確認が終われば再開できます」


「いつ終わるの?」


「中にいるもの次第です」


「スライム一匹でしょう?」


「一匹とは限りません」


 直人は処理槽の方向へ目を向けた。


「汚物を食べて増える種類なら、内部に何匹いるか分かりません。排水管へ入れば詰まりの原因になるかもしれない。処理槽の壁を溶かす可能性もあります」


「逆に、汚物を食べて減らしてくれる可能性もあるのでしょう?」


「あります」


「なら、役に立つかもしれないわ」


「役に立ちそうだから、すぐ利用するのが一番危険です」


 リリアは腕を組んだ。


「本当に慎重ね」


「便所の下で何かが増えてからでは遅いです」


 日本では、浄化槽の中で微生物が汚水を分解する。


 だが、それは管理された仕組みの中で行われる。


 正体不明の魔物を処理槽へ放ち、汚物が減ったから成功とは言えない。


 成長して管を塞ぐかもしれない。


 有害なものを排出するかもしれない。


 汚物がなくなれば、今度は人を襲うかもしれない。


「魔物について詳しい人は来ますか」


「冒険者組合から一人、紹介してもらったわ」


 リリアは宿の入口を見た。


「ただ、朝から妙な顔をしていた」


「妙な顔?」


「便所の魔物を調べてほしいと言ったら、しばらく黙っていた」


「断られませんでしたか」


「銀貨を要求された」


「高いですね」


「だから、銅貨十枚まで下げたわ」


「交渉できたんですか」


「“戦闘ではなく観察が中心”と説明したの」


「危険なら戦闘になる可能性があります」


「それは言わなかった」


「リリアさん」


「分かっているわよ。危険があれば追加で払う条件にした」


 直人は安堵した。


 危険な仕事を安く引き受けさせれば、後で問題になる。


「来たようです」


 宿の前に、一人の女性が立った。


 二十代後半ほど。


 短い茶髪。


 革の胸当て。


 腰には短剣と、小さな布袋がいくつも下がっている。


 冒険者というより、薬草採取者か狩人に近い装備だった。


「セラ・ライエンだ」


 女性は直人へ手を差し出した。


「魔物の痕跡調査と、小型魔物の捕獲を専門にしている」


「陶山直人です。設備の施工をしています」


「聞いた。便所職人だろう」


「町では、その呼び方で定着しそうですね」


「嫌なのか?」


「間違ってはいません」


 セラは処理槽の方角へ鼻を向け、すぐに顔をしかめた。


「この臭いの中へ入るのか」


「処理槽へ人が入ることは避けます」


「どうやって調べる」


「蓋の一部だけを開け、外から確認します」


「中が見えなければ?」


「小さな籠か容器で誘い出します」


「餌は?」


 直人とボルグが同時に処理槽を見た。


「そこに大量にあります」


 セラは深くため息をついた。


「引き受ける仕事を間違えたかもしれん」


          ◇


 処理槽の周囲には、直人、ボルグ、セラ、ミーナが集まった。


 リリアとマルタは安全のため、銀月亭の窓から見守っている。


 ガルドは便器の水路試験片を作り直しており、工房から離れられなかった。


「まず、蓋を全部開けないでください」


 直人が言う。


「中から飛び出す可能性があるため、一枚だけずらします」


「この蓋は、俺とロッカで作った」


 ボルグが木製の蓋へ手をかけた。


「簡単には壊れん」


「スライムが木を溶かす種類なら?」


「今それを言うのか」


「可能性の確認です」


「先に見れば分かる」


 ボルグが蓋を少し持ち上げる。


 隙間が指二本分ほど開いた。


 生温かい臭気が吹き出す。


 直人とセラは口元を布で覆った。


 ミーナは水の薄い膜を自分たちの周囲に展開する。


「臭いを防げるんですか」


 直人が尋ねる。


「完全には無理です。ただ、空気中の細かな飛沫がこちらへ来るのを減らせます」


「そんな使い方もできるんですね」


「昨日、考えました」


「処理槽の調査のために?」


「設備開発担当ですから」


 ミーナは少し得意そうに答えた。


 セラが感心したように水膜へ指を近づける。


「薄いが均一だ。水魔法の扱いが細かいな」


「戦闘では役に立ちません」


「敵の毒液や粉を防げるなら、十分役に立つ」


 ミーナは驚いたようにセラを見た。


「本当ですか」


「使い方次第だ」


 直人は二人の会話を聞きながら、処理槽の隙間へ携帯用ライトを向けた。


 光が濁った水面を照らす。


 浮いているものは少ない。


 想定していたより、表面は静かだった。


「何か見えますか」


 ボルグが尋ねる。


「今のところは」


 直人は細い棒の先へ、小さな鏡を結び付けた。


 銀月亭で使われていた古い化粧鏡を、マルタに借りたものだ。


 棒を隙間から入れ、角度を変える。


 処理槽の内壁。


 排水管の出口。


 沈殿した汚物。


 蓋の裏側。


「います」


 内壁の隅に、青緑色の小さな塊が張り付いていた。


 床下で見た個体と同じくらい。


 両手へ乗るほどの大きさ。


 半透明の体が、ゆっくり伸び縮みしている。


「一匹か?」


 セラが尋ねる。


「見える範囲では一匹です」


「色は?」


「青緑。中心に光る核があります」


「小型の清掃スライムかもしれん」


「清掃スライム?」


 セラは腰の布袋から、小さな木札を取り出した。


 そこには魔物の絵と文字が記されている。


「町のごみ捨て場や家畜小屋に現れる。腐った食べ物、糞、死んだ虫などを食う」


「人を襲いますか」


「小さい個体なら、ほとんど襲わない。ただし、大量の汚物を食べ続けると成長する」


「どのくらい大きくなります?」


「馬車ほどになった記録もある」


 ボルグが蓋から手を離しかけた。


「閉めろ」


「待ってください」


「馬車ほどになる魔物を、処理槽に置いておけるか」


「今すぐ閉めると、内部の状態を確認できません」


「大きくなってからでは遅い」


「だから成長条件を調べます」


 セラが木札を裏返した。


「清掃スライムは、食べた量だけで大きくなるわけではない。体内に魔力をため込む」


「汚物に魔力が含まれているんですか」


「人にも獣にも微量の魔力はある。特に魔術師や魔物の排泄物には多い」


「普通の宿泊客が使う程度なら?」


「すぐ巨大化することはない。ただ、魔力の強い客が続けば分からん」


 直人は手帳へ記録した。


 清掃スライム。


 腐敗物と排泄物を食べる。


 摂取した魔力を体内に蓄える。


 成長する可能性。


 人への攻撃性は低い。


「処理槽の木や粘土を溶かしますか」


「酸を出す種類とは違う。食べ物ではないものには、ほとんど反応しない」


「排水管の中へ入ったら?」


「汚れを求めて入る可能性はある」


「詰まりの原因になりますね」


「小さいうちは狭い場所を通る。だが、途中で汚物を食べて膨らめば詰まるかもしれん」


 直人は排水管の出口を鏡で見た。


 スライムは処理槽の壁に張り付いており、排水管からは離れている。


 しかし、このまま自由に動かしておくのは危険だ。


「捕獲できますか」


「できる」


 セラは腰から折り畳まれた革籠を取り出した。


 細い金属枠に、油を染み込ませた革を張ったものだ。


 上部には閉じられる蓋。


 側面には小さな穴が開いている。


「この中へ餌を入れる。スライムが入ったら、紐で引き上げる」


「汚物を使うんですか」


「ほかに何を使う」


「新しいものを処理槽へ追加したくありません」


「中にあるものを少し取ればいい」


 ボルグが長柄のひしゃくを取り出した。


「そのための道具だ」


 直人は安全を確認しながら、処理槽の沈殿物を少量だけ籠へ入れた。


 セラが籠の入口を開けた状態で、紐を結ぶ。


「スライムが入るまで待つ」


「どれくらいです?」


「腹が減っていればすぐ。満腹なら半日」


「使用停止が長引きますね」


 窓から見ていたリリアが叫ぶ。


「聞こえているわよ!」


「安全確認が優先です!」


「分かっているけれど、昼までには何とかして!」


 セラが直人へ顔を寄せた。


「商売人は大変だな」


「施工担当者です」


「同じようなものだろう」


 籠を隙間から処理槽へ下ろす。


 水面へ触れないよう、沈殿物の近くへ置く。


 スライムは最初、動かなかった。


 鏡の光を嫌がるように、壁の影へ縮む。


「明かりを消しましょう」


 直人は携帯用ライトを閉じた。


 鏡だけを残し、蓋の隙間をさらに狭める。


 待つ。


 一分。


 二分。


 処理槽の内部から、わずかな湿った音が聞こえた。


 ぺたり。


 ぬるり。


 セラが紐へ指を添える。


「動いている」


 鏡の角度を変える。


 青緑色の塊が壁から離れ、籠の方向へ伸びていた。


 丸い体の一部を細くし、ゆっくりと地面を這っている。


 籠の前で一度止まる。


 体を震わせる。


 次の瞬間、半透明の体が入口から中へ流れ込んだ。


「今です」


 直人が言う。


 セラが紐を強く引く。


 革籠の入口が閉じた。


 中でスライムが大きく揺れる。


 蓋の隙間から籠を引き上げる。


「重いぞ」


 セラとボルグが二人で紐を引いた。


 処理槽から現れた革籠の中で、青緑色のスライムがぷるぷると震えている。


 大きさは、床下で見た時より少し増していた。


「同じ個体でしょうか」


「核の形を見れば分かるかもしれん」


 セラが籠を地面へ置いた。


 スライムの中心には、小さな光る核がある。


 丸ではなく、少し欠けた石のような形。


 直人は床下で見た時の姿を思い出した。


「同じだと思います」


「どうする」


 ボルグが尋ねる。


「殺すのか。森へ捨てるのか」


 籠の中のスライムは暴れていない。


 餌として入れた汚物を体で包み込み、少しずつ吸収している。


 食べ終わった部分の汚れは目に見えて減り、代わりにスライムの体が茶色く濁っていく。


「汚物を本当に食べている」


 ミーナがしゃがみ込んだ。


「食べたものは、どこへ行くのですか」


「体内で分解される」


 セラが答える。


「最後は小さな魔石と、乾いた殻のようなものを排出するはずだ」


「その殻は危険ですか」


「種類による。清掃スライムなら肥料に使われることもある」


 直人はセラを見た。


「飼育されることもあるんですか」


「ごみ処理場や鉱山では使う。だが、管理人が毎日大きさと核の色を確認する」


「成長しすぎた場合は?」


「餌を減らす。魔力を抜く。場合によっては分裂させる」


「分裂?」


「核を傷つけずに体を二つへ分ける。失敗すれば死ぬから、専門の調教師が必要だ」


 管理できれば利用できる。


 しかし、ただ処理槽へ放すだけでは危険。


 直人は迷った。


 銀月亭の処理槽は簡易的なものだ。


 汚物を減らせるなら、汲み取り回数を減らせる可能性がある。


 臭いも抑えられるかもしれない。


 一方で、成長や排水管への侵入を管理できなければ、設備全体が止まる。


「まず、別の容器で観察します」


 直人は結論を出した。


「処理槽へ戻さないのか」


 ボルグが聞く。


「安全性が分かるまでは戻しません」


「何を食わせる」


「処理槽から一日に一定量だけ取ります」


「わざわざ汚物を運ぶのか」


「どれくらい食べるか、食べた後に何を出すか、体の大きさがどう変わるか確認します」


 リリアが窓から裏庭へ出てきた。


「また記録を増やすの?」


「必要です」


「誰が世話をするの?」


 全員が直人を見た。


「俺ですか」


「連れてきたのは、あなたでしょう」


「床下にいたものを捕まえただけです」


「処理槽で使えるか調べたいと言ったのもあなた」


「それはそうですが」


「宿の仕事を増やさないでね」


 リリアは籠の中を覗いた。


 スライムは汚物を食べ終え、体を小さく揺らしている。


 茶色く濁っていた部分が、徐々に薄くなっていた。


 最後には、元の青緑色に近い透明感へ戻る。


「思ったより、きれいね」


「触らないでください」


「触らないわよ」


 リリアが指を近づけると、スライムが籠の内側から同じ方向へ体を伸ばした。


「こっちを見ている?」


「目はありません」


 セラが言う。


「振動や匂いに反応している」


「名前はあるの?」


「清掃スライムだ」


「種類ではなく、この子の名前」


「野生の魔物に名前など付けん」


 リリアは少し考えた。


「ポルン」


「なぜですか」


 直人が尋ねる。


「ぷるぷるしているから」


「それなら、プルンでは?」


「ポルンの方がかわいいでしょう」


「商品名を決める時も、感覚で決めそうですね」


「嫌なら、あなたが考えて」


 直人は籠の中を見た。


 青緑色。


 汚物を食べる。


 処理槽と床下を行き来していた。


 便利な可能性もあれば、危険もある。


 まだ設備の一部として扱えるものではない。


 だが、いつまでも「スライム」と呼ぶより、個体を区別する名前があった方が記録しやすい。


「ポルンで構いません」


「決まりね」


 リリアが言うと、スライムが大きく震えた。


 偶然だろう。


 それでも、返事をしたように見えた。


          ◇


 ポルンは、銀月亭の裏にある使われていない石造りの洗い場へ移された。


 石の桶は深く、木の蓋も付けられる。


 底には少量の水。


 完全に密閉せず、空気が通る隙間を残す。


 逃げ出した場合に備え、周囲には乾いた砂を敷いた。


 柔らかい体が這えば、跡が残る。


「餌は一日二回」


 直人が記録板へ項目を書く。


「最初は少量。食べ切るまでの時間を測る」


「大きさは、どう測るのですか」


 ミーナが尋ねる。


「桶の内側に目盛りを付けます」


「柔らかいので、形が変わります」


「一定の量の水を入れて、増えた水位で体積を測る方法があります」


「水へ沈めるのですか」


「ポルンが水に弱くないことを確認してからです」


 セラが口を挟む。


「清掃スライムは、水を嫌わない。ただし、水だけでは生きられん」


「では、明日から測定します」


 直人は手帳に新しい頁を作った。


 清掃スライム・ポルン観察記録。


 日付。


 餌の種類。


 餌の量。


 食べ切るまでの時間。


 体の大きさ。


 核の色。


 排出物。


 行動。


「便器の記録だけでは足りず、魔物の飼育記録まで始めたか」


 ボルグが呆れた。


「処理設備へ使う可能性があるなら、必要です」


「利用できそうか」


「今は分かりません」


「また、それか」


「分からないものを、分かったふりはできません」


 ボルグは処理槽の方を見る。


「スライムを出してから、中を確認した。排水管に詰まりはない。壁も壊れていない」


「処理槽を再開できますか」


「ああ。ただし、最初の一回は水だけ流せ」


「確認してから利用を再開します」


 直人たちは水洗便所の貯水槽を満たした。


 処理槽の蓋を閉め、接続部分を確認する。


 便器へ試験用の薄い紙だけを入れる。


「流します」


 直人が紐を引いた。


 水が便器を回り、紙を巻き込む。


 ごぼん。


 洗浄音。


 排水管の中を水が進む。


 ボルグが処理槽側で確認する。


「来たぞ」


「詰まりは?」


「ない」


「水位は?」


「問題ない」


 便器の中には、臭いを止める水が正常に残っている。


 床にも漏れはない。


「利用を再開します」


 赤い使用停止板を外す。


 代わりに、白い使用可能板を掛ける。


 銀月亭の水洗便所が再び動き始めた。


「半日で済んだわね」


 リリアが受付台を開けながら言う。


「運が良かっただけです」


「ポルンが処理槽を壊していなかったから?」


「はい。排水管に入り込んでいなかったことも」


「いずれ、処理槽へ戻せる?」


「観察結果次第です」


「汲み取り費用が減るなら、商売にも使えそう」


「先に安全性です」


「分かっているわよ」


 リリアは銅貨を入れる小箱を便所の入口へ置いた。


 すぐに、利用再開を待っていた町人が一人やってくる。


「もう使えるのか?」


「使えます。ただし、布や物は流さないでください」


「分かっている」


「流れない時は、もう一度紐を引かない」


「前にも聞いた」


「手洗いも忘れずに」


「説明が長いぞ」


「大切です」


 町人は苦笑し、銅貨を一枚入れて便所へ入った。


 少しして、洗浄音が響く。


 直人は排水管の音へ耳を澄ませた。


 問題はない。


 だが、これで終わりではなかった。


 便器の開発。


 処理槽の管理。


 ポルンの観察。


 一つの設備から、仕事は次々に広がっていく。


          ◇


 その夜。


 直人はポルンの入った石桶を確認しに来た。


 蓋を少し開け、ライトを向ける。


 ポルンは桶の底で丸くなっていた。


 昼より少し透明になっている。


 近くには、小さな灰色の粒が一つ落ちていた。


「これが排出物か」


 直人は木の匙で粒を拾い、蓋付きの小瓶へ入れた。


 直径は指先ほど。


 表面は乾いている。


 臭いはほとんどない。


 処理槽の汚物を食べた後に残ったものとは思えなかった。


「明日、セラさんとボルグさんに確認してもらおう」


 直人が立ち上がろうとした時。


 石桶の中で、ポルンが体を伸ばした。


 細い触手のような部分が、直人の工具箱へ向かう。


「これは食べ物じゃありません」


 工具箱を少し遠ざける。


 ポルンはさらに体を伸ばした。


 狙っているのは工具箱ではなかった。


 側面に付着した、小さな黒い汚れ。


 昨日の詰まり修理で、完全に落とし切れなかったものだ。


 ポルンの体が汚れへ触れる。


 黒い染みが、ゆっくりと消えていく。


「工具も掃除するのか?」


 食べ終わると、ポルンは満足したように縮んだ。


 直人は清潔になった工具箱の角を見た。


 配管の内部へ安全に入れるなら、詰まりの原因となる汚れを食べられるかもしれない。


 だが、金属やゴム、木材へ影響がないか分からない。


 便利そうだ。


 だからこそ、試さずには使えない。


「勝手に排水管へ入ったら駄目ですよ」


 ポルンが、ぷるりと揺れた。


「本当に分かっていますか?」


 もう一度、揺れる。


 直人は少しだけ笑った。


「まずは観察からです」


 石桶の蓋を閉じる。


 暗くなった中で、青緑色の光が淡く瞬いた。


 異世界最初の水洗便器には、今度は小さな清掃係が加わろうとしていた。

処理槽へ入り込んだのは、汚物や腐敗物を食べる清掃スライムでした。


直人たちはすぐに設備へ利用せず、別容器で安全性や成長条件を観察することにします。


リリアから「ポルン」と名付けられた小さなスライムは、工具箱に残った汚れまで食べました。


次回は、ガルドの三号改水路試験と、ポルンによる配管清掃試験を並行して行います。

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