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トイレ販売員、異世界で水洗便器を売る ~ウォシュレットを設置したら王妃と魔王から指名されました~  作者: たむ
第1章 異世界に、最初の便器を

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第11話 便器の中にある水の道

パン屋のエッダから、異世界で作る最初の水洗便器が正式に注文されました。


しかし、白い陶器の外形を真似るだけでは、水洗便器は完成しません。


ガルドと直人は、外からは見えない「水の道」を調べ始めます。

 翌朝、ガルドの工房には一枚の張り紙が出されていた。


 本日、工房への立ち入りを禁ず。


 下には、さらに小さな文字が続いている。


 特に、便所の器を見物したいだけの者は帰れ。


「余計に人を呼びそうな書き方ですね」


 陶山直人が指摘すると、ガルドは工房の扉を乱暴に閉めた。


「昨日だけで十七人も来たんだぞ」


「数えたんですか」


「弟子の仕事が止まったからな」


 銀月亭の水洗便所は、すでに町で大きな話題になっていた。


 水で汚物が消える。


 白い椅子へ座って使う。


 臭いが少ない。


 膝の悪い者でも利用できる。


 その一方で、奇妙な噂も広がっている。


 便器に座ると体の悪いものが吸い出される。


 流した汚物が銀に変わる。


 水魔術師の魂が便器の中に封じられている。


 そして、ガルドが一晩で百個の便器を焼いたという、本人が最も嫌がる噂まであった。


「一つも焼いておらん!」


「これから一つ目を作ります」


「簡単に言うな」


 ガルドは作業台に置かれた白い便器を睨んだ。


 日本から持ち込まれた唯一の完成品。


 銀月亭で使っている間は開発に使えないため、昨夜、利用終了後に一度取り外して運んできた。


 朝までに戻さなければ、銀月亭の客が使えなくなる。


「今日調べられる時間は、昼前までです」


「分かっておる」


「壊さないでください」


「昨日から何度言うつもりだ」


「一台しかありませんから」


「俺は陶工だぞ」


「だからこそ、中身を調べるために割ろうとしそうで心配なんです」


 ガルドは、作業台に置かれた金槌へ伸ばしかけていた手を止めた。


「割れば、内部がよく分かる」


「絶対に駄目です」


「同じ形を作るには、中を見る必要がある」


「壊さずに調べます」


「どうやってだ」


 直人は工具箱から細い革紐と、小さな金属球を取り出した。


「水の通る場所へ、これを入れます」


「そんなものを入れて何が分かる」


「どこまで通るか。どの方向に曲がっているか。大まかな位置を確認できます」


 便器内部には、洗浄水を縁へ回すための水路がある。


 外側から見ても、その全容は分からない。


 現代なら設計図や断面図を確認できるが、直人が持っているのは完成品だけだった。


「まず、水を入れる場所から調べます」


 直人は便器後部の給水口へ革紐を差し込んだ。


 先端には、小さな金属球を結んである。


 ゆっくり押し込む。


 最初はまっすぐ進んだ。


 やがて、内部で何かに当たる。


「ここで分かれている」


「枝分かれしているのか」


「おそらく左右に水を送っています」


「片側だけ調べるぞ」


 ガルドが細い針金を持ち出した。


「陶器を傷つけないでください」


「先を丸めてある」


 給水口から針金を入れ、わずかに曲げながら進めていく。


 ガルドは目を閉じ、指先の感触へ集中していた。


「右へ曲がった」


「その先は?」


「少し上がっている。そこから横だ」


 直人は紙へ便器の外形を描き、ガルドが感じ取った水路を書き込んだ。


 給水口から二方向へ分かれる。


 左右の縁に沿って水が流れる。


 縁の下に複数の穴があり、そこから鉢内へ水が落ちる。


「穴の大きさが全部同じではない」


 ガルドが便器の内側を指でなぞった。


「後ろは大きい。前は小さい」


「水が全体へ均等に回るよう調整されています」


「均等なら、穴も同じにするのではないのか」


「給水口に近い場所と遠い場所では、圧力が違います」


「近い場所は水が強い?」


「はい。穴を小さくして、遠い部分まで水が届くようにしているのかもしれません」


 直人は断定を避けた。


 便器の製品ごとに洗浄方式は違う。


 持ち込んだ便器の細かな設計思想まで、正確に把握しているわけではない。


「“かもしれない”ばかりだな」


「メーカーの設計者ではありませんから」


「作る側からすれば、頼りない話だ」


「使って壊れた時のことなら詳しいです」


「胸を張って言うことか」


 ガルドは鼻を鳴らした。


「だが、外見だけを写しても駄目だということは分かった」


「はい」


「中の水路を、一つずつ作る必要がある」


 便器本体を一体成形するには、内部へ空洞を作らなければならない。


 型を分割する。


 土の厚さをそろえる。


 乾燥中に歪ませない。


 焼成時に内部の空気が逃げるようにする。


 水路の途中が潰れれば、水が流れない。


「最初から便器全体を作るのは、やはり危険だ」


 ガルドが言った。


「小型模型にしますか」


「いや。大きさを小さくすると、水の流れも変わる」


「では、水路部分だけ実物大で作る?」


「そうだ」


 ガルドは作業台の上に粘土を置いた。


 両手で強く押し、平らな板状へ伸ばしていく。


「便器の後ろ半分だけを作る」


「給水口から、縁へ水が分かれる部分ですね」


「穴の位置と大きさを変えたものを三つ焼く」


「三種類も?」


「一つ焼いて失敗した後、次を作る方が時間がかかる」


 ガルドは三本の指を立てた。


「一号は、穴をすべて同じ大きさにする」


 二本目。


「二号は、給水口に近い穴を小さく、遠い穴を大きくする」


 三本目。


「三号は、この白い器に近づける」


「比較試験ですね」


「お前の国では、そう呼ぶのか」


「条件を変えて、どれが一番良いか比べます」


「なら、その比較試験とやらをする」


 ガルドの弟子たちが、作業を止めてこちらを見ていた。


「親方、本当に便器を作るんですか」


 最年少の弟子が尋ねた。


 ガルドが振り返る。


「便器ではない。水路の試験片だ」


「便器の一部ですよね」


「水路だ!」


 弟子は慌てて粘土へ視線を戻した。


 しかし、その口元は笑っている。


「弟子にも作業へ入ってもらいますか」


 直人が尋ねる。


「まだ早い」


「量産するなら、ガルドさん一人だけが作れる方法では困ります」


「まだ一つも完成しておらんのに、量産の話をするな」


「今から誰かに記録してもらった方がいいです」


「記録?」


「土の種類、量、水分、乾燥時間、穴の大きさ、焼いた時の温度」


「俺の頭に入っている」


「ガルドさんの頭の中だけでは、ほかの人が同じものを作れません」


 工房の空気が少し変わった。


 弟子たちが手を止める。


 ガルドはゆっくりと直人を見た。


「俺が死んだ後の話をしているのか」


「そこまで先ではありません」


「同じことだ」


「違います」


 直人は作業台の粘土を指した。


「今回、三種類を同時に作ります。どれがどの条件なのか、記録がなければ焼いた後に分からなくなるかもしれません」


「形を見れば分かる」


「二回目、三回目と改良した時は?」


「覚えている」


「十回目は?」


 ガルドは黙った。


「ガルドさんなら覚えられるかもしれません。でも、弟子が同じ試験をする時は、最初からやり直しになります」


「職人は、自分の手で覚えるものだ」


「手で覚えることと、記録を残すことは両立します」


 直人も譲らなかった。


 勘と経験は重要だ。


 しかし、一人の天才だけに依存する製品は、広く普及できない。


 便器は美術品ではない。


 同じ品質のものを、何度も作れる必要がある。


「同じ便器を十台頼まれた時、穴の大きさが全部違ったら困ります」


「俺の弟子は、そこまで下手ではない」


「では、記録があれば、さらに正確になります」


「口の減らん男だ」


「水漏れと詰まりで怒られる仕事を十二年続けましたから」


 しばらく睨み合った後、ガルドは弟子の一人を呼んだ。


「テオ」


「はい、親方」


「紙と炭筆を持て」


「何を書くんです?」


「俺が言うことを全部だ」


 若い弟子――テオは驚いた顔をした。


「土の量もですか」


「全部だと言っただろう!」


「はい!」


 テオが慌てて紙を用意する。


 ガルドは直人を見ずに言った。


「役に立たなければ、二度とやらん」


「役に立つよう、記録項目を一緒に決めます」


「お前が仕切るな!」


          ◇


 三つの試験水路を作る作業は、想像以上に時間がかかった。


 直人は便器の寸法を測る。


 ガルドが粘土で水路の形を作る。


 テオが寸法と材料を記録する。


 別の弟子が、穴を開けるための木製棒を太さ別に用意する。


「この穴は、指半分より少し小さい」


 ガルドが言う。


「直人さんの目盛りでは、こちらです」


 テオがメジャーを確認する。


 この数日で、ガルドの工房では直人のメートル法と、この世界の尺・指幅を対応させた簡易表が作られていた。


 正確な換算規格と呼べるものではない。


 それでも、「少し大きく」「前と同じくらい」だけで作るよりは再現しやすい。


「一号、穴は全部同じ」


 テオが札へ記す。


「二号、入口側が小さく、先へ行くほど大きい」


「三号は見本に合わせる」


 三つの水路試験片が、並んで完成した。


 外から見ると、細長い陶器の箱のようだった。


 片端に給水口。


 側面下部に複数の洗浄穴。


 上部は水路の内部を確認できるよう、焼成後に別の蓋を取り付ける構造になっている。


「最初は中が見えるようにするんですね」


 直人が言った。


「水の動きを見る必要があるからな」


「透明な陶器があれば便利ですが」


「そんなものはない」


「ガラスで蓋を作れませんか」


「熱い水を使うわけでもない。板ガラスを削ればできるかもしれん」


 ガルドの返答に、直人は少し驚いた。


 異世界だから、ガラス技術が未発達とは限らない。


 魔法や独自の職人技術がある。


 自分の世界より優れた材料も、今後見つかるかもしれない。


「ガラス職人に相談します」


「また職人が増えるのか」


「必要なら」


「一台の便器に、何人関わるつもりだ」


「完成するまで分かりません」


 ガルドが頭を抱えた。


          ◇


 作り終えた試験片は、すぐには焼けなかった。


 粘土を十分に乾燥させる必要がある。


「三日だ」


 ガルドが言った。


「三日後に焼く」


「もう少し早くできませんか」


「乾燥が足りなければ、窯の中で割れる」


「温かい場所へ置けば?」


「表面だけ乾いて、中に水分が残る。余計に割れる」


「風魔法を使う方法は?」


「風を当てすぎれば歪む」


 直人は黙って手帳へ記した。


 製造には時間がかかる。


 注文が増えた場合、乾燥期間だけでも納期へ影響する。


 便器は注文を受けてから毎回一つずつ作るより、一定数を先に製造して保管する必要が出るかもしれない。


「また先のことを考えている顔だな」


 ガルドが言った。


「注文が増えた時のことを」


「まず一つ作れ」


「分かっています」


 そこへ工房の扉を叩く音がした。


「立ち入り禁止だ!」


 ガルドが怒鳴る。


「私よ!」


 リリアの声だった。


「銀月亭の便器を返して!」


 直人は窓の外を見た。


 太陽は、すでにかなり高い位置にある。


「まずい。昼前です」


「お前が話を長くするからだ」


「記録へ反対したからでしょう」


「言い合っている場合ではないわ!」


 扉が開き、リリアが入ってきた。


「宿泊客が待っているのよ」


「すぐ戻します」


 直人とガルドの弟子たちは、白い便器を荷車へ載せた。


「試験片はどうなったの?」


 リリアが尋ねる。


「形はできました。三日乾かしてから焼きます」


「では、三日後に便器が完成するのね」


「水路の一部分だけです」


「一部分?」


「便器全体を作る前に、水が均等に流れる構造を確認します」


 リリアの表情が曇った。


「エッダさんには、どれくらい待ってもらうことになるの?」


「まだ分かりません」


「契約時に説明したとはいえ、何も進んでいないように見えない?」


「進んでいます」


「見えるのは、粘土の箱が三つだけよ」


 リリアの指摘は正しかった。


 技術者にとっては重要な試験でも、購入者には進捗が分かりにくい。


 何週間も「試しています」と言われ続ければ、本当に作っているのか不安になる。


「エッダさんに、試験片を見てもらいましょう」


 直人が提案した。


「工房へ呼ぶの?」


「はい。何を試していて、次に何をするか説明します」


「失敗しているところも見せるの?」


「隠しません」


 ガルドが露骨に嫌そうな顔をした。


「工房へ素人を入れるな」


「お金を出している依頼主です」


「作り方を知らん者に、見せても分からん」


「分かるように説明します」


「失敗するたびに来られては仕事にならん」


 リリアが二人の間へ入る。


「毎回は来てもらわないわ。五日か十日に一度、進み具合を説明するのはどう?」


「面倒だ」


「説明せず、契約を取り消される方がいい?」


 ガルドは黙った。


「進捗報告ですね」


 直人は言った。


「何だ、それは」


「仕事がどこまで進んでいるか、依頼主へ定期的に伝えることです」


「焼けたら見せればよい」


「焼けるまで何も伝えないと、不安になります」


「なら、お前が伝えろ」


「分かりました」


 直人は手帳へ新たに書き込んだ。


 エッダへの進捗報告:五日ごと。


「五日で何も変わらない場合は?」


 リリアが聞く。


「何も変わっていない理由を伝えます」


「正直すぎるわね」


「遅れを隠すよりいいです」


 リリアは苦笑した。


「そこが、あなたらしいところなのかもしれないわ」


          ◇


 白い便器を銀月亭へ戻し、再設置する。


 固定金具。


 給水管。


 排水接続部。


 便器の水平。


 直人は一つずつ確認した。


 昼を少し過ぎたが、宿泊客から大きな苦情は出なかった。


 むしろ、便器が工房へ運ばれたと聞き、次の便器が作られることを楽しみにしている者もいた。


「町の見世物になってきましたね」


 直人が言うと、リリアは受付台の硬貨を数えながら答えた。


「今日だけで、見学と利用で銅貨十二枚」


「そんなに?」


「宿泊客以外から、一人銅貨一枚。朝から十二人よ」


「水と清掃の費用は?」


「ミーナへの給水代、マルタの作業時間、処理槽の積立分を引いても、少し残るわ」


「積立まで始めたんですか」


「処理槽が満杯になった時、金がないでは困るでしょう?」


 直人は感心した。


「運用費を考えてくれたんですね」


「売って終わりではないのでしょう?」


 自分が何度も言ってきた言葉を返され、直人は少し笑った。


「その通りです」


「それと、修理用の部品代も積み立てたい」


「交換用パッキンは限りがあります」


「ガルドが言っていた、弾樹の樹液を調べましょう」


「明日、材料商へ行きます」


「また仕事を増やす」


「必要です」


 リリアは受付台の下から、一枚の紙を取り出した。


「もう一つ、必要な仕事が増えたわ」


「何ですか」


「これ」


 紙には、町の文字で短い文章が書かれている。


 直人には読めない。


「誰からです?」


「町の北側にある『金鹿亭』」


「新しくできた宿ですか」


「銀月亭からお客様を取った宿よ」


 リリアの声が少し低くなる。


「水洗便所を見学したいと申し込んできた」


「いいじゃないですか」


「よくないわ」


「なぜ?」


「同じものを作って、自分たちの宿へ置くつもりかもしれない」


「いずれ、ほかの宿にも販売します」


「銀月亭の強みがなくなるでしょう?」


 直人は答えを考えた。


 銀月亭だけが水洗便所を持っている間、それは大きな差別化になる。


 しかし、便器を広く販売するなら、競合する宿へも設置することになる。


 銀月亭の利益と、設備事業の利益が衝突する。


「見学を断ることはできます」


「でも、便器を売るなら大きな注文先になる」


「そうですね」


「銀月亭を守りながら、便器も売る方法はある?」


 簡単な答えはなかった。


 同じ商品を競合へ売れば、優位性は薄れる。


 売らなければ、模倣されるか、別の職人へ注文される可能性がある。


「標準型と宿泊施設向け上位型を分ける方法があります」


「どういうこと?」


「一般販売する便器は、基本的な水洗機能だけ。銀月亭には、手すり、照明、手洗い、清掃、利用説明まで含めた設備と運用があります」


「便器だけでは真似できないようにするのね」


「はい。さらに、銀月亭を最初の展示・体験場所として契約します」


「うちへ見学客を連れてくる?」


「ほかの宿や家へ売れるたび、銀月亭に紹介料を入れる形も考えられます」


 リリアの目が鋭くなる。


「それなら、競争相手が見学に来ても、銀月亭の利益になる」


「ただし、価格と条件を決める必要があります」


「明日考えましょう」


「今日は?」


「あなたは、さっきから何も食べていない」


 直人は窓の外を見た。


 朝、エッダからもらう予定だったパンを、結局食べずに工房へ来ていた。


「忘れていました」


「厨房にパンとスープを用意してあるわ」


「ありがとうございます」


「食べ終わったら休んで」


「弾樹の調査を――」


「明日」


「でも、試験片を焼くまでに――」


「三日あるのでしょう?」


「あります」


「なら、今日は休む」


 リリアは拒否を許さない口調で言った。


 直人は反論を諦めた。


          ◇


 三日後。


 ガルドの工房では、乾燥を終えた三つの試験水路が窯の前へ並べられていた。


 一号。


 二号。


 三号。


 どれも見た目には問題がない。


 ひびもなく、形も保たれている。


「焼けば、明日には試せますか」


 直人が尋ねる。


「窯を冷ます時間が要る。取り出せるのは明後日だ」


「分かりました」


 ガルドが一号を持ち上げた。


 次に二号。


 最後に三号へ手を伸ばす。


 その時。


 ぱきっ。


 小さな音がした。


「待ってください」


 直人が声を上げた。


 三号試験片の表面に、細い線が走っている。


 給水口から水路の中央へ向かって伸びる、髪の毛ほどのひび。


「乾燥中に割れた?」


 テオが顔を近づける。


「今朝はありませんでした」


「持ち上げた時か」


 ガルドは試験片を作業台へ戻した。


 ひびへ爪を当てる。


 表面だけではない。


 内部まで入っている可能性が高い。


「これでは焼けん」


「三号だけですか」


「今のところは」


 白い便器に最も近い水路を作った三号。


 三つの中で、最も複雑な形状だった。


「なぜ、これだけ割れたんでしょう」


「水路の曲がりが急だ。厚みも一部そろっていない」


 ガルドは苦々しそうに答えた。


「乾く速さが違った」


「作り直しますか」


「当然だ」


「一号と二号は先に焼きましょう」


「三つそろってからではなく?」


「一号と二号の結果だけでも比較できます。三号を待っている間に進められることは進めましょう」


 ガルドは少し考え、うなずいた。


「テオ。三号は失敗として記録しろ」


「捨てるのですか」


「待て」


 直人が止めた。


「割れた場所を残しておきましょう」


「失敗作を?」


「次に同じひびが入った時、比べられます」


 ガルドがひびの入った試験片を見た。


「失敗まで残すつもりか」


「失敗したものに、原因が残っています」


「工房が失敗作だらけになるぞ」


「代表的なものだけで構いません。日付と条件を書いて保管します」


 ガルドは長く息を吐いた。


「便器を作り始めてから、紙と棚ばかり増える」


「完成率も上がります」


「まだ一つも完成しておらん」


「だから、上げる余地があります」


 ガルドは直人を睨んだ。


 やがて、ひびの入った三号試験片を棚の上へ置く。


「これは残す」


「はい」


「ただし、客の目につかない場所だ」


「失敗を隠すんですか」


「俺にも職人としての評判がある!」


 怒声が工房に響く。


 弟子たちが笑いをこらえながら、焼成の準備を始めた。


 一号と二号の試験片が、慎重に窯へ運ばれていく。


 火が入る。


 薪が爆ぜる。


 熱が、ゆっくりと窯の中へ満ちていった。


 異世界で作られる最初の水洗便器は、まだ形すらできていない。


 だが、その内部を流れる水の道は、確かに生まれ始めていた。

ガルドと直人は、便器内部の水路を調査し、条件の異なる三つの実物大試験片を作りました。


しかし、完成品に最も近い三号試験片は、乾燥中の歪みによって焼成前にひび割れてしまいます。


次回は、一号と二号へ実際に水を流し、穴の大きさと配置によって洗浄力がどう変わるかを比較します。

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