☀第9話 歩み寄り、のち、拒絶
〈この瞳が……お父様はお嫌いなのかもしれませんわ〉
脳内にそっと響いたティアの寂しげな声。
その切なさに、神秘的な瞳の色にすっかり魅入られていたリオの意識は、一瞬で現実に引き戻された。
「嫌いって……この瞳をか? なんでだよ、すっげーキレイなのに!」
うっかり素直な気持ちを口に出してしまい、リオはハッとして片手で口を覆った。
〈え? リオフリード様、今……なんとおっしゃいまして?〉
「べっ、べつになにも言ってねーよ! 俺は『キレイ』なんてちっとも思ってねーからなッ!」
ほとんど白状したようなものだが、リオは顔を赤らめながら腕を組んだ。
ティアはしばしの沈黙の後、消え入りそうな声でつぶやく。
〈……ええ、存じておりますわ。わたくしがこのような瞳で生まれなければ、お父様は……陛下はきっと……〉
また沈んだ声を出され、リオの胸はチクリと痛んだ。
頭では「気にしてやる義理はない」と考えているつもりなのに、どうしても放っておけない気にさせられてしまう。
リオは「メンドクセー」と思いながら、先ほどから引っかかっていたことを告げた。
「あんたがさっきから気にしてる、瞳の色が嫌いだから国王が……って話だが、それっておかしくねーか?」
〈え?……おかしい……ですか?〉
「ああ、おかしーと思うぜ。だって国王は『普段はお優しい』んだろ? そう感じるってことは、あんただって優しくしてもらってんだろ?」
〈あ……はい。とてもお優しいですわ。公務でお忙しいと思いますのに、こちらにも事あるごとにお出でくださいますの。『仔細ないか』『困ったことはないか』と、常にわたくしを気遣ってくださって……〉
「だったら、やっぱおかしーじゃねーか。あんたの瞳ってもんが嫌いなら、そう何度も様子見に来たりするかぁ? 『お忙しい』んだろ? そんな中せっせとここに来ちゃあ、様子だの何だの訊いてくなんて不自然じゃねーか。俺だったら、嫌いなもんにはぜってー近づかねーし、どーしても用があるってんなら他の奴に行かせるぜ?」
〈それは……。そう……なのかもしれません、けれど……〉
そう言ったきり、ティアは口をつぐんでしまった。
もしかして、国王が自分を塔に住まわせているのは、自分の瞳を嫌っているからだとずっと思ってきたのだろうか?
それを否定され、「では、どうして」と考え込んでいる……?
「あんたさ、さっき言ってたよな? 閉じ込められてるわけじゃねーって。塔の周辺くれーなら、自由に見て回ることもできるって」
〈え?……はい。その通りですわ。城にさえ近づかなければ、他は自由に――〉
「それっ! やっぱそれだよ! ぜってーそっちの方だって!」
〈……は? あの……『それ』とは……?〉
「だっからぁ、〝城〟だよ! 国王はあんたを塔に閉じ込めておきてーんじゃなくて、城に近づいてほしくねーんだって!」
〈……はい。その通りですわ。先ほども申しました通り――〉
「じゃなくて! 逆だよ逆! あんたは国王が自分の瞳を嫌ってるから、国王の住む城に近づかせたくねーんだって考えてんだろーけど、たぶん逆だ! あんたが好きだから、大事だから、城に近づいてほしくねーんだよ」
〈好き……だから?〉
「ああ。――つまり、問題はあんたじゃなくて城にあるってことだよ。あんたに近づかせたくねーもんとか、見せたくねーもんがあるんじゃねーかな、城ん中に」
〈城に……わたくしに近づかせたくない、何かが?〉
「そう、城に! 国王はあんたを、その〝何か〟から守りてーんじゃねーか?」
〈……その〝何か〟とは……?〉
「えっ?……いや。そこまではわかんねー、けど……」
「それは何か」と訊ねられることまでは考えていなかった。
リオはバツが悪そうに視線をさまよわせ、尻すぼみに返事をした。
〈お父様……陛下は、わたくしをお嫌いなわけでは……ない……〉
自分に言い聞かせるかのようにつぶやくと、ティアはクスリと笑みを漏らした。
〈やはりお優しいのですね、リオフリード様。わたくしを慰めようとしてくださったのでしょう?〉
「なっ、違――っ!……んなわけねーだろッ! どーして俺が、あんたを慰めなきゃなんねーんだ! あんたは俺の敵だぞッ!?」
〈……敵?〉
理解していないような声を出され、リオはカッとなって大声を上げた。
「そーだ、敵だ! あんたは俺の敵なんだよ! あんたさえいなきゃエトナは……っ、俺の妹はッ!」
〈リオフリード様の……妹さん……?〉
リオはハッと顔を上げると、先ほど開けようとして開かなかった扉を睨みつけた。
「クソ……ッ! こんなとこでのんびりあんたと話してる暇なんてねーのに! 一刻も早く家に戻ってエトナの様子を確かめなきゃなんねーのに、なんで外から鍵なんかかかってんだよ!」
リオは忌々しげにギリリと奥歯を噛み合わせてから、今度は窓の方を振り返った。
「まさか、こっちの窓も開かねーよーになってんじゃねーだろーな!?」
〈い、いいえ? 窓は扉と違って、内側から開けることができますわ。……ただ、この塔の高さはかなりございますし、飛び降りることなどできません。落ちたら死んでしまいます〉
「縄は!? 縄みてーな長い紐がありゃあ、どーにか降りられんじゃねーか?」
〈縄、ですか……? そのようなもの、この部屋にはございませんわ。それに、縄で降りていくなんて無謀すぎます。腕がしびれて、縄から手が離れてしまったら……〉
「んなもん、やってみなきゃわかんねーだろ!……とにかく縄だ! 縄さえ用意できりゃあ、今すぐにでもこんなとこ出て――っ」
その時。
コン、コン、コン。
規則正しく扉を叩く音が聞こえ、リオはギクリとして固まった。




