☽第2話 天才錬金術師による華麗なる講義②
ドルジーが導き出した〝ティアとリオの魂が入れ替わった理由〟。
それがあまりにもあっさりと告げられてしまったため、ティアもヴィソルも、そしてリオも、しばらく固まってしまっていた。
そんな中、最初に口を開いたのはヴィソルだった。
「経年劣化だと? かつては恐ろしい結果を招いてしまうほど強力だった古代魔導装置が、年月が経ちすぎてしまったがゆえに劣化し、その力も弱まったと言うのか?」
「はーい。そういうことになりますねぇ。経年劣化のお陰で、昔ほどの大惨事は引き起こされなかったというわけです。……まあ、王女殿下とリオフリードにとっては、魂の交換などという奇っ怪な事象が起こってしまったわけですからねぇ。大惨事と言っていいことなのかもしれませんがぁ?」
チラリとティアに目を移すと、ドルジーは意味ありげにニヤリと笑った。
「そんな……。わたくしは大惨事などとは思っておりませんわ。リオフリード様はとてもお優しいお方でしたし、妹さんのエトナとも親しくしていただけましたし……。大工見習いのお仕事も、とても貴重な体験でしたわ。わたくし、元の体に戻れたとしても、こちらで経験させていただいたことは決して忘れません」
ティアはドルジーから視線を外さぬまま、キッパリと言い切った。
〈王女さん……〉
リオのつぶやきが脳内に響く。
一方的に語ってしまったが、リオ自身にはどう思われていたのだろうかと、ティアは少しだけ不安になった。
(リオフリード様には迷惑極まりないできごとだったかもしれませんわね。いきなり他人の意識が入り込んできて、体まで奪われてしまったのですもの。途中からは、入れ替わりたい時に自由に替われるようになりましたけれど、あの変化がなかったら、きっと今でも不自由なままだったはず。わたくしのように『貴重な経験』などと思えるはずもございませんわね……)
リオの気持ちも考えず勝手なことを言っただろうかと、落ち込みそうになった時だった。
今度はリオの方から、ティアに語りかけてきた。
〈ああ、俺もだぜ! 最初はわけわかんなくて混乱したし、迷惑だって思うことも多少はあったけどさ。王女さんだって、急に自分を殺したはずの男の中に入っちまってて怖かったろーに、俺のこと責めもしねーで、いつも俺の身になって考えて、行動してくれてただろ? 慣れねー大工仕事だって、いっつも手ぇ抜かずに頑張ってくれてたし。エトナのことでもさ、俺……王女さんがいてくれなかったら、ぜってーまた同じこと繰り返してたと思う〉
「リオフリード様……」
〈だからさ、王女さんにはすっげー感謝してんだぜ? 大変なことはいろいろあったけど、それはお互い様だし……って、ちげーな。未だに自覚はねーけどさ。俺は王女さんを殺しちまった上に、エトナのことでもひでーこといっぱい言っちまって……。ホントなら、王女さんに優しくしてもらう資格なんてこれっぽっちもねー奴なんだ。むしろ、冷たくされて当然なんだよな……〉
「そ、そんなことございません! わたくしの方こそたくさんご迷惑を――」
「セルランティア? リオとばかりお話なさらず、私のことも気にかけてくださるとありがたいのですが……」
そっとティアの手を取り、ヴィソルは寂しげな笑みを浮かべる。
我に返ったティアは慌てて謝ったが、リオは苦々しげに声を上げた。
〈だーから、いちいち人の体に触んなっつーの! 見た目は俺なのに、よく王女さんに話してるみてーな態度取れるよな。……実は、すっげー目が悪ぃーんじゃねーのか? 俺が王女さんに見えちまうほどにさ〉
リオの言葉に、ティアは「まさか」と思いながらもクスリと笑ってしまった。
とたん、ヴィソルが訝しげに顔を覗き込んでくる。
「あ……。も、申し訳ございません、ヴィソル様。なんでもございませんの」
取り繕うように微笑むと、ティアは再びドルジーに顔を向けた。
「ドルジー様、お話を中断させてしまって失礼いたしました。どうか先をお続けください」
つまらなそうにティアたちのやり取りを眺めていたドルジーだったが、ティアの言葉にやる気を取り戻したらしい。パアッと顔を輝かせた。
「フフン、よろしいでしょう。それでは次のお話を……っと、どこまで話したのでしたかな?」
「セルランティアとリオフリードの魂の交換は、鉄の心臓が経年劣化していたことにより引き起こされた、というところまでだ」
ヴィソルの言葉にうなずくと、ドルジーは次の話に移った。
「あなた方の最終的な目標は、魂を元の体に戻すこと。そしてふたつのうちひとつの魂を、過ぎし日に送ること。それで間違いございませんねぇ?」
「え?……え、ええ。そのとおりです」
自分に話を振られるとは思っていなかったティアは、焦りながらもコクリとうなずいた。
「……とすると、少々ややこしいことになりますなぁ。私の仮説では、お二人の体を元に戻して過去に送ろうとするならば、それを可能とする方法はひとつしかございません。お二人――この場合のお二人とは、塔側のお二人とあなた方お二人という意味ですが。その二組揃って銀脈に映り込み、鉄の心臓を起動させることです」
「二組同時に?……あっ。先の世で起こったことを再現すればよろしいということですの?」
「はい。そのとおりでございます」
「だが、セルランティアの魂が入ったままのリオフリードでは、この世の摂理や鉄の心臓の拒否反応により弾かれてしまい、近づけないのだろう? その問題はどう解決する?」
ヴィソルの問いに、ドルジーはあごひげを撫でつつしばし考え込んでいたが、ふいにニヤリと笑って顔を上げた。
「これはひとつの賭けではありますが……。その問題を解決するすべは、お二人の意識を同調させることにあるでしょうな」
「同調させる?」
「ええ、それ以外にはないと思われます。お二人のお気持ちがバラバラでは、異質なもの――王女お一人の意識ではないと銀脈の大回廊に認識され、近づくことすら叶いますまい」
「気持ちがバラバラでは……? では、気持ちをひとつにすればよろしいのですね?……ですがどうやって……」
〝気持ちをひとつ〟になどと口で言うのは簡単だが。別々の人間の気持ちをひとつにすることなど、そう簡単にできるものではない。ティアは困惑してしまった。
「まあまあ。そのように落ち込みなさいますな、王女殿下。何も、何から何まで完全に気持ちを一致させろと言っているわけではないのです。ひとまずは、目的意識さえ揃っていれば問題ないでしょう」
「目的意識?」
「そうでーす。お二人は元の体に戻りたいと思っていらっしゃるのでしょう? 過ぎし日に戻りたいとも。そこは間違いございませんな?」
「え、ええ。もちろんですわ。――リオフリード様もそう思っていらっしゃいますわよね?」
〈……へっ? あ、ああ。もちろん!〉
「そのお気持ちさえ揃っていらっしゃるなら、銀脈の大回廊に近づくことも可能。私はそう考えています。要するに、同時に同じことを考えていればよろしいのですよ。目的を達するまでは、『元に戻りたい』と一心に考えていてくださーい」
「一心に、『元に戻りたい』ということだけ……」
〈うん。まあ、それだけでいーってんならできねーことはねーな〉
ドルジーの言うことを理解した二人は、心で同時にうなずいた。
「で、す、がっ! その前に、まずはあなた方お二人と塔側のお二人の魂を、同時に銀脈の大回廊に立たせる方法を考えねばなりませんなぁ。……さて。どうしたものでしょうねぇ」
ドルジーはそこで初めて難しい顔つきになり、片手であごひげを撫でつけながら黙り込んだ。




