☽第18話 おしゃべり錬金術師懐柔案
どれだけキツい言葉を投げつけようとも、短剣で脅そうとも、ドルジーには一切効き目がなかった。
ペラペラと「鉄の心臓」への興味を語ったり。
己がどれほど優秀な錬金術師なのかという誰にも訊かれもしないことを、ひたすら鬱陶しく話し続けている。
凄むのにも疲れたのだろう。ヴィソルは短剣を懐に収め、小声でティアに話しかけた。
「いかがしましょうか、セルランティア。この男、全く帰る様子がありませんよ。まあ、『鉄の心臓』のことも知られてしまったようですし、このまま帰してしまっていいものかという気もしますが……」
ヴィソルが困惑顔で腕を組むと、リオも同意の声を上げた。
〈だよな! やっぱマズいって! このへんちくりんな男、やたらおしゃべりみてーだしぜってー危ねーって! 敵に回すとやっかいな気ぃするし、いっそ、このままこっちに取り込んじまえばいーんじゃねーか?〉
「えっ、取り込む……?」
リオから意外な提案が出て、ティアは驚いて目を瞬かせた。
彼の性格なら、「こんな奴と関わんのはぜってーヤダ!」とでも言って拒否すると思っていたのだが……。
「いかがなさいました? リオフリードが何か言っているのですか?」
「あ……はい。ドルジー様はおしゃべりなお方のようですので、このまま帰してしまうのは危険だとおっしゃっていますわ。それから、『敵に回すとやっかいな気がするので、いっそ取り込んでしまっては』と……」
「ほう?……なるほど。リオフリードも、たまにはまともなことを言うのですね」
〈はあッ!? なんだとこのヤローッ! ケンカ売ってんのか!?〉
脳内にリオの怒りの声が響きまくっている。
ティアは頭を押さえてそれに耐えながら、ヴィソルに問いを投げかけた。
「ヴィソル様もリオフリード様と同意見なのですか? ドルジー様をお味方に迎え入れようとお考えですの?」
「ええ。私もその案には賛成です。リオフリードの言ったように、ドルジーという男はおしゃべりがすぎるようですし、何より得体が知れませんからね。このまま野放しにしておいたら、何を仕出かすかわかったものではありません。それならいっそ仲間に引き入れ、利用してやればいい」
「えっ、利用……?」
「そう、利用するのです。彼も言っていたでしょう? 『大いなる知の探求者』だの『この国随一の天才錬金術師』だのと。そこまで己の知力に自信があるのであれば、今私たちが抱えている問題を彼に解決してもらえばいいのです。そうはお思いになりませんか?」
ヴィソルは軽く片目を閉じ、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
瞬間、ティアの体温(正確にはリオの体温だが)は急激に上昇し、心臓は激しく騒ぎ出す。
(い……嫌ですわ、ヴィソル様ったら。突然、魅惑的な笑みをお浮かべになるのですもの。リオフリード様からお体をお預かりしている身なのですから、あまり心臓に悪いことをしないでいただきたいですわ。……もう。困ったお方――)
ときめいている場合ではないとわかっているのだが、心が勝手にときめいてしまうのだから仕方ない。
ティアはリオに後ろめたさを感じつつ、そっと両手で頬を包んだ。
「セルランティア? いかがなさいました、お顔の色が――」
「き、気にしないでくださいませっ。ほんの少~ぅし、暑さを感じてしまっただけですのでっ」
「……暑い? 冬が近づいているこの季節に? 隙間風の入るあばら家のような家の中にいらっしゃっても、ですか?」
〈『あばら家』だとぉ!? てめーっ、いくらなんでもそりゃー言いすぎだろ! 隙間風が入ってくんのは嘘じゃねーけど……でもっ、こないだ修理したばっかなんだぞ! 隙間風だってかなり防げてんだろーがッ!〉
ヴィソルの遠慮ない言葉にすかさずリオが抗議する。
だが、当然ヴィソルに聞こえるはずはない。彼は全く顔色を変えずに先を続けた。
「まさか、体調を崩されたのではないでしょうね? 体はリオフリードのものなのだから丈夫さの面では問題ないだろうと思っていたのですが……そういうものでもないのでしょうか」
言いながら、ヴィソルはティアの額に片手を当てた。
「――っ!」
瞬間、ティア(リオ)の体に緊張が走り、さらに鼓動が速くなる。
心配そうに覗き込む美しい青紫の瞳に、ティアのときめきはますます加速。息苦しさで目が回りそうになった。
「セルランティア! 額が信じられないほどに熱くなっていますよ!? 本当に大丈夫なのですか!?」
ギョッとしたように額から手を離し、ヴィソルは鼻先が付いてしまうのではとヒヤヒヤしてしまうほど、顔を近づけてきた。
〈ゲッ! あんまり顔を近づけてくんじゃねーよッ! 気色悪ぃーんだよ!〉
ティアの想いとは裏腹に、リオが思いきり拒否反応を示す。
ますます申し訳なく思いながらも、ティアがときめきを抑えられずにいると、
「男二人で顔近づけて、なーにをやってるんですかねぇ、あなた方は? 『ソルアーザード王国の第一王子は同性がお好き』だなどと噂が流れようものなら、かなりの醜聞になってしまうと思うのですがねぇ。……そう認識してよろしいのですかぁー?」
〈いーわけねーだろッ!!〉
「ごっ、誤解ですわっ!!」
同時に叫んだ二人だったが、ヴィソルはピキピキとこめかみに青筋を立てながら、
「貴様……。私が同性愛者だなどと言いふらしでもしようものなら、どうなるかわかっているのだろうな……?」
怒りを爆発させる寸前のような、低く、やたらと平坦な声で問いかける。
ドルジーは「おー、怖っ!」とつぶやいた後、ニタリと笑った。
「嫌ですねぇー、冗談ですよぉ。私の熱弁をまるっきり無視して、お二人で何やら楽しそうに話していらっしゃるから、ちょーっと拗ねてみせただけではないですかぁ~。ほらほら、そんなことよりぃ~。お二人とも、お早くお決めになってくださいよぉー。この稀代の天才錬金術師の知恵を借りるのか借りないのか、そのご決断をねっ!」
ドルジーは自分の胸に片手を当て、大きく体をのけぞらせている。胸を張っているつもりだろうか。
ティアとヴィソルは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
ドルジーを仲間にすることにはまだ一抹の不安はあるが、結局は受け入れるしかないのだろう。
二人はドルジーを一瞥すると、再び顔を見合わせて大きなため息をついた。




