☽第17話 暴走錬金術師
リオの家に断りもなく入ってきた、見た目からして怪しい男。
彼はニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべながら、自分は怪しい者ではないと告げた。
しかも、ヴィソルの正体まで知っている。
いったい何者なのだと、ティアたちは警戒を強めていた。
ヴィソルは懐に忍ばせた短剣を握り締めたまま、男に睨みを効かせている。
「貴様、何者だ? どうして私の名を知っている?」
ヴィソルの声は低く、まるで氷のように冷ややかだった。
彼はいつでも短剣を抜き放てるよう、全身の神経を男に集中させているように見えた。
だが、男はそんな圧迫感など露ほども感じていない様子だ。ニタニタ笑いを引っ込めもしない。
「おや~あ? そんなに恐ろしい目で見つめないでいただきたいですなぁ。私は怪しい者ではありませんと、先ほども申したはずですがぁ? 私はしがない錬金術師……そう、ただの大いなる知の探求者! ドルジー・テメンダスと申す者でーす!」
大袈裟な身振りで胸を張り、ドルジーと名乗った男はニタリと笑ってあごひげを撫でた。
ヴィソルの眉間に、さらに深いシワが刻まれた。
「ドルジーだと?……なるほど。おまえが錬金術師のドルジーか。以前、陛下よりお聞きしたことがある。城の研究室に引きこもり、ひたすら過去の文献漁りや研究、発明ばかりしている男がいると。その引きこもりが、街まで下りてきているとはな」
「おーやおやおや、私のことをご存知だったのですかぁー! ならば話が早いですねぇ。……フッフン。私はこの国随一の天才錬金術師なのですよぉ? あなた様のお名前も、当然存じておりますとも。王の『秘密の研究』に携わる者、そしてその責任者としましては、莫大な研究資金の提供者のお名前を存じ上げないというのは失礼に当たりますからなぁ。……ねーえ? ソルアーザード王国のヴィソル殿下?」
「な――っ!」
ヴィソルの顔色が変わったのを、ティアもリオも見逃さなかった。
王の秘密の研究?
莫大な研究資金?
……どういうことなのだろう?
ヴィソルとエルイグニス王しか知らないはずの、極秘中の極秘事項ということなのか?
しかし、もしそうだったとしたら。この男はそれをあっさりと口にしてしまっているが、問題ないのだろうか?
〈……ったく。ドルジーだかダルジーだか知んねーが、あんまり信用できそうにねーヤローだな。王女さん、油断すんじゃねーぞ?〉
脳内でのリオの忠告にうなずきつつも、ティアは自分の気持ちがどんどん下降していくのを感じていた。
ヴィソルにはまだ、自分たちの知らない秘密があるのだろうか?
そうだとするなら、何故教えてはくれないのだろう?
自分はヴィソルの信用を完全には得ていないのだ。それを思い知らされた気がして、ティアは深く落ち込んでいた。
「貴様、何が目的だ?」
ヴィソルはとうとう懐から短剣を取り出し、ドルジーに向かって構えてみせた。殺気のようなものが感じられ、ティアは緊張のあまり息を呑んだ。
凶器を向けられているドルジーはというと。
室内をキョロキョロと見回し、ヴィソルの様子などまるで気にしていないかのように、勝手に話し続けている。
「いやーあ、実を言うとですねぇ! 街で古書や古い伝承を漁っておりましたら、酒場で耳にしたという吟遊詩人の歌を披露している男に出くわしたのですよ。男の声はとても聞いていられないほどひどいものでしたが、歌われている内容が頭から離れなくなってしまいましてねぇ。『鉄のからくり』だの『銀の道』だのって、どこかで聞いたような聞かなかったような言葉が出てくるのですが……あぁ~あ、なーんて魅力的な響きなのでしょう! 私の研究材料としてはうってつけですよ!……とまあ、そんな折にこの粗末な家の近くを通りかかりましたら、聞こえてまいりましてねぇ。『鉄の心臓』だの『古代魔導装置』だのという、私の知的好奇心をくすぐりまくる魅惑的な単語がッ!」
ドルジーは目をキラキラ――いや、ギラギラと輝かせながらまくし立てている。思わず狂気を感じてしまうほどの、異様な興奮の仕方だった。
「ああ、こーれが飛び込まずにいられましょうかっ? いや、いられない! いられるわけがないじゃありませんかっ! まさに運命! 真理が私を呼び込んだのですよッ!」
大げさな身振り手振りで話し続けるドルジーを前に、リオは呆れてボソリとつぶやく。
〈ダーメだこいつ。完全に自分の世界に入り込んでやがる〉
リオの深いため息が脳内に響き、ティアは同意するようにうなずいた。
〈ヴィソルがめちゃくちゃ殺気立ってんのに、ちっとも気づく気配もねーし……。こいつ、錬金術師とか言ってたけど、ただのイカれた変人にしか見えねーな。こいつが裏で手を引いてる『黒幕』かと思って、一瞬身構えちまったけど……そんな大物感はねーよな?〉
未だピリピリとした重苦しい緊張感が漂う室内で、ドルジーだけが一人で盛り上がっている。
その温度差に、緊張していたティアたちも毒気を抜かれ、僅かに緊張が緩んでしまっていた。
しかし、次の瞬間。
ドルジーはニタニタとした笑みをさらに深め、さらりと恐ろしい言葉を口にした。
「ああ、『鉄のからくり』! そのようなものが、もしも本当に存在するのだとしたら。それを動かした時、いったいどのようなことが起こるのでしょう?……フッフ。歌にあるように『王も后も賢き者も遥か彼方へ吹き飛ば』すのか、それとも、未知なる現象を引き起こすのか……。ああ、想像しただけでゾクゾクしてきますねぇ。試してみたくてたまらないのですよぉ……」
「――っ!」
悪意などは感じられなかったものの。ただ純粋な知的好奇心のみをもって放たれた言葉に、ティアは例えようのない恐怖を覚えた。
子供のように無邪気だからこそ、たちが悪い。
自分の好奇心のためならば、世界がどうなろうと構わない。そのような狂気がニタニタとした笑顔の裏に透けて見えるようで、薄ら寒さを感じた。
ドルジーはティア(体はリオだが)の方へ顔を近づけると、ギラついた目で食い下がった。
「さあ、お教えください! あなた方は何を、そしてどこまでご存知なのです? さあさあ、お早く! 焦らさないで教えてください! 『鉄の心臓』とは何なのかを! あなた方が情報として掴んでいる、その全てをっ!」
鼻先が触れそうなほどの至近距離で迫られても、ティアは恐怖のあまり動けずにいた。
すると、すかさずヴィソルが割って入ってきて、短剣の刃をドルジーの喉元に突きつけた。
「下がれッ、この無礼者め! これ以上一歩でも近づけば、命の保証はしない。貴様に話すこともない! さっさとここから立ち去れッ!!」
ヴィソルは冷酷に言い放つ。
普通なら青ざめて退く場面だが、ドルジーは首元に刃を突きつけられても、一切動じていない。
それどころか、悪びれもせずに肩をすくめてニヤリと笑うと。
「おやおや、これは手厳しい。……まあ、いいでしょう。教えていただけないというのであれば、自分で調べるしかありませんねぇ」
ドルジーはご馳走を前にした時のように揉み手し、舌なめずりまでしてみせた。
〈なんだコイツ!? 気ッ色悪ぃー!〉
正直すぎるリオの言葉に、ティアの緊張は一瞬ほぐれ、笑みをこぼしそうになった。
だが、ヴィソルは依然として短剣を構え、自分を庇ってくれている。
そんな彼を頼もしく、そしてありがたく思いながら、ティアは気を引き締め直した。




