☀第16話 侍女の誓い
ティアからの熱い視線を受け、答えを求められているのだと悟ったのだろう。圧を感じたかのように、カティは僅かに体を引いた。
警戒させてしまったことを即座に反省したティアは、取り繕うかのような笑みを浮かべてみせる。
「ああ、違うのよカティ。あなたにとってドルジー・テメンダス様はどのような存在なのかを、無理に訊くつもりはないの。ただ、もしもあなたがあのお方から脅迫を受けているようなことがあるのなら、守ってあげなくてはと……リオフリード様がおっしゃっていてね? ですから、あの……それが事実かどうかだけでも教えておいてもらえると……わたくしもリオフリード様も安心できるのだけれど」
ティアの言葉に、カティは意外そうに目を見開いた。
リオに「守ってあげなくては」と思われているとは、少しも想像していなかったのかもしれない。
〈おっ、おい! 何言ってんだよ王女さんっ? 俺は『脅されてるかも』とは言ったけど、『守ってあげなくては』なんて言った覚えは――っ〉
焦ったようなリオの声が聞こえてはいたが、ティアはあえて無視して続けた。
「どう、カティ? ドルジー様から、あなたは脅迫されているの?」
「い、いいえ! そのような事実はございません! 私は決して脅されてなど――!」
カティは必死な顔つきで大きく首を横に振った。
彼女の必死さに真実味を感じたティアは、ようやくホッと息をついた。
「そう。それならいいの。今はそのことを確認できただけで充分だわ。変なことを訊いてしまってごめんなさいね」
疑ってしまったことが恥ずかしく、ティアは微かに笑みを浮かべた。
カティは幾度か目を瞬かせてから、慌てたように首を振る。
「そのようなこと……! どうか謝らないでくださいませ。ご心配をおかけするような態度ばかり取ってしまっていたのは、私の方なのですから。セルランティア様に非などひとつもございません!」
キッパリと告げてから、今度はためらいがちに視線を落とし、カティは深々と頭を下げた。
「それからリオフリード――……様にも、お礼を申し上げさせてください。私のようなものを案じてくださって、ありがとうございます」
〈だ――っ! だから俺は、『守る』なんてひとっことも言ってねーっての!……まあ、心配してなかったっつったら嘘になるけど……〉
慌てふためくリオの声が脳内に響き、ティアは思わずクスッと笑ってしまった。
そのままリオの言葉を伝えると、カティもほんの少しだけ口元をほころばせた。
しばしの沈黙の後、ティアは思い切って口を開いた。
「ねえ、カティ。ドルジー様は、あなたにとってどのようなお方なのかしら?……ごめんなさいね、無理には訊かないと言っておきながら……。やはり、どうしても気になってしまって」
カティは膝の上で指を組んで長いこと沈黙していたが、やがて、意を決したように口を開いた。
「幼い頃よりご恩のあるお方です。私が、今こうしてセルランティア様のお傍にお仕えできておりますのも、あのお方のお力添えがあってこそなのです」
〈じゃあ個人的な恩ってことで考えれば、やっぱ王様よりも上ってことなのか?〉
リオの疑問をティアが代弁すると、カティは苦しげに眉根を寄せた。
「陛下は私がお仕えするべき主君ですが、あのお方は……」
言いかけたところで、カティはキュッと唇を結んだ。
それ以上は、いくら待っても彼女の口からは何も語られなかった。主君と恩人のどちらが上かなど、彼女自身にも割り切れるものではないのかもしれない。
ティアはそれ以上は訊かず、そっとカティの手に自分の手を重ねた。
「わかったわ。話してくれてありがとう。……ねえ、カティ。先の世のあなたは、あのお方の命に従ったのかもしれないけれど……今ならまだ、止めることができるのよ?」
「え……?」
「今のあなたは、何も知らなかった先の世のあなたではない。鉄の心臓のことも、わたくしが暗殺されたことも知っている。この先、もしもドルジー様にわたくしを銀脈の大回廊へ導くよう命じられたとしても、断ることができるわ。そうすれば、未来はきっと変えられるはずよ」
その瞬間、カティの目が希望で輝いた気がした。
彼女はゆっくりと背筋を伸ばし、静かな決意を宿した瞳で、まっすぐにティアを見つめ返す。
「はい。この先、もしもあのお方が先の世と同じことをお命じになったとしても、私は決して従いません。お誓いいたします、セルランティア様」
ティアは優しく微笑んで、カティの手を強く握った。彼女もそっと微笑み返し、二人の間には温かな空気が流れた。
カティはふと真顔に戻り、
「セルランティア様。ひとつご提案してもよろしいでしょうか」
「え? 提案?」
「はい。どうか私に、これからのあのお方の動向を見張らせてはくださいませんか?」
「見張る……? 見張るとはどういうことなのかしら? 見張らなければいけないほど、ドルジー様は危険なお方なの?」
「いいえ。危険というわけではないのですが――」
そこで言葉を切ると、カティは苦笑まじりに首を振った。
「あのお方は隠しごとがおできになりません。研究のことなら、聞かれもしないことまでご自分から延々とお話しになってしまわれるようなお方です。そういう意味でしたら、危険人物と言えるのかもしれません。セルランティア様の御髪と瞳の秘密についてすら、そこここでお話しになってしまわないかと、以前より幾度も肝を冷やしてまいりましたし……」
〈あー……。あの妙なヒゲ貴族なら、やりかねねーかもしんねーな〉
納得したようなリオの声が響く。
ティアもあの〝くるんと丸まったあごひげ〟姿を思い出し、即座に同意してしまいそうになった。
「フフッ。……わかったわ。ドルジー様がうっかり秘密を周囲に漏らしてしまわないよう、これまで以上に見張っておく必要があると言うわけね? そういう意味なら是非ともお願いするわ。でも、危険なことには決して近づかないでちょうだい。あくまで見張るだけよ? 危険なことに首を突っ込みそうな事態になったら、まずはわたくしたちに報告して? ね、約束よ?」
「はい。お約束いたします」
神妙な面持ちで、カティは深々と一礼した。
その落ち着いた物腰は、先ほどまで震えていたとはとても思えない、いつもの凛とした侍女のものに戻っていた。




