☀第15話 国王よりも無視できない存在
「銀脈の大回廊を通らせるようドルジーより命じられたのは、きっとこの私です」
思いがけないカティの告白だった。
ティアもリオも言葉を失い、しばらくは沈黙が続いた。
だが、しんとした状態に耐えられなくなったのだろう。カティが再び口を開いた。
「申し訳ございません! 私のせいでセルランティア様が……! 私が……私があのお方の命に背いてさえいれば、きっと悲劇は起こらなかったに違いありませんのに……っ」
カティの肩も、胸元で握り締められた両手も小刻みに震えている。
彼女は先の世で起こったであろう出来事に思いを巡らせ、ひたすらに自分を責めているようだった。
「ちょ……ちょっと待って、カティ。どうしてあなたは、先の世で起こったであろうことを、まるで本当にあったかのように話せるの?」
先の世で起こったことなど、今の自分たちには知るすべなどないというのに。
先の世から飛ばされてきたというリオと、今街にいるという自分のもうひとつの魂くらいにしか、わかるはずもないことなのに。
「あなたは、あの変わったあごひげを生やしていらっしゃる科学者様に命じられて、銀脈の大回廊にわたくしを向かわせた。そう思っているようだけれど……何故言い切れるの? まだ実際に経験したことでもないというのに。……ねえ、カティ。あなたの考えていることを教えてはもらえないかしら?」
ティアの問いに対し、カティは困ったように顔を曇らせた。
教えるのが嫌と言うよりは、「どう伝えればわかってもらえるのか」ということを、必死に考えているように見えた。
「何故そう思うのかとお訊ねされましても……。あのお方でしたら、『鉄の心臓』のことを知ったとたんに、まず間違いなく『触りたい』『研究したい』『実際に動かすとどうなるか知りたい』と思わずにはいられないだろうからです。あのお方の知的好奇心は凄まじいですから……」
「知的好奇心?」
ティアはきょとんとした顔つきで首をかしげたが、まだカティの話には続きがありそうだったので口をつぐんだ。
カティは静かにうなずいて続きを語った。
「私はあのお方のことをよく存じております。昔から、研究に没頭すると周りのものが一切見えなくなってしまうご性質なのです。あのお方であれば、絶対、どうにかして鉄の心臓を動かそうとするはずです。ですからきっと先の世で、あのお方は私に命じたに違いありません。セルランティア殿下の婚姻式の日に、『礼拝堂までは、銀脈の大回廊を通っていらっしゃるようにお伝えしなさい』と――」
妙に確信めいた言い方だったが、それでもティアは納得することができずにいた。
いくら研究熱心な科学者だろうと、動かせばどうなるかわからない代物を、まだよく本質がわかっていないうちから「動かしてみよう」などと思うものだろうか?
鉄の心臓についてよく知らなかったとしても――いや、よく知らないからこそ、「動かすのはよくよく調べてから」と思うものではないのか?
カティの言葉にティアが困惑している中、リオがイラ立ちを隠そうともせず、脳内に声を響かせた。
〈ちょっと待てよ! 銀脈の大回廊以前に、昔っから王様は、王女さんが城に近づくことすら許してなかったんだろ? だからこそ、迂回して礼拝堂まで行かせようとしてたし、そのことはカティも知ってたんだろ? なのにどーして、王様の言葉よりその妙な科学者の命令の方を大人しく聞ーたりすんだよ? カティにとってその科学者は、王様より上の存在だとでも言うのかよ!?〉
リオの言葉に、ティアはハッとなった。
言われてみればそのとおりだ。
この国の王の言葉よりも、ドルジーとかいう科学者の命令の方を聞いた(今の時点では聞いたかもしれない、だが)ということは。
国王よりその科学者の方が、カティにとって命令を聞く優先順位が上だということに他ならない。
ドルジー・テメンダスという科学者は、カティにとってそれほど重要な存在なのか? 雇い主であるこの国の王よりも……?
〈なあ、王女さんもおかしーと思うだろ? 王様より偉いわけでもねーただの科学者の言うことを聞いたかもしんねーって、カティがここまで強く思ってるってことは――〉
「……ええ、そうですわね。そうとしか考えられませんわ」
思わず声に出してしまったが、構わないと思った。
カティもリオのことはすでに知っているのだ。もうコソコソする必要もないだろう。
〈だよな! やっぱりカティはドルジーって奴を――〉
「ええ。カティにとって、そのドルジー・テメンダスというお方は――」
二人は一拍の間を置いて、同時に声を上げた。
〈脅迫者として恐れてんだ!!〉
「よほど大切な存在なのですわ!」
ティアの言葉にカティはビクッと肩を揺らし、ティアとリオはお互いが放った言葉の違いに気づき「ん?」となった。
〈えっ!? カティはドルジーって奴に脅迫されて、仕方なく従ったのかと思ったんだけど……王女さんは違うのか?〉
「あ……いいえ。わたくしはてっきり、カティにとって命令に背けないほど大切なお方ということなのかと……」
二人は意見の食い違いに戸惑って口をつぐんだ。
それから真の答えを求めるかのように、カティの次の言葉を待った。




