☽第14話 珍妙な訪問者
もしも、先の世で悲劇が起こっていたとしたら。
そのような恐ろしい可能性に怯え、ティアはすがるようにヴィソルを見つめた。
ヴィソルは彼女の視線を受け止めると、静かに首を横に振る。
「先の世で昔のような悲劇が起こったかどうか。残念ながら、それを知るすべはありません。ですが……リオフリードの話が真実だとするなら、そこまでの悲劇は起こらなかったのではないかと、私は考えています」
〈ちょっと待て、この野郎! 俺の話が『真実とするなら』ってどーゆー意味だよ!? 俺が嘘ついてるとでも言いてーのか!?〉
ムッとしたようなリオの声が響いてきた。
だが、ヴィソルの言っている「リオフリード」は、今塔にいる方のリオのことだろう。
そう思ったが、今のティアにはそれをリオに説明してやるほどの余裕ははなかった。
戸惑いの表情を浮かべながら、ティアはじっとヴィソルを見つめる。
「ヴィソル様。どうして先の世では悲劇は起こらなかったとお思いになりますの? 理由を教えていただけませんか?」
ヴィソルは真剣な表情でうなずき、先を続けた。
「リオフリードが話していた先の世でのことと、セルランティアが話していた先の世でのこと。二つの話を合わせて考えてみればわかるのです。寓話に書かれていた『鉄のからくりによって起きた悲劇』と、今回あなたたちに起こった奇妙なできごととの相違が」
「相違? どこが違うとおっしゃるのですか?」
「寓話の内容を思い出してみてください。寓話には、『からくりは大音響と共に動き出し、恐ろしい光を放って、その場にいた者たちを一瞬のうちに消し去』ったとあったでしょう? それなのに、あなたと塔にいるリオフリードから聞いた話によると、鉄のからくり――鉄の心臓が起動した時、『恐ろしい光』は放たれなかった。確かそういうことでしたね?」
「え?……ええ。わたくしの記憶では、意識が途切れるまでそのような光が放たれた様子はございませんでした。けれど……」
「リオフリードの方はこう言っていました。『婚姻式の日に地下からとても大きな音がして、床が大きく波打っていた』。『あれが〝古代魔導装置〟が動き出した瞬間だった』のだと……。彼の話の中にも『恐ろしい光』は一切登場していません」
「ですが、それだけでは悲劇が起こらなかった証拠にはならないのではありませんか?」
「確かにそうかもしれません。これは単なる私の憶測に過ぎない。ですが、もしも先の世で悲劇が起こっていたとしても、あなたと塔にいるリオフリードの魂が元の体、そして元いた世に戻れるのなら、悲劇が起きたかどうかをご自身の目で確かめることができる。そうは思いませんか?」
「自身の目で?」
「ええ、ご自身の目で。そのためにも、あなたとリオフリードは元に戻らねばならないのです」
ヴィソルはそう言ってうなずいた。
元の体に戻ると言っても、先の世のティアもリオも死んでいるのだ。
戻れるとしても、殺される前に戻らねば意味がないが……そのようなことが、本当にできるものなのだろうか? ティアは不安でいっぱいだった。
ヴィソルの方も、特に元に戻るための名案が浮かんでいるわけでもないらしい。困ったように眉をひそめた。
「ただ、肝心の『元に戻る方法』がわからない。これは大問題です。古の科学者と同等の頭脳を持つ者でも現れれば、まだ希望は見いだせるのですが。そこまで優秀な頭脳の持ち主など滅多にいるものではありませんからね。さて、どうすればよいものやら……」
「なーにをおっしゃいますやら! ここにいるではありませんか、世界一優秀な頭脳の持ち主がっ!」
突然、扉を開ける音と共に何者かが現れ、大声を張り上げた。
ティアもヴィソルもギョッとして扉のある方へ目をやる。
そこには、先の方がくるんと丸まった珍妙なヒゲを生やした者が、両手を大きく広げて立っていた。
ヴィソルは素早く立ち上がってティアの席まで移動する。かばうように立ちふさがり、いきなり現れた怪しい男に鋭い視線を投げつけた。
「貴様、何者だ!? 他人の家に無断で入ってくるとは、非常識極まりない奴め!」
男は少しも悪びれる様子もなく、ケロッとした顔つきで彼らの前まで歩いてくると、ひょうひょうと言い放った。
「おや~あ? 今こそ私の出番だと思い、華麗に登場してみせたのですがねぇ。お呼びではありませんでしたかな~あ?」
「誰がお前のような得体の知れない奴を呼ぶか、この無礼者め! 痛い目を見たくないのであれば早々に立ち去れ! さもなくば――っ」
ヴィソルは男を睨みつけたまま利き手を懐に差し入れ、護身用の短剣をキツく握り締めた。
男が少しでも不審な行動を取れば、すぐさまやり合うつもりなのだろう。
それでも男は動じることなく、薄気味悪い笑みを浮かべている。
どう見ても腕が立つようには見えないが、もしや、見かけによらず腕に覚えがある者なのかとヴィソルが身構えた瞬間。
「まあまあ、お気をお静めください。ソルアーザード王国第一王子であらせられるヴィソル・タリアン・クーフィーネス殿下。私は見た目ほど怪しい者ではないのですよぉー? フッフン。どうかご安心くださーい」
見知った相手でもない男に正体を言い当てられ、ヴィソルとティア、そしてリオにも緊張が走った。
素性を隠して変装までしているヴィソルのことを、何故この男は知っているのだ? この国の者ではなく、ソルアーザードの手の者なのか?
不敵な笑みをたたえる怪しい男を前に、一同は息を詰めて成り行きを見守っていた。




