☽第13話 寓話と古文書と吟遊詩人の歌
【愚かな王の悲しき愛】
むかしむかし、ある国に、とても優しく立派な王様と、その王様に深く愛されたお后様がいました。
お后様は、虹色の髪と多色を集めた複雑な色合いの瞳、虹の瞳を持つ心優しいお方でした。
二人は深く愛し合い、とても幸せに暮らしていました。
ところが、ある日のこと。
お后様は治らない病にかかってしまいました。
王様は国中や国外から、有能な医師を呼び寄せました。お后様を治してもらいたかったからです。
けれど、その甲斐もなく、どの医師も口々に言いました。
「お后様のお命は、あと十年保つかどうか……」
王様は絶望しながらも、涙を流してお后様に問いました。
「最後にひとつだけ願いが叶うとしたら、おまえは何を望む?」
お后様は静かに微笑んで答えました。
「できることなら、もう一度だけ幼かった頃に戻りたい。飼っていた黒猫に会いたいの」
王様はお后様の願いを叶えるため、国中の科学者を集めて「過去へ戻るからくり」を作るよう命じました。
一年、二年と過ぎましたが、時を戻す仕掛けはなかなか完成しません。
焦る王様をあざ笑うかのように虚しく時は過ぎ、お后様は日に日に弱っていかれました。
そして、約束の十年目が迫る寒い冬の日。
ついに一人の科学者が叫びました。
「王様、完成いたしました! 『鉄のからくり』です! お后様の虹色の髪と瞳を、張り巡らした銀脈に映せばからくりは動き出します。ただし、映すのはお后様一人でなければなりません」
喜んだ王様は、「后一人でなければならない」という条件を無視し、お后様を抱きかかえて銀脈の前へ立ってしまいました。
どうしても、弱り切ったお后様を一人で歩かせることができなかったのです。
すると、どうでしょう。
からくりは大音響と共に動き出し、恐ろしい光を放って、その場にいた者たちを一瞬のうちに消し去りました。
奇跡的に生き残ったのは、科学者のうちのたった一人だけ。
科学者は悲劇に打ちひしがれ、すぐさまからくりを壊そうとしました。
それでも、どうしても。いつまた爆発が起こるかと思うと、恐ろしくて鉄のからくりに触れることすらできません。
壊すことを諦めた科学者は、このからくりに二度と誰も触れることがないよう、言葉を残すことにしました。
「虹色の髪と虹の瞳を持つ者だけが、時を戻す鍵になるであろう。しかし、その者以外の影を銀脈に映せば、何らかの災いが降り注ぐであろう」
こうして、恐ろしい過ちを後世に伝えるため、科学者は王家に秘密の書を、そして街の吟遊詩人たちには『黒猫と戻らぬ夏』という、切ない歌を授けました。
それから長い年月が過ぎても、人々はその歌を歌い継いでいるということです。
「――と、以上が科学者の末裔の屋敷で見つけた寓話の全内容です。何か質問はありますか、セルランティア?」
そう言うと、ヴィソルは読み上げていた羊皮紙の文字からティア(体はリオだが)へと視線を移した。
彼は科学者の末裔である貴族の屋敷に赴き、書庫で古ぼけた寓話を見つけたのだ。そこに記された内容が古文書の一節と同じだということに気づき、貴族の許しを得て、羊皮紙に一字一句違えぬよう書き綴ってきたのだと言う。
それを今、彼は読み上げていたわけだった。
「質問……と申しますか、あの……わたくしの記憶違いでしょうか。古文書の一節と、ヴィソル様が読み上げてくださった寓話の内容が、少々違っていたような……」
自信なさげなティアの言葉に、リオが力づけるように声を上げた。
〈記憶違いなんかじゃねーよ、王女さん! 俺が引っかかったとこと王女さんが引っかかったとこ、たぶん同じだと思うぜ!〉
リオの声に励まされ、ティアはヴィソルの目をまっすぐ見つめた。
「王家に……ではございませんわね。王にのみ伝えられた古文書の一節には、鉄の心臓を動かす鍵は、虹色の髪と虹の瞳を持つ者ということ。そして、その条件を満たした者のみが銀脈に姿を映すと、意識を過ぎし日に送れるということ。記されていたのはこれだけなのですよね? ですのに、寓話の内容は……」
そこで言葉を切ると、ティアはヴィソルから目をそらして沈黙した。
ヴィソルはティアが何を言おうとしたのか、よく理解しているらしい。彼女を見つめたまま大きくうなずいた。
「ええ、そうです。寓話には、鉄のからくりを動かす条件である虹色の髪と虹の瞳を持つ后以外の者――王が共に銀脈に姿を映してしまったせいで、『その場にいた者たちを全て消した』というようなことまでが記されていました。しかし、私がエルイグニス王より教えていただいた古文書の一節には、そのような恐ろしいことが起こるなどとは、一切記されていなかった」
ヴィソルの話により、やはり自分の記憶違いなどではなかったと知ったティアは、再びおずおずと顔を上げた。
「いったい、どういうことなのでしょう? 寓話に記されていたことは、昔、実際に起ったことなのでしょうか?」
「残念ながら、それは私にもわかりません。ただ……古文書と寓話の内容が多少違っている理由については、ひとつ思い当たることがあります」
「え……っ? それはどういうことですの?」
「これは私の憶測に過ぎませんが、事実を捻じ曲げられたり、消されたりする可能性を恐れたからなのではないでしょうか」
「『事実を捻じ曲げ』る? 消されるとは……?」
ヴィソルはテーブルに両膝を付いて手を組み合わせると、その上に顎を載せた。視線はティアから外されることなく、何かを訴えるようにまっすぐ向けられている。
「もし、鉄の心臓がこのような恐ろしいことを起こしたのだとしたら、王族はどのような行動を取ると思いますか? 正直に事実を書き記されることを望むでしょうか?」
「え?……そ、それは……」
ティアは困惑して言い淀んだ。そのようなことを考えたことは、今まで一度もなかった。
ヴィソルはつと視線を落とすと、憂いを帯びた顔で続けた。
「他国の者ではありますが、私も王族の一人です。このような時、王族がどのようなことを考えるかは容易に想像できます。王族が引き起こした不始末など、まずもみ消そうとするでしょうね」
「もみ消す? 事実を書き記すことを望まないということですの?」
ヴィソルはゆっくりとうなずいた。
「そのとおりです。多くの目撃者がいたようなことならまだともかく、鉄の心臓を起動させた場にいた者の中で生き残ったのは、一人の科学者のみなのですよ? もみ消すことなど容易いでしょう」
「そんな……」
ティアは眉をひそめてうつむいた。
「代々王のみに受け継がれた古文書には、鉄の心臓の起動条件しか記されていない。それが本当に王族の判断なのかはわかりませんが、事実をどうにかして後の世に伝えねばと考えた科学者は、寓話と吟遊詩人の歌として、鉄の心臓の真実を書き残したのではないでしょうか。……まあ、あくまで私個人の見解ですけれどね」
「それが事実なのだとしたら、わたくしとリオフリード様の場合はどう考えればよろしいのでしょう? 互いの魂は入れ替わってしまいましたけれど、他に大きな災厄のようなものは――」
そこまで口にし、ティアはハッと息を呑んだ。
「もしかして、先の世では同じような災厄が起こってしまっているのでしょうか? 過ぎし日に送られたわたくしたちには窺い知れぬだけで、先の世ではすでに……?」
あまりにも恐ろしい想像だった。ティアは全身が凍りつくほどの寒気を感じ、体を強く抱き締めた。
〈おいおい、冗談じゃねーぞ。俺たちの元いた世界で、昔と似たよーな悲劇が起こっちまってる可能性があるってのかよ?〉
脳内で響くリオの声も、どこか引きつって聞こえる。
ティアは救いを求めるかのように、ヴィソルの次の言葉を待った。




