☀第11話 侍女の重い胸の内
絶対に、カティは何かを隠している。
ティアもリオもそう確信したものの、どうすれば彼女の隠しごとを知ることができるのかわからず、途方に暮れていた。
隠しごとが悪いということではない。
誰だって、知られたくないことのひとつやふたつはあるだろう。
だが、普段冷静なカティが、誰の目にも明らかなほどに動揺しているのだ。その隠しごとが、どれだけ彼女の負担になっているのかと考えると、たまらなかった。
(カティ。あなたはどのような秘密を抱えているというの? 幼い頃からずっと一緒だった、わたくしにも言えないことなの?)
ティアの胸を寂しさがよぎったが、彼女を責めることはできない。
もし、本当に何者か(あのドルジーとかいう錬金術師などに)脅されているのだとしたら、責めるどころか、むしろ救わなくてはいけないと思えるからだ。
(ああ、どうすればいいのでしょう。あのドルジーというお方に直接訊ねるという方法もあるけれど、訊いたところで答えてくれるわけないですわね……。それに、あのお方がどちらにいらっしゃるのかわからないのですもの。訊きようがありませんわ)
そうやってティアが悩んでいた時だった。ドアを控えめに叩く音が聞こえた。
規則正しい調子から、今度はカティだとすぐにわかった。どうやら、心を落ち着けることができたようだ。
ティアはホッとして入室を許可する。
すると、暗い顔つきのカティがおずおずと入ってきて、深々と頭を下げた。
「先ほどは申し訳ございませんでした! 大変お見苦しいところをお見せしてしまい、このカティ、一生の不覚でございます!」
〈あ~あ。まーたやってんな、『一生の不覚』ってヤツ〉
「リオフリード様?」
ティアの言葉に、頭を下げたままのカティの体がビクッと揺れた。
それに気づいたティアがすかさずどうしたのかと訊ねると、カティは頭を上げようともせず、大きく首を横に振った。
「いいえ! いいえっ!……いいえ……私は何も……。何も問題、ございま……せ……」
微かに震える声が、徐々に弱々しく、そして小さくなっていく。
どう見ても問題ないようには思えず、ティアは彼女のほそい肩にそっと手を置き、穏やかに語りかけた。
「カティ、お願いだからもう顔を上げて? あなたが何をそんなに恐れているのか、わたくしにはわからないけれど……。あなたの力になりたいの。全て話してとは言わないから、せめて、思い悩んでいることがあるのかどうかだけでも教えてはもらえないかしら?」
カティは求めに応じてゆっくりと体を元に戻し、青白い顔をティアに向けた。
目にはうっすらと涙が溜まっていて、そのことがよけいティアの心に衝撃を与えた。
今まで一度も、カティの涙など見たことがなかった。十年も共にいて、ただの一度もだ。
その彼女が、涙を見せるまでに動揺している。
これはいよいよただごとではないと、ティア、そしてリオすらも深く思い知った。
カティはティアの視線で己が涙を浮かべていたことに気づいたのか、慌てて指先で涙をぬぐった。
「も、申し訳ございません。また私は、お見苦しいところを……」
「いいえ。いいのよ、カティ。無理しなくていいの」
ティアはそっと告げると、カティを正面から抱き締めた。
カティの体が、緊張で固くなっているのがわかった。
自分より少し背の高い彼女を抱き締めるなど、これだけ長く一緒にいても初めてのことだった。
「ごめんなさいね、カティ。あなたがこれほどまでに思い悩んでいる姿を前にしても、わたくしには何もしてあげられないなんて……。あなたの主として――いいえ、あなたを大切に思う一人の人間として、とても悔しく思うわ」
「セルラン……ティア……様……」
「でもね、カティ。どうかこれだけは忘れないでちょうだい。あなたが何を抱えていようとも、どのような立場にいようとも、わたくしはいつでもあなたの味方よ。あなたを見限ることも、見捨てることも決してしないと約束するわ。……カティ。わたくしはあなたが好きよ。今も昔も、そしてこれからも……ずっと、ずっとね」
「セルラ……ティア、様……!」
とうとう抑えきれなくなったのか、カティが声を上げて本格的に泣き始めた。
常に冷静でしっかりしているとは言え、彼女もまだ十九の娘だ。胸に秘めたものの大きさに、耐えられなくなることもあるだろう。
ティアは彼女が泣き止むまで、震える背中を抱き締め続けた。
「気持ちは落ち着いた? ほんの少しだけでも楽になれたかしら?」
ティアは訊ねながら、口をつけずにおいたハーブティー入りのゴブレットを、テーブル前の椅子に腰かけたカティに差し出す。
すっかり冷めてしまっているが、蜂蜜酒入りハーブティーだ。心を落ち着ける効果もあるだろうと思ってのことだった。
初めのうち、カティは「セルランティア様のお飲み物を私がいただくなんて」と固辞していた。
それでも強引に勧めると、困り顔のままゴブレットを手に取り、少しだけ口に含んでコクリと飲み込む。
ほうっと小さく息を吐くカティを見て、ティアもようやく表情を和らげた。
カティに向かい合う側の椅子を引き、自分も腰を下ろす。いつまでも自分に立っていられては、カティも気を休められないだろうと思ったからだ。
しばらくは、前の席のティアを見たり目をそらしたりなどして、カティは落ち着かない様子だった。
座ったのは逆効果だったろうかと、ティアが再び立つことを考え始めた時だった。
「セルランティア様」
カティは意を決したようにティアを見つめ、重い口を開いた。
「先の世でセルランティア様を死に至らしめたのは、もしかすると……私なのかもしれません」




